『ホワイト・ダイ』
団室の長机には『キョン!』、『古泉くん』と二つのネームプレートが置かれていた。会議で使うようなアレだ。
俺と古泉の貢物を並べて、判決を下すための舞台装置って訳か。
つまらない物だったら死刑よ! と宣告されちまった俺としては、延命を図るべく無い知恵とおぼつかない全力を傾けるしかあるまい。
なにしろ判決を下したら最後、「殺そうと思ったら、その時には相手はもう死んでいる」状況を作り出しかねないのがハルヒだしな。
俺の夢は、穏やかな老後を日当たりの良い一軒家の縁側で茶をススリながら猫を撫でること、だ。隣に誰が居るかまでは解らんがね。
俺は手提げ鞄の中から小さな包みを三つ取り出した。 ラッピングも適当に、サランラップで外気から保護したベッコウ飴だ。
手抜きじゃないぞ? ちゃんと砂糖をオーブンで融かして、薄茶色のカラメルで一口サイズの円盤と、それに食紅を混ぜた物で
相手のイニシャルを立体的に描き込んだ逸品だ。爪楊枝で取っ手もバッチリ。
「あんた、死にたいの?」 「…………」 「ふえぇ?」
ああ、飽きれている。まあ冗談だ。多分怒るだろう思い立って今朝早起きして頑張ってみただけだ。そう逸るな。椅子を振り上げるな。
と、俺はもう一度鞄の中に手を突っ込んだ。取り出したのは小さな小箱。
「あんた、コレ……」 「……指輪」 「ふえぇ!」
箱の中身は、特製の磨き布に包まれた銀製の指輪。
そんな大した物じゃないけどな、一応手作りだ。手芸工房で一日体験教室があってな、主催者とお財布に無理を言ってなんとか
三つばかし形にしてみたのさ。幾何学模様……っぽい装飾と、イニシャルを刻んだだけだが、結構時間かかったんだぜ?
女の子の指のサイズには詳しくないんでね、一般的な見本にあわせてみたんだが、サイズが合わなくても勘弁してくれ。
(すごいっ!) (……すごい) 「すごいですぅ」
どうやら命拾いしたようだ。なんで甘いはずのイベントデーに、余生の全てが危機にさらされるのかね。いや彼女達の喜ぶ顔が見たくて、
主催者さんに苦笑いされながらも作り切った甲斐は、まぁあっただろう。
さて、今度は古泉の番か。鞄ではなく、懐からなにか取り出してるな。
古泉用の展示スペースに置かれたのは、メッセージカードと無骨なキーホルダーだった。おいおい、らしくないんじゃないのか?
「えぇ、どうも僕は彼と違って指先があまり器用でないようなので、手作りは諦めてこのようなモノを用意してみました」
メッセージカードにはそれぞれ『4つ星フレンチ・ディナーコース』、『7種類のカリー・バイキング』、『和懐石・初春の彩膳』。
それと、3桁の数字。なんだ? お得意のミステリー・サプライズか?
「ささやかな晩餐とその後は、ホワイトデーだけに『白く染め上げてやるぜっ!』と、いうことです。ふふふ」
……、ルームナンバーとルームキーな訳だ。律儀にカードに記された招待時間が少しずつズレているな。
(死ねぇ!) (……死ね) 「死ねぇですぅ」
声が漏れてますよ朝比奈さん。青筋を浮かべて目元をピクピクさせているハルヒに長門がなにかを耳打ちしている。
珍しい光景だな。そんなことを考えていると、ハルヒは謙譲品のネームプレートを手元が見えない速度ですり替えやがった。
「さすが古泉君ね。ウィットに富んだジャブで注目を集めてから小粋な指輪を差し出すなんてっ!」
おい。
「それに比べてキョンはダメね。感謝の気持ちをお金で解決するなんて。しかも恋と言う字はシタゴコロ、愛と言う字はナカゴコロ?
意味わかんないわ! 仕方ないから招待には応じてあげるけどねフン!!」
俺もわかんねぇよ! 今、なにが起こってるんだ?
「やぁ、涼宮さんのご機嫌を損ねてしまったようですね。ココは貴方に任せて僕は退散することにしましょう」
待て古泉。そっちは窓だ。高そうなホテルの詳細な地図を渡すな。虚ろな表情で身を乗り出すな。靴を揃えて脱ぐな。
何処に帰る気だ? 涅槃か? 集合無意識の海か?
「まぁ、古泉君も帰っちゃったし今日はこれで『一時』解散ね。だけどキョン? モグ」
なんだよ?
「……このイベントの伝達文書には希望を一つ叶えて貰えると記載されていた。 モグ」
そう、だったかな?
「逃げないでくださいね。うふふ。 モグ」
なぜだろう、花が咲くような満面の笑みなのに怖いですよ?
メッセージカードをキーホルダーを一つずつ手にした彼女達は、お行儀悪いことに各々口に含んで教室から出ていった。
俺が精魂込めて焼き上げたはずの、古泉が差し出したことになってしまった指輪まで、何故か三人の左手薬指にピッタリと
収まっていたのは何かの符号か、運命でも暗示しているのだろうか?
古泉の形見となった小さなMAPと部屋割り及びハッスル時刻表が記されたメモを眺めながら、明日には大英博物館に
空輸されているかもなと一人ごちた。俺のミイラが古代エジプト王の隣に配置されたら、それはそれで光栄ですがね……。
甘いはずのヌルいイベントが、こうも命をかけたモノになろうとはね。
三人娘の知られざるバイタリティーと、自分の体力的・精力的・精神的限界値を計りにかけ、絶望的な推察結果に俺は呟くしかなかった。
やれやれ、とね。
『White Die』 fin