時が巡ればやがて過ぎ去ったと思っていた季節にもう一度会うことができ、それはセミの声がやか  
ましい夏であっても寒さにうんざりするような冬であっても同じである。  
 春は多くの人にとって出会いと別れの季節となり、いつか入学すればいつか卒業する。  
 ちなみに俺はこれまでそういった出会いや別れの季節に特別な感慨もなく過ごしてきて、この春も  
またそのつもりだった。いかにも時節に合わせて泣いたり笑ったりするのをどこかこっ恥ずかしく思  
ってたんだろう。  
 
 
――春の露風――  
 
 
「みくるちゃんと鶴屋さんももうすぐ卒業かぁ」  
 変わらずに営業を続けてきたが誰が儲かるわけでも誰に愛されるわけでもない学内非公認団体のま  
まのSOS団。その部室。パソコン机に肩肘ついてわれらが団長様、涼宮ハルヒはどこともなく呟いた。  
「でもでもっ、お休みの日とかまた一緒にお散歩したりできますよ」  
 朝比奈さんは湯飲みをハルヒの机にことりと置いて言った。にこりと微笑む。  
 
 そう、俺にとって二回目の年度が終わろうとしている。  
 間もなく二月が終わり、すると三月がやってきて最上級生たる三年生はさらなる未来へと巣立つべ  
く卒業してしまう。  
 俺はまだ二年生なのでこの学校を出るのは一年先のことになるが、小間使い技能を熟練の域まで上  
達させた大天使朝比奈みくるさんは間もなくこの北高から離れてしまうのだった。  
「もちろん。休みの日には学校が離れてようとSOS団は問答無用で活動するからね! そのへんは心  
配いらないわよ!」  
 
 ハルヒはさまざまな経験を経て純度を増した果てしない輝きを持つ笑みで言った。本当に二年間だ  
ったのかと疑うほどに色々なことがあった。いろいろと言えば数文字で済んでしまうが、その慌しさ  
だけで言えば世界各国のあらゆる重役のタイムスケジュールですら及ばないかもしれない。  
「そ、そうですよねっ」  
 朝比奈さんは早春のタンポポのように儚げに笑いつつ返答した。二年経ってもこのお方のつつまし  
さは洗練されたシルクのような柔らかさだ。窓から射す陽が後光のようにも見えてくるぜ。  
 
「この部室も少し寂しくなりますね」  
 別種の清涼感を持つ声が俺の右手からかかった。正面に向き直ると、副団長古泉一樹が声とは裏腹  
にどこか寂寥感のある笑みで言った。広げられたチェス盤の向こうに人類が繰り広げてきた悠久の歴  
史と英知をかいま見ているかのような顔をしてるが、まぁ俺の思い過ごしってことにしておこう。  
 俺は鷹揚に肯いて部室を見渡した。  
 
 宇宙に二つとないだろう奇怪な団の活動履歴を裏付けるかのように、そこにはあらゆる物品がとこ  
ろ狭しと収まっている。古くは野球道具に始まり、ノートパソコン、笹の葉、孤島雪山古城での合宿  
写真、今年の映画撮影の時に作ったポスター、ガラクタのような古道具一式、同じく古本の束、壁に  
は文芸部の活動を拡大解釈した産物たる新聞、ラックの上には登場頻度の高かったボードゲーム類が  
うず高く積まれ、俺の背後の本棚は相変わらず満席、団長机のデスクトップパソコンはつい先日元部  
長氏が晴れて大学合格を決めたことによる粋な計らいで新型にかわっており、極めつけは朝比奈さん  
のコスプレ衣装があるハンガーラックだ。春夏メイド服、ウェイトレスにバニー、ナースにアマガエ  
ル、巫女にサンタ、いつだかハルヒが着てたチャイナ、長門の魔女衣装もここにある。他にもスチュ  
ワーデスだの警官だの言うをはばかるあれやこれだの、一体いつの間に買ったんだか譲り受けたんだ  
か俺でも分からないようなものがたくさんある。  
 
 例えば入学したての俺を現在時空のこの部屋に連れてきて様子を見せたら、顎を三段ほど下に落と  
して現在の俺を見つめて唖然とし「お前は一体何やってきたんだ」と呆れて小一時間ほど口も利けな  
いことだろう。事実、俺も何やってきたのか一言でズバリ言い切ることができないしな。  
 ある時はテーブルゲームに興じ、ある時は市内をそぞろに歩き、ある時は得体の知れない怪物モド  
キと戦い、ある時は探偵に扮した推理ゲーム、ある時はまんまタイムトラベラーとなって世界の危機を  
救い、ある時はマジで遭難してしまい……言えば言うほど正体が不明になってくってのもまたどうか  
と思うんだが、まぁそんなツッコミすらとうの昔に慣れっこになっている。  
 
「……」  
 先ほどから俺の隣でカタカタとキーをパンチする音が聞こえては消えしているのだが、それは長門  
有希が文芸部的活動の真っ最中だからだ。  
 三ヶ月も前に生徒会選挙がつつがなく終了し、かつての仮面生徒会長も今はいち生徒となって間も  
なく朝比奈さん鶴屋さん元部長氏喜緑さんと共に卒業していくはずだ。こうして人物を羅列してみる  
とあらためて心を慣れない風が掠めていく気分になるな。元生徒会長曰く「本当に面白い一年だった。  
悔いは全くないといっていい。今じゃ古泉に感謝したい気分だな」とまで言っていて、まこと双方利  
害一致した上での理想的関係とはこれを指して言うのだろうかなどと思った次第である。  
 
 古泉もそろそろ手を緩めていいと判断したのか、次期会長はまた元通り特別な属性を持たない凡庸  
な生徒がつとめているらしく、確か八組の生徒だったか。それ以上は知らん。ゆえにそこまで文芸部  
の活動に精を出す必要はなくなり、しなければしないでお咎めがあるわけでもないのだが、どういう  
わけか長門は何か書き物をしているらしかった。何書いてるんだと訊いたところ無回答だったので例  
によって画面を盗み見しようとしたらあっさりと回避され、テキストファイルを本人不在時に見よう  
とするまでもなく長門のロックを俺が突破できるわけがない。ま、インプットだけじゃなくアウトプ  
ットもするようになったのはいいことに違いないのさ。非常に稀ではあるがクラスでも話すことがあ  
るらしいしな。  
 
「みんなお待たせーっ!」  
 ハルヒに負けず劣らずの威勢で鶴屋さんが現れる。去年はありとあらゆる場面でお世話になり、今  
やSOS団名誉顧問という肩書きすら物足りなく感じる。  
「待ってたわ鶴屋さん! さ、それじゃ早速打ち合わせするわよっ!」  
 ハルヒはガタンと立ち上がり室内を睥睨、それが合図であるかのように古泉はチェスを片付け長門  
は保存したファイルを閉じてノートPCをシャットダウン。朝比奈さんも椅子に座ってさながら我々は  
円卓にて多国間協議する首脳か騎士状態だ。確かにそこそこ重要というか、有意義な議題になるはず  
だしな。  
 
「SOS団プレゼンツ、みくるちゃんと鶴屋さんその他の卒業を盛大に祝す会!」  
 恐ろしく語呂が悪い以前にタイトルの体すら立っていないフレーズをのたもうたハルヒは、ホワイ  
トボードをガラガラと引きずって弁舌すべらかに話し出した。  
 
 
 さて帰り道。六人による下校風景はいつもより若干と言わず華やいだ空気を俺たちの間にもたらし、  
それは先頭で肩を並べて談笑しっぱなしのハルヒ鶴屋コンビを筆頭に最後尾の俺と古泉まで続いていた。  
「この二年。過ぎてみればあっという間だったな」  
 不思議なものだ。何気なく呟く俺に古泉が手慣れた相槌をうちつつ、  
「そうですね。本当に色々ありました。時に誰かが窮地に陥ることもあり、その都度他の誰かが助け  
るという、ある種理想的な構図でもって僕たちはここまで来ることができたのだと思います」  
 かく言うお前ものっぴきならん状態だったことがあったな。  
「えぇ、恥ずかしながら。今では、あれがあったからこそ割り切って行動できるようになったのだと  
思っていますが」  
 
 何も古泉だけじゃない。SOS団はほとんど全員が特殊なプロフィールを隠し持っていて、それが遠か  
らぬ原因となってそれぞれを瀬戸際に追い込んだことがあった。ハルヒは何度かに渡って世界を丸ご  
と変えてしまいそうになったし、長門は一度だけ実際に取り換えちまった。朝比奈さんは自分の力不  
足にしばしば心を痛めていたしな。俺だってもっと何かできないのかと一般人でしかない己の限界を  
うらめしく思ったことだってあったさ。だがまぁ、結果的に全部乗り越えてきた。思ったよりずっと  
強かった。それがSOS団への正直な感想だ。ちょっとやそっとじゃビクともしないし、大きな事件なり  
出来事なり起きても簡単には壊れない。そういう確信というか信頼というか、絆といったら途端に陳  
腐になるだろう見えない糸みたいなもんがあるのを俺は感じていたのだった。  
 
 俺の正面にいる夕方の精霊のような朝比奈さんが卒業しようとしている。  
 時間というのは絶え間なく流れ続けるものであり、そうである以上は日常と思っている日々にも終  
わりが来る。朝比奈さんは俺よりひとつ上の学年なのだから、一足先に学校を去ってしまうってこと  
も織り込み済みだ。だから俺はハルヒが提案するパーティで古泉と披露することになってる芸だって  
ちっとも嫌じゃないし、それで少しでも場の盛り上がりに貢献できるってのならいくらでもバカやっ  
てやるさ。  
 
 当の朝比奈さんは見たところいつも通りであり、まぁ隣が長門だから会話こそしていないものの、  
卒業を控えてブルー色になるような気配は見られなかった。そう言えばこの数ヶ月はすっかりタイム  
トラベルとはご無沙汰になっていて、それはすなわち朝比奈さんの本来の仕事が軽くなってるってこ  
とにもなる。ちょうど一年ばかり前には彼女が二人になってしまい、当惑しっぱなしのまま八日間に  
わたるお使いを済ませ、まだ迷っていた様子の朝比奈さんも少しは自信をつけたんだった。もうあれ  
から一年か。振り返ってみた時に初めてあっという間という言葉が出てくるが、まさにそんな感じだ。  
 
 などと取り留めに益体もないことを考えているうちに駅前にて俺たちは解散する。こうして全員で  
帰れるのもあと数日なのである。  
 
「さようならぁ」  
 にっこり笑う朝比奈さんについ目が行ってしまうのも仕方ないと思うね。ただでさえ道行く男は全  
て釘付けになってしまうような愛らしい容姿の持ち主であり、俺はそんな人と二年も近くにいたんだ  
からな。  
 緋色がかった髪が初春の夕陽に映えた。笑顔が切り取られた写真のように網膜に焼きつく。  
「ん」  
 わずかばかり胸が痛んだ。……何だろうな。分かってたことじゃないか。いつか、朝比奈さんは卒  
業する。それがもうすぐやって来る。そうだろ?  
 俺はろくに声も出さず、マヌケに手を振っているだけだった。  
「どうかしましたか?」  
 気がつくと唯一古泉だけが残っていたらしく、鋭い眼差しが嫌でも突き刺さった。見てたのか。  
「先ほどから妙に彼女を見ている時間が長いと思ったのでね」  
 気のせいだろとごまかすには自覚がありすぎたので、俺はふっと息を吐いてから、  
「何となくな。卒業しちまうんだってあらためて思っただけだ」  
「だけ、ですか」  
 何だよ。言いたいことがあるんならはっきり言え。団長がいつも言ってるだろ。  
「そうですね。ならば僕からはひとつだけ。……悔いのなきよう」  
 本当にそれだけ言うと古泉はまたいつもの微笑顔に戻って黙礼し、帰路に着いた。  
 俺も首を振って自宅を目指したが、古泉の一言と朝比奈さんの笑顔がなかなか頭から離れなかった。  
 
 
 翌日は休日で、午前中俺は来るべき卒業記念パーティの買出しに駆り出され、朝比奈さんを除くSOS  
団メンバーと駅前集合したのち仮装衣装だのクラッカーだの新たなボードゲームだのと割り勘で買い  
込み、ついでにケーキの注文までして昼過ぎに解散した。  
 ハルヒは相変わらず駆動させすぎのジェットエンジンで空まで飛んでいけそうなテンションを維持  
し、他のメンバーも特別変わったところはないようで、俺もそのはずだったが果たして他の団員の目  
にどう映ったのかはわからん。  
 
 さて午後は珍しくも空き時間となっていたので、自宅に戻った俺ははかどらない学年末試験の勉強  
なんぞをとろとろとしていたのだが、三時を回った辺りで携帯に着信があった。  
 名前を確認すると誰あろう朝比奈みくるさんとの表示があり、俺の胸はいつもより二割増しでのハ  
イテンポモードに移行する。何だろう。特別思い当たる節もないので厳かな気持ちになりつつも通話  
ボタンを押す。  
「もしもし? 朝比奈さんですか?」  
「……あ。キョンくん?」  
 受話器越しでもノイズを超越して結晶化されたような声に耳が溶けそうになる。何たる癒し効果だ  
ろう。もうこの一言だけで生きてる喜びみたいなものを実感できる。えぇと、ご用件は何でしょう?  
「あの……。今時間ありますか?」  
 一言一句ごとに脳髄に桃色の振動を与える至上の声を聞きつつ、俺はひたすら肯き、しかし声を出  
していなかったことに気づいて慌てて言った。  
「はい! もう暇で暇でしょうがないくらいで」  
 高校二年も終わり際だがバカ丸出しの受け答えに、優しき朝比奈さんは受話器越しにクスッと笑って、  
「ふふ。あの……それじゃ今から会えますか? あの、いつものとこで。三十分後でいい?」  
 俺はまたも同じ動作を繰り返しそうになったが、すぐに止めて、  
「はい! 死んでも行きます!」  
「ありがとう。それじゃ……ね」  
 朝比奈さんとの会話は終了した。あまりに突然だったのでまだ心臓が妙な感じに脈打っている。急  
なお呼び出しなどいつ以来だろうか? それこそいつだったかあのハカセくんを生命の危機から救っ  
た日ぶりじゃないか。  
 
 そう思った俺は情けなくも余計な推測をしてしまった。まさか久々に時間がらみの指令が来たのだ  
ろうか。とすれば俺はまたこの手で未来をちょいとしかるべき方向へシフトさせることになるのか?  
あれから大人版朝比奈さんと色々話したものの、どうにも分かっていて未来を固定させるってのは性  
に合わない。だからなるべくなら無縁でいたいとは思っていて、しかし彼女に頼まれれば何だかんだ  
断れないというのも正直なところだった。  
 
 そのようなことを考えつつ俺はえっちらチャリを漕いで駅前に向かう。この道も通学路の次くらい  
に多く使っている。まさか同じ日に二回も往復することになるとは思いもしなかったが。それでも誰  
あろう朝比奈さんのお誘いを断る人間などハルヒ特製バツゲーム十連発をくらうに値する。この時ば  
かりは俺も今までの感傷などどこ吹く風でほいさっさと軽やかにペダルを漕いで集合地点に到着した。  
 
 集合時間十分前。朝比奈さんはまだ来ていなかった。俺が待ち合わせで先に来たことなど遥か昔の  
第二回SOS団市内探索の時以来だ。しかし今回、どっちが先に着こうと俺は奢る気満々であり、そん  
な小さなことで虚栄心を満たそうとする己の愚かさに落ち込むこともなかった。単純に言って嬉しか  
ったからだ。  
 
 
 冬もそろそろ終わりだった。  
 まだ二月だったがこの日は妙に暖かく、心境と相まって今すぐ路上ダンスを披露して輪を作ってい  
る兄ちゃんたちの集団に加わりたいくらいの気分だった。いや、しないけどもさ。  
 
「お待たせ」  
 後ろから聞き慣れた、それでいていつだって心地よい声が耳に響き、俺は振り向いた。  
「朝比奈さん……!」  
 俺は少なからず驚いた。目の前にいる先輩はかなりオシャレをしていた。明らかに気合が入ってい  
る。これまではおしゃまな子が休日をのんびり過ごすのに適したような可愛らしい服や、せいぜい少  
しだけ背伸びしたような都会を匂わせる出で立ち止まりだったのが、今日はおめかしなどというレベ  
ルではなかった。それこそプロのスタイリストなりヘアメイクなりつけて、これからモデルとして写  
真撮影しますと言わんばかりのキマり具合である。実際近くを通る人が男女問わずこちらをちらと見  
ては感嘆の吐息を漏らすようにしてまた通行人へと戻っている。  
 
「ごめんね。待たせちゃった……?」  
 俺は唖然として首を振った。これは一体どうしたことだろう。これまで見た朝比奈さんの格好の中  
でもダントツに素敵である。  
 このお方がどうして俺なんぞに話しかけてくださるのだろうか。ひょっとして人違いで、もっとツ  
ラ構えも物腰もいい似合いの相手が他に待っているんじゃなかろうかと思ってしまうくらいだ。それ  
にいつもより大人びて見える。そこまで考えて俺は、  
 
「朝比奈さん、ですよね?」  
「え?」  
 何を訊いてるんだ俺は。当たり前じゃないか。どう見たって朝比奈さんである。この二年何を見て  
来たと思ってるんだ。あの部室で唯一無二の神々しさを放っていたのは間違いなくこの人だ。  
 だが普段の制服姿やメイドスタイルとは一線も二線も画している。彼女のほうから呼びかけてくだ  
さらなければ、俺はそれが朝比奈さんと分からずにいつまでも待ちぼうけ状態だったかもしれん。  
 
「あぁいや! 何でもないです。ほんとにすいません、はははは!」  
 俺もそこそこに気合入れて来たつもりだったのだが、それでも朝比奈さんのはまり具合には遠く及  
ばない。思わず周囲の皆々様に平身低頭して謝りたい気分だ。俺なんかが朝比奈さんと歩いてていい  
のかほんと。  
 
 さてその朝比奈さんだが、俺が挙動不審になっている間、まるで寝起きのような表情でぽーっとし  
ていた。俺のマヌケ面のそのまた向こうに妖精さんでも飛んでいるのが見えるかのように。  
「あの……朝比奈さん?」  
「えっ、あっ! はい、何でしょう」  
 このリアクションにようやく俺は少しばかりの落ち着きを取り戻す。あらためて銀河レベルの美人  
であることを認識しつつも、間違いなくこれは朝比奈さんだ。  
「あの、どこかに行くんじゃないんですか?」  
 お使いなのか指令なのかはたまたデートと呼んでいいのか分からんが、いずれにせよ行き先がある  
はずだ。  
 俺の問いに朝比奈さんはまたぽかんとして、それから思い出したように、  
「……あっ、はい! えぇと、それじゃ最初は……こっちです」  
 春の日なた状態の朝比奈さんにいささかの不安を感じつつも俺は美の極致的オーラをにじませるお  
方と肩を並べて歩くというかつてないまでに恐れ多いポジションにつかせていただく。  
 
 朝比奈さんと並んで歩くこと自体がかなりひさびさだった。さすがに一年前まで遡ったりはしない  
が、それでも去年の市内探索でペアになって以来だから、少なくとも二ヶ月以上は空いていることに  
なる。  
 さてその朝比奈さんが歩き出したのはあの小川の方角だった。足取りは気ままな散歩よりなお遅い  
くらいのゆったりした歩調で、まだ混乱したままの俺には少しもどかしく感じる。  
「それで朝比奈さん、今日は一体……」  
 
 !!  
 
 心臓が止まるかと思った。  
 俺が右を向くと、朝比奈さんは歩きつつも大きく丸い瞳でまっすぐ俺を見上げていた。  
 鮮やかな色の唇がわずかに動いて何か言いそうになる。が、ぱちりと瞬きして我に返ったのか、  
「あっ、えっ! あの……今、何か言いました?」  
「え! いや、その、何でもない……っす」  
 相乗効果的にかしこまりまくってしまう俺だった。今のは何だ? それこそ時間が止まったのかと  
思うくらいにドキリとした。まだ心臓が急勾配を駆け上がった直後のように波打っている。このまま  
じゃマジに心臓麻痺で昇天しちまうかもしれん。朝比奈さんとはこれまでにもドキドキさせられる場  
面がいくつもあったのだが、今回のこれは段違いに桁違いだ。今自分が立ってる感覚すら定かでない。  
 
 心臓の鼓動を感じながらふたたび横を見た俺は、朝比奈さんが紅潮した頬に片手を当ててわずかに  
うつむいているのを見た。その横顔にまたも俺は心拍の増加を余儀なくされ、高血圧ってこういう状  
態なのだとしたら大変だななどとわけの分からないことを思っていた。  
 
「あ……ここ」  
 やがて小川にさしかかり、到着したのはどこあろうあのベンチだった。  
 二年近く前。朝比奈さんが自分が未来人であるという告白をした場所。えらい久しぶりである。  
「座りませんか?」  
 美の神秘の何たるかを閉じこめたような瞳で問われればYES以外の選択肢はなくなる。えぇ何時間  
でも座りましょう。  
 俺は距離もそこそこにぎこちなく腰を下ろしたのだが、  
「あの……近くに座ってもいい?」  
 との朝比奈さん発言に全身が板チョコレートになる。チカクニスワッテモイイ?  
 とか考えてる間に朝比奈さんは俺のすぐ隣に座った。どこか申し訳なさそうに、それでいて思い  
切った決断をしたように。  
 
 さて俺はまず全身が総毛立つのを感じ、次に首筋のあたりからむず痒いようなとろけるような感覚  
が徐々に背骨の方にまで沁みていき、それが脳味噌を支配する頃には両手が桜色の湯に浸った状態に  
なっていた。  
 神様がもしいたのならこの時ばかりは感謝せずにいられない。他に誰に礼を言っていいのかも分か  
らないしな。風に乗っていい匂いが漂ってくる。シャンプーと他にも色々、とうとう鼻までめろんめ  
ろである。間違いない、今殺されても一点の悔いも残らない。それくらい途方もない幸福感が俺を満  
たしていた。  
 
 不意に右手がさらなる領域へと感覚を進めたのを感じた。錆びついた蝶番のように首を動かして見  
ると、朝比奈さんが俺の右腕を両手でそっとつかみ、肩に……よりかかってきた。  
 今すぐ液状化して大地に溶けてしまってもおかしくなかった。これは一体どうしたことだろうとか  
そんな余計な邪推すらもうどうでもいい。願わくばこの時間よ永遠に続け。間違いなくこれまでの人  
生で最良の瞬間であることはもはや疑う余地すら無菌室のホコリほどもない。  
 
 朝比奈さんは今やその小さな頭を俺の肩に預け、この光景は傍から見ればカップルが休日のベンチ  
で憩っている風景以外の何物でもなかった。接触している箇所を中心に未知の物質が俺の皮膚を通じ  
て発生し、脳はそれをひたすらに幸せ青信号へと変換し続けて、俺の身体はどんな温泉より安眠枕よ  
り効能のある癒しの局地へと運ばれていきそうであった。  
 
 そんな時間が短くなく続いた。  
 というか時間の感覚そのものがなかった。素敵な時間は早く過ぎるというが、それを勘案したって  
結構長い間俺たちは二人でベンチに座っていた。俺はまともな思考回路など今日の朝比奈さんを一目  
見たときから失っており、ただただこの天上のひと時をかみしめるだけなのだった。生まれてきてよ  
かった。人生最高である。  
 
 しかし俺は俺でガチガチに固まってしまって、言葉はおろか微動だにできなかった。朝比奈さんは  
俺に寄り添っている間何も言わなかったが、何も話さなくてよかったのだろうか。何か用があって今  
日は誘ってきたのではなかったのか。  
 
 幸福色で塗られた時間は、朝比奈さんが俺から離れてゆっくり立ち上がるところで終了となった。  
朝比奈さんは数歩俺に背中を向けて歩き、振り向くと、  
「お茶にしませんか? ちょっと時間遅いけど……」  
 時計を見つつ笑顔で言った。その表情に俺は胸の中にまたあのえもいわれぬ風が吹いたように感じ、  
間もなくそれがチクッとした痛みに変わるのが分かった。……何だろう。今、朝比奈さんは確かに笑  
っているのに、俺は何か大切なものを見落としている気がする。  
「え、えぇ。どこへだって行きましょう」  
 何とかそれだけを言って平気な風を装って立ち上がるも、三時間正座した後に立ち上がったかのよ  
うに一度よろめきかけた。しっかりしろ、俺。  
 
 
 文句なし、何もかもがパーフェクトな一日だった。古泉や長門、ハルヒと買出しに行った午前が遠  
い昔のことのように思える。  
 俺たちは普段班分けをする時に入る喫茶店でティーブレイクにした。そこでようやく俺はいつもの  
調子を不完全ながら取り戻し、朝比奈さんも話し出すといつも通りの彼女だった。屈託なく笑い、つ  
つましやかに身振り手振りする。こうして二人きりで話すことなど滅多にないので、俺は何も考えず  
に普通に会話を楽しんでいた。  
 勘定は当然俺が全額持とうとしたのだが、去年のお茶屋よろしく朝比奈さんは、  
「いいんですっ。わたしが誘ったんだし……キョンくんはこれまでずっと奢ってくれましたから」  
 と言って引こうとぜす、  
「それじゃ半々にしましょう」  
 ってことで結局割り勘になった。一度くらい朝比奈さんに全額奢ってあげたいんだけども。  
 
 その後はウィンドーショッピング。女性ものの洋服売り場など、オフクロや妹と買い物に出かけた  
時ですらまず行かないので、ここで俺はふたたび緊張の面持ちとなるも、数々の洋服を次々と試着し  
てはその全てが抜群に似合ってしまう朝比奈さんを見ているうちにどうでもよくなった。  
「どれも似合いすぎて、全部買うかどれも買わないかの選択肢しかなくなっちゃいますね」  
「さすがに全部買うなんて無理ですよー」  
 朝比奈さんはぱたぱた手を振って、結局気に入ったらしい春物をひと揃え買った。ここでも朝比奈  
さんは俺の代金提供申し出を固辞、  
「お願いだから気にしないで。ほんとに……」  
 心から申し訳なさそうだったので、俺は折衷案として、  
「それなら俺から何かひとつプレゼントさせてください。何でもいいですから。服でも帽子でもアク  
セサリーでも。あ、あんまり高いのはさすがにムリですけど」  
「えっ。いいの……?」  
 しとしと降り続いた雨が上がったのを確認するように俺の表情を窺う朝比奈さんに、俺は一秒で肯き、  
「もちろん。じゃなきゃやっぱり洋服代出します」  
 と言うと朝比奈さんはまた首を振った。そういう理由によって朝比奈さんは売り場脇にあった小物  
のコーナーからウサギをあしらったネックレスを選んだ。  
「それでいいんですか?」  
 安すぎもしないが思ったほどの値段じゃなかったのでつい聞き返してしまう。  
 すると朝比奈さんはいつも部室で見せるような笑みで、  
「はいっ」  
 とだけ言った。写真にとって心と自宅の机にでも飾っておきたいくらいの笑顔である。もう今日は  
一生分の運を全て使ってるんじゃないかっていう気になってくる。それくらい文句の余地なく幸せ分  
のお釣りが来すぎて受け皿があふれ返っている。  
 
 バッチリ決まっていたさっきまでの服装に戻り、プレゼントしたネックレスを新たなアクセントと  
して、朝比奈さんはご機嫌でぱたぱたと俺の数歩先を行く。俺も笑顔でその姿を眺めつつ、いつしか  
あたりは夜にさしかかる。  
 
 朝比奈さんはくるっと振り向いてにこっと笑い、  
「もう少しだけ散歩しませんか?」  
「もちろんです」  
 古泉がハルヒのイエスマンなら俺は朝比奈さんのイエスマンだということを今さら認識しつつ、し  
かしそれに何の抵抗もためらいもないしむしろ喜ばしいことこの上ない。  
 俺と朝比奈さんは引き続き並んで歩く。時間は確かに経過しているが、それでもできるだけこの時  
間が続けばいいと思っていることに変わりはなく、ただただ楽しかった。朝比奈さんがふわっと笑う  
たび、長い髪がゆったりと揺れるたび、何か言うたび、つられて俺も笑っていた。こんなに自然に笑  
いまくった日なんてのもまたそう何度もない。普段ハルヒに振り回されてる時とは別種の笑いだった  
ことも確かだ。そよ風が吹くくらいに何でもなく笑顔になれる。それはまさしく朝比奈さん自信の持  
つ魅力に他ならなかった。彼女は人を幸せな気持ちにする力を持っている。本人がそれに気がついて  
いるかは分からないが、願わくばいつまでもその無垢な笑顔を失わないでほしい、と、そう思った。  
 
「今日はありがとう」  
 不意に朝比奈さんが言った。あたりは街灯もまばらで薄暗く、駅の中心部から離れていたので人気  
もさほどない。その言葉を聞いて、俺はなぜだかまたあの違和感が胸をよぎるのを感じた。  
 何なのだろう。何一つ不安な要素などないし、むしろ幸福のまっただ中なのに、真っ白なキャンバ  
スに針で一点だけ穴を開けたような不安がどこからともなく吹き抜ける。俺は確実に何かを見逃して  
いる……。  
「いえ、こちらこそ。いつもと違って横暴な団長もいませんし、楽しかったですよ」  
 日が暮れてから風が吹き始めていた。冬の名残のような冷たい風は、決して激しくはないが十分な  
冷気を伴って俺たちの間に吹き抜けた。  
 朝比奈さんは笑ったようだったが、暗がりの公園の片隅ではそれがよくは分からない。  
「本当に……」  
「朝比奈さん?」  
 朝比奈さんはうつむいた。両手で顔を押さえている。……何だ? 様子が違う。  
「わたし……っ」  
「朝比奈さ――」  
 
 わずかな時間だった。  
 それこそ見てる間に、朝比奈さんは俺の元に近寄り、抱きついてきた。  
「……!?」  
 思考回路がショートとオーバーヒートを同時に起こす。俺は口をパクパクさせて、何も言えなくなる。  
「あさ……ひなさ」  
 思い切り抱きしめられていてもその力は弱く、小さな頭が俺の胸に押しつけられていた。  
 どうしたらいいんだ。思わず両手を上げて降参と言いたくなってしまう。勘違いして抱きしめちま  
ったとして、捕まったらどんな罰則が待ってるんだ? それともこれは団員によるドッキリか何かで、  
実はどっかにハルヒたちが隠れているとか? 古泉ならハルヒに言われればそれくらい喜んでやりそ  
うだからな。  
「……うっ、うぅぅぇぇ」  
 とか考えてる間に朝比奈さんは紛れもない嗚咽を漏らしはじめた。俺の頭はますますひっくり返っ  
てかき乱した観覧車状態である。何か今日の俺に粗相があったのだろうか。だとしたら今すぐにでも  
謝らねばならん。  
「あの、何か俺気に障るようなこと言ったりしたりしましたか? だったらその、すいませんでした」  
「うっ、うぇっ、ふえぇぇぇん」  
 朝比奈さんは俺の胸に顔を埋めたままで首を振った。何なのだろう。今日はもう何もかも分からな  
い代わりにそのことについて考える必要もないくらい幸せだったので思考自体を放棄していたが、さ  
すがにこれは理解ができない。どうして朝比奈さんが泣く必要があるんだ。俺が感涙にむせび泣くの  
なら話は別だが。  
「うぅっ、うっ、うぅぇえっ……うぅぅぅー」  
 一度堰を切った朝比奈さんはとめどなく泣き続け、俺はなすすべなく棒立ちするより他なかった。  
 朝比奈さんが泣く間、俺は何とか慰めようと「大丈夫ですか」とか「どっか座りましょう」とか頼  
りのないことを言っていたのだが、何か言うたびに朝比奈さんはぶんぶんと首を振っては泣き続けた  
ので、とうとう俺は何も言えなくなってしまった。  
「……っ、うっ……ふぇっ。あぅぅ……うぇうぅっ」  
 朝比奈さんが泣く姿もしばらく見てなかった。それこそ最初はハルヒにいじられるたんび、何か困  
ることがあるたび、自分の力不足を感じるごとに泣きじゃくっていた彼女だったが、それでも時を重  
ねるごとにちょっとずつその回数は減っていた。それは朝比奈さんが強くなったからかもしれないし、  
成長したのかもしれないし、両方かもしれない。だからこそ、彼女が突然涙する理由に思い当たらな  
い……。  
「朝比奈さん? あの……」  
「……ごめんね。ごめっ、うっ、うぅぅっ……ふえっ、っく」  
 朝比奈は必死に涙をこらえようとしてはまた声を漏らす。しばらくそれが繰り返された。  
 
 どれくらい経っただろう。  
 さっきとは居心地も状況も異なる時間がいつしか過ぎ、ようやく落ち着いた朝比奈さんは、  
「……もうすぐ卒業だから。寂しくなっちゃって」  
 と言った。相変わらず暗がりにあったのでその表情は分からない。が、朝比奈さんにとってはかえ  
ってよかったのかもしれない。  
「もうキョンくんたちに……会えないんだって、思うとっ、うぇっ」  
 また零れそうになる雫を抑えるべく俺は慌てて、  
「大丈夫。ハルヒの言うとおり、休日はまた皆で会えますよ。少なくとも夏までは変わりないはずです」  
 そろそろ受験勉強に取り掛からなければならないのは事実なので、これまでほどうかうかしてられ  
ないのももちろんだが、それでも俺はSOS団の活動を放棄しようなどとは思わない。  
「うぅぅ……。ふぇっ、っく」  
 朝比奈さんはまた泣きそうになるのをこらえ続けていた。俺はキリキリと心臓を縛られるような心  
地になる。  
「大丈夫ですから。涙を拭いてください」  
 いつだったかの教訓がかろうじて活かされ、俺は持ってきていたハンカチを差し出していた。  
「ありがと……っく。ありがとう……っ」  
 夜になって冷えだしてきたので、なるべくならどこか暖かい場所に入りたかったが、朝比奈さんは  
それに応じようとしなかった。  
「今日はごめんね……わがまま言って」  
「とんでもないですよ。俺はその、……嬉しかったです」  
 立ちっぱなしで会話する二人だった。俺の言葉をどう取ったか、朝比奈さんはまたゆるゆると首を  
振る仕草をして、  
「今日は……帰ろう」  
 と言った。白い息のような言葉に俺はまたも心苦しくなるが、他にいい選択肢を思い浮かぶわけで  
もなかったのでゆるやかに首肯。  
「歩けますか? 駅まで行けばタクシー拾えると思いますけど」  
「ううん。大丈夫。……歩いて帰れます」  
 そうは言うもののもうどこを歩いても夜道である。こんな状態の朝比奈さんを一人で歩かせるわけ  
にはいかない。  
「いや、駅まで行きましょう。タクシー代は俺が持ちます」  
 朝比奈さんは謝辞を言う気力が足りていなかったのか、力なくこくっと肯くと、  
「ごめんね……」  
 とだけ言った。なにも悪くないですよ。気がふれることくらい誰にだってあります。きっと卒業が  
近付いててちょっとばかしナーバスになってたんだろう。  
 
 俺たちは駅まで手をつないで歩いた。  
 気づけば互いの掌を握っていて、どっちからそうしたのか全く覚えていない。  
 けれどそんなこともどっちだってよかった。とにかく今の朝比奈さんを支えていてあげたかった。  
 夜道を迷子になったヘンゼルとグレーテルのように歩いて、でも道には迷わず、やがて駅前にたど  
り着く。俺たちの足取りは速いわけでも確かなわけでもなかったのに、どういうわけかその時だけ時  
間が短く感じられた。  
「それじゃ俺はここで。運転手さん、よろしくお願いします」  
 タクシーに朝比奈さんを乗せて、あらかじめ運転手に代金に足りるだろう金額を渡した。  
「朝比奈さん、また学校で会いましょう。……大丈夫。元気出してください」  
「キョンくん……」  
 朝比奈さんは潤んだ瞳で俺を見ていた。俺も朝比奈さんを見ていた。  
 そのままではどうにかなってしまいそうだったので、俺は慌てて、  
「あぁ! そろそろ失礼しますね。運転手さん、車を……」  
「待って!」  
 
 そう言うと、朝比奈さんは座席から身を乗り出して俺を抱きしめ――唇を重ねた。  
 
「…………」  
「……大好き」  
 
 間もなく、車は夜の闇へと吸い込まれるようにして、いつしか見えなくなった。  
 俺は今起きたことが全く分からずに呆然と立ち尽くし、気づいた時には時計の針がゴールデンタイ  
ムをとうに過ぎていた。  
 
 
 次の日もハルヒたちと打ち合わせがあったのだが、俺は気もそぞろでほとんど抜け殻状態だった。  
 ……朝比奈さんにキスをされた。  
 その事実は時間が経つほどに強固な現実として俺の頭蓋を打ちのめし、身体をフラフラにして今こ  
の時から自身を遊離させた。ぼーっとするあまりハルヒに二桁に及ぶほどの打撃ツッコミを受けたが  
気にしない。  
 
 
 そして週があけて月曜日となる。この時には土曜日にあった一連の出来事で俺の頭は微熱と言わず  
温度を上げていて、心中春真っ盛りと言わんばかりの状態だった。  
「ねぇちょっと。あんた風邪でもひいたの!?」  
 などと後ろの席でハルヒがチョップをかましがてら訊いてきたが、まぁそんなところだ。俺は流感  
にかかっちまったのさ。例えて言うなら恋という名の病。  
 幸福が俺の心を満たしていた。このあと部室に言って気まずいだろうとかそんなことは考えなかった。  
 そうか、俺はこれまでずっと朝比奈さんが好きだったんだ。どうしてそんな簡単なことに気がつか  
なかったんだろう。これこそ恋じゃないか。朝比奈さんのことを考えるだけで途方もなく幸福な状態  
になれるってんだから。  
 
 我ながら、ずいぶんとのん気なものだったと思う。  
 
 
 ハルヒがブツクサ言っていたが、のらりくらりとやり過ごして放課後の部室へ向かう。  
 そこには俺にとって永遠の女神となる朝比奈さんがいるはずなのさ。  
「ちわっす」  
 体育会系な挨拶をして部室に入ると、既に全員が揃っていた。古泉長門はもちろんのこと、朝比奈  
さんもメイド装束でお茶汲みの準備中らしい。その立ち姿を見ただけでもう俺の桜は満開なのである。  
 どこか険のこもったハルヒがずかずかと団長机に向かうのを見やりつつ、俺は古泉の向かいに座った。  
「妙に嬉しそうですね」  
 最初に言うことがそれか。ってことは顔に出てるのか。ふむ、谷口みたいなツラになるのならちょ  
っとは引きしめた方がいいかもしれんな。  
「そんなに機嫌のよさそうなあなたを見るのは久しぶりですよ」  
 俺ってそんなに普段からむすっとしてるのか。  
「えぇまぁ。少なくともにこにこ笑顔ではありませんね」  
 千種の笑みを持つお前に言われりゃ確かだろうな。他の表情を見た覚えなどそうない。  
「僕が切羽詰るとどうなってしまうかは、すでにあなたもご存知のはずですよ」  
 あぁ。あれももう一年近く前になるな。あの時ばかりはお前にちったぁ同情する気になったさ。  
「そういうことです。まぁ、去年の暮れからこっち、また落ち着いてきていて嬉しい限りなのですが」  
 ピリリリリ  
 携帯が鳴った。古泉の。  
 古泉は電話を持って廊下に出たが、やがて戻ってきて、  
「急用ができました。すみませんが今日は失礼させていただきます」  
 と言ってまた退室した。慌しい奴だ。  
 古泉が慌しい……。  
 
 俺はハルヒを見た。ハルヒはむすっとした顔でマウスのボタンを連打している。……何と安直な。  
「おいハルヒ。何イラついてるんだよ」  
 呼びかけると、ハルヒはじとっとした目で俺を見上げ、  
「誰のせいよ誰の」  
 と言ってまたパソコンに目を戻す。そうか……昨日今日とあまりに俺がぞんざいだったことに腹を  
立てたのか。それで古泉の仕事増やすのは気の毒だぜ。とは言えるはずもないが。  
「すまんな。ちょっとここ最近寝不足で頭がぼんやりしてた」  
 半分嘘である。頭がボケてるのは現在進行形で真実だが。  
「ほんと。みくるちゃんと鶴屋さんをちゃんと祝うんだからね。しっかりしてよ」  
 仏頂面のハルヒの机に湯飲みが置かれる。  
「そんな。いいですよーわたしなんかの為に……」  
 メイドバージョンの朝比奈さんは、眉根を困った風に傾けて言った。何と可憐なんだろう。今すぐ  
抱きしめて土曜日の言葉に返事したい。  
「ダメよダメ! あのねみくるちゃん。そんなに謙虚だと運が逃げていっていい男捕まえらんないわ  
よ。黙ってても男が寄ってくるからって自惚れてると、いつか困ることになるの」  
 どんな理屈だかさっぱりわからん。謙虚だと男運が下がる法則が学会で発表されたのだろうか。  
「うっさいわね。あぁー、古泉くんも帰っちゃったし、これじゃ話し合いが進まないじゃないの」  
 進めずとももう十分にイベントの満員電車状態だろうが。これ以上詰め込んだら重量オーバーで止  
まっちまうぜ。  
 
 なんていうやり取りをしつつ放課後は過ぎ、俺はぼんやり朝比奈さんを見て過ごしていたが、不思  
議なことに彼女は昨日までのセンチメンタルはどこへやら、すっかり元気になっているようだった。  
 あんまりあっけらとしているので、土曜日の出来事はみな俺の夢だったんじゃないかと思ってしま  
うくらいだった。彼女は動揺でお盆をひっくり返したりすることもなく、はたまた突然泣き出したり  
もせず、そんなわけで終業時刻に向かうにつれて俺は頭の上に疑問符を積み重ねるばかりであった。  
 
 
「朝比奈さん?」  
 腹立ち紛れでさっさと帰ってしまったハルヒに、同じくパタンと文庫を閉じて先に部室を出た長門を  
見届けて、俺は残った先輩に向けて言った。  
「はい?」  
 朝比奈さんはいつもと変わらぬ穏やかな表情でこちらを見た。  
「あぁ、あの。一昨日のことなんですが……」  
 わざわざ掘り返すのもどうかと思ったが、やはりここは男として確認しておきたいところなのだ。  
 俺が言葉を選んでいると、朝比奈さんは小首を傾げて、  
「おととい? ですか?」  
 言いつつ反対に首を傾けた。そんな仕草のひとつひとつがこれまで以上に可愛らしく見え、俺は顔  
の温度が上昇するのを感じてしまう。  
 
「あの……何かありましたっけ?」  
 
 俺は半瞬ぽかんとして、続けて数秒間の思考停止状態に陥り、やがてゆるゆると復帰すると彼女が  
今言った言葉をようやく飲み込んだ。  
 何かありましたっけ? ……まさかあれをなかったことにしているのだろうかこの方は。この二年  
間、実に様々なことがあったものの、俺の中で一昨日の出来事はジャンルを問わず最大級の衝撃をも  
たらしてくれた。それをなかったことにされては、やはり俺だけが丸一日夢を見ていたことになって  
しまう。  
「何ってあの、覚えてないんですか? 一昨日のこと」  
「?」  
 声にならぬ声をほっと漏らしつつ朝比奈さんはまた呻吟のご様子。待て待て。よもや本当に記憶が  
ないのではあるまいな。もしかして未来人に記憶操作を受けたとかか?  
 
「あの。……わたし、キョンくんが言ってることが何なのかよく分からないんですけど」  
「本当に覚えてないんですか?」  
 俺の問いに朝比奈さんはこくんと肯いた。  
「何かあったんですか? あのぅ……」  
「いえいえ! 何でもないです。すいません、俺の記憶違いだったみたいで」  
 そんなことはないと確信していたがな。あれを白昼夢とするには実感と衝撃と印象が強すぎる。  
 
 
 そんなわけで俺は家に帰ってからどんな可能性があるかこれまでの経験を元に推測した。こんなこ  
とを考えられるようになっちまった自分がもはや常人の思考回路を有してないってことくらいとっく  
に織り込み済みだ。まぁそれはいいとして、真っ先に考えたのはやはり何らかの記憶操作を受けてい  
るってことだ。朝比奈さんがかもしれないし、ひょっとしたら俺が限りなくリアルな記憶そのものを  
持たされたのかもしれん。  
 そうでなければ土曜日の彼女は実は別人だったとか。一年以上前の雪山みたいにだ。今や敵連中は  
すっかり音沙汰がなくなっちまったが、ひさびさにちょっかい出そうと思ったのかもしれないし、ひ  
ょっとしたら新たな敵性存在が現れる前触れなのかもしれん。  
 ……が、  
「やーめた」  
 俺はベッドに身を投げ出した。アホらしい。これでは最近不思議なことが起きなくなったから自分  
からそういうことが起きてほしいと思ってるみたいじゃないか。もともとは凡庸な人生をまったりと  
謳歌するのが当初の俺の目標だったんだ。それがよもやけったいな団に入れられてわけのわからん活  
動をして本当の超不思議存在たちに出くわしてしまいには乗り気になってしまうなんて思いもしなか  
った。もう十分すぎるくらい珍しい体験をしたさ。朝比奈さんが卒業しちまうことといい、こうして  
少しずつ俺たちは普通の生活に戻っていくんだ。それでいいじゃないか。  
 ……と、この時はそう思っていた。  
 
 
 それから何日かはハルヒも元通り機嫌を取り戻して連日何かしらの行事をやった。いちいち描写し  
ていてはキリがないが、朝比奈さんもいつものにこやかな笑顔を終始保っていたし、ハルヒも団員が  
揃うとギアを全開にして俺たちを引っ張ってくれたので、俺も土曜日の一件は朝比奈さんの気まぐれ  
だったんだろうと思い込むことにした。  
 本当はずっと気になっていたが、俺があの日の出来事について真相を知るのはもう少し後のことだ。  
 
 
 卒業式当日――。  
 
「みくるちゃんと鶴屋さんその他の卒業を祝して! かんぱーい!」  
 SOS団団長にして祝賀会実行委員長、涼宮ハルヒがマイクを使ってのたもうた。  
「かんぱーい!!」  
 それに続くは多くの関係各位様――まずは卒業おめでとうございますな朝比奈さんと鶴屋さん。  
ハルヒの言う「その他」に含まれちまってるコンピ研元部長氏に元生徒会長、同じく元書記喜緑江美  
里さん。そして卒業を祝う側、俺に古泉に長門、谷口国木田阪中、なぜか新川さんや森さんまで執事  
とメイドに扮して来てるし、多丸さん兄弟に至っては礼服ではあるものの思い切り他人なんじゃ?  
……なんて無粋なツッコミはやめとこう。いや、ほんとにめでたい。  
「涙とか湿っぽいのは似合わないわ! 卒業式で泣いた分は二次会でパーッと晴らしましょう!」  
 独壇場状態の体育館ステージの上でわれらが団長様が号令をかけた。クラッカーが鳴り響き、直後  
学内有志によるブラスバンド演奏が始まった。  
 
 そう、さっき挙げたのはほんの俺の友好範囲内にすぎず、しかしてこのイベントの名は『SOS団プ  
レゼンツ、北高卒業式超二次会!』なるものだった。よもやこれほどの規模で宴会するとは思いもせ  
ず、俺がそのスケールを聞かされたのはほんの三日前のことだった。お前企画側の人間じゃないのか  
と言われるかもしれないが、俺がやったのはあくまで事務雑用その他なので会場が体育館ってのもつ  
い最近まで知らなかった。  
 
 どこから持ち出したのか結婚式場とかで見られる丸テーブルがあちこちに据えつけられ、円卓とな  
った席に各学年からありとあらゆる生徒が座って楽しげに会食している。ハルヒは司会進行その他も  
ろもろ重要な役割を一手に引き受けているので休むヒマもなく姿を見せては隠れしている。  
 
「はーい! それでは卒業を祝して卒業生から何人か、代表で言葉を頂戴します!」  
 バンド演奏が一度止んで放送部のかけるインスト音楽に変わり、わぁっという歓声の中で見覚えの  
ある顔ぶれが連れ立ってステージに出てきた。ハルヒの威勢いい号令が続く。  
「まずはわが校きってのアイドルにしてSOS団永遠の萌えマスコット兼プロモーター兼広報部長兼副々  
団長! 朝比奈みくるちゃん!」  
 主に野郎を中心とした歓声が巻き起こり、しかし女子側も負けていない。間違いなくここにいる人  
間の99%が彼女にメロメロである。かくいう俺もその一人だ。  
 さてその朝比奈さんはハルヒが退いたスタンドマイクに震えながら近付き、かくかくしながらお辞  
儀してマイクに頭をぶつけて会場を盛大な笑いでもって和ませ、  
「え……えっと、……そそそ卒業おめでとうございますっ! ありがとうございますっ!」  
 と俺たちが言うべき言葉と彼女が言うべき言葉を絶妙にブレンドさせた謝辞を述べた。並んでいた  
鶴屋さんが腹を抱えて笑っている姿がここからでも見て取れる。  
 
「本当に、楽しい卒業式ですね」  
 そう言ったのはこんな時まで俺の隣人をつとめる古泉一樹である。  
「そうだな」  
 俺は正直に言った。こんなに痛快な送別会をしてもらえれば、もはや高校に思い残すことなど百メ  
ートルで八秒切って未来永劫破られない世界新記録を打ち立てた陸上選手ほどにないだろう。  
 すると如才ないハンサムスマイルという表現を使いすぎてもはや省略した上で脳内補間していただ  
きたいくらいに定着した笑みの古泉は、  
「さて、これで朝比奈さんや鶴屋さんがこの学校からいなくなってしまうわけですが。あなたはどう  
ですか?」  
 返しにくい球を投げるなよな。と言ってもこれだけ長いこと禅問答やってりゃ、それもふまえて言  
ってきてることだって分かってる。  
 ゆえに俺は息を一つばかりついて、  
「そりゃ寂しいさ。何より部室であのメイド衣装とお茶を味わうことが叶わなくなっちまうんだから  
な。だがそんなこと言ってたって始まらないだろ。時間は常に一定の方向にしか流れないんだからな」  
 そう言うと相方たる副団長はクスッと笑い、  
「そうですね。あなたは僕なんかよりよほど達観していますよ。僕もそう考えるように心がけてはい  
るのですが、やはり残念な気持ちが勝ってしまうと言いますか」  
 そうは見えないぜ。と思いつつ、そう見せていないだけなのだろうとも思う。また無理して本音を  
隠したりするなよな。  
「ええ。先日の閉鎖空間もその戒めだと思っておきますよ」  
 しかし古泉の笑顔の種類まで判別できるようになっちまうとは思わなかった。まぁこいつが今さら  
嘘をつくとは思っていないし、表情も本心だと言っている。  
「……」  
 反対隣では長門がビュッフェスタイルのバイキングコーナーから山と盛って持ってきた食べ物を淡  
々と食べていた。俺が振り向くのに呼応するかのごとく目を合わせる。この一年で純度に磨きがかか  
った黒ダイヤのようになった眼差し。そこには意思の色が誰にでも分かるほどに表れている。  
「卒業だな、二人」  
 俺がそう言うと長門は一度ステージの方を向いて瞬きし、こくんと肯いた。  
「さみしい」  
 長門はわずかに顎を引いて言った。  
 いつからだろう、長門がここまではっきりと自分の気持ちを表に出すようになったのは。  
 明確な線引きなんてできないが、きっかけだけで言えば二年前の年末の一件に間違いない。結果的  
に、あれは長門にプラスの作用をしたのだ。最初は互いに相容れなかった宇宙人と未来人も、意識レ  
ベルではもうすっかり信頼しあえる間柄になった。俺はそう認識している。  
 
「ふへぇぇぇ……」  
 一日分のエネルギーを使いきってしまったかのようによろよろとした足取りで朝比奈さんが古泉の  
左隣に着席した。人前に出るのが苦手なのはそれこそSOS団勃興期から変わらぬ彼女の愛らしい性質  
のひとつだ。おつかれさまです。  
「みくるっ! 食べもの取って来たよっ!」  
 気の抜けたアドバルーンのようになっている朝比奈さんの、さらに左隣に座るは鶴屋さんである。  
「あ、ありがとう……」  
 この二人のやり取りも見られなくなるのかと思うとやはり寂しいが、同時に何か温かい気持ちにな  
る。思い返せば野球大会で朝比奈さんが鶴屋さんを紹介してくれた時から、この二人の組み合わせに  
よる特有の空気は俺を清々しい気持ちにさせてくれた。  
「んもう、みくるはいつだって可愛いなぁっ!」  
 皿を置いて鶴屋さんは朝比奈さんを抱き寄せ、頬ずりをした。  
 それは親友にも家族にも恋人にもペットにも向けられるような、たくさんの好意を柔らかい絹で包  
んだような……抱擁。  
 俺はふと古泉と目配せをした。たぶん似たようなことを考えていたと思う。  
 
 いつまでもそんな二人でいてください、ってな。  
 
 
 さてパーティーも佳境、クライマックス、ハイライトに入り、バンド演奏の部に突入した。われら  
SOS団のバンドが先陣を切り、俺もずいぶん久々だったベース演奏を何とか終えた安堵感に浸りつつ、  
トリを務めるゲストOB、ENOZの演奏を高揚しつつ見ていたのだが、  
「ねぇキョン、みくるちゃん見なかった?」  
 二曲目のイントロが流れ出した頃、ふいに俺の元に「超仕掛人」の腕章をしたハルヒが現れて囁いた。  
 テーブル類は脇に寄せられ、パイプ椅子がずらと並んでステージ以外の照明は落とされているから、  
この状況で辺りにいる人を判別するのは難しい。俺はひとしきり近くを見てから、  
「いないのか?」  
 尋ねるとハルヒは肯くように顎を引き、  
「まだ出番があるから呼びに行こうと思ってあちこち探してたんだけど見当たらないのよ。携帯もつ  
ながらないしさ。あんた、心当たりない?」  
 俺の左に並んで立っている古泉と長門もハルヒを見ているのが感じ取れた。俺はそのまま、  
「鶴屋さんといるんじゃないのか?」  
 そう言うとハルヒは首を振って、  
「鶴屋さんはもう控え室にいるわ。みくるちゃんだけどこ行ったか分からないのよ」  
 俺は一度古泉と長門を振り向いた。二人とも神妙な肯きを返す。  
「手分けして探そう。どっか、近くにいるはずだ」  
 
 
 一度体育館から出た俺たちはそれぞれに散って学校の敷地内を探すことにした。俺とハルヒが校舎  
内、古泉と長門が校舎外。  
「あんたは部室棟をお願い。あたしは三年生の教室から探してみるわ」  
 ハルヒと別れた俺は上から探していくことにし、まずはSOS団本拠地たる文芸部部室に向かった。  
 
 階段を駆け上がり、最初に見えるドアを開ける。  
「朝比奈さん!」  
「きょっ、キョンくん……?」  
 あっさりと見つかった。  
「こんなところでどうしたんですか? ハルヒが探してますよ」  
「……あ、その」  
 朝比奈さんは椅子に座ってうつむいていた。  
「さ、行きましょう。鶴屋さんも待ってます」  
 俺が催促すると、しかし彼女は首を振って、  
「だめです……だめ」  
「だめってどういうことですか?」  
 
「行けません」  
 朝比奈さんは制服のスカートをつまんで面を伏せたままで言った。  
 
「未来に帰ることになりました」  
 
 はい……?  
 しばらく何も言えずにいた俺に朝比奈さんは、  
「一時間以内です。……もうおしまいだって」  
「ははは、冗談ですか。朝比奈さんらしくないですよ、それ」  
 俺が気休めのように言ったセリフは空をかいた。  
「突然すぎます……」  
 朝比奈さんは今にも泣き出しそうだった。  
「ほんとなんですか?」  
 俺の呟きに朝比奈さんはゆるやかに肯いた。  
 部室に物音はなかった。窓はぴたりと閉じられて、その外では春を今かと待ちわびる木々が新芽を  
膨らませている。  
「ハルヒたちはどうするんです。いずれここに来ますよ。別れの挨拶もなしですか?」  
 さよならもしないつもりなんだろうか。二年も一緒に過ごしたのに。  
「でも……指令は絶対なんです。守らないと……」  
 どうなるってんですか。せめて先に延ばしてもらうとか、できないんですか?  
 朝比奈さんは首を振る。  
「ごめんなさい……」  
 何を謝る必要があるというのだろう。朝比奈さんは何にも悪くないじゃないか。  
   
 ふと、階段を駆け上がる音が壁に反響してここまで届いた。  
「キョン! みくるちゃん見つかった?」  
 俺が戸口を振り返ると、ハルヒが息を荒げてそこにいた。  
「あぁ、この中に――」  
 
 ――いない。  
 
 朝比奈さんはもうどこにもいなかった。  
 部室はもともと誰もいなかったかのように静寂を保っていた。それこそ水を打ったかのような静け  
さ。ただ、朝比奈さんが座っていた椅子だけが引かれたまま、彼女がいたことを何も言わず物語って  
いた。  
「バカな」  
「……キョン?」  
 漏れた声ににハルヒが答えた。もぬけのカラだ。こんなあっさりとお別れなのかよ。そんなのって  
ないだろう。まだサヨナラのサの字も言ってないのに。  
「ハルヒ、朝比奈さんを探そう」  
 俺は半ば無意識のままでそれだけを告げた。  
 
 
 結局、朝比奈さんはどこにもいなかった。  
 卒業式二次会の方は急遽鶴屋さんが司会進行してくれたらしかったが、彼女はまだ朝比奈さんがい  
なくなったことを知らない。  
 本当にもう会えないのだろうか? そう考えて、それじゃどんな別れなら俺は納得できたんだ?  
と自問する。  
 
 家に帰る頃にはもうすっかり祝賀ムードは俺の中から消えてしまい、そこに待っていた人物を目に  
する頃には念頭からも消えていた。  
 
「朝比奈さん……」  
 大人版。ずいぶん長いこと会っていなかった。  
「ひさしぶり」  
 それは彼女も同じだったらしく、眼差しはどこか遠くを見ているようだった。  
「散歩しましょう。……いいかな?」  
 放心気味だった俺はそのまま肯いていた。  
 
 
 俺と大人版朝比奈さんはしばらく互いに何も言わずに歩いた。示し合わせたわけでもないが、行く  
先に迷ったりはしなかった。この場合どっちのベンチを目指すのか、自ずとわかる。  
 風は南向きで、日は翳っていても暖かかった。そういえば、卒業式ってあまり晴れた記憶がないな。  
入学式はうんざりするほど快晴になるのに。  
 朝比奈さんは春物のブラウスを着ていて、それがまた恐ろしく似合っていた。その横顔から何を思  
っているか読み取ることは困難で、けれど間もなく俺は事実を知るはずだ。  
 
 目的地はやはりあの思い出ベンチだった。家から歩いたのでなかなかの距離になったが、そんなこ  
とも気にならない。何か胸にぽかんと空洞ができた気分だった。  
 俺と朝比奈さん(大)は少し間を空けて座り、俺は彼女の言葉を待った。あんまり突然で実感がわ  
かない。誰に何と言えばいいかも分からない。  
 
「わたしとも、これでお別れです」  
 
 最初に告げられたのがそれだった。春の風に乗って、裏腹にどこかうそ寒く心を撫でる。  
「未来の人間が、必要以上に過去の人間と関わっていはいけない。もともとわたしはあんなに涼宮さ  
んに近いところにいるはずではなかったんです」  
 朝比奈さん(大)は言った。俺は思い出す。二年近く前、ハルヒがSOS団を立ち上げた時に部室に  
引っ張り込まれたことで以後朝比奈さんは団員兼お茶汲みメイドさんとなり放課後の俺の心を癒して  
くれた。その正体は未来人だったわけで、いくつかの目的があってこの時代に来てるってことだった。  
「突然すぎますよ。……もっと、もう少し何とかならなかったんですか?」  
 この朝比奈さんに言うのも変な話だ。彼女は既にさっきあったことを経験している。どうにもなら  
ないことだって分かっている。俺がここで頼んだことで朝比奈さん(小)が未来に帰ることが帳消し  
になるのなら、(大)たる彼女がここに現れることもないし、こんなセリフだって言わない。そのく  
らい分かってるさ。  
 でも、こんな突然会えなくなるなんて言われて、俺はどうすればいいのか分からない。もうちょっ  
と先だと思ってたんだ。……そりゃ卒業はして、会う機会が減ることは承知してたし、いつかは未来  
に帰る日が来るってことも知ってたさ。だけど、今がその時だなんてこれっぽっちも思ってなかった。  
 大人版朝比奈さんがこの時間に来ることがなくなっていたことから気づくべきだったのかもしれな  
い。が、それでどうなるんだろう? 結局朝比奈さんがいなくなっちまうことには変わりがないんだ。  
「ハルヒたちにも何にも言わないなんて……」  
 今まで、誰かと会わなくなることはあったものの、俺はどっか冷めていて、こんな風に急に胸が熱  
くなったり何かがこみ上げてくることはなかった。きっとまた会えると思っていたからかもしれない。  
実際中河や佐々木といった中学時代の友達とは再会できた。けど、朝比奈さんは未来に帰ったらもう  
それきりなんだ。もともと住んでる時間が違うんだから、本来交わることすらなかったはずなんだ。  
でもハルヒがいたおかげで俺たちは会うことができた。SOS団なんて妙すぎる集まりの中の、決して  
欠かすことのできない一輪の花が朝比奈さんだった。  
「涼宮さんたちには手紙を書きました。それぞれの元へ届いていると思うわ」  
 この朝比奈さんも悲しい様子を隠そうとしなかった。わずかに顎を引いて、長い睫毛は伏せられ気  
味だ。朝比奈さんは続ける。  
 
「鶴屋さんには別に別れを告げに行きました」  
 朝比奈さんの無二の親友。俺が入学する以前の話は聞いたことがないが、少なくとも二年間同じク  
ラスで、いつだって仲良しだった。思えば、鶴屋さんと知り合えたのも朝比奈さんがいたからだ。も  
しも彼女がいなければ、二年間一度も接点を持つことのない先輩と後輩でしかなかったのだろう。き  
っとこの卒業式にだって特別な感慨を持たなかったに違いない。元部長氏に喜緑さんに元生徒会長だ  
ってそうだ。SOS団がなかったら知り合ってすらなかった。  
 
「今までありがとう」  
 朝比奈さんが言った。異様に暖かい風が、長かった冬を北の向こうまで連れ去っていこうとしてい  
る。春はもうすぐそこだった。そして、新しい季節の前には避けられない別れがあるのだった。  
 俺は何も言えずにいた。  
 何か言ったら、それが別れの言葉になってしまうような気がして。  
 正直言えば、まだ朝比奈さんに行ってほしくはなかった。いつまでかは分からないが、まだこの時  
間に留まっていてほしかった。けれど、どれだけいたとしてもいつか別れの時はやってきて、そこで  
も俺は似たように期限の延長を望むのだろう。延滞料金がどれだけ高くたって、他の何ものにも代え  
られないから……。  
「本当に色々なことがありました」  
 俺の心を撫でるように朝比奈さんは柔和な口調で話を続ける。彼女は彼女で、言葉を途切れさせた  
らそこが終了の合図になってしまうと思っているかのようだった。朝比奈さんは今まであったことを  
ひとつひとつ、アルバムのページをめくるように話し続けた。その声が春を運んでいるのではないか  
と錯覚するほどに穏やかで、優しさに満ちていた。  
 けっこうな時間、俺は何も言えずに制服ズボンの膝の辺りをつかんでいた。一言、一言を聞くたび  
に、この二年間の耳を疑っちまうようなトンデモエピソードの数々が鮮明に想起され、特に朝比奈さ  
んがその時どんな風だったかが昨日のことのように思い出せた。忘れてたはずの記憶は、失くしてし  
まったのではなく、仕舞った場所が分からなくなっていただけなのだ。  
 ふいに話が終わった。気がつけばごく最近にまで時系列が追いついていた。  
 俺は朝比奈さんを見た。彼女は雲間に見える青空を見上げ、思い出をいつくしむように笑みをたた  
えていた。  
「最後に一つだけ、言っておきたいことがあります」  
 朝比奈さんはこちらを見ずに中空に言葉を置いた。俺は彼女の横顔を見ていた。  
 
「あなたが最後に見た小さいわたしは、一度だけある時間に帰ってきます」  
「えっ……」  
 ここで朝比奈さんは俺のほうを向いて、驚くほど優しい表情になった。けれどそこにあった感情は  
それだけではなかったのだと思う。  
「今から十日前。土曜日」  
 言われてすべての謎が解けた気がした。そうか、あれは……。  
「そう、少しだけ未来のわたしだったんです」  
 俺がどことなく感じた妙な雰囲気はそれだったのか。大人びたのは服装だけじゃなかった。実際に  
彼女は少しだけ成長していたのだ。  
「長い時間のご褒美。たった一度のわがままです」  
 朝比奈さんは正面を向いて瞬きをした。彼女にとってはそれすら過ぎ去った時間なのだ、と俺は思  
った。  
 朝比奈さんはそれで話すことはなくなったのか、もう何も言わなかった。今度は俺が何か言うべき  
だったのに、声を出そうとすると途端に胸が苦しくなった。バカ野郎。何をグズグズしてるんだ。こ  
れで最後なんだ、何かあるだろ。言うべき言葉が……何か。  
「それじゃ、わたしももう行きます。どうか、元気で」  
 朝比奈さんは立ち上がり、静かに歩き出した。その後ろ姿は、ずっと前に世界が改変されちまった  
時、一縷の望みを懸けてエンターキーを押してたどりついた二度目の七夕。あの時を思い出させた。  
 追いかけろ。  
「朝比奈さん!」  
 俺はベンチから跳ね上がるようにして立ち上がると彼女に叫んだ。しかし朝比奈さんは振り向きも  
立ち止まりもしない。  
 
「今までありがとうございました」  
 違うだろ。そんなことが言いたいんじゃない。もっと他の何か。あの土曜日の朝比奈さんがどんな  
だったか覚えてるだろうが。  
「待ってください!」  
 呼んでも彼女は歩みを止めない。これじゃふとした瞬間に消えちまうかもしれない。  
 俺は走った。号砲がどんなに前に鳴ってたって知るものか。消えちまったら何にもならない。今伝  
えたいことがあるんだ。だから、どんなに遅れててもいいから、走れ。  
 大した距離でもないのにバカみたいに息が上がり、そんなに遠くでもないのに蜃気楼なんじゃない  
かってくらいいつまでもたどり着けない気がした。……どうしてだ。  
「朝比奈さん!」  
 俺はもう一度叫んだ。走って、走って、走って。  
 ようやく捕まえる。握った手首は思いのほか細く、その温もりが彼女がまだ確かにここにいるこ  
とを証明していた。  
「朝比奈さん! あの、俺……」  
 朝比奈さんは歩みこそ止まっていたものの、こちらを振り向いてはくれなかった。自ら振り向くま  
いと決めていたのか、俺には分からない。  
 そのまま手首を引いて、振り向いた彼女を抱きしめた。  
 吹き続けていた春風より、朝比奈さんはずっと儚く、温かかった。  
「……すんません」  
 情けない謝辞が口をついた。  
「……いいえ」  
(大)とか、大人バージョンとか言っていた朝比奈さんは、思いのほか小柄だった。それは俺がこの  
二年間で成長したからなのか、もともとなのかは知らない。  
「ごめんね……」  
 もう少し幼かった頃と何ら変わらないような口調と、震える肩。  
「俺のほうこそ」  
 互いに分かっていた。もともとずっと一緒にいることはできない。そして、今がその終わりの時な  
のだと。  
 
 別れの挨拶――、  
 
 
「さよなら」  
 
 
 時間を越えた温もりを残して、彼女は俺の前からいなくなった。  
 
 
 
 
 数日後の話になる――。  
 
「ちょっと今から話せるか?」  
 そう言って部室へ向かった。古泉はにこやかに応じ、俺の向かいに座る。  
「あなたからの誘いは珍しいですね」  
 古泉はそう言うと窓を開ける。  
「もう春になろうとしています」  
 陽射しこそ強くないが、確かに外は晴れていた。吹いてくる微風が頬をさらった。  
 しばらく互いに何も言わず窓の外を眺めていたが、やがて俺は切り出した。  
「最近ハルヒはどうだ。灰色ドームは生まれてないか?」  
 古泉は柔らかい笑みを保ち、  
「ええ。彼女も朝比奈さんがいなくなった現実を受け止めたのだと思います」  
「そうか」  
 ハルヒの力は完全になくなったわけじゃないらしいが、間もなく消えようとしているって話だった。  
 
「この前のように、依然突発的な発生はありますが、おおむね良好ですよ」  
 笑ったままの古泉に、俺は一息ついてから言う。  
「なぁ、ハルヒの力がもしもなくなっちまったら、その時お前はどうするんだ?」  
 そう言うと古泉は笑みの種類を変えて、  
「分かりません。『機関』から涼宮さんの観察任務が解かれれば、また転校することになるかもしれ  
ませんが……僕個人はここに最後までいたいですね」  
 最後にはっきりと自分の意思を述べた古泉だった。こんな様子は最初の頃からは考えられない。も  
っと回りくどくはぐらかすように話すのが最初の古泉だった。  
「朝比奈さんはいつか元の時代へ戻ることが決まっていました。僕たちとずっと一緒にいることはで  
きない。そして、卒業に合わせてこの時間から去った」  
 古泉はそう言うと、また沈黙の徒となった。  
 昼休みの北高は、あちこちからささやかな活気の音が聴こえてくる。  
「……元気出してください」  
 不意に古泉が言った。  
 バカ。そんな言葉かけるな。今の俺は歯を食いしばってるのがやっとなんだ。  
「朝比奈さんは行っちまったんだ……」  
 この数日、また俺は渇きすぎた雑巾みたいに空っぽな気分で、そんな気持ちは授業中も、谷口や国  
木田と話してる時も、放課後も常に消えなかった。  
「古泉……、俺は……朝比奈さんが……」  
 床の一点を見つめてそれだけ言った。それだけしか言えなかった。  
「えぇ」  
 古泉は俺の頭上に言葉を置いた。自分でも何でこんなに寂しくなるのか分からなかった。いつだっ  
て放課後部室に行くと朝比奈さんがいて、俺たちに緑茶を淹れてくれてたんだ。今だってあの無垢な  
笑顔を思い出せる。それこそありとあらゆる場面で見せてきた喜怒哀楽。全部だ。  
 肩が震えた。俺は両手で顔を覆った。別に死んでしまったわけじゃない。なのにもう会えないんだ。  
 
 住んでる時間が違うんだから。  
 
「これを読んでいただけますか」  
 ふと古泉の声がかかる。俺は濡れた顔を半分上げて手元を見る。  
「朝比奈さんが僕に宛てた手紙です。どうぞ」  
 淡い色の封筒。それは大人になった彼女がかつて俺に宛てていたものと同じレターセットだった。  
 片手でそれを受け取り、手元に持ってきてそっと開ける。  
 一枚の便箋に、見覚えのある丸まっちい字でこう綴られていた。  
 
 
 古泉くんへ  
 
 お元気ですか、こんにちは。  
 
 突然ですが、わたしは未来へ帰ることになりました。  
 お別れの挨拶もできなくてわたし自身も残念ですけど、お手紙をみんなに書く許可はもらえたので  
 こうしてエンピツを走らせています。  
 
 まずは、二年間本当にありがとう。  
 わたしは何にも分からなくて、古泉くんやみんなにも迷惑かけっぱなしでしたけど、本当に、本当  
 に楽しかったです。古泉くんには特に、わたしが二年生だったときの夏休みにお世話になりました。  
 励ましてくれてありがとう。わたしは何にも返せなかったけど、せめてお礼を言わせてください。  
 
 わたしは、本当はあんまりみんなと仲良くしてはいけなかったんです。  
 それは規則がどうとかじゃなくて、こうやってお別れする時に淋しくなっちゃうから。  
 でも、わたしにとってはみんなと距離を取るほうがもっと淋しかったから。結局すぐに決まりを取  
 り消すことになっちゃいました。今もそれでよかったって思います。  
 
 古泉くんにはひとつお願いがあります。  
 もしも、わたしがいなくなった後にキョンくんが落ち込んでいたら、励ましてあげてほしいんです。  
 古泉くんはキョンくんの一番のお友達だと思うから、元気をなくしていたら力になってあげてくだ  
 さい。身勝手なお願いでごめんなさい。  
 
 みんなと過ごした時間は、絶対に忘れません。  
 これから、もっと勉強して、自信を持てるようにがんばります。  
 今まで、本当にありがとう。  
 
 朝比奈みくる  
 
 
 俺は何も言わずにその文字を三回、目で追ってから元通りに便箋をたたむと、封筒に入れて古泉に  
返した。  
「そうか。朝比奈さんはこんなことまで……」  
 気配りしすぎですよ。あなただってあんなに弱ってたじゃないですか。  
「最後の最後まで、優しすぎだ」  
「朝比奈さんもちゃんと分かっていたんですよ」  
 古泉が静かに答えた。  
「確かに別れは突然でしたが、それだけに最後まで彼女は気配りを欠かしませんでした。おそらく、  
涼宮さんや長門さんにも丁寧な内容の挨拶が書かれているのではないかと思います」  
 言わずもがなだ。  
「ありがとう、朝比奈さん……」  
 俺は呟いた。  
「古泉、お前もすまなかった」  
「いえ、僕のほうこそ。なかなかあなたに切り出せなかったので」  
 俺と古泉は互いに苦笑した。  
 
「また春が来ます」  
 古泉が鳥の鳴く屋外へ目を転じて言った。  
「そうだな。もう俺たちも三年だ」  
 俺が言うと、古泉は呼応するように、  
「えぇ」  
 とだけ返事した。  
 
 時間は絶え間なく流れ続け、新入生だった俺たちもやがて最上級生となる。  
 最初の別れを経て、まだ俺たちの時間は続いていく。  
 
「そういえば、今年のホワイトデーはどうしましょうか?」  
 古泉が言った。まずいな。あと五日かそこらじゃないのか。  
「僕にとっておきのプランがあるんですが」  
 俺がにやっと笑うと、古泉は珍しくイタズラっぽい笑みを浮かべ、  
「お聞きになりますか?」  
「あぁ、この際だ。聞かせてもらおうじゃないか」  
 
 寒い季節の終わり。暖かな日光に照らされて、凍りついていた草花もその息吹を取り戻す。  
 張り付く霜は露となって輝き、やがて蒸発して空に上る。  
 
 三年目を迎えようとするSOS団アジトを吹き抜ける風は、そうして暖かくなった。  
 
 
 
 (了)  
 
 

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