1章〜ジェニュイン・ラブ〜  
 
 
 
 
耳を劈く嫌な音がする──タイヤが擦れる音だ。  
視界を何かが遮る──巨大な車体だ。  
────  
惨劇を前にして、俺に出来たのはただ叫ぶことだけだった。  
 
 
 
 
「うあぁあああああああぁああああああああ」  
 
腕を思い切り振り上げる。  
ドサリと思い何かの落ちる音がした。  
…………?  
どこにも異常のない俺の部屋だ。  
窓からは、獲物を捕らえる漁師の銛みたいに、朝の光が俺を目掛けて突き刺さってくる。  
 
「わあ、びっくりしたぁ。キョンくん。どうしたのお?」  
ドアの開く音に顔を向けると、妹が驚きを絵に描いたような表情でこちらを見ていた。  
落ち着いて部屋を見渡せば、豪快に跳ね飛ばした布団が我ながら恥ずかしい。  
「……なんでもねえよ」  
──ただの夢か。  
悪夢ごときで叫びをあげてしまうなんて、はっきり言えば情けない。  
誰かにこんなとこでも見られたら、爆笑物だろう。  
「ハルにゃん。もう来てるよ〜」  
妹の間延びした声が、更にヤバイ事態を告げる。  
「何っ。今何時だ!?」  
手元の目覚し時計を確認する。  
今から悠久の以前にかけたはずのアラームには、何故だろう既に切られた形跡がある。  
くそっ、寝ぼけた俺は何をしでかしてるんだ?  
「……ョーン!!!早く降りて来い!!」  
窓の外からハルヒの怒鳴り声が聞こえてきた。  
やばい、「宇宙ヤバイ」とかそういうレベルじゃないくらいヤバイ。  
「何で起こしてくれなかったんだ?」  
「ええ〜。キョンくんが『ハルヒが迎えにくるから自力で起きてやるさ』って言ったから、起こさなかったんだよ」  
ああ、そうだったな。  
ハルヒの為を思えば、なんとかなるさと昨夜までは思ってたんだ。  
残念。愛の力は、睡魔ごときに負けてしまったってわけか。  
「こらーーーーーーっ!!いつまで寝てんのよ」  
二階までよく通るあいつの怒鳴り声が聞こえてくる。クソ……近所迷惑だ。静かにしてくれ。  
って、こうしてる場合じゃねえな。  
俺は急いで着替ると、洗面所に駆け込んで冷水をざぶざぶ流して顔だけ洗った。  
──クソ…眠いな、まるでまだ夢の中みたいだ。  
 
「すまん」  
駆けつけ参拝──誤用もいいところだな──両手を拝むように合せて思い切り謝る。  
神様、仏様、ハルヒ様申し訳ございませんでした。  
「遅刻!!罰金っ!!」  
目と眉をど素人のスキーヤーみたいな逆ハの字吊り上げてハルヒが俺を睨む。  
「本当に悪い。……どう詫びればいい?」  
おそるおそる御機嫌お伺いだてをするも、頭の中は、嫌な予感のアラートで埋め尽くされていた。  
「ふーん。そいじゃ駅前に新しくできたフレンチのお店につれてきなさい」  
ああ、畜生。よりにもよって最悪の答えが返ってきやがった。  
あそこの料金は馬鹿高いらしいと、誰かが言っていたのを最近噂に聞いたばっかりだ。  
そもそも、その店の値段が平均以下であろうが、一介の高校生であり、バイト稼業に勤しんでもいない俺には、フレンチを奢るような金の持ち合わせなんざどこにもない。  
not to be or not to be はてさて、どうしたもんかね?  
 
黙っている俺を見かねたのだろうか、ハルヒはその眉を少しだけ下げると話を切り出してきた。  
「ま、いつもの喫茶店で許してあげるわ。どうせあんた、そんな大層なお金なんか持ってないでしょ」  
俺の方に背中を向けるのは、俺への気遣いに対する照れ隠しだろうかね?可愛い奴め。  
「あ……ああ」  
「ただし、一番高いの奢ってもらうんだからね」  
言うと同時にくるりと振り向いてウインクを決めてくれた。回転に合せて俺にとって100%のポニーテールが揺れる。  
 
 
──ない袖があるなら、フレンチだろうが三大珍味だろうが奢ってやりたい気分だ。  
 
 
 
 
 
「んじゃ、改めて……おはようハルヒ」  
「おはよう、ジョン」  
元気良く言葉が返ってくる。機嫌はすっかりオールグリーンのようだ。  
「なあ、そのジョンってのは止めないか?」  
「だって、あんたがジョン・スミスでしょ?」  
「いや、まあ……そりゃそうなんだがな」  
そいつはあくまで偽名だしな。どうせなら本名の……k  
「まあ、いいわ。じゃあ、キョン」  
屋根まですら飛ぼうとないシャボン球みたいに、俺の願いは儚く消える。  
ひょっとして俺は未来永劫、この間抜けなニックネームでハルヒに呼ばれつづけるのだろうか。  
──いや、まさか、こいつは俺の本名知らないのか?  
なんて俺のパーソナリティについて、少しだけ真面目に考えながら歩きだそうとした所で、後ろから首ねっこをつかまれた。  
「おはようの『ちゅー』は?」  
…………  
あー……え、いや。ここでするのか?  
頷くハルヒ。おやつを目の前に差し出された子犬のようなキラッキラの目だ。  
待て待て待て。ここは往来でだな。ほら人通りが……  
「あそこのお店、ランチならお一人様3000円くらいからいk……」  
さらば俺の羞恥心。君はいい友人だったが、俺のお財布がいけないのだよ。  
ハルヒの身体を引き寄せて、唇に軽く口付けする。  
いいさ。どうせ見ているのは猫くらいなもんだ。だから、電柱の影にさっと隠れて覗き見を続ける近所のおばさんが見えているのは幻影だ。  
「……ん」  
ゆっくりと唇を離す。  
何故だろう、望んでいたのは俺じゃない筈なのに非常に名残惜しい。  
「おはよう。キョン」  
そう言ってハルヒは笑う。  
その笑顔があんまり眩しいんで、朝の清清しさが何倍にもなった気がしたね。  
 
 
 
*  
 
あれは、いつのことだったろうか?まあいいさ、正確な日付なんか別に必要じゃない。  
俺はハルヒに想いを告白した。  
多分、自己紹介の時から一目惚れだったって事だとか。  
お前の全てが好きだとか。  
馬鹿らしいことだけど、ポニーテール萌えのことも言ってやった。  
その他諸々、ずいぶんと恥ずかしいことも言った気がするが忘れちまおう。  
時効くらいは適応されてもいいはずだ。  
 
*  
 
 
 
 
「ジョン・スミス」  
なるべく冷静な口調で答える。  
「……ジョン・スミス?」  
呆然とした表情のハルヒ。  
「あんたが?あのジョンだっていうの?」  
 
俺は自分のことを教えた。  
それは、多分必要なことだと思ったから。  
ハルヒに自分のことを知ってもらいたかったから。  
 
 
 
 
「んー、というわけで今日もSOS団の活動は、いつもの喫茶店よ」  
ちなみに昨日の活動も、喫茶店だ。更に言うと、当然のように俺が奢らされた。  
なんだか世の理不尽を感じるね。  
「しかし、最近いつもあの喫茶店に集まってるよな」  
「だって、あそこなら皆集合しやすいじゃない」  
まあ、それもそうなんだが……あそこのメニューにも飽きてきた頃だ。  
「いいじゃない。SOS団結成以来御用達の喫茶店よ。きっと将来プレミアがつくわ」  
どんなプレミアだ、それは。  
「ほら、有名人が行った喫茶店とか有名になるでしょ。あれと同じよ」  
「将来、お前は有名にでもなるのか?」  
「違うわよ、世界に羽ばたくのはSOS団。あたしの将来の夢は……」  
お前の夢は?  
宇宙人を探す恒星間飛行士か?タイムマシンを製作する科学者か?あるいは超能力を統括する……  
「あんたの、お嫁さん…かな?」  
────  
あーーーーーーーーーもう。  
処理できなくなった感情の暴走を、ハルヒの頭を強く撫でることで発散する。  
かわいいな畜生。  
 
 
 
 
 
 
そのまま二人で高校へと向かう途中。  
「よう、キョンに涼宮。お前ら仲良いよなー。ホント羨ましい限りだぜ」  
後ろから谷口の囃すような声が聞こえてきた。その言葉はからかい半分、本音半分ってとこだろうか。  
「そりゃどーも」  
俺はおざなりに答える。実際、谷口なんざどうでもいい。俺たちの愛は不滅だ。  
「しっかしよう。あの涼宮が本当に誰かとまともに付き合うとはな。驚天動地だぜ」  
まあ、俺自身がハルヒと付き合ってることが驚きだしな。  
「やっぱ、あれか。高校に入ってから俺の見えねえ場所で、知らないうちに涼宮も変わったってことかね?」  
さあな。  
「しかしまあ、本当驚きだ。あの涼宮がなー……」  
谷口がうんうん頷く。勝手に自己完結したようだ。人の話を聞けよ。  
「ちょっとあんた。黙って聞いてれば、なんて言い草してんのよ」  
一連の話を後ろから聞いていたのだろう、憤懣や遣る方ないといった様子でハルヒが言う。  
「あ、ひでーな。俺がキョンにお前のこと色々教えてやったの知らないな」  
「ふん。どうせろくなことじゃないでしょ」  
まあ、確かにろくなことは教わってない気もするが……  
「だいたいあんたって昔からアホで何の役にも立たないじゃない……あんたみたいのが同じ中学だってだけで恥だわ」  
ハルヒの言論攻撃はそのまま続く。  
「そもそも、あんただって『わぁわぁわあ!!!』5分で振ってやったわ」  
谷口が叫んで、ハルヒの言葉を途中で遮る。  
よほど聞かれたくないことなのだろうか?まあ、なんとなく想像はついちまったが。  
「お、おいキョン。早くいかねえと遅刻しちまうぜ、い、急ぐぞ」  
谷口は俺の手をひっつかむと、勢いよく走り出してくれた。ああ、こりゃ楽でいい。坂の上まで引っ張ってくれ。  
「あ、こら!アホ谷口。あたしのキョンをとるなぁ!!」  
ハルヒが叫んでる。  
すまん、ハルヒ。どうやら離別は愛するもの同士の試練のようだ。  
「この馬鹿キョーーンっ!」  
ああ、怒ってる姿もかわいいなお前は。  
「また後でな」  
俺は手を振りながら、自然とハルヒに微笑んでいた。  
 
 
 
*  
 
学校というのは、往々にしてつまらない所だ。  
中でも授業中というのは、大部分の人間にとって最もつまらない時間だろう。  
もちろん例外だっているだろうし、学校が楽しくて仕方ないって奇特な奴だって探せば見つかるだろう。  
でも今の俺にとって学校なんて、ただ習慣的な日常を繰り返しているだけに過ぎなかった。  
そう、習慣的な日常を。  
「ここで……x座標が……」  
目は覚めている筈なのに、教壇に立った教師の言葉が虚しく全て俺の右耳から左耳へと素通りする。  
虚無への供物だ。  
アイツならどうするだろうか?  
「面白くなければ面白くすればいいのよ」とでも言い放つのだろうか?  
そんなことを空っぽの頭で考えたが、ナイフで突き刺されるよりもよっぽど痛いアイツの視線を感じることはとうとうなかった。  
 
 
 
「おい、キョン」  
昼休みの時間。俺の隣の席に座った谷口から声がかけられる。  
「お前、涼宮がいないってだけで、そんなに腑抜けるのかよ」  
声を荒げるなよ。別にいいだろ?俺はハルヒを愛してるんだから。  
 
ハルヒは今教室にいない。最も、もとから昼休みには姿を消すのだが。  
「あのな……」  
「やめようよ、谷口」  
国木田が谷口を遮る。  
「キョンにとって涼宮さんは、本当に大事なことなんだと思うよ。だから……」  
そうだな。  
少なくとも今の俺にとってはハルヒが一番大事なものだ。  
いや。多分これからも……  
 
*  
 
 
 
「あたしスペシャルパフェね。この一番高いの」  
注文を取りにきたウェイトレスに隣に座ったハルヒが元気良く告げる。  
ああ、もう。分かったから落ち着け。メニューを振り回すな、店員に5回も確認するな。  
「仲がよろしいようで……あ、僕はアメリカンを」  
制服姿の古泉が微笑を浮かべたまま、皮肉めいた口を叩いている。  
言っておくが、お前の分は奢らんぞ。  
「…………」  
長門は、それしかすることがないのか本を読んでいる。  
注文は何だ?  
「…………ココア……ホットで」  
それだけ言うと、すぐに本に視線を戻した。まるで、こちらは見たくも無いとでもいいたげだ。  
「え、えっと…あたしはミルクティーを」  
所在無さげにきょろきょろと見回しながら朝比奈さんが告げる。  
その姿はどことなく庇護欲を誘われて可愛らしい。まあ、ハルヒには適わんがな。  
 
 
 
しばらくの後、さっきのウェイトレスがお盆の上に聳え立つ巨大なパフェをもってくる。  
所々に散りばめられた色とりどりのフルーツの演出がニクいね。あれが値段を跳ね上げてやがるのか。  
「ね、これ。こいつ……彼氏の奢りなの。羨ましいでしょ?」  
こら、店員に構うな。困ってるだろ。おまけに俺が死ぬほど恥ずかしい。  
「いいじゃん。別に……いただきまーす」  
ハルヒは満面の笑みでスプーンに手をかける。  
──やれやれ。  
少しだけ高い金を払う意味ができたような気がした。  
「しかし羨ましい限りですね」  
と、古泉。  
傍から見りゃ、隣に朝比奈さんと長門がいるお前もかなりのものだと思うけどな。  
ハルヒが隣にいなけりゃ俺だってお前を羨むだろうよ。  
「僕が羨ましいというのは、あなたの隣にいるのが、涼宮さんだからですよ」  
カチャリと軽く音をたてて古泉がカップの中身を一口すする。  
「今だから言いますが……そうですね、僕はやはり涼宮さんのことが好きだったんですよ」  
悪いな、古泉。例え相手がお前でもこればかりは譲れないんだ。  
「そうでしょうね、涼宮さんとの付き合いは僕の方が長いですが……あなたが現れた時点で『ああ、僕に勝ち目はないんだな』と感じさせられました」  
哀愁を漂わせながら、古泉がコーヒーをすする。  
「古泉君の言葉は嬉しいけどさ。あたしはキョンのものなんだからね」  
「存じ上げております。さっき行ったこととは、軽い負け惜しみのようなものだと思って、気にかけないでください」  
古泉は軽く笑った。副団長らしい笑顔で。  
「さ、湿っぽい話してないで食べるわよ」  
 
 
 
「んー。美味しい」  
ハルヒはパフェに舌鼓を打っている。  
熱心にスプーンを動かす姿はまるで子供だ。口の端にクリームのお弁当までつけてやがる。  
「クリームついてるぞ」  
「ん……どこ?」  
「ここ」  
振り向いたハルヒの顔のクリームを唇ごと舐め取る。  
「……甘いな」  
味わい慣れたその唇からは、いつもより少し甘い生クリームの味がした。  
「ちょっ…ちょっと!あんたの方が、よっぽど恥ずかしいことしてんじゃない!」  
口をパクパクさせ、真っ赤な顔になったハルヒにボカボカ殴られる。  
恥ずかしがっているその姿もなんとも言えず可愛らしい。  
「見ていられませんね」  
「ココアのくせに……にがい……」  
「あわわ……キョン君、大胆ですね」  
大きくため息をつく古泉、ぼそりと呟く長門、手で口をおさえる朝比奈さん。  
三者三様の反応がそれぞれから返ってきていた。  
「むぅ……」  
ハルヒは、頬を朱に染めながら細々とスプーンを動かしている。  
「動きが止まってるぞ」  
横から勝手にパフェを奪い取る。  
「あ、こら!!あたしの」  
いいだろ?元は俺の金だ。  
それに世の中には「パフェなんか週一でしか食えない」って人だっているんだぜ。  
少しくらい俺が糖分を分け与えてもらおうが、なんら問題はないはずだ。  
「返せ」  
ハルヒの顔が近づく。1cm、5mm……あ、くっついた。  
そのまま、ハルヒの舌が口腔内を這いずる感触を味わう。  
「………ん」  
吐息が漏れる。やっぱりこいつのやることの方がよっぽど恥ずかしいな。  
「はあ。僕が注文したのはアメリカンで、エスプレッソを頼んだ覚えはないのですが……」  
「………………」  
「はわわわわぁ」  
 
 
 
そんな感じの今のSOS団の日常。  
俺とハルヒは大いに満足してるけど、古泉、長門、朝比奈さんにとっちゃ大いに迷惑な話だろうな。  
本当にすまない。  
でも、いいだろ。少しくらいなら惚気させてくれたって。  
 
 
 
*  
 
 
前日に何があろうと、退屈な日常ってのは必ずやってくる。  
「つまり……ここの……であるからして…………」  
教師が何を言っているのかサッパリ理解できないし、無理にしようとも思わない。  
あいも変わらず授業は虚無的だ。  
ハルヒと話していないというだけで、こうもつまらないものだろうか?  
腕を枕に机に突っ伏す。  
眠りたい筈なのに何故だか睡魔は俺を覗こうともしなかった。  
終業を告げる鐘が鳴る。  
眠るに眠れない俺には、それがまるで天から与えられた福音みたいに聞こえた。  
 
 
 
 
 
 
 
軽く扉をノックする。  
高校生活で見慣れた文芸部の扉。  
同時に団長様の作った心地よいSOS団のアジトでもある。  
「……入るぞ」  
「…………」  
初めてここに来た時から座っていた席に長門が座っている。  
「よお」  
声をかけると、少しだけ本から目を離してこちらを見てきた。  
「悪いが眠りたいんだ。寝かせてくれ」  
「わかった」  
軽く長門が頷く。  
自分の席に座り、目をつぶる。  
それは長門のお陰だろうか?眠る体制を整えて幾許の時間も過ぎないうちに、俺の意識はいとも簡単に消失した。  
──馬鹿馬鹿しい夢を想う暇もなく。  
 
 
 
*  
 
………ん?  
頭の感触に違和感を覚える。確か俺は、机に突っ伏して眠ったはずなんだが。後頭部に当たるこの軟らかい触感はなんだろう?  
「やっと起きたわね」  
目を開くと、ハルヒの顔が視界いっぱいに飛び込んできた。  
「おはよう」  
「お・そ・よ・う」  
そのしかめっ面から察するに随分と時間が過ぎているらしい。  
「あんたのせいで貴重なSOS団の活動時間が無駄になっちゃったわ」  
「悪い。すげー眠かったんだ」  
窓の外に目をやると、すっかりと黒紫色に染まっている。夜の帳は既に下りきった後らしい。  
「皆は?」  
「今日はもう帰ってもらうように、連絡したわ」  
部室を見渡す。長門の姿も、もう無かった。  
「今何時だ?」  
「もう運動部すら帰ってるような時間ね」  
俺が立ち上がると、ハルヒも立ち上がってしわのついた制服を直した。  
「帰りましょ」  
「ああ」  
窓の外をもう一度見つめる。  
蛍光灯の下、文芸部の部室。真っ暗闇の世界。  
俺とハルヒの二人きり。  
まるであの時みたいだな……。  
──閉鎖空間。  
あの時のことは詳しく思い返したくない。いちいち言葉にするのも恥ずかしいからな。  
少しだけあの時のことを述べるとしたら、あの時俺は既にハルヒのことを想っていたってことだろうか。  
 
二人で手をつないで校庭を歩く。  
閉鎖空間との間違い探しをするとすれば、夜空に星が煌いてるってことくらいだ。  
「二人っきりね」  
ハルヒが呟く。  
「そうだな」  
「こうしてさ……二人で夜の校庭を歩いてると思い出さない?」  
顔を少しだけこちらに向けるハルヒ。月光に黄色いリボンが揺れていた。  
──こいつも同じことを考えていたのだろうか?  
まあ、ハルヒにとってもあの事は衝撃的だったのかも知れないな。  
 
 
「あたしが中学生の時、あんたと初めて出会った時のこと」  
そっちか。  
だが、ハルヒにとってはそっちの出来事の方が衝撃的だったのかもしれないな。  
「ねえ、ジョン?」  
ハルヒが俺を呼ぶ。もう一つの俺の名で。  
「あたし、あんたに出会えて良かった」  
ハルヒが俺の方を向くと、語り始めた。  
「小学生の時、あたしは自分がいかに小さい存在かに気がついて、中学校に入ったら自分を変えてやろうと思ったの…………  
でも、現実は厳しかった。何も……本当に、何も変わらなかったの。ただ、あたしの周りから人がいなくなっていっただけ。  
そんな時さ、あたしはあんたと出会った。あんたは、平然とあたしが求めるもの全てを肯定したわ。  
その時にあたし思ったの。もう一度不思議で面白いものの存在を信じてみようって……でも、あんたは消えちゃって……そのまま、中学生活が終わるまで何一つ面白いことなんて起こらなかった」  
憂いを込めて独白していたハルヒの表情がパーっと明るく変わる。  
「でもさ、高校生になってあんたに会えた。あたしはキョンに……ジョンにまた会えて本当に良かったわ」  
俺もお前に会えて良かったよ。  
言っちゃ何だが、俺の人生なんて平平凡凡で、いつまでも不思議なものを信じるお前がすげー眩しく見えた。  
──だから俺は、お前に惹かれたんだ。  
「ね、キョン」  
「なんだ?」  
「宇宙人っていると思う?」  
「いるんじゃねーの」  
「それじゃあ、未来人は?」  
「まあ、いてもおかしくないな」  
「じゃあ、超能力者」  
「配り歩くくらいだろ」  
「異世界人は?」  
「それはまだ知り合ってないな」  
言い終わって俺達はどちらともなく笑った。  
「なあ、ハルヒ」  
「何?」  
「俺、実はポニーテール萌えなんだ」  
「知ってるわよ」  
ああ、畜生。俺は合わせてやったのに、こいつは無視か……ひでえ話だな。  
ハルヒの身体を強く抱きしめると、少しだけ強引に唇をもっていく。  
もちろん目は閉じた、あの日と同じように。  
 
 
 
 
 
衝撃を感じる……ことは勿論なかった。  
代わりに、遠くから誰かの声が聞こえてくる。  
「おい、お前らー。いつまで残ってんだ。とっとと帰れー」  
あれは耳慣れちまった岡部の声だ。  
少しは空気を呼んで欲しいもんだね。  
「帰るか」  
「うん……でも、その前に」  
今度はハルヒ側から唇が重なる。  
真っ暗闇の校庭で何度目かのキス。  
 
「ハルヒ」  
「ん?」  
「これからもよろしくな」  
夜空の下、星明りが霞むくらいの明るい笑顔で、ハルヒが言った。  
「あったりまえじゃない!」  
 
 
 
 
 
〜to be continued〜  
 

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