〜第4章 トジラレル セカイ〜  
 
 
 
*  
 
 
──走る。  
ただひたすらに、足を踏み出して前に進む。  
星明りさえも見当たら無い街を俺は必死に駆けていた。  
まるで機械の立ち上がるような低い音が後ろでしたが、振り向く暇はない。  
どうせ見たくもない光景がそこにあるだけだ。  
 
───走る。  
考えるのは後でいい。  
もう決めたんだ。足を止めたら決心が鈍っちまう。  
役目を果たしていない暗い電灯が、崩れるように視界から消えていった。今度の世界はライフラインのおまけも無いらしい。  
 
────走る。  
風を顔に感じる。  
「ハァ……ハァ……っ」  
息が切れる。けれど、止まるわけにはいかない。  
目的地まではあと少し。  
今は時間がない。  
「あぁ忌々しいっ」  
この坂に、俺は後何度悪態を吐けばいいのだろう?  
 
 
─っ!?  
「くっ」  
不意に、身体が宙に浮く感覚。  
気が付いたときには、盛大にアスファルトに身体を打ち付けていた。  
いまだ熱を孕んだ人工の地面が、やたらと熱く感じる。  
 
──痛ぇな……  
当たり前だ。俺は生きているんだから。  
だけど、一秒……いや、10のマイナス何乗秒だって良いさ。俺は出来るだけ早く辿り着かないといけない。  
 
 
 
 
「ぅぉおぉおおおおお」  
──吼える。  
気力を振り絞って、そのまま坂を一気に駆け上がる。  
 
走る。  
──ひたすらに北校を目指して。  
 
 
*  
 
「待ってくれ。お前の中にある世界……だったか?それと俺の……俺の夢のリンクを閉じちまったら、二度とそこへ行くことは出来ないのか?」  
対峙して、俺に視線を送りつづけている長門に声をかける。  
「あの世界は、涼宮ハルヒの持つ何もない所から情報を生み出す力を、私が一時的に利用して生まれたもの。しかし、私の中に移された涼宮ハルヒの力は、あの世界を再構成して以来ずっと弱まり続けている」  
 
「つまり……?」  
聞くまでもないことだった。けれど、まだ俺の心は諦めきってくれないらしい。  
まるで何かの中毒者のように、長門が救いの言葉を与えてくれるのを座して待っていた。  
 
 
「あなたの世界は完全に消失する」  
…………  
長い時間が経ったような気がする。いや、あるいは一瞬だったのかも知れない。  
 
「……そうか」  
俺は、深い溜息とともに一言だけ発した。  
 
本来、長門が世界を改変するのに利用した力はハルヒのものであり、あいつがいなくなっちまった以上、それが何処かへ消えちまうのも当然なのかも知れないな。  
そして、それは同時に涼宮ハルヒが完全にこの世から姿を消すことも意味していた。  
 
 
 
──ハルヒのいない世界か。  
そう……考えてみれば大したこと無い筈さ。  
だって、そうだろう?  
よくよく考えてみれば、中学生までの15年間、俺はあいつのことなんか露と知らなかったんだぜ。人生の90%以上はアイツ無しで過ごしてきたんだ。  
今更いなくなったって、元通りになるだけなんだ。  
 
「ははは…ははは」  
単純明快な事に気が付いて、笑い出す。そう、元通りになる、それだけなんだ。  
……  
どうにも可笑しいな。  
何で俺の頬を涙が伝っているんだろう?  
俺は笑っているはずだろ?なんで哭いている……?  
笑えよ。  
顎に力を込めて、無理やり口を開く。  
「ぅぁぁぁあ」  
嗚咽が止まらなかった。  
 
 
 
 
なあ、ハルヒよ。  
俺にとって、お前はそれだけの存在だ。  
既に十数年の年月を生きてきたって言うのに、今までの人生全否定だ。  
お前に出会って全てが変わっちまったよ。  
 
なのに、何でお前は消えちまった?  
俺の目の前にいきなり現れたと思ったら、いきなり居なくなって……  
今度は、夢からさえ消えちまうのか?  
どれだけ俺を騒がせれば、気が済むんだよ。  
 
 
 
 
 
 
 
「あなたの記憶を消すことは可能」  
あの世界の全てを……あるいは、アイツのことも全て忘れて暮らすことも可能ってことか。  
そうだな、ひょっとしたらその方が幸せになれるかもしれないな。  
 
だが……  
「長門」  
「何?」  
「これが何か分かるか?」  
部室のパソコンに残っていた、団長専用の  
「現行のパーソナルコンピュータにおける補助記憶装置の一つ。俗にUSBフラッシュメモリと呼ばれるもの」  
 
多分あいつがあの時やっていたこと。  
「これの中身なんだがな……写真が入っていた」  
「……写真?」  
「ああ、俺達の写真だ」  
ハルヒがデジカメで記録してきた俺達の活動の軌跡。  
その大半は、朝比奈さんのコスプレ写真館で占められていたけれど、間違いなく俺達が残してきた思い出だ。  
多分あいつがあの時していたこと……  
「ハルヒは多分、俺達の記録を残しておこうとでも思ったんだ」  
いつもいつも下らない思いつきで俺達を振り回してきたあいつの、最後の“いい考え”  
残されたフォルダには、一周年記念のタイトルがつけられていた。  
 
 
一周年。本当に色々なことがあったと思う。  
出会いは、入学式の自己紹介か…  
そして、わけも分からないままSOS団結成に巻き込まれて。3人からの衝撃の告白。  
そのまま、今じゃ良い思い出の閉鎖空間か。  
 
野球をやらされて、七夕には時間遡行なんかもさせられて……夏休みなんて15498回も繰り返しちまった。  
秋には映画を撮ったな……色々な人に色々な意味で迷惑をかけた気がする。  
 
「そして……だ」  
一息おいて、言葉を続ける。  
「俺にとって……あの世界で、あの世界のお前達といたのもSOS団の活動なんだ」  
 
俺とハルヒを苦々しげにスマイルの奥から見つめていた古泉。  
初めて出会った時からやたらと貧乏くじを引き、こっちの古泉より何割増しかで不幸なニヤケスマイル。  
あいつにはすまない事をしたと思う。  
 
眼鏡の向こうから、悲しい瞳で俺を覗き込んでいた長門。  
ひょっとしたら、俺はあいつの気持ちに気づいていたのかも知れない。  
……  
 
 
 
 
髪の長いハルヒ。  
俺にとって100%のポニーテールに結った長い髪。  
俺のネクタイをひっつかんだその右手が、懐かしいアイツを思い出させてくれた。  
アイツと同じように俺を愛し──ちょっとアイツよりも素直だったかもしれないけどな──俺が愛した存在。  
 
いつかハルヒが居なくなった世界で、俺は再びアイツに出会った。  
俺にとってSOS団ってのはアイツとの活動記録で、あの世界の記録だって立派な活動記録の一つなんだ。  
 
 
 
 
 
 
だかr……  
……?  
……………  
 
 
 
ああ、そうだ。  
朝比奈さんは可愛いな。あの人の愛らしさは異世界でも共通だ。  
……忘れるわけが無い。  
 
だから  
「長門」  
言葉をかける。長門が見つめ返してくる。  
「記憶は消さないでくれ」  
 
そして……あいつは多分、最後にこう言ったんだと思う。  
『生きて、お願い。あたしがいなくなっても』  
柄でもねえよ、こっちの都合なんて今まで無視して俺を引っ張ってたのに。  
どうせだったら、「ついて来なさい」とでも言って欲しかったぜ。  
いいさ。生きてやる。  
俺は、お前の命令通り命尽きるまで生きてやるよ。  
 
……だから  
「あの世界を消してくれ」  
俺は、悲しい決断をしないといけなかった。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「わかった」  
小さく長門が頷く。  
「消去を開始する」  
 
 
こうして、俺の不可思議な夢の話は終わりを告げる。  
今思えば、あの夢の中で繰り返し見ていた悪夢は、『現実』を思い返していたのだろう。  
忘れてしまいたい現実を夢として処理し、忘却の果てに追いやっていたのだ。  
 
あの時、感じた不可思議な感覚も、現実との差異から感じたものだろう。  
 
もう二度と会えないと思っていたハルヒ……  
再会したと思っていたらそいつは、人の夢という字のごとくの儚いものだった。  
 
目の前では、長門が何事か呪文を唱えている。  
よく分かりはしないが、俺の世界を消しているんだろう。  
まあ、いいさ。俺は決めたんだ。  
 
このままあの世界が残ったら、俺の精神がのっぴきならない事になっちまうんだろ?そんな状態で生きてたって、ハルヒとの約束を守ったことにはならないからな。  
 
それが、いなくなったあいつに対して俺が出来るせめてもの手向けだろう。  
──  
──約束?  
「長門」  
 
「何?」  
「あぁ…えっとだな…その世界てのはまだ存在するのか?」  
「リンクは途切れていない。しかし、崩壊が開始しているため非常に危険」  
「何とかして入ることは?」  
「許可できない……世界は消え始めている」  
「ハルヒは……あいつはまだ存在してるのか?」  
「……涼宮ハルヒの存在は、二つの世界における最も大きな差異。特異点である彼女はまだ存在しているはず」  
 
それだけわかれば充分だ。  
 
「悪い、長門」  
俺は、立ち上がると我が家を支える柱へとに向かってゆっくりと歩を進める。  
「『ハルヒ』と約束があるんだ」  
……  
大きく頭を振りかぶって、壁に思い切り打ち付ける。  
 
──痛ぇ  
大きな光が目の前で瞬き、そのまま俺の意識は深く深く闇へと落ちていった。  
 
 
 
 
 
…………  
 
 
 
 
 
 
 
『また、あたしの目の前からいきなり消えたりしないわよね?』  
悪い。ハルヒ……またお前の前から消えることになりそうだ。  
 
 
*  
 
……っ  
固い感覚を身体に感じて、目を開く。  
──ここは…?  
見覚えがある。通学路の途中だ。  
しかし、何故こんな所に出たんだ?てっきり家か……学校にでも出るもんだと思っていたんだが。  
 
 
 
不意に、何か音がした気がして、後ろを振り向く。  
嘘だろ?  
世界が消えていた。比喩表現なんかじゃない、言葉どおりに何もない空間が存在するだけだ。  
見慣れた景色どころか、街灯の光一つ見えやしない。  
全てを呑み込んでしまうブラックホールより真っ暗だ。  
 
『ダメ……とても危険』ね。全くだぜ。  
 
 
──あいつはどこだ?  
この時間なら当然、自宅にいるはずだが……  
 
でも…  
 
 
ブンっと風を切る音がして、すぐ傍の道路標識が渦を描いてまた何処かへ消えた。  
 
 
 
やっぱりアイツはあそこにいるような気がした。  
 
──走ろう  
一瞬でも早く北高へ。  
 
 
──見つけた。  
上りきった坂の上。俺の学び舎。  
校門から長々と続く石畳の上、いつだったか俺が寝転がっていたそこに、あいつの姿を見つける。  
 
「……ハルヒ」  
あの時とは逆だな。俺が起こす立場になるとは思わなかったぞ。  
「起きろ」  
 
「むにゃ……昨日のアンタ激しかったんだから……も…ちょい」  
どんな夢見てやがる。  
 
──やれやれ  
そっと髪を掻き揚げて、うっとりするような曲線美を描く耳に、口をつけてフーと吹く。  
首を締めての目覚ましよりは効果的だろう。  
 
「……わ!?……ぎゃ……?が…ぎゃーー!??」  
どこぞの古いゲームの主人公のような声をあげて、ハルヒが跳び起きる。  
 
「やっと起きたか」  
線香花火のように目をしばしばさせて、疑問の表情で俺を見るハルヒ。  
「な、なんで…あんたがここにいるのよ?」  
何故だろう?自問してみる。  
……多分、ここにいないといけないからだ。  
 
「ここ、どこだか分かるか?」  
「学校?」  
そう、俺の母校だ。  
壁なんてプレハブで、おまけにやたらと貧乏で、『お前』に馬鹿にされるくらいに、しょぼい県立高校。  
でも、俺とお前が出会った場所。  
 
 
 
 
 
 
 
 
静寂と、暗闇。たった二人きりの世界。  
青光りする巨大な人型すら見当たらない。  
月も星も光もない世界、俺達は俺達が出会ってしまった学校に立っていた。  
 
 
「何これ?どうなってんの……?あたしは布団で寝てたはずなのに」  
「ほら、とりあえず立て」  
まだ呆けてるハルヒに、ゆっくりと手を伸ばす。  
暖かい体温の感覚が俺の手を握り返してきた。  
「夢?」  
ああ、そうさ。  
 
これは夢なんだ。朝、起きたと同時に全て消えてしまうだろう幻想。  
この世界に光一つ無いのも、何故か目が覚めたらベッドにいないで学校にいるのも……  
今目の前にいるハルヒも  
全ては朝の光に溶けてしまう淡い夢なんだ。  
 
「ふーん?」  
繋いだ手と反対の手がゆっくりと俺の頬を引っ張る。  
「痛ぇな!」  
確かな引っ張られる痛みを感じる。というか、自分ので試せ。俺をつねるな。  
「ちゃんと痛覚があるじゃない」  
「夢なら痛くないと思ったら、大間違いだ」  
俺は叫んだ。ありのままの心を。  
 
そう、そんなの大間違いだ。  
たとえ蜃気楼よりも儚く消える夢だって、夢を見ているその間は現実と全く変わらない。  
 
世界が消える。  
何度も上ってきたあの坂も、消えてしまった。  
「こっちだ」  
手を引いて走り出す。  
どこへ行けば良い?どうすれば……  
どうすれば少しでも長くこうしていられる?  
 
音を立てて、幾何学的な渦を描いて、世界が終わる。  
文化祭でアイツが歌った体育館も、俺達が出会った教室も、俺達の過ごした部室も。  
 
「はぁ…はぁ」  
息があがる。  
 
──そもそも何故俺は逃げないといけないんだ?  
これが現実じゃないからか。  
──モラトリアムだからか?  
それの何がいけない?俺はまだ高校生だぜ…?十何年しか歳を経ていないただのガキだ。  
俺は……  
 
 
 
「ねえ、いったい何が起こってるの?」  
不安そうに俺の手を握りながらも、どこか楽しそうなハルヒ。  
「ねぇ。ジョンってば」  
 
そうか。  
俺が、この世界を消さないといけない理由。  
「なぁハルヒ……」  
「何よ?」  
「俺、実はジョン・スミスじゃなくて、ただのキョンなんだ」  
 
「は…?あんた何言ってんの?」  
眉間に無数の皺を寄せて、ハルヒが訝しげに俺を見る。  
「あんたは、ジョンで……そんで、キョンでしょ?」  
まぁ、そうなんだけどな。  
「でも、やっぱり俺はキョンでしかないんだ」  
宇宙人でも、未来人でも、異世界人でも、超能力者でも、まして神様でもない。  
俺はただの人間、それでもSOS団団員1号のキョンだ。  
 
そう。俺は、コイツにとって特別なジョン・スミスなんかじゃない。  
そう考えれば納得は出来……ねぇけど、決意くらいは出来る気がした。  
「意味わかんない」  
かもな。俺だって理解し切れてないんだ。  
「あのな、ハルヒ」  
俺だって、大切な人間がいなくなる気持ちくらい知ってるのさ。  
「お前は、俺の前からいなくなっちまった事があるんだ」  
「何よ、それ?あたし知らないわよ……?」  
まぁ俺も最近知ったところだからな。  
「けど、俺達はこうして、また会えた」  
偶然だと……いや、必然だと信じたい。  
 
「じゃあ、もう何処にも行かないでよ」  
暗い顔で、俺を抱きしめてくる。  
「俺は……」  
 
 
 
 
 
 
『生きて、お願い。あたしがいなくなっても』  
団長閣下の最後の言葉。  
「団長命令に従わないといけないんだ」  
 
でも、だな……  
「きっと、俺達はまた会える」  
少なくとも俺はそう信じるさ。  
 
まるで、何かの力が暴走するかのように、世界を青白い光が包みだす。  
どうやら、もう時間がないらしい。  
 
 
 
 
俺からも強くハルヒを抱きしめる。お別れの時間だ。  
必ず……  
「また会おうぜ」  
 
何度も撫でた髪に手を当てて、何度も口付けた唇に口付ける。  
 
 
 
──何年も……何十年だって探してやる。  
それでも見つからないなら、来世でだろうと探してやるさ。  
世界中どこに居たって見つけてやる。地の果てだろうが、他所の天体だろうが許容範囲だ。  
きっと、いつか会えるよな?  
今まで、さんざお前に無理やり付き合わされてきたんだ。  
今度くらい、俺から押しかけても良いだろ?  
 
 
 
────なあ、ハルヒ?  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
青光りする巨大な光と、怒気を孕んだ叫び声。  
 
「──────!!!!」  
 
 
 
 
 
 
唇。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
──それが俺の感じた最後のアイツだった。  
 
 
 
*  
 
 
 
──  
 
「……………」  
…………  
ゆっくりと目を開く。  
どこまでも見慣れた自室の天井。ただ視界にはそれだけが広がっていた。  
 
…………  
 
 
 
「世界はつい先……」  
「悪い長門。今は何も聞きたくないんだ……」  
震えた声で言葉を遮る。  
「……そう」  
長門が出て行くのを確認した後で、手で顔を覆い目を瞑る。  
 
 
……俺は本当に正しかったのか?  
 
 
 
しかし、まあ……なんで俺は学校なんかに来てるんだろうか?習慣とは恐ろしいもんだな。  
そもそも、一晩泣き明かした後で良くあの坂を登れたもんだ。我ながら驚きだぜ。  
「ふぅ……」  
大きく溜息をついて教室の扉を開ける。  
 
──ああ、クソっ……  
誰も居ない後ろの席を見て、また情けない気分が蘇ってくる。  
可能な限り前を見ないようにして、机に突っ伏す。  
史上最高に憂鬱な気分だな……  
 
 
 
 
 
 
 
──結局のところ、あの事故はなんだったんだろう?  
機関の敵対組織の陰謀か…未来人の策略か…あるいは宇宙人の実験か…  
ひょっとすると、ジョン・スミスのことを知ってしまったハルヒの力の暴走だったのか。  
あるいは、ただのスピード出しすぎの不幸な事故だったのかもしれない。  
 
でも、今となってはそんな事、どうでもいいことだ。  
全ては過ぎ去ってしまった出来事で、涼宮ハルヒは俺の前から永遠に去ってしまった。  
 
 
 
 
 
──涼宮ハルヒはもういないんだ。  
 
 
周りの喧騒に、目を覚ます。  
どうやら、少しの間微睡んでしまっていたらしい。  
「ああ、皆に……生を…介す…」  
教壇の上で誰かが言葉を発しているのが分かるが、あいも変わらず、それらの言葉は俺の耳をただのトンネルくらいにしか思っていないようで、しっかりと認識できなかった。  
 
「……園…院……から来……し…、…宮………」  
いつの間にかホームルームが始まっていたのだろう。  
何度も聞いたクラスメートの誰かの声がするが、それが誰だかまでは判別できない。  
 
 
 
 
 
 
「ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者……」  
…………  
………………………  
……………………………………  
……  
 
……………………  
 
────!????  
 
 
涼宮ハルヒが……  
 
 
 
えらい美人がそこにいた。  
教壇の上で何時だったか聞いたことのあるような演説を始めたハルヒは不敵に笑い、言葉を続ける。  
「それから、キョンとかいう間抜けなあだ名のヤツがいたら、あたしのところに来なさい。以上!!」  
 
片手で型作ったピストルで俺を撃ち抜くポーズを取るハルヒ。  
 
 
 
 
 
教室中の全ての視線が痛いほど俺に突き刺さり、くるっとユーターンして涼宮ハルヒへと戻っていく。  
全員が全員。岡部も含めて俺達を唖然とした表情で見つめて、「あいつらどんな関係だ?」とでも言いたそうだが、俺はたった一人、全く違うことを考えていた。  
 
 
──ここ、笑うとこ?  
 
 
 
〜エピローグ The reunion of Haruhi Suzumiya 〜  
 
 
 
 
 
 
「やれやれ」  
一際大きく溜息をついて、言葉を吐く。  
 
相変わらずガラクタどもが散乱した屋上への通り道。  
一人になりたい気分で、ここまでやって来たが、去年の春にアイツに連れられてきたときと様変わりしていないな。  
 
何の気無しにそのまま屋上への扉のノブを回す。  
なんと開きやがった。無用心なことだな。  
 
 
 
 
 
予想外だが、見慣れてもいる存在があった。  
「よぉ」  
片手を挙げて、声を掛けてやる。  
「やぁ、どうも」  
古泉一樹が微苦笑とともに、手を振り返してきた。  
普段真面目なこいつには珍しく、学校指定ではないジャージをうちの体操服の上に着込んでいる。  
 
 
 
「いったい何が起こったんだ?」  
解説好きのこいつの事だ。何らかの仮説ぐらいは出来ているだろう。  
 
「そうですね……熱力学第一法則というものをご存知ですか?」  
生憎と、長門の星の言葉は存じてなくてな。  
「簡単に言えば、変化の前後でエネルギーの総和は変わらないということを示したものです」  
ちっとも簡単じゃないぞ。つまり何が言いたいんだ?  
「長門さんの借りていた涼宮さんのパワーは、どこかへ消えていたのではなく、『涼宮さん』に移っていた。そういうことですよ」  
それで、『アイツ』の思い通りに世界が変わっちまった。そういうことか?  
「そういうことです」  
 
──ふぅ  
柵に持たれかかって、ゆっくりと何度目かの溜息をつく。  
見上げた空は、まるで世界に何の変化も訪れていないように流れていた。  
「なぁ?」  
「何でしょう?」  
 
 
「これで…良かったのか……?」  
俺は、俺なりに決断してモラトリアムからの脱却なんて大層なことまで考えて……  
来世で再会なんて夢見がちな恥ずかしい話までして……  
それで、あっさりとまたアイツと会っちまった。  
 
「僕には、貴方が正しいか否かの判断は出来かねますが、ただ一つ断言できることがありますよ」  
なんだよ?  
 
 
 
「あなたは、涼宮さんに勝てないんですよ」  
それだけ言って古泉は笑った。ニヤケスマイルなんて言葉が似つかわしくない、屈託も邪気も含みも全く無い笑顔で。  
…………  
反論しようと、色々考えてみるがちっとも答えが浮かんで来やしない。  
とりあえず「あー」だの「うー」だのうなってみたけれど、やっぱり返事は纏まってくれなかった。  
 
「……それでいいのか?」  
「いいのでは、ないかと」  
……  
 
 
 
 
 
 
ま、それでいいのかもな。  
 
 
ガチャリという金属音に振り返ると、屋上入り口のドアが開いて人影が入ってくるところだった。  
「探しましたよ」  
 
と、まあ俺はここで古泉一樹の珍しい表情を目撃する機会に恵まれる。  
そう……ノブを持ったまま立ち尽くした古泉は、驚愕の表情で俺……いや、俺達を見ていた。  
 
「どうも。あなたが、超能力者の古泉一樹さんですね」  
俺のすぐ傍、ジャージに身を包んだ『古泉』が、如才なく微笑んで古泉に声をかける。  
「……これは、いったい?」  
古泉が、俺に向けて疑問の表情を見せる。  
──悪いが、俺も何も知らないぜ……  
 
 
 
 
 
 
 
ガタっ  
「……探した」  
再びドアが開いたかと思うと、そこに長門有希の姿があった。  
いや、情報の伝達に齟齬が発生したな。正確に言えば、長門有希“達”の。  
 
「何……?」  
眼鏡をかけた長門が、呟くように不安をこぼす。  
「……ここはどこ?わたしは何故連れてこられたの……?」  
開いた口が塞がらなかった。  
 
ガタガタガタっ  
「うぉっ!?」  
この上何が起こるって言うんだ?  
音のしたほうに目を向けると、謎の御社のようなものがガタガタ揺れている上に、光を発している。  
「百葉箱ですね……」  
「地上での気象観測の為の装置。中には温度計、湿度計等が入っている。最初からここに設置されていたもの、安心して」  
長門と古泉からフォローが入る。  
 
しばらく鳴り続けた音が止むと、耳慣れた声が聞こえてくる。  
「ふみぃ……座標がずれちゃいましたぁ……」  
…………えーと  
 
 
 
 
 
バターンっ  
爽快な音とともに、また誰かが現れる。  
「いやー、キョン君。聞いておくれよ。あたしは、もうめっがさ驚いたにょろよ」  
続いての闖入者は、鶴屋さんだった。  
隣にはいつものように朝比奈さんを伴っている。普段見慣れた何でもない姿だ。  
 
 
百葉箱から、既に朝比奈さんが顔を出してなければの前提で語ればな  
 
 
 
 
「おぉっ!?みくるが二人ぃっ!?…いやー、参ったねぇ」  
大げさに驚きながら、いかにも楽しそうにかんらかんらと笑う鶴屋さん。  
俺もいっそ笑ってしまえば、気持ちが楽になるだろうか……?  
 
 
「ここにいたわねっ」  
最後にやってきたのが、誰かって?  
そんな定番の事を答えるのに意味があるのか?だいたい既に分かりきったことじゃないのか?  
でも、まぁいいさ。お約束ってのは必要だ。  
語ってやるよ。  
 
 
──涼宮ハルヒだ。  
 
 
 
 
 
 
「よぉ」  
やる気なく手をあげて、ハルヒに答える。  
「あんたね、こんな所で油売ってる暇は、涅槃寂静秒も存在しないのよ」  
そりゃ、いったい何秒だ?  
なんて言う暇も無いまま、腕を引っつかまれる。  
HA☆NA☆SE  
俺のツッコミを入れる気力はもう0だ。  
 
 
しかし、俺の思いを完膚なきまで無視して、ハルヒは俺を屋上から引っ張り出して、なお走りつづける。  
「おい」  
何処へ行く気だ。  
「何処って、部室に決まってるじゃない」  
強い力に引かれながら、階段を強制的に駆け降ろされる。  
おい……俺の意思を無視して、全てを勝手に決めるなよ。  
「あんたね。あたし達SOS団は、とてとて忙しいのよ。一分一秒だって惜しいんだからっ」  
 
──ああ、そうさ。  
 
例えば、二人に増えちまった団員をどうするかだとか。  
「お前は一体どっちのハルヒなんだ?」と聞くとか。  
この世界はどうなっちまってるのか知ることとか……  
 
やることは、一分一秒も惜しいくらい沢山あった。  
 
 
 
 
 
 
 
 
──でも  
少しだけ時間をくれないか?  
 
 
 
たった一言で良い。  
 
 
 
 
「ハルヒ」  
「何よ?」  
 
俺にとって100%を越える意味を持つ、ちょんまげみたいなその髪型に声を掛けさせてくれないか  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「似合ってるぞ」  
 
 
 
 
 
〜 The end 〜  
 
 
 
 

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