2章〜crying bootleg〜  
 
 
 
視界に入るのは……道路。  
人も車も走る、ごくありふれた往来。  
耳を劈く嫌な音がする──タイヤが地面を擦りあげる音だ。  
まるで俺の耳を突き破るのが目的みたいに、その音が俺の周りを駆け抜ける。  
視界を巨大な車体が覆い尽くしていた。  
人くらいなら簡単に吹き飛ばせる鋼の巨体。  
 
──うあぁあああああああぁああああああああーーーーーーーーーーー  
惨劇を前にして、俺はただ叫ぶことしか出来なかった。  
 
 
 
 
──!?  
跳ね起きて、あたりを探ってみる。  
どうやらありがたいことに、現在地は一面の花畑でも、脱衣婆の居る不吉な川辺でもないらしい。  
頭に手を当てる。当然ながら、一昔前のコントでよく見るような額烏帽子の姿も見当たらなかった。  
 
「……夢……なんだよな?」  
口に手を当てて大きく息を吐く。  
前に見た夢と全く同じ夢……  
いや、違うな。  
前よりずっと鮮明に、その記憶が、その感覚が服にまとわりついた蜘蛛の巣みたいに残っている。  
──こいつは……どういうことだ?  
同じ夢を何回か見ることくらいは、別にありえる事だ。大して問題は無い。  
だけど、何度も非日常事態に巻き込まれてきた俺としては、弥が上にも疑っちまうね。  
また珍妙な厄介事が起こってる。  
──ってことをな。  
 
しかし、だ。  
この夢はいったい何なんだ?  
何度も繰り返される交通事故──だと思う──の夢。  
何で俺がこんな夢を見るのか、この夢の意味は何なのか……  
回らない頭を無理やり動かして、いくつか仮説を立ててみる。  
 
──仮説その1.被害妄想  
まあ、この可能性だってあるだろう。  
いや、むしろこいつの確立が一番高いのかも知れない。というか、これであって欲しいもんだ。  
現実問題、何も起こらないなら、それに越したことはないからな。  
ただ、俺のそういった類の願いは高校入学以来聞き入られたためしが無いことを追記しておく。これに関して言えるのはそれだけだ。  
 
──仮説その2.俺がいきなりアンビリーバボーなスーパーパワーに目覚めた  
まあ、こいつもないだろう。  
普通の人間のお墨付きなら、既に感想文でも書けそうなくらいの量を得ている。  
俺は限定条件下でしか役に立たない超能力者でもなけりゃ、100円ライター程度の役にしか立たないEMP能力者でもない。  
昔はそんな状況に憧れもしたが、今となっちゃ普通の人間であることは俺にとっての重要なステータスなのさ。  
 
と、いうわけで……  
──仮説その3.これは誰かの警告だ  
未来人、あるいは宇宙人、超能力者もしくは、見知らない新たな存在が、理由は分からないけれど、俺に対してこれから起こる何かに対して事前に知らせている。  
こいつは、なかなかありえそうだな。  
今までも、俺は何度もハルヒの引き起こす事件に巻き込まれてきたわけだし、可能性は十分だ。  
……まあ、事前に警告されたケースってのはあんまり経験がないが。  
 
 
 
しかし……俺のこの仮説が正しいとすれば、これから夢で見たあの惨事が起こるということだろうか?  
夢が全て真実を語っているのだとしたら、あの事件は俺の目の前で起こるのだ。  
なんとか食い止める方法はないだろうか?  
未来を変えちまうのは、朝比奈さん的にはまずいのかも知れない。けれど、なんとかならないだろうか?  
そして、それ以上の問題は、どうやってあの事態を防ぐかだ。  
どうしたもんだろうな…?一度、長門にでも相談してみるか。  
 
 
「……ん……キョン?」  
顔を向けると、俺の布団の中で、ハルヒがもぞもぞと動いていた。  
サイズの合わないワイシャツ──俺の制服なんだから、当たり前だ──で、眠たげに眦をこすりながらこちらを見ている。  
なんで俺の制服なんか着てるかって?  
単純明快。それが男のロマンだからだ。  
「何でもない、気にすんな。ちょっとした考え事だ」  
「ふぅん……深刻なら相談に乗ってあげても……ふぁぁ……いいわよ」  
むにゃむにゃと眠たげに、大欠伸をするハルヒ。  
俺以外には見せるなよ、それ。みっともないぞ。  
「いや、本当に大したことじゃねえよ」  
「ならいいわ。…………むー、まだ眠いわね」  
ハルヒは、ぶんぶんと大げさに首を左右に振っている。  
どうやら眠気を払っているつもりらしい。  
まあ、昨日は遅くまで色々してたしな。  
ナニをしたのかは……まあ、そこは察して欲しい。大した問題じゃないはずだ。  
俺が眠気を感じていないのは、ただ夢の興奮から冷め切ってないだけの話だ。  
 
「ん……ー」  
色っぽい声と仕草でハルヒがのびをしている。  
ぶかぶかのワイシャツから覗く、引き締まった身体が俺の劣情をビンビンと刺激する。  
マジでヤバイ。男のロマンは伊達じゃない。  
──時間、まだあるよな?  
「ハルヒ」  
「ん……?って…ちょっと、こら!何する気よ」  
すまん。ナニする気だ。  
「あ、こら……待ちなさ…ん……!!?」  
 
 
 
 
 
 
痛ぇ……  
思うだけで言葉にはならなかった。  
最も言葉に出したとしたら、「いふぇえ」とでもなるのかもしれない。  
どうしてかって?  
ハルヒの指が俺の頬を、これでもかとばかりに引っ張っているからだ。  
「馬鹿!エロキョン!あんたのせいで遅刻じゃない」  
まあ多少の予想もあったのだが、コトが終わった後、時計の針は普段の登校時刻を十馬身差のブッちぎりで過ぎていた。  
文字通り『やり過ぎた』ってところだろうか。  
──なんて、アホなことを言ってる場合ではない。100%遅刻だ。  
「あたしは、先に行くからね!馬鹿キョン。あんたも早く行きなさいよ」  
見事な早着替えを済ませたハルヒが、俺の部屋を駆け足で出て行く。  
あ、クソっ……俺を置いていくのか?……薄情な奴め。  
 
 
*  
 
「ハルヒ?」  
呼びかけてみる。  
答えは返ってこない。当たり前だ。あいつはもういってしまった。  
だけど、何故だろう?  
俺には、まだあいつが傍にいるような気がしたんだ。  
掛け布団を適当にたたんで、ベッドに座りなおす。  
一人きりになったベッドはさっきよりずっと冷たかった。  
 
*  
 
 
 
放課後、もはや完全に通いなれた文芸部の部室へと足を運ぶ。  
右手の中指を使って部室の扉をノックする。なかなか小気味の良い音が廊下に響いてくれた。  
「…………」  
暫時3点リーダが流れたあとで、聞き取れないくらい小さい長門の声が返ってくる。  
「…………どうぞ」  
パイプ椅子に座り、いつものように本を読んでいる姿が目に入る。  
文庫のカバーでよくは見えないが、その手にあるのは恋愛小説だろうか?  
「よぉ」  
声をかけると、本から目を離して頷くような軽い会釈を返してくれる。  
「今日の活動どうするか、ハルヒから聞いてるか?」  
少し首を振って、長門が否定の意を示す。  
「あなたは?」  
「いや、俺も何も聞いてねえよ」  
「……そう」  
それだけ言うと長門は視線を本に戻して、俺達の会話は途切れた。  
 
「ああ、そうだ」  
長門に聞かないといけないことが俺にはあったのだ。  
「最近、変な夢を見るんだが、何か心当たりはないか?」  
「…………」  
長門は押し黙って小首を傾げている。  
小首を傾げる──?俺の勘違いだろうか?  
「ごめんなさい。私には、心当たりは無い…………でも」  
席から立ち上がると、背伸びして本棚の一番上の辞典くらいの厚さの本を取りだす。  
「よかったら」  
不意に『あの時』の長門を思い出して、不覚にもかわいいなんて感じてしまった。  
あとで、ハルヒに懺悔しよう。  
──それくらいは許してくれるよな?  
 
 
 
とっぷり夜も更けて、一日の終わり。  
ベッドに寝転がって、長門から手渡された本に目を走らせる。  
まだ最初の数ページから先に進んでくれないが、どうやら夢分析について書かれた本らしい。  
とりあえず目次だけ読んで、今回の夢と関連がありそうな所を探す。  
なになに、『交通事故の夢は、現実に起こる出来事を予知している場合がある』ね……  
あながち俺の予想も間違っていないのだろうか?  
 
「交通事故か……」  
独り言と共に思い返す。  
今は懐かしき朝比奈さんとのデートもどきの思い出。  
将来有望そうなハカセ風の少年。  
彼も何者からか狙われていた。  
これから起こる事も同じ連中の犯行なのだろうか?  
いや、犯人は大した問題じゃないのかも知れない。  
問題はターゲットだ。誰だ?誰が狙われている?  
 
…………  
 
クソ……全く持って思いつかん。そもそも、そんなこと俺に考えさせるのが間違いだ。  
本を投げ出そうとして、寸前で借り物だったことを思い出す。  
参ったな……  
本を学生鞄にしまいながら、深く溜息をついてベッドに再度寝転がる。  
犯人のことも、被害者のこともまるで検討がつきゃしない。  
──借りるのは、犯罪心理学の方が良かったかもな。  
なんて訳の分からないことを思いながら目を閉じる。  
 
──とにかく、やれるだけのことはやってやろう。  
 
 
 
 
 
 
 
*  
 
描くにも足らない、まるで無駄な学校生活が今日も終わりを告げ、俺は部室へと向かう。  
「…………」  
ノックをしても返事はない。  
まあ、どうせ無口な宇宙人が中で分厚いハードカバーでも読んでいるのだろう。  
「よお」  
「…………」  
パイプ椅子に掛けた長門有希が顔だけあげて、こちらを見てくる。  
早々に本を返すか。  
 
「これ、ありがとうな」  
鞄を開けて、本を取り出……ないぞ?おかしい、確かに入れたはずなんだが…どこへ消えた?  
「すまん、忘れたみたいだ」  
「…………何を?」  
「何って、お前に借りた本だろ?」  
「…………」  
目の前の宇宙人が、俺にだけ分かる程度に表情を変える。  
「私はあなたに本を貸した覚えはない」  
──なんだと?  
昨日確かに俺はあの本を借りて……  
そうだ、内容も覚えている。  
「夢分析の本だ。知らないか?」  
「分からない……」  
「嘘だろ?」  
長門が嘘なんかつくはずないことくらい俺が知っている。いや、むしろ一番理解してるんじゃないかと自称しているさ。  
だから……  
これはいったいどういうことなんだ?  
「その本なら、ここにある」  
長門が指差した本棚の一番上の棚。  
昨日と寸部違わぬ同じ場所に、俺の借りた本がほこりにまみれて鎮座していた。  
……悪い夢でも見た気分だ。  
──どうなっている?  
 
 
 
 
 
「…………はじまった……」  
小さく呟いた長門の言葉を聞いてる余裕さえ今の俺にはなかった。  
 
*  
 
 
「よお」  
校門の所に見慣れた制服姿のハルヒが立っていた。  
「遅いわよ」  
開口一番、怒った声で俺を睨みつけるハルヒ。  
「悪いな」  
「あんたって、どうしてこう。いつも待ち合わせの時間に遅れてくるわけ?」  
さあな。俺自身遅れるつもりは毛頭無いんだがな。  
「そういうお前は遅刻しないですんだのか?」  
「全力疾走するハメになったけどね」  
そうかい。俺は思いっきり遅刻で、早朝課題の代わりに大量の宿題まで貰ったぞ。  
「鍛錬が足りないのよ。あたしが鍛えてあげようか?」  
悪いが、ご遠慮こうむろう。教えてもらうのは勉強と保健体育くらいで十分だ。  
「部室、寄ってくか?」  
「もう誰もいないんじゃないの?」  
まあ、それもそうかもな。  
結構遅い時刻だ。正当なる文芸部員の長門すらもう帰ってるかもしれない。  
「ま、いいわ。たまにはあたしも部室にいかないとね」  
そりゃそうだ。俺達は団長あってのSOS団だしな。  
「分かってんじゃない」  
そう言ってハルヒは不敵に素敵な笑顔で笑った。  
 
 
夕焼けの部室棟。職員室から借りてきた鍵で扉を開ける。  
おっと入る前にはノックしないとな。  
「鍵かかってんだから、誰もいないに決まってんじゃない」  
先に来ていたハルヒが、馬鹿にするような声で言う。  
ちなみに、職員室まで鍵を取りにいかされたのは勿論俺だ。ハルヒは部室の前でずっと待っていた。  
「どうも癖でな」  
「ふーん」  
ノブを回してハルヒが扉を開ける。  
「部室も久しぶりね」  
そうだな。ここんところ、俺達二人は一緒に帰ってるが、部室に面子全員が集まることはあまりなかった気がする。  
ハルヒはドアを入ってすぐの所で、腕を組んで部室を見回している。  
長門用の分厚い本の詰まった本棚と、俺達用のパイプ椅子。すっかり旧型になったパソコン。  
SOS団結成後、多少ものが増えたとはいえ、相変わらずあまりものがない部屋だ。  
 
「あんた」  
「ん……?」  
ハルヒの方を振り向く、その視線は一点……俺を見ないでパソコンの方を向いていた。  
「また、あたしの目の前からいきなり消えたりしないわよね?」  
何の話だ?  
「あたしにもよくわかんないわ……でも、なんでだろう。嫌な予感がするのよ」  
ハルヒは暗い表情で、顔を伏せている。  
こいつらしくない悲しげな顔だ。頼む、そんな顔しないでくれ。  
「……大丈夫だ」  
かける言葉が見つからなくて、俺は根拠もないのに呟いた。  
「でも……不安なのよ。あんたは2度もあたしの目の前から消えようとした。中学校の時も……あの冬の時も……」  
──ジョン・スミス。いや……「俺」は中学生のハルヒの前から姿を消した。期間限定の時間旅行だったし、ハルヒにもう一度会う為には俺は帰らないといけなかったからだ。  
あの冬、変わってしまった世界でも俺はもう一度ハルヒに会う為に俺は奮闘した。  
大丈夫。俺はハルヒの前から消えるなんて事はありえない。  
「3度目の正直ってことにしてくれ」  
寒さに震える子犬みたいに身を縮めたハルヒをゆっくりと抱きしめる。  
それは小さくて、愛しくて、俺にとって一番大切なものだ。  
「ジョン……」  
漆黒の長いポニーテールを優しく撫でながら俺は言葉を続ける。  
「大丈夫だ」  
今度は言葉に力をこめた。  
そうだ。俺だって今度は、ハルヒの傍にずっといると誓ったんだ。  
──俺はハルヒの傍にずっと……  
…………  
 
 
 
「安心したか?」  
「うん。御蔭様でね!感謝してあげるわ」  
 
「さ、帰りましょ!」  
差し出された手を握り返す。  
──確かな温もりがそこにはあった。  
 
 
星がまたたく夜の帰り道、突然の音に振り向く。  
鈍い音でほえるエンジンの音だ。  
明らかに尋常じゃない速度で、何かがこちらに突き進んでくる。  
 
──視界に入るのは……道路だ。  
人も車も走る、ごくありふれた往来。  
耳を劈く嫌な音がする──タイヤが地面を擦りあげる音だ。  
まるで俺の耳を突き破るのが目的みたいに、その音が俺の周りを駆け抜ける。  
視界を巨大な車体が覆い尽くしていた。  
人くらいなら簡単に吹き飛ばせる鋼の車体。  
 
白昼夢?  
違う!これは紛れも無い現実だ。  
どうする?どうすればいい?  
咄嗟にハルヒの方を向くと、俺と同じような驚愕の表情を浮かべている。  
──そうだ。ハルヒだ!  
気が付いたのと、ほぼ同時で身体を動かす。  
繋いでいた手を振り払って、あいつの身体を車の射線上から押し出してやる。  
物事がまるでスローモーションみたいに進んでいるみたいだ。  
こいつが噂に聞く火事場の馬鹿力って奴なのかもしれない。  
ハルヒの体が俺から離れる。  
その双眸が大きく見開かれる。  
唇が何かを叫ぼうとして動くのが見える。  
 
 
 
──  
頭の中を目まぐるしく記憶のフラッシュバックが駆け回る。  
走馬灯って奴だろうか?  
 
『東中出身、涼宮ハルヒ。ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上』  
誰もが振り向いた自己紹介。  
『気が付いた!』  
白鳥座α星くらいの輝きをみせる両眼。  
まとめても、ちょんまげみたいにしか纏まらない黒髪。  
何ワットの電球よりも、夏の向日葵よりも眩しいその笑顔。  
──  
ドクンと心臓が脈打つのを感じる。  
視界が真っ赤に染まる。  
……真っ赤?  
 
 
 
 
「……ョンっ!」  
 
 
気が付いた時、俺の後頭部は俺の意向を無視してアスファルトと熱烈なキスしていた。  
少しだけ鈍痛があるものの、どうやら身体の異常はないらしい。  
軽く頭をもたげて、辺りを見回すと視界の端っこに速度を落とさないで走り抜けて行く車の姿が見えた。  
「馬鹿!……あたしを助けて死のうなんて100年早いのよ!!」  
誰かの声がする。  
顔の位置からすぐ真下から聞こえるその声は、怒りと悲しみの入り混じった不思議なものだった。  
背中にひんやり冷たい道路とは違う暖かさがある。誰かの手だ。  
どうやら、誰かが俺を組み伏せているんだ。  
「ちょっと。ジョン?あんた、大丈夫?」  
身体を起こすと、目の前の奴が声をかけてくる。  
 
 
「誰だ?」  
まるで自分のものじゃないような声が俺の口から発せられている。  
「え……?」  
「お前は誰だ?」  
目の前にいるのは間違いなくハルヒだ。  
そいつはどこからどうみてもハルヒの姿をしている。  
だから、俺自身何を言おうとしているのか、よく分からない。  
「あんた…何言って……?」  
「違う。お前は……」  
全身を、ワラジムシの大群でも見かけた時のようなイヤな感覚が走る。  
異様な違和感が俺を支配していた。  
 
 
 
 
 
 
 
 
*  
 
耳を劈く嫌な音がする。タイヤが擦れる音だ。  
視界を何かが遮る。巨大な車体だ。  
────  
惨劇を前にして、俺に出来たのは……  
 
ハルヒが視界に入る。  
その姿は鮮血で真っ赤に染まっている。  
『大丈夫だ……俺はずっと……お前の……』  
話したいことは数え切れないくらいあるはずなのに、上手く口が言葉を紡いでくれようとしない。  
『せっかく……あんたが……』  
大粒の雫がハルヒの目に光っている。  
…………  
 
オレハオマエノソバニズット……  
 
────  
 
*  
 
 
「いて……いてててって…いてぇーーーーーー!!!」  
頬をおもいきりつねられて、俺の意識は強制的にトリップから戻される。  
何をしやがるのかと、ハルヒの方に視線を向きなおすと、そのまま白く透き通った指先が移動して、今度は俺の耳をつまむ。  
嫌な予感を感じる間もなく、万力にかけられたような痛みが走ったかと思うと、そのまま力強く引っ張られた。  
「目は覚めたかしら?」  
まだだな。  
俺の知ってるハルヒはもっと優しいはずだ。  
──なんてくだらないことを言わなくて良かった。  
胸倉をつかまれて、脳天含めてぶんぶん振り回された。戯言を言っていたらこれだけじゃすまなかっただろう。  
「あたしの名前を言ってみなさい!!」  
お前はどこのジャギ様だ。  
いいから、落ち着け。つかんだ胸倉を離せ。  
「言わないなら、言ってあげるわ。耳の穴かっぽじって良く聞きなさい!」  
ああ、もう騒ぐな。耳が痛い。  
おまけに近所迷惑だ。  
「あたしが、SOS団団長……涼m……ん……」  
強引に顔を引き寄せて、口を塞ぐ。  
 
……しょっぱい味だ。  
 
「安心しろ。俺は大丈夫だ」  
さっきの感覚なんて一過性の気まぐれだ。  
現に今は違和感なんか消えちまったさ。あるのは……あー、えーと……恥ずかしいが、お前を抱きしめたいとかそんな気分だけだ。  
「心配なのよ……」  
頬を朱に染めたまま、ハルヒが小さく呟く。  
「あんたがどっかに行っちゃうんじゃないかって」  
何がハルヒをこんなに不安にさせるのだろうか?  
俺には分からない。  
だが今の俺に出来ることを一つあげるなら、それはこいつを抱きしめる事だ。少しくらいなら不安が減るだろう?  
「大丈夫」  
この言葉だけじゃ不満か?なら……  
「SOS団の名にかけて誓ってやるよ」  
それなら安心だろ?  
「約束よ。絶対、ぜーったいだかんね!」  
「ああ」  
夕焼けの中、俺達は抱き合って、キスをして……  
俺はハルヒの美しく纏められた髪を撫で続けた。  
 
 
 
──初めて出会った時からずっと変わらない、風に揺れるそのロングヘアーを  
 
 
 
 
 
 
 
〜to be continued〜  
 

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