俺が宇宙的未来的、または超能力的な事件に巻き込まれるようになって、早いものでもう一年近く経とうとしている。  
 とはいえ、本格的に宇宙的未来的、または超能力的な事件に首を突っ込む、もとい首根っこ掴まれ頭から突っ込まれる様になったのは5月からなので、一年という表現は正しくはないが。まぁ、いいだろ?  
 てっきり俺はハルヒが一暴れするんじゃないかと警戒していた卒業式はつつがなく終了し  
 学年末テストという一年を通しての普遍的人間的学校生活におけるラスボスと呼んで差し支えないであろう凶悪な敵を、連日部室で『GTS』の腕章をしたハルヒのスパルタもかくや、というテスト対策のお陰で、晴れ晴れとした気分で、  
 今、テスト最終日の最終時限の終礼チャイムを待っている訳だ。  
 しっかり見直しもしたし、前回の中間のように早く終わったと調子こいてたら答案用紙の裏側まで解答欄がびっしり、なんていうこともないようだ。  
 
 しかし一年、か………。長いようで短いもんだ。宇宙の物理法則云々をどうこういいながら早朝ハイキングコースを嫌々歩いていた自分が羨ましい。  
 あの頃の俺は、まさかこんな一年を送ることになるだなんて想像だにしなかったろうな。いや、自分のことなんだが  
 
 三年前の七夕はハルヒと、ハルヒを取り巻く世界のはじまりであり収束点だ。だが俺は? 俺自身時間移動なんてものを経験し、宇宙的未来的、または超能力的な収束点とやらになんどか関わっちゃいるが、  
 俺にとっての始点と言えば長門のマンションになるんだろうか。無口少女の電波マシンガンを皮切りに、俺の世界は変わっていった。  
 
 そしてその誰もが、俺を選ばれた『鍵』として――  
 
 そんなことを考えている内に鐘がなった。あるものには解放を、あるものには絶望を知らせるこの音に、何故か俺は救われたような気分になった。  
 用紙を回収し終わったと同時に  
「あたし先行ってる!!」  
と後ろから爆音。いや、HRはぶっちぎるんですか?  
 
 高校一年目も答案指導と修了式を残すばかりとなり、それはつまり高校一年という肩書きを持ったままこの本校舎から部室棟までの道のりを歩くこともあとわずかということだ。  
 とくに感慨深いというわけでもないのだが、休みの日にここに集まった覚えもないので、やはりそういうことなのだろう。  
 部室の、そろそろ天寿を全うされそうな上、ハルヒによって毎度壁との激突を余儀なくされているドアをいたわりつつノックする。無言の歓迎を受信し、中へ入ると定位置で本を読む長門と目があった。  
「………」  
ミリ単位で首肯し、目を本に落とそうとする長門。  
「なあ、お前一人なのか?」  
「………」  
さっきよりは深い首肯、といってもミリはミリだが。  
 ハルヒのヤツはHRも出ないでどこ行ったんだ?  
「涼宮ハルヒは」  
長門が本を見たまま言う。  
「学年末考査が終わったと同時にあなたのクラスを飛び出しHR中の朝比奈みくるの教室に突撃。彼女の担任と口論になった後、彼女を拉致。今現在は涼宮ハルヒは朝比奈みくると共に体育館にいる」  
 頭痛と目眩がする。風邪かもしれん。  
「あなたの身体はいたって健康。私が保証する」  
……ありがとう、長門。  
「いい」  
 心なし嬉しそうな長門を眺めつつ、昔の長門を、出会ったばかりの長門を思い出していた。俺自身はハルヒに無理矢理引っ張られて連れてこられたここ文芸部室で  
「長門有希」  
と短すぎる自己紹介を受けたのが初邂逅となるのだが、長門にしてみれば未来的パワーで過去へと時間移動した俺となんどか顔を合わせているわけで、初対面でもなんでもなかったわけだ。  
 今にして思えば、過去の長門を頼ったとき互いの自己紹介もせずに、俺のことわかるか? などと長門の能力をアテにして失礼極まりない振る舞いをした自分が非常に腹立たしくなってくる。  
 こんど朝比奈さん(出来れば大)にお願いして過去の自分をしばきたおすチャンスをもらおう。  
 無理か。  
 
 次に思ったのが、あの消失世界での長門。俺はあの時あの長門の制止を振り切ってこちらの世界を選んだ。  
 あの世界は長門が望んだ全て。ある意味で『長門有希』の全て。その全てを俺は否定した。  
 何故俺はあの世界を否定したんだろう? 宇宙的未来的または超能力的事件が起こるこちらの世界を望んだからか?  
 ならば5月にハルヒと二人きりで立った灰色世界のグラウンドで、あのままあの世界にいればこの世界よりもっと不思議で溢れた日常が待っていたというのに、やはり俺はこの世界を選んだ。  
 俺は、俺の望みとは、なんなのだろう?  
 
「長門はこの一年、どうだった?」  
気付けば長門に声をかけていた。  
「………」  
長門は一頻り考えて  
「ユニーク」  
「どんなところが?」  
「全部」  
 三年間、こいつはあの部屋で独りで過ごしてきたんだ。長門は待機と言っていた。待機命令が解除された今、こいつの目に写る全てが彼女にとって『ユニーク』なら、俺は何も文句はない。  
「SOS団は好きか?」  
俺は『長門有希』に聞いた。  
「………」  
本当に小さく、でもはっきりと長門は頷いた。  
「あなたは」  
長門は、今度は目を合わせて  
「この一年をどう思う?」  
 その瞳は出会ったばかりの無とは違う、あらゆる感情をない混ぜにした、特に期待と不安の入り混じった、そんな瞳だった。  
 長門の声が切れると同時にドアが開いた。天使のご降臨だ。  
「ふえええぇ…やっと終わりましたぁ…」  
天使は随分とお疲れのようだ。あれ? ハルヒはどうしたんですか?  
「涼宮さんは大切な用事があるとかで…後で必ず来ると仰ってましたが…」  
ところで、何をしてらしたんですか?  
「体育館で色んな服きて撮影してました…映画がどうのこうのって」  
一抹の不安を感じたがこの際それは置いておこう。  
「それじゃあキョン君ちょっと待っててくださいね」  
朝比奈さんの為ならいつまでも待ちましょうとも。  
「準備したらすぐ行きましょう」  
ん? なんの話ですか?  
 
「ふぇ? 昨日キョン君が誘ってくれたじゃないですか…新しいお茶を買いに行こうって。忘れちゃったんですかぁ…?」  
「いえっ! そんな滅相もない! 覚えていますとも! さぁ行きましょう!」  
 正直そんな一大センセーション的な朝比奈さんへのお誘いを敢行し、あまつさえそれを忘れるはずなど無いのだが、  
 目の前の天使改め女神がその輝かんばかりの瞳から世界中の宝石を掻き集めてもまだ足りない価値を持つであろう涙を浮かべてらっしゃるので、そんな彼女を裏切ることが出来るだろうか、いや出来ない。  
 もし今の要領で過酷なことを頼まれても断れないだろうな、なんて考えは隅に置いた。  
 
 無事お茶も買い、何気無く散歩しつつ至福の時を享受してた俺だが、ふと、今歩いているのがあの川沿いの道だと気付いた。横をいく朝比奈さんは、なんだか神妙な顔付きだった。  
「あのベンチですね」  
 心地よい沈黙を破ったのは意外にも俺だった。  
朝比奈さんも同じことを考えていたようで  
「はい」  
と返事をするとベンチに腰かけた。あの時と同じ位置に。  
 しばらくまた沈黙が続いたが、今度は朝比奈さんから  
「色々、ありましたねぇ…」  
やけに感慨深い声だった。  
「たった一年なんですけどね」  
「それでも、です」  
また沈黙  
「時間ってなんなんでしょうね」  
未来人のあなたにそんなことを言われても…  
「ふふっ…それもそうですね」  
少し間を置いて  
「未来には無限の可能性があります。でもキョン君も知ってる通り、未来は一つしかないんです」  
それは、朝比奈さん達未来人が自分達に都合のよいよう過去を操作してるからだと聞いた。  
「私がこの一年で見たり聞いたりやったりしたことは、全部予め決まっていたことなんです」  
「既定事項ってやつでしたっけ?」  
「はい…でもそれってなんか悲しいですよね…私が体験したこと全てが既定事項だっていうなら、私の今の気持ちも既定事項だっていうことですもんね…」  
小柄な朝比奈さんがやけに小さく見えた。  
 
「私は長門さんのように設定されたわけでもないし、古泉くんみたいに自分を自分で振る舞ってるわけでもないのに……意図の外側で私は時間に『私』を作られてるの」  
 俺は衝撃を覚えていた。長門や古泉の性格に関しては考える機会を持っていたが、朝比奈さんの場合、古泉が言った「何もしらない、何も偽らない」がこその朝比奈さんであることに甘え、それ自体が彼女を苦しめていることを知りつつも、特に思考しなかった。逃げていた。  
 しかもそれは彼女の無力感からの苦しみだとばかり考え、それは更に未来の朝比奈さんを知る俺にとっては杞憂に過ぎないと思っていた。しかしどうだ、既定事項という枠組みの中しか生きられないのは朝比奈さん(大)とて同じはず。なんだか無性にやる瀬なさを感じていた。  
でも  
「朝比奈さん」  
目が合う  
「朝比奈さんは女神です」  
「ふぇ!?」  
間違えた  
「朝比奈さんは朝比奈さんだけなんです。あなたが体験したこと、あなたが感じたことはあなただけのものなんです」  
 
でもだからこそ、俺は『朝比奈さん』に訊いた。いや訊かずにはいられなかった。『長門』にした同じ質問を  
「朝比奈さんはこの一年、どうでしたか?」  
「わたしは…―」  
『私』を探してる朝比奈さんに  
「今ここにいる朝比奈さんに聞いてるんです。他の誰でもない」  
朝比奈さんは目を見開いた後、静かに目を閉じ  
「…私が過ごしてきた中で、もっとも…かけがえのない時間です」  
と答えた  
「朝比奈さんはSOS団が好きですか?」  
朝比奈さんは少し困ったような、それでいて女神のような微笑みで  
「…はいっ」  
世のオスは全て堕ちるだろう、と心のどこかで思った。  
 
「そろそろ帰りましょうか。ハルヒが戻ってきてたら厄介です」  
朝比奈さんは苦笑して  
「そうですね」  
とだけ言って立ち上がった。  
 なんとなく、話してる間ずっと気になっていた空き缶があった。いかにも蹴っ飛してくれという感じの。朝比奈さんの声が聞こえる。  
「キョン君は」  
ちょっと助走をつける。  
「この一年を」  
足を振りかぶる。  
「どう思うの?」  
急速に、急速に嫌な感じが頭を突き抜け、足を制御しようと試みたが時既に遅し。  
蹴られた空き缶は吹き飛ばず、俺の足に激痛を残すだけになった。  
「キョキョキョ、キョン君!? だ、大丈夫!? え!?」  
わけが分からないと言った感じの朝比奈さん。  
「いっつつつ…痛ぇ…誰だこんなアホな真似しやがるアホは…」  
 案の定、空き缶は打ち付けられた釘を覆うようにしてセットされていた。  
 朝比奈さんとの思い出を走馬灯のように思い出していたおかげかはたまた宇宙的未来的または超能力的パワーに関わりすぎて未知の力が発現した為か、とにかく全力での衝突は防げたので、歩ける位にはすぐに回復した。  
 道中俺の右足を気遣ってくださる女神に心奪われつつ、部室前にたどり着いた頃には日は傾いて赤みをさしていた。  
中には長門と、古泉がいた。  
「お二人でお出掛けしたとうかがっていたのですが、なかなかお帰りにならないので心配していたところです」  
相変わらずうさんくさい笑みだな。  
「すみません…私が付き合わせちゃって…」  
「おや? 足をどうかされたんですか?」  
めざといな  
「他ならぬあなたのことですから」  
やめろ、朝比奈さんが5センチほど離れたじゃないか  
しかしハルヒはまだ来てないんだな  
「ええ、僕が来たときにはまだ。そして今まで一度も」  
「長門は見てないか?」  
「ない」  
どこにいるか聞こうとも思ったが、やめた。  
 
「それはそうと、昨日の約束通りジュースをおごりますよ。今でよろしいですか?」  
「ん? ああ」  
 
 俺達は五月にハルヒについて話したあの場所に腰を下ろしていた。  
 賢明な諸君らは気付いているであろう、俺は昨日ハルヒと勉強缶詰でこいつと話さえしていない。約束? なんの話だろうね。  
「で、なんの用だ?」  
「用、とは?」  
「わざわざこんなところに来たんだ、なんかあるんだろ」  
「この一年の反省、と言ったところでしょうか」  
「………」  
「先に言っておきますが、僕は、僕個人はこの一年がとても意義あるものだと理解してますし、SOS団は僕にとってなくてはならないものです」  
まだ俺は何も言ってないわけだが  
「今日のあなたはわかりやすい。顔に書いてありますよ」  
案外俺も感傷に陥りやすいのかもな  
「否定しない辺り、いつものあなたとは違いますよ」  
「俺にだってこういう時もあるさ」  
「『僕』が性格を偽ってる、という話は前にしましたね?」  
お前、盗み聞きはよくないぞ  
古泉は肩をすくめて  
「でも、最近気が付いたんです」  
スルーしやがった。  
「『僕』にとってSOS団にいられる僕こそが全てなんじゃないかって」  
「………」  
「『僕』は僕が好きなんです。本当、おかしなことに」  
聞きようによってはただのナルシストだな。顔がいいからなお性質が悪い  
「でも、あなたは分かってくれるでしょう?」  
「まぁな」  
不本意だけど、少しだけな  
「ならそれだけでいいんです、『僕』は」  
ホットの紅茶をすする音が響く  
「今度は僕の番です。あなたはこの一年を振り替えって、どうお考えになりますか?」  
 
 そして辺りがすっかり闇に包まれた今、俺はハルヒと共に東中の校門をよじ登っている。  
 あの後部室でまったりしていた俺達の前に嵐のように現れ、解散とだけ言い残し、俺を拉致してここまで連れてきた。  
何故だ?  
「ここ、あたしの母校」  
「知ってる」  
「ならいいじゃない、来なさいよ」  
俺はwhereじゃなくwhyを訊いたんだが  
「い い か ら」  
はいはい  
「返事は一回!!」  
 校庭のど真ん中に二人で立っている。まだ教員やらがいてもおかしくないだろう時間なのに校舎に人のいる気配はない。あのニヤケ面に言わせればハル(ryってとこだろうか。  
「あんた、さっきから何ぶつぶつ言ってんのよ気持ち悪い」  
ぬかったぁ! また口に出してたのか…  
「ここさ、4年前の七夕のここでさ、あたし会ったんだ」  
「誰に?」  
「ジョン・スミス」  
まあ想定の範囲内だ。動揺もしない。  
「外人か?」  
「偽名よ、日本人に決まってるじゃない」  
決まっているのか。  
「そいつは宇宙人も未来人も超能力者もいるって言ったわ」  
断言したっけかな…。  
「それからずっと探したけど、見付からなかった」  
彼女の顔は曇らない。  
「でも、それ以上に大切なものを見付けたの!」  
ジョンのおかげだから、と続けられて少しびっくりしたがそういうわけじゃなさそうだ。  
「あたしはこの一年本当に楽しかった! SOS団より素晴らしい仲間なんて世界中どこ探してもないわ!!」  
あたしも『あたし』もない少女が夜空に向かって叫んだ。  
「…キョンは? キョンはどうだったの?」  
途端不安気に揺れる瞳。  
俺は少しだけ言葉を選んで言った。  
「『俺』は――」  
「この世界」を選んだ答えを得た気がした。  
 
「そういえばお前、今日一日中どこ行ってたんだ?」  
「はぁ? あんたが言ったんじゃない。次の映画の撮影場所の下見に行ってこいって。時間ないんだからガンガン撮らなきゃダメだって」  
 なんだか急に血の気が引いてきた。  
「言っておくけど春休みの予定、ぎっしりよ」  
それはある意味想定の範囲内。  
「次の一年はもっともーっと楽しくなるんだから!!」  
 
 
 余談になるが、すっかり遅くなった頃自宅に帰ると、家の前に女神がいらっしゃった。  
 これも想定の範囲内だった俺は来年度も幾度となく呟くことになるだろう相棒の名を呼んだ。  
「……やれやれ」  
とね。  
 
 
FIN FUNNEL  
 

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