1.  
 
 あの悪夢のようであり、それでいていつもと変わらないという、何だか深く考えると巻き込まれ型のマイ人生がむなしくなってしまう卒業式が終わってから数日後の事である。  
 放課後、SOS団の部室に向かっていた俺は、いまや完璧に生徒会書記兼馬鹿会長専門ジェノサイダーであると俺だけでなく全校生徒に認識されてしまっている喜緑さんが、窓の外をぼんやり眺めているのを見かけた。  
 いや、正直スルーしたいな、と思ったよ。あの二人に巻き込まれると自然災害レベルでひどい目にあうっていうのは、これももはや俺の実体験だけでなく全校生徒の常識になっていたしな。  
 ただ、どうしてだろう。鬼の目にも何とやら、ってわけじゃないだろうが、俺には喜緑さんがまるで泣いているように見えたんだ。それでつい、ほっとけんよなぁ、といつもの悪い癖が出て声をかけちまったってわけだな。  
「喜緑さん、どうしたんですか?」  
「………」  
 返事が無い。ただのワカメのようだ。  
「………煮込みますよ」  
 必死で土下座する俺。自業自得か? そうだろうな、やはり人生『いのちだいじに』でいかなければならんよな。  
 
「実は、悩み事があるんです」  
 と、喜緑さんは話し出した。どうやら二月二十九日並に数少ない真面目なお話らしい。  
「俺でよければ相談に乗りますよ」  
 会長ならともかく、喜緑さんにはいつもお世話になっているからな。  
 会長の巻き添えで怒られたり、馬鹿の巻き添えで殴られたり、生ける災害と共に消されかけたり………。なんだろう、『お世話』ってすごく便利な日本語の一つなんだなぁ。  
 まあ、泣きそうになるほど真剣な悩みのようだし、過去の恨みは忘れてこちらも真面目モードでいくとしよう。  
 喜緑さんは神妙な顔つきでこう言った。  
「最近、会長が胸やお尻を触ってこないんです」  
 ………ろくでもねーーーー!!!  
 
 真面目モードを木っ端微塵に粉砕され、一気にやる気をなくす俺。これはある意味言葉の暴力というやつなのではないだろうか?  
「まあ、あれだけ殴られているんですから、いくらあの馬………会長でも学習する頃なんじゃないでしょうかねぇ」  
「そう、………なんでしょうか。あと、最近何処かうわの空で、何か悩み事があるみたいなんですけど」  
 真面目曲線が一気に急降下したせいで気がぬけてしまったのか、適当に答えていた俺はついつい余計な事を言っちまった。  
「うーん、ひょっとしたら他に好きな人でもできたのかもしれませんね」  
「え………」  
 絶句した喜緑さんに気付かず話を続ける俺。こういうところも悪い癖だとは思うのだが、誰か治し方を知らないものかね、本当に。  
「恋の悩みでボーっとしているんでしょうね。喜緑さんも少しの間は寂しいと思いますがまあ大丈夫でしょう。会長がいなくても喜緑さんなら引く手あまたですしね。アレよりはもっとマシな人が………」  
 そこまで言って、やっと気付く俺。  
「うぇ………グスッ………ヒグッ」  
 ………あれ、泣いてる?  
 
「いや、あの、冗談でございますですよ」  
 慌てたせいか、おかしな言葉使いになる俺。  
「ヒック………、会長、わたしに………ヒグ………飽きちゃったんですか?」  
 やべぇ、マジ泣きですよ、姉さん。………いや、姉さんなんていないけど。  
 パニクる俺、痛い周囲の目。それに何故かこのままだと物理的に痛い目に合うような気がする。どうにかフォローを入れて泣き止ませないと………。  
「いや、自分で言っといてなんですけど、会長が喜緑さん以外の人を好きになるなんてありえませんって。今ちょっと調子がおかしいのもいつも通り二・三発殴り飛ばしたらすぐ元に戻りますよ」  
「殴り飛ばして………うう………嫌われちゃったら、どうするんですかぁ」  
 やれやれ、意外と重症だなぁ、これは。  
「それで嫌われるんだったら、もう手遅れでしょうに」  
「手遅れなんだ、わたし」  
 オー、イッツバッドフォロー。ミーバッドエンド、マッシグーラ、グーラネー。………何人だ、これ?  
「やだよぅ………、かいちょぉ………」  
 すみません。泣きたいのは俺もなんですけど。  
 ああ、視界の隅から良く見た事のある黄色いカチューシャがすごい勢いで近づいてくるなぁ。………結局今回もデッドエンドかよ!  
「コラー! アホキョン! 何あたし以外の女泣かせてんのよー!」  
 ツッコミどころ満載のセリフなのだが、どうやら俺にはツッコミを入れるどころか、その内容を考える暇すら与えてもらえないらしい。誰か俺の意識が回復するまでに考えておいてくれ。………戻るかどうか分からんがな。  
 こめかみに迫り来る体重の乗った右足と、脳内を駆け巡る走馬灯を見ながらそんな事を考える俺であった。  
 ドグワッシャッー!!!  
 
 ………あ、ひいばあちゃん、また会ったね。  
 
2.  
 
「なるほど、生徒会長の様子がおかしいってのがあなたの相談事なわけね」  
 相談も何もお前が勝手に部室に引っ張ってきただけだろうが、と思ったがつっこまずにおく。今回は船に乗りかける所までいったし、下手に刺激すると今度こそとある河を渡る羽目になりかねんからな。  
「ひっく、………かいちょぉ」  
 ハルヒの前の席には今も泣き続けている喜緑さん。絵的にはカマドウマ事件の時と同じであるが、残念ながら今回はマジ泣きである。  
 ああ、それと、驚くべき事に会長と喜緑さんの二人、あれだけバカップルぶりをさらしておきながらまだ付き合ってないらしい。まあ、告白をしていないだけで実質付き合ってるようなものなんだろうけどな。  
 ………なにやら、オマエラモナー、とか言う天の声が聞こえてきたような気がしたが、俺の精神衛生状態を保つため聞こえなかった事にする、………やれやれ。  
 
「ふえー、かわいそうですよぉ」  
 思わずもらい泣きしそうになっている朝比奈さん。ありがとう、癒されます。  
「そっだねっ! いつもの痴話喧嘩なら何杯でもいけるんだけど、今回のは面白くないねっ!」  
 いつものが笑えるのはあなたが巻き込まれない位置にいるからだと思いますよ、鶴屋さん。  
「………」  
 長門、静かに怒るのはやめてくれ。俺の心臓に悪い。  
「………おねえちゃん、泣かせた」  
 うん、本物の殺気を発してなかったら、すごく可愛らしく聞こえる言葉なんだがなぁ。  
「では、」  
 古泉、お前はいい。黙ってろ。  
 
「わかったわ! 全部あたし達に任せなさい」  
 ハルヒが無責任に力強く宣言する。『達』って事は結局俺達全員が巻き込まれるという事なのだろう。まあ、喜緑さんは俺の言葉のせいで泣いているわけだし、それを考えると協力するのも吝かではない。  
「というわけで、キョン。あんたなんか良い方法を考えなさい! 十秒以内、あたし時間でね」  
 ………『あたし時間』って何だ。俺だけ通常の三倍の速度で過ぎるとかいうオチじゃないだろうな。ていうかなんで俺一人で考えなきゃならんのだ、イジメか?  
「だってあんたあの会長と仲良いじゃない。よく一緒にボコられてるしね。あと、『あたし時間』ってのは途中で時間が飛ぶのよ、キョン限定で」  
 なんかもう俺の予想の斜め上を行く最悪っぷりだな、やはりイジメか? ………つーかハルヒ、無理矢理人を巻き込んで暴走するようなあの馬鹿会長と、どうしてわざわざ仲良くせにゃあならんのだ。  
「………そっか」  
 いきなりヘコみだすハルヒさん。何でだ? 今の会話内容ならヘコむのは俺の方だろうが。  
「あのさ、……キョン。………もしかしたら、なんだけどさ。……あたしの……事も………迷惑、……とか……うー」  
 最後のほうは小声だったので上手く聞き取れなかった。  
「何だって、ハルヒ」  
「………何でもない」  
 何でもない事はないだろう。さっきから古泉が携帯を見ながら青い顔してるんだぞ。  
 
「わたしに良い考えがある」  
 いやな沈黙を掻き消すように喋りだしたのは、意外な事に普段こういう場面ではほとんど喋る事の無い長門であった。  
「あ、そうなんだ。………さすが有希ね!どっかの馬鹿団員穀潰し派とは大違いよ」  
 無理矢理スイッチを切り替え、明るく振舞うハルヒ。古泉も一安心といった顔で携帯をしまう。………ところで、穀潰し派って俺のことか? いつも俺の財布を潰しているお前に言われたくはないぞ。  
 とは言えこのままでは話が進まないので、とりあえず不満は置いといて長門の考えとやらを聞く事にしよう。  
 
「生徒会長を」  
 ふむふむ。  
「………消す」  
 おい、待たんかい!  
 そのまま無言で部室を出て行こうとする万能宇宙人(暴走一歩手前)を慌てて引き止める。  
「何?」  
「何、じゃない。堂々と犯罪を宣言するな」  
「問題ない。行為自体は一瞬で終わるし、この星の保安機構に捕まるようなヘマはしない」  
「そーゆー問題じゃねーよ!」  
「許可を」  
「出すか! てか俺を共犯者にするつもりかよ!」  
 
 そのままもみ合いになる俺達。そうなると当然あいつは黙っていないわけで、  
「こら、馬鹿キョン! 何いきなり有希に襲い掛かってんのよ!」  
 キョンです。友人が犯罪者になろうとするのを必死で止めようとしたら、俺が犯罪者扱いされたとです。  
 古泉が俺だけに見える位置で×印を見せてくる。どうやら相当ヤバイらしい。………フォローせにゃあならんのか、ならんのだろうなあ。ええい、忌々しい。  
「その解釈は間違えている」  
 おお長門よ。俺のかわりにフォローを入れてくれるのか。  
「じゃれあっているだけ。二人は仲良し」  
 ………全世界が停止するほどのバッドフォロー。例外は絶賛大爆笑中の鶴屋さんただ一人だ。  
 
「長門、それも間違ってるぞ」  
 何とか話の流れを戻そうと必死な俺。勝率は低いだろうがなんせチップは俺の命だ、そりゃ必死にもなるだろうさ。  
「………うかつ」  
 良かった。長門も合わせてくれるらしい。  
「もう、有希ったら、勘弁してよね」  
 若干引きつり気味ではあるが笑顔をうかべるハルヒ。うん、これなら何とか、  
「正確に言う。二人はラブラブ」  
 ………全然駄目でした。部室を飛び出していく古泉。すまん、命があったらまた会おう、お互いにな。  
 
「………キョン」  
 背筋どころか脳髄まで凍りそうな声が聞こえてくる。  
「もう何も言わなくても良いわよ。ええ、何も言わなくて良いわよ」  
 二回言った! 二回言ったよこの人!  
 こりゃあ弁解せんと確実に死ぬなあ、しても死ぬかもしれんが。まあ、あれだ、やらずに後悔するよりやって後悔しろ、ってやつだな。………あれ、このセリフ、もしかして死亡フラグ?  
 ミジンコを通り越してミトコンドリアレベルに無い脳みそから何とか言葉をひねり出す。  
「落ち着け、ハルヒ。俺は二人とも愛してるぞ!」  
 ………あれ?  
 何故だろう? 泥沼に飛び込んだような気がする。あーそういえば、ミトコンドリアって脳みそ本当に無いよなぁ。………って、駄目じゃん!  
 
「へー、関白宣言ならぬ二股宣言ってやつかしら? ずいぶんと腕白宣言よねー」  
 完璧に棒読みなのがかえって恐怖を誘いますよ、ハルヒさん。  
「………」  
 長門は沈黙。だが怒っているのは間違いない。だってさっきから俺の体が動かないんだもん。  
「二人って事はー、あたしは数に入ってないんですかねー、キョンくん?」  
 えっと、朝比奈さん、何でポットの蓋を開けてるんですか?  
「うふ、お茶にほど良い熱湯ですよー」  
 こえー、リアルにダメージを想像できる分三人の中で一番こえー。  
 助けを求めようにも古泉はしばらく、下手すれば永遠に、帰ってこられないだろうし、鶴屋さんは笑いすぎで今床でなんかヤバ目の痙攣発作を起こしているし、喜緑さんは机に涙でネズミの絵を描いているし、………ああ、ちくしょう、夕日がまぶしーなー。  
 
「それでは、調教を、始めます」  
「同意」  
「ごめんなさいね、キョンくん。うふふふふふふふ」  
 ………それからの記憶は正直言ってあまり残っていない。なんか河の船着場で、ひいばあちゃん、俺もうそっち行っても良いよね、とか叫んだ記憶は多分夢であっただろうと信じたい。………信じさせてくれ、お願いだから!  
 
3.  
 
「とりあえず、あの馬鹿会長をこう………、締め上げれば全部解決するわよ!」  
 数多くの犠牲者(要するに俺と古泉)を出してやっと出た結論がいつも通りの力技であるというのは、おもわず丈夫なロープと適度な高さの台を探したくなるほどむなしくはあるのだが、今回は俺もそれに賛成である。  
 いや、言っておくがこれは別に面倒くさくなったとか八つ当たりしたくなったとかではないぞ、………多分な。  
 そんな結論が出た後、俺達が会長を狩り………、殺り………、捕まえにいこうとしたその時、  
「失礼する。この部屋から喜緑くんスメルがしたのだが………、ああ、やっぱりここにいたのかね。探したよ、喜緑くん」  
 馬鹿が新たなる変態スキルを披露しながら登場した。  
「命令! 『ガンガンいこうぜ』」  
 ハルヒの声が飛ぶ。皆さん殺る気満々ですね。  
 
 
「にょろり!」  
 つるやのおでこが まぶしくひかる。  
「うおっ、まぶしっ!」  
 かいちょうの め がくらんだ。  
 
「………」  
 ゆきは こうそくえいしょう をとなえた。  
 かいちょうは うごけなくなった。  
 
「てやー!」  
 ハルヒは ドロップキック をはなった。  
 かいちょうに 235 のダメージ。  
 
 かいちょうは しびれていてうごけない。  
 
「えいっ」  
 みくるは かいちょうのずじょうで ポットをひっくりかえした。  
 おちゃにほどよいねっとうが かいちょうをおそう。  
 かいしんのいちげき!!!  
 かいちょうに 674 のダメージ。  
 
 かいちょうを たおした。  
 
 さて、どこからつっこもうかね。あー、まあとりあえず、  
「おいハルヒ、問答無用で『たたかう』を選択するんじゃない」  
 勝利のダンス(はたから見ると不思議な踊り)を踊っていたハルヒにそうつっこんでおこう。  
「あたし達の戦闘に『たたかう』→『ガンガンいこうぜ』以外の選択肢は無いわ!」  
 『ガンガンいこうぜ』というよりは『いろいろやろうぜ』だったけどな。………って、そうじゃなくて、  
「だからどうして戦闘を行う必要があったんだよ!」  
「八つ当たりよ!!」  
 言い切ったよ、この人!!!  
 
 かいちょうが おきあがって なにかをいいたそうに こちらをみている。  
 
 ………いや、そのネタはもういいから。  
 馬鹿が起き上がり、ポーズをつけてこう言った。  
「ふふふふふふ、甘いな。この程度のダメージなど私にとっては、快・感・そ・の・も・の!」  
「な、何ですってー!!!」  
 何だこの頭の悪い会話は、というか、  
「あの、喜緑さん。会長、何も変わってないように思えるんですけど?」  
「………みたい、ですね」  
 
 とりあえず暴走する他の女性陣を抑えながら話を聞いてみると、会長は喜緑さんに相談したい事があり、その件でずっと悩んでいただけのようだ。………えーと、ようするに、  
「あっはっはっ! キョンくん。またバカップルに巻き込まれたんだねっ、お疲れ様!」  
 ………ひいばあちゃん、俺グレてもいいかな?  
 
4.  
 
 生徒会室前、我々SOS団一同(−古泉+鶴屋さん)は二人きりで話がしたいという生徒会コンビを尾行してここまでやってきていた。………何でだ?  
「人生そんなもんよ、あきらめなさい、キョン」  
 はっはっは、全ての元凶が何やらほざいておりますなぁ。………泣きてぇ。  
 とはいえ生徒会室に乱入するわけにもいかんし、尾行ごっこもこれで終了だろう。  
「任せて」  
 ………何だ、長門よ。言っとくが宇宙人的パワーは無しだぞ。  
「隠しカメラ」  
 なるほど、そりゃぁ素敵な地球人だ! ってそんな問題じゃねぇ! そんな犯罪行為、お父さん許しませんよ!  
「でかしたわよ、有希!」  
「ありがとうございます、長門さん」  
「にょろー、ナイスっさー!」  
 お母さんとその他子供達は大喜びだ。こうやって日本の家庭ではお父さんがはぶられていくんだなあ。  
 日本家庭の抱える問題点を垣間見ながらも、どうやってこの集団に他人のプライバシーの大切さを分からせようか考える俺であった。  
 
 ああ、会長の相談事か? 犯罪集団を生徒会室から引き離すのに手一杯ではっきりとは聞いてないんだよ。………ただまあ、会長の話を聞いた瞬間その胸に飛び込んでいった喜緑さんとそれを優しく抱き返す馬鹿の姿をみりゃ分かるだろ。  
 あー、何だ、要するにだ。とても珍しい事に、ハッピーエンドってやつらしいな、うん。  
 
 

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