もう小学校も最高学年になるというのに、遊びに出かけては体中泥だらけにして帰ってくる我が妹の脳内のように暖かくなってきた三月のある日、うちの学校で卒業式が行われる事となった。  
 とはいえ今回は俺達の二つ上の学年の式であるし、そもそも日々を訳の分からん同好会もどきの団活動により消費されている身である俺に、艱難辛苦を分かち合うような親しい先輩ができているはずも無い、………朝比奈さん達は例外であるが。  
 というわけで卒業生の皆様方には申し訳ないが、正直俺はこの式については無事に終わってくれさえすれば、それ以外は晴れ時々曇りの時々曇りの部分くらいどうでも良い。  
 なので今回、俺は涙と見せかけて出てくるあくびを必死でかみ殺しながら、ところどころですすり泣く青春人達を傍観するだけの予定であった。  
 あった、と過去形になるのは別に教室でいつも俺の後ろに座っている、これも脳内が年中程よく暖まっている、暴走娘が何かを企てているというわけではなく、  
「さて、それでは僭越ながらこの私が在校生代表として送辞を読ませていただこう」  
 ………この馬鹿会長の存在のせいである。てか誰だ! こいつに送辞を任せたのは!  
 
 馬鹿と共に何故かほぼ等身大の鍋が火にかけられた状態で壇上に登場する。  
 不安は泥舟で海に漕ぎ出すレベルの強さだが、俺にできる事といえばまな板の上の卒業生を眺める事と、いくら馬鹿でもまさかこんな大事な席で暴走するような事は無いだろうと祈る事ぐらいしかない。………ああ、巻き込まれないって素晴らしいなぁ。  
 
「春の訪れが頬をくすぐる風の暖かさからも感じられるようになった今日この頃、卒業生の皆様におかれましては………」  
 良かった。出だしは比較的まともだ。  
「………皆様も当学園での三年間で素晴らしい思い出を作られた事だと思われます」  
 何とかこのまま終わってくれよ。  
 ………残念な事に俺の願いが叶うというのは宝くじで3億当たるよりも確立が低いのである。  
「ああ、ちなみに私の最も素晴らしい思い出というのは、もちろん喜緑くんに出会った事なのだがね」  
 はい、馬鹿スーパーエクスプレス暴走開始! 幸せっぽい青い鳥は隣の芝が何色だろうとみつからねぇんだよ、俺にゃあな!  
 
 
「さて、今でこそお互いにラブラブである私と喜緑くんではあるが、出会った当初、つまり現生徒会発足直後の頃はそうでもなかった。しかし、発足後4ヶ月たった今、もはや私達はお互いに無くてはならない存在にまでランクアップしているのだ!   
これは一体何故であるか? 聞きたいかね、諸君。よろしい、ならば教えよう」  
 周囲に、あーやっぱりなー、という空気が広がる。出席しているほぼ全ての人間の予想通りに脱線していく卒業式。………てか、分かってんならアレが壇上上がる前に誰か止めろよ!  
「それを理解していただくにはまず、我々二人の事を知っていただくのが一番であろうと私は考える。いや、むしろそれ以外に方法は無い、と私は断言する。しかし、正直に言うと私は自分の事は良く分からないのだよ。  
自分で自分の説明をするという事は非常に難しいという事だろうね。ならば私にできる事は一つだけだ! そう、これから皆さんに喜緑くんの魅力について語ろうと思う」  
 あんたにできる事は自主退場だけだよ。どうやら教師という名の付けられた審判団の皆さんは見て見ぬふりを決めたらしいしな。  
 
「『乳』の魅力についてはこの前の生徒会便りに書いた通りだ。なんと素晴らしい事に設置してから10分で全部捌けたそうだね。私はその前後2・3日ほど入院していたのでその現場は見ていなかったのだが」  
 喜緑さんが設置場所ごと吹き飛ばしたアレか。この世から消滅したというのも捌けたうちに入るのだろうか?  
「『尻』についてはまことに申し訳ないが、私だけの特権とさせていただこう。これを全て喋ると一週間ほどかかってしまうのでね。それに皆が喜緑くんの『尻』に特攻をかけるようになると困るだろう、主に私が。  
さて、というわけで今回私が語るのは喜緑くんの『髪』についてだ」  
 いや、待て! それは確実に地雷だろう。しかも核だ。  
 
「ここでいきなりではあるが、この一ヶ月の間に我が生徒会に寄せられた質問五つを全て紹介しよう。  
1. 喜緑さんの髪の毛がワカメに見えます。僕は病気なんでしょうか?  
2. 喜緑さんがワカメに見えます。これは変なのでしょうか?  
3. ワカメが喜緑さんに見えます。これが恋なのでしょうか?  
4. ワカメがワカメにワカメです。これがワカメなのでしょうか?  
5. キョンくんがキョンたんでキュンキュンです。好き好きキョンくん愛してる!  
と、なんと五つ中四つが喜緑くんの髪の毛についてなのだよ。ふむ、こうしてみると皆なかなかに病的だね」  
 待て! 特に最後の一つ!  
 背筋にツララを差し込まれたような寒気が走る。………振り返ると、鬼がいた。  
 
「キョーンキョーン。ちょっと話したい事があるんだけど。………拒否権・黙秘権は共に無しね」  
 ハルヒさん、万力のような力で雑巾のように俺の首を絞るのは止めてもらえませんか?  
「うん、それ無理」  
 裁判もせずに死刑確定ですかそうですか。てか権利も何もお前、話し聞く気最初からねーじゃねえかよ!  
 ……おお、………意識が、………と……お…く、………、  
「ちなみに最後の一つは我が親愛なる後輩へと送る、ちょっと小粋なジョークなのだがね」  
 そのセリフはもっと早く言って欲しかった。具体的に言うと俺が新世界へと旅立つ前に。………お花畑って本当に見えるんだなぁ。………あ、ひいばあちゃん、久しぶり。  
 
 
 三途とかいうこじゃれた名前の河を渡る前に何とかご先祖様に別れを告げ、意識を取り戻す俺。時間を確認すると、気を失っていたのは10分ほどのようだ。壇上ではまだ馬鹿が熱弁を奮っている。………ああ、夢じゃなかったんだなぁ、ちくしょう。  
「逆に皆に問おう。ワカメである事がそんなに悪い事かね。最近、食生活が欧米化していると言われているが、それでもアレは日本の食卓には欠かせない味であると私はここに宣言しよう」  
 二年生の一角がダークフォースに包まれているな。喜緑さんはあそこか。  
 ついでにワタワタしている朝比奈さんと笑いすぎで死にかけている鶴屋さんも見つかった。ああ、本当に朝比奈さんは見ているだけでも癒されるなぁ。俺や卒業生の方々の心のささくれ具合からすると、焼け石に水という言葉が浮かんでくるが。  
 
「要するに何が言いたいのかというと、私は喜緑くんの煮出し汁ならば何?であろうとも飲み干す自信があるという事だ! おお、こんなところにちょうど良く人一人が入れるほどの鍋が火にかけられているではないか!」  
 そう言って送辞が始まってから全校生徒が意識に残さないよう必死になっていた物体を指差す馬鹿。  
 馬鹿専門デストロイヤーであらせられる生徒会書記が馬鹿暴走超特急と化した生徒会会長へと近づいていく。………なるべくならもう少し早く破壊して欲しかった、というのがこの場にいる全ての人の共通認識であろう。  
 
「さあ、喜緑くん! これは二人の愛を確かめ合うチャンスだよ。カモン、レッつらばぁ………」  
 助走をつけてのジャンピングダブルニー。吹っ飛んだ馬鹿の上でマウントポジションをとり、拳を高々と振り上げて………、  
 すまん。これ以上の描写はいろいろな団体から規制がかかるので、これ以降は音声のみでお送りする事にする。  
「ちょ、待ちたまえ、喜緑く」ゴスッ、  
「これは二人の愛のあか」ガスッ、  
「そうか! これがキミからの愛の形なのだ」ドゴスッ、  
「ふははははっ、ならばここは甘んじ」バキッ、  
「受けようで」グキッ、  
「………」グチュッ、  
 ゴリュッ、………ヌチャ、………グチュア、………、  
 ………すまん、これ以上は音声でもやばいのでシーン自体をカットさせていただく事にする。  
 
 
 ………5分後である。その間何があったかは前述の理由により省略する。ただ、破壊完了、とだけ言っておこう。  
「失礼いたしました。会長は脳が病気との事で、ただいま煮沸消毒中です」  
 自分で用意したであろう鍋に頭から突っ込まれ煮沸消毒されている馬鹿。………あれで死なないのも不思議といえば不思議だよなぁ。  
「なあ、ハルヒ。お前が探している不思議とやらがあそこにあるような気がするのだが………」  
「………あたしにだってね、関わり合いになりたくない存在っていうのがあるのよ」  
 現人神に否定される馬鹿。まあ、変態神あたりに拾われそうではあるが。  
 
「では、会長の代わりに書記であるわたしが送辞を読ませていただきます」  
 まあ、どちらにせよ、これで一安心だな。式が終わったら、部室で朝比奈さんが入れてくれるお茶でも飲んで癒されるとしよう。  
「さて、わたしのこの学校で一番の思い出と言いましたら、会長に出会った事なのですけれど………」  
 
 ………って、あんたもかいっ!!!  
 
 
 ………余談ではあるが卒業式自体は、うーん、しょうがないねっ、あたしが送辞よむっさ、と立候補した、とあるお方のおかげで何とか無事(?)に終了した。  
 不愉快な思いをされたであろう卒業生の方々には在校生を代表してお詫び申し上げる、申し訳ない。  
 
 ………更に余談ではあるが馬鹿は翌日には何事も無かったかのように復活し、別件で喜緑さんに殴り飛ばされていた。そんないつも通りの風景にこれまたいつも通り理不尽に巻き込まれながら思う事がある。  
 結局のところ、馬鹿は死んでも治らないのだなぁ、と。  
 

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