陽光で目を覚まして起き上がると、頭の中に一つの疑問があった。夢の中から引っ張ってきた  
ものだった。夢の内容はもうぼやけてしまっていたが、土産にもたされた疑問はしっかりと頭の片  
隅を占めて、早く早くと解答を求めていた。  
 階下に降りていき、朝食のシリアルをほおばる妹を見やる。弁当の用意をする母親への挨拶も  
そこそこに、食卓へ座り、隣の席の妹の髪を指で梳いてみた。ポンポン付きのゴムで結ばれてお  
らず、下ろされた髪は見慣れきったものだがなかなか悪くない。指で触れて確かめると、頭のて  
っぺんから毛先まで一度もひっかかりなく梳けた。ガキんちょのくせに手入れしているのだろうか、  
艶が指先に残っているようだった。  
 妹はスプーンを持つ手を止めて、こちらを向いた。どうしたの寝ぼけているの、顔洗ってきたらと  
心配されたが、いいや全く、と返しておいた。  
「なあ、お前の髪どうなっているんだ。不思議なもんだな」  
 言葉足らずだっただろうか。本意がわからないのか説明を求めてきた。ついさっき夢の中で見た  
んだがなと前置きしてから、  
「普段、お前は頭の右のてっぺん辺りで髪の毛をくくっているよな」  
 妹の頷きを見て頷き返す。指でいじって髪の感触を楽しみながら続けた。  
「じゃあ、括られた髪の毛はその周辺の分だけのはずだ。当たり前だよな」  
 集められて垂れ下がった髪の毛を想像する。そう、ポンポン付きのゴムで括られた部分へと髪が  
流れていくだけ。そう、結果、右と左がちぐはぐなへんてこセミショートが出来上がるはずなのだ。だ  
がどうだ? お前の左の耳脇にあるはずの髪さえ、いつの間にやらパッと消えてしまいショートヘアー  
になっているじゃないか。どうしても納得できない。どうか諸兄も想像して、そうして違和感を覚えて  
欲しい。  
 あの、鼻歌を歌いながらハサミを奪いにきた時の髪型と、普段のコイツの髪型。ありえないだろう。  
対角まで引っ張っていくほど髪の毛は存在しないし、仮にそうだとするならば括られた髪の量が少な  
すぎるし、普段、左右の長さが違うはずだ。何故だ。しかも髪を下ろせば元通り。信じられるだろうか。  
コイツは家族である俺の目さえも欺いていたのだ。  
「やだなぁ、そんなことあるわけないじゃない。気のせいだよ」  
 なめんなよ。そんなわけあるか。ちょっと試してみろ。  
 ご飯食べているのに、と渋る妹にゴムを渡して、普段どおりくくってみるよう言いつけた。こうなれば  
この目で確かめるしかあるまい。  
「これでいいの?」  
「おおい! 今、思いっきり『にゅるん』って!」  
 一度両手でまとめてから括った瞬間、いつの間にか消え去っていた。そうして、髪を下ろして、二、  
三回整えるために叩いたかと思ったら俺をあざ笑うようにまた伸びている。何度試してみても同じだ  
った。伸びたり縮んだりしていやがる。もちろんウィッグなどではない、正真正銘コイツの地毛だった。  
「大丈夫? キョン君ちょっとおかしいよ?」  
「おかしくない! おかしくあるものか!」  
 信じられるだろうか。そこにあるべきものがなく、ないはずのものがあるのだ。兄の威厳を失いなが  
ら俺は朝食をとった。誰でもいい。誰か、俺に代わってこの疑問を解いてくれないだろうか。髪の毛の  
問題なだけに交代(後退)したくはないが……  
「キョン君、うまいこと言ったー」  
 
 
 了。  
 

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