平和だ。  
 しみじみと思う、平和だ。  
 
 日本のどこにでも有る様な高校の、どこにでも有るような昼休み。  
 俺コト、キョンもそんな平和な昼休みを、同級生兼悪友の谷口・国木田と  
共に、談笑しながら弁当を貪っている。  
 何故ならこの一週間ほど、俺の後ろにいる人間災害発生装置の我がSOS団  
団長、涼宮ハルヒはこのところ、何らの問題行動も起こしていないからだ。  
 
 最近のSOS団内でも、この空気は変わらない。  
 未来から来た我が癒しの天使、朝比奈さんは未来からの任務も無く、メイ  
ド服で俺たちSOS団のために美味しいお茶を入れてくれる。今では独自に調  
合したハーブティーを振舞ってくれている。  
 SOS団最強の切り札。宇宙人製ヒューマノイド長門も、相変わらず部室に  
一番に来てハードカバーを読みふけっている。心なしかその読書スピード  
も、最近は今までの1.5倍程早くなった気がする。  
 エセスマイルエスパー古泉も、急なバイトも無く、俺とのゲームで順調に  
黒星を更新している。最も夜中、ハルヒが悪夢にうなされて小規模ながら閉  
鎖空間を作り出すことが、何度か有るので気は抜けないとも言っていた。  
 だが特に危険視する程ではないとも言っていた。  
 平和だ。今谷口がまた彼女に振られたと嘆いているが、今の俺ならコイツ  
に暖かい言葉の一つも掛けてやれそうな気がする。  
「キョン後ろ」  
 購買のパンをかじりながら、国木田が言う。するとそこにはいつの間にか  
長門がつっ立っている。  
 あーすまん、無視してたわけじゃないんだ。  
「…いい、今来た」  
 そっか、で、なんかあったのか?  
 今まで俺は散々、長門の世話になってきたんだ。多少の頼みくらい、いく  
らでもやってやるよ。  
「非常事態発生」  
 ………遺書でも書くか。  
 
 さて、まずどうしよう。  
 とりあえず、教室を出て人気のないところへ行く。  
 長門が非常事態とまで言うんだ、ハルヒが退屈しのぎに世界を変えるとか  
か?  
 あるいは、お前の親玉がとうとうお前を消そうとしてるのか?だったらハ  
ルヒを焚きつけるなりして、お前を守ってやるから。  
「…ありがとう」  
 若干、長門が微笑んだ気がした。  
 気にするなよ。安心しろお前が死ぬようなコト、俺が絶対に…。  
「但し、情報総合思念体は私を消去しようとはしていない」  
 …そうなの?  
 何だか俺やたらと恥ずかしいこと言った気がするんだが。  
「並びに涼宮ハルヒも世界を変革させてはいない」  
 じゃあ、何があったの?  
「本が読めない」  
 
 思わず脱力し、そのまま倒れこみそうになった。  
 
 順序だててみよう。まず何で本が読めないんだ?  
「部室の本は全て読みつくし、先日入れかえて貰う様に依頼した」  
 ああ、そういえば二・三日前に本を読みつくしたんで、生徒会の喜緑さん  
に、今度入れかえる図書室の古い本を分けて貰う様に頼みに行ったっけ、一  
緒に。  
 そう言った俺に答えるように、長門は三ミリほどうなずいた。  
「で、本は確か昨日あたりに、持って行かれたっけ」  
 またも肯定の仕草。  
 今日当たりに本は部室に入ってくるって言ってたよな。  
「運搬途中に事故が起こった模様、本の到着が遅れる」  
 図書室の顧問に空けてもらったら?先にお前がもらう本もらっとけよ。  
「顧問は忌引きのため休暇、図書室を空けてもらえない。その上渡す本  
はまだ準備が出来ていない」  
 踏んだり蹴ったりだな。  
 で、俺の所に来たのは……本あったら貸してくれってことか?  
 肯定の仕草。  
「確かに持ってるけど…、漫画だぞ。それでもいいか?」  
「いい」  
「少年漫画だけど…、それも不良交じりのギャグ漫画…面白いけど」  
「いい……答えは意外なところにあるらしいから」  
「?」  
 
 そんなんで、俺たちは教室に戻り、カバンに入れていた少年漫画を長  
門に貸し与えた。   
 ちなみに、その光景を見ていた谷口は血涙を流すような目で俺を睨み  
付けていた。  
 
 放課後、パブロフの犬のように、俺はいつものようにSOS団の不法占拠す  
る文芸部へと足を運ぶ、既にメイド服に着替えお茶を入れる比奈さんに、新  
手のボードゲームを持ってきた古泉。  
 その二人の視線がちらちらと長門へと向かう。それもそうだろう、あの長門  
が珍しく、ハードカバーでなく、少年漫画を熱心に読んでいる姿は、なかなか  
見れるようなものではない。  
 
「あなたが貸したんですか?」  
 自軍の駒を進めながら、古泉が俺にきく。  
「何か問題でも?」  
 その駒を、待ち受けていた俺の駒がつむ。  
「いえ、珍しく長門さんが漫画を読んでいるので」  
 朝比奈さんが入れてくれたお茶を受け取りながら、古泉は続ける。  
「そういう時もあるだろ」  
 俺にもお茶を渡してくれた朝比奈さんも言う。  
「わたしは始めてみましたよ、何だか親近感が沸きますね」  
 …この二人は長門をハードカバー以外は読まないもんだと思ってんのか?  
 まあ、確かに長門が熱中するものなんてそんなにないが。  
「長門、それどうだ?」  
 珍しく読書中に顔を上げながら言う。  
「…ユニーク。とても参考になった」  
 あそ。よかったら他にもあるけど明日にでも貸そうか?  
「いい、答えがみつかったから」  
 なんのこっちゃ?  
   
「遅くなってごめーん」  
 ドアを開けつつ元気よく言ったのはSOS団団長の涼宮ハルヒだ。  
 そういえば、コイツ掃除当番だったなーと思いつつ、俺は駒を進める。  
 すると、部室の隅にいた長門が立ち上がり、団長席に座るハルヒに  
近寄る。  
「あなたに頼みがある」  
 はて、今度は何だ?ハルヒに本でも借りるのか?  
「どんなこと?幾らでもいいなさいよ、最近わたし気分いいから何でも  
言ってみなさいよ」  
 そして面倒ごとは俺たちに押し付けるわけね。  
「結婚してほしい」  
 
 世界が止まった。  
 朝比奈さんは持っていたお茶缶を落とし、古泉は顔が硬直し、あの  
ハルヒでさえも口を開けっ放しにして固まっている。  
 かく言う俺も同じく固まる以外になかった。  
「……えーとね…」  
 一番早く復活したのはどうやらハルヒであった。  
「有希?あのね、もちろんわたしも有希のことは好きよ。もちろん団員  
としても、友達としてもよ。でも女同士で結婚はできないのよ。だから  
ってわたしは別に有希が……」  
「大丈夫」  
 何がですか、長門さん?  
「あなたに結婚してほしいのはわたしではなく彼」  
 そういって長門は俺のほうを向いた。  
 
「……!!キョン!あんたなんてコト有希に言わせてんの!!」  
 当然のごとく?勘違いしたハルヒは俺を思い切り締め上げる。  
「ちょ、まて、俺は何も…」  
 そんな言い訳が通じるはずもなく、俺の首を絞めるハルヒの  
腕力がさらに増した。  
「言い訳なんかいいから、あんたはこれから罰ゲームね、まず  
近くの川から海まで泳いでもらおうか」  
 その前に三途の川泳ぐことになりそーです。  
「ならそのまま三途の川の花を摘んで「これはわたしの独断」  
 止めようとしない古泉や、おろおろするだけの朝比奈さんを  
見かねたのか、長門がハルヒの手を押さえてくれた。  
「…なんでそんな事を?」  
「あなたはSOS団が無くなることを恐れている」  
 淡々と長門は続ける。あといい加減、手はなして。  
「そりゃ…ずっとこのままって訳にも行かないと思ってるわよ、  
でもその時は別にこの部屋じゃなくても…」  
「だから一番SOS団が活動するに当たって、あなたが彼と結婚  
するのが一番と判断した」  
 つまり俺にSOS団のために生贄になれと?  
「そりゃ…こんなのわたしが貰わなきゃほかの誰のも結婚でき  
そうにないし…」  
 お前と結婚してくれて、言うやつも居ないとおもうぞ。  
 
「あなたたち二人一緒が一番いいとわたしは思った」  
 思わず、俺はハルヒを見た。そういえば何だかんだいって、俺は北高  
に入って、ハルヒのあの自己紹介を聞いた日から、コイツのことばかり  
考えていた気がする。  
 長門や朝比奈さん、古泉にハルヒがどんな人間かと聞かされてからも  
コイツの側にいた。俺は本当は…コイツが、ハルヒのことが…。  
 見るとハルヒも俺を見て、目線が合うなり急に目をそらす。心なしか、  
なんだかハルヒの顔が赤く染まっている。  
「おめでとうございます、いや好かったですね」  
 古泉がいつものニヤケスマイルで俺たちを祝福する。  
「そ、そうですよ、おめでとうございます、本当に…よかっ…ですね」  
 歓喜のあまり泣き出す朝比奈さん。  
 首を締め上げていた手を緩め、更にハルヒは顔を赤くする。  
「ちょ、まってって、まだ結婚するなんて一言も!有希!あんたも何て  
こと言い出すの!」  
「わたしはこれが一番との結果を出した、だから言った」  
 物事は順序立てて言おうな。  
 でも…ありがとな…。  
「だから二人が早く結婚してわたしを愛人としてかこってほしい」  
   
 再び時が止まる。  
「キョンンッ!!」  
 そう言うなり、ハルヒの右ストレートが俺のあごをとらえた。  
 そーいえば長門に貸した漫画にそんな台詞言ってたキャラがいたなー  
と思いつつ。俺は闇に沈んだ。  
 
 後日、結構な規模の閉鎖空間が出来たと古泉が俺に告げた。  
 しばらくの間、ハルヒは俺に一言も口を聞かず、長門は恋愛小説を読んで  
いた。  
 ちなみにそのときのハルヒの髪型は、何故か短いポニーテールだった。  
 
 終わる  
 

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