高校生活のスケジュールの中に「SOS団部室へ向かう」という項目がハルヒという破天荒によって強制的に追加されて以来、それを律儀に守り続けている俺は、今日も放課のチャイムと共にSOS団部室(いや、文芸部部室だったな)に向けて歩を進めている。
教室を出る際にクラスメイト数名から冷やかしと哀れみの視線を頂いたが、これもいつものことだ。気にすまい。
部室に入るとすでに俺以外の全員がいつもの場所に座っていた。
いつものメイド姿で二種類のお茶の葉を交互に見つめている朝比奈さん、詰め将棋を中断してこちらにいつものスマイルを向けてくる古泉、例の如く窓際で本(表紙に「人は見た目が九割」と書いてある。いろんな意味で驚きだ。)を読む長門。
そして腕を組みつつ、何か難しそうな顔をしているハルヒ。いつも通りのSOS団だ。
「何してるんですか、朝比奈さん」
席に着いた俺は先ほどからお茶の葉の入った二つの缶とにらめっこをしている朝比奈さんに声をかけた。
「え?ああ、これですか?明日出すお茶はどちらがいいかなぁって……」
そんな悩まなくとも俺は朝比奈さんの出してくれたお茶ならどんなものでもありがたく飲ませて頂きますよ?たとえ煮えたぎっていようとも。
「うふふ、ありがとう。でもね、お茶って葉っぱによってかなり味の良し悪しが変わるんです。キョンくんだって、やっぱりできるだけおいしいお茶が飲みたいでしょう?」
「ええ、まあ、確かに、ハイ」
「そうだ。キョンくんはどっちがいいと思いますか?」
そういって朝比奈さんは俺に二種類のお茶の葉を差し出してくれた。
「そうですね……」
二つの缶の名前を見てみると、そこには何やら小難しい日本語が大きく書かれている。これがお茶の名前か?しまった、国語辞典は教室だ。図書館に広辞苑を取りに行くべきか。
「原産地を見たほうがわかりやすいですよ」
席を立ちかけた俺に朝比奈さんが助け舟を出してくれた。
「原産地、ですか?えぇと、原産地は……」
あった。片方は静岡掛川、もう片方は京都福寿園とある。
静岡といえば俺でもわかる、お茶の名産地だ。静岡はお茶の生産量が一番なんだったっけ?
もう片方、京都福寿園。京都がお茶で有名なのかどうかは知らないがこの名前は別のお茶のCMか何かで聞いたことがある。
何だったかな?ド○えもん……いや、ホ○エモン……違うな。
「伊右衛門でしょ」
突然、ハルヒの声が部屋に響き渡る。
伊右衛門?誰だ、その発音しないのに「右」が入ってる江戸時代の人間は。
「お茶の名前よ! 誰よ、伊右衛門って! あたしが聞きたいわよ!」
「結構有名なお茶ですよ。ご存じなかったですか?」
古泉も口を出してきた。
わかりきっていることだが、こいつに言われると異常に腹が立つ。
「知らん。お茶なんぞわざわざ買ってまで飲もうと思わないからな。」
開き直ってみた。
「「「…」」」
空気が南極並みの寒さになった。
まずいな、ここまで冷めるとは。計算外だ。
駄目だ、耐えられない。かの有名なタロやジロのように一年も耐えられん。誰か助けてくれ。
「…飲んでみる?」
凍てつく南極の大地に暖かい南風。方角は同じ南なのに寒いと暖かい。これ如何に。
本日二度目の助け舟、出した主が長門とは、これ如何に。これ如何に!
「…」
俺の返答を聞かずに長門は立ち上がり、自分の鞄から件の「伊右衛門」を取り出す。
おまえ、そんなの持ってたのか。
「…ハイ」
ハイって…。これ、くれんのか?
「…」
無言で頷く長門。
フタはすでに開けられている。
「いらないの?」
「いや、もらう」
長門からペットボトルを受け取り、とりあえず一口飲む。なかなかうまい。
こう、渋みというか何というか、とにかくうまい。
「うまかった。サンキュー」
こんなうまいもんを飲ませてくれたことに心から感謝しないとな。
長門にペットボトルを返す。
黙ってそれを鞄に戻す長門。
ここで話が終わればその日もいつもどおりに終わるはずだったんだが。
鞄にペットボトルをしまい終えた長門が一言。あの変化のない表情を、ほんの少し、本当にほんの少し1ミクロンほど微笑んで、
「これが、間接キス…」
古泉がニヤニヤしているのが見える。
朝比奈さんが顔を真っ赤にして口をパクパクさせているのが見える。
そして、顔に狂気の笑みを浮かべているハルヒが見える。
俺は一体、どうすればいいんだ?
おわり