「少し、よろしいですか?」  
 放課後、部室へ向かっていた俺をそう呼び止めたのは生徒会書記であり、宇宙人であるところの喜緑江美里さんだった。しかし、二束のわらじどころか、わらじとハイヒールを履いているくらいの組み合わせだよな、これは。  
「何でしょうか?」  
 聞きながら考える。  
 ………またSOS団に何か厄介事を持ち込むつもりですかねぇ。なるべくならハルヒだけに迷惑がかかるようにして欲しいのですが。  
「会長を見ませんでしたか?」  
 ふむ、どうやら今回は我がSOS団にあまり被害は出ないようだな。出た被害といえば、今何の迷いもなく『我が』とかつけてしまった俺が、少し鬱になっちまった事くらいだろう。  
 というか、会長の事なんて書記の喜緑さんが知らないのに、一般生徒である(そう思わせておいてくれ、頼む)俺が知っているわけがないだろう。  
 
 ………なんか自分が関係ないと分かると、少しいたずら心がわいてきた。  
 喜緑さんの後ろを指差し言う。  
「あ、会長、後ろにいますよ」  
 誓って言うが、俺は軽いいたずらのつもりだったんだ。まさかあんな事になるなんて思わなかったんだよ!  
 
 喜緑さんはすばやく後ろを振り向いたかと思うと、  
「死ねぇーーー!!!」  
 と、生物としての本能が恐怖を感じさせるような声を上げ、目からレーザーを発射した。  
 ボスッ、という間抜けな音と共に校舎の壁に直径5ミリほどの穴が開く。  
「あら、いませんよ、会長」  
 笑顔で振り返るターミネーター。コンマ一秒で土下座する俺。  
「すみません軽い出来心だったんですもうしません誓いますだから命だけはお助けを………」  
 パニックのあまり句読点使えない病を発症する俺であった。  
 
 それでは会長を見つけたらご一報ください、という喜緑さんのお願いに敬礼でイエスと答える。というか俺にとっては、既にあなたのお願いは脅迫以外の何物でもありません。  
 喜緑さんが見えなくなるまで、周囲の視線に晒されながらも敬礼姿勢を崩さない俺であった。  
 
 
「あー、恐かったー」  
 喜緑さんがいなくなったとたん、その場にへたり込む俺。情けない? そんな事言うなら代わってみろ、軽く死ねるぞ、あのプレッシャーは。  
「しかし、周囲に人がいるってのにあんな力使っちまって問題ないのかねぇ」  
「大丈夫だ。一応喜緑くんも発射時には一般生徒の目に入らないよう、シールドを張っていたようだからね」  
「いや、一応俺も一般生徒なんだけど」  
「ふむ、それに対して私はこう言うしかないな。寝言は寝て言いたまえ、と」  
「………一つ、質問してもいいか?」  
「何かね?」  
「あんた、なんで喜緑さんに追われているんだ?」  
 件の生徒会長が、いつの間にか俺の横に座っていた。  
「やれやれ、キミは本当にダメな人間だね。ここは『あんたいつの間に来たんだよっ』とツッコミを入れるところだろうに」  
 ………やかましい!  
 
 
 立ち去ろうとする生徒会長を引き止めて、喜緑さんに追われている理由を聞く。巻き込まれっぱなしだと対策の立てようがないからな。  
「ふむ、しかし、実は私には全く身に覚えがないのだよ」  
 いや、あんたの事だから気付かずに地雷を踏んでいるんじゃないのか?  
「そんな事はないよ。なんせ、地雷が私を避けていくのだからね」  
 ………触らぬ馬鹿にたたり無しってやつだろう、それ。  
「とりあえず、今日喜緑さんにした事を思い出してくれよ」  
 この会長の価値観を信じるわけにはいかない。自分の耳で聞いて判断しないとな。  
 
「今日はあまり喜緑くんとは会っていないのだがね。………ああ、放課後の生徒会会議で今日始めて彼女に会ったのだよ。それでついふらっときて、喜緑くんの乳をこう、鷲掴みにしてだね………」  
 はい、いきなりダウト! てか100%それが理由だろうが!  
「いや、しかし喜緑くんも、その時はまだそんなに怒っていなかったのだよ。まあ、殴られはしたがね」  
 当たり前だ! 本当によくリコールされないな、この人。  
「それで、説明を求めます、と喜緑くんに言われたので、乳を揉むに至った経緯を堂々と生徒会役員の前で発表したらだね、あのようなターミネートモードになってしまったのだよ」  
 ………聞きたくはないが、一応聞いておこう。  
「それで、どんな経緯で乳を揉むに至ったんだ?」  
「うむ、やはりそれを説明せねばなるまいな」  
 ろくでもない話になりそうな気がする。………帰りてぇ。  
 
「約一日ぶりに喜緑くんの姿を見た私は、彼女の乳が揉みたいという強い衝動に襲われた。だがそんな衝動のままに動いてしまったら、それは既に人間ではなく獣と呼ばれる存在と同じなのではないか?   
そう思った私は早急にこの『喜緑くんの乳揉みたい衝動』を何とかしようとした」  
 ダメだ。想像以上にろくでもねぇ。周囲に人がいる中で、乳、乳、と連呼する生徒会長。………大丈夫か、うちの学校?  
「まず私はどうしてそのような衝動が起こったのかを解き明かそうとした。当然だろう、原因が分からない問題を解決する事は難しいからね。そして衝動の発生源は『喜緑くんの乳』だ。だから私は『喜緑くんの乳』について考察する事にした」  
 会長は絶好調にキめている。俺は絶好調にサめている。  
 
「『喜緑くんの乳』は決して大きいわけではない。むしろ以前出会った事のある朝比奈くんの乳と比べるとかなり小さめ、月とすっぽんといっても過言ではないくらいだ。では、もしかすると今まで気付いてなかっただけで、私はむしろ小さめの胸が好きだったのだろうか? 否!」  
 なんていうか、あんたの存在が、否、なんじゃないか?  
「もしそうであるならば、私は長門くんを見た瞬間に飛び掛っていなければおかしいはずだ! 彼女こそ我が校随一の小ささをほこる、ベスト・オブ・ペタン娘、なのだから。では、何故、『喜緑くんの乳』なのだ? 大きさではないのか? 柔らかさか?  
感度か? いや、私は残念ながら『喜緑くんの乳』については、まだ大きさしか情報を持っていない。どうしてだ? 大きくも小さくもない、この『喜緑くんの中途半端な乳』に、どうして私は惹きつけられるのだ?」  
 ………やべぇ。もしかしたら今頃、長門もバーサーカーとなっているかもしれん。………あれ、何故だろう? 周囲に人通りがなくなっているぞ?  
 
「私は悩んだ! ほんの数秒ではあるが、人生の全ての悩みがそこに集約されていたと言っても過言ではないだろう。そしてそれでも答えが出ず、人生に絶望した私は自分の手で自分の首を絞めて死のうとした。そこでだ! そこで、私は理解した。  
理解した自分に感動した! 仏陀やキリストもここまでの悟りは得られなかったに違いない」  
 方向性を間違えているって事を、何よりも最初に理解しておいて欲しかったがな。………うわ、やべぇ!  
「私がそれに気付いたのは首を絞めようとする自分の手を見た時だ。そう! 手の大きさだったのだよ! 私の手の大きさは、あの『喜緑くんの中途半端な乳』にジャストフィットな大きさだったのだ。私の手が『喜緑くんの中途半端な乳』を求めていたのだよ!  
………いや、待てよ、と私はそこでまた重大な発見をした! 確信を持って言えるが、かの発明王エジソンであっても、おそらく私の足元にも及ばないだろうね」  
 発明王がどうこうとか言う前に、さっきから俺が凍りついているのを発見しろよ!  
「と、いう事はだ、いいかね。逆を言うと『喜緑くんの中途半端な乳』も私の手を求めているという結果になるではないか! そうか、要するにだ、既に私達はお互いに揉みたい揉まれたいの関係であったという事だったのだ!  
そうやって世の真理に気付いた私は『喜緑くんの中途半端な乳』を鷲掴みにしたのだよ!」  
 背後からのプレッシャーに全く気付かない馬鹿一人。そしてそれに巻き込まれるであろう俺一人。少しでも生き長らえるためには地雷原と知りつつも特攻するしかない。  
 
「えっと、そのような事を、生徒会役員の前で仰られたのでございましょうか?」  
 恐怖のあまり敬語がおかしくなる俺。馬鹿は気付かずに話を続ける。  
「うむ、一言一句同じか、と問われると自信は無いのだが、おおむねこのような事を理由として説明した。その後喜緑くんに『誇りたまえよ、喜緑くん。キミのその中途半端な胸は大変に素晴らしい!』と言ったらいきなり大暴れだよ。  
いやはや、女性というものはなかなかに難しいね。………おや、何故だろう。お互いに少しずつ背が縮んでいっているような気がするのだが」  
 それはですね、あなたの後ろでバリバリに殺気を放っている宇宙人娘二人組みが、俺達の情報結合を解除しているからですよ。  
 
 馬鹿は後ろを向き、鬼人と化している二人を確認した後で、こちらに向き直り、一つ頷いた後、笑顔で言いやがった。  
「やあ、これはまた清々しいほどの巻き込まれ型デッドエンドだね!」  
 全力で殴り飛ばした。許されるだろう、これくらいは!  
 
「いいから何とかしろ! あんたの責任だろうが!」  
「まあ、巻き込んだ責任もある事だし、仕方あるまい。とりあえず何かやって場の空気を和ませる事にしよう」  
 早くしてくれ! もう骨盤の辺りまで消えちゃっているんだよ。  
「分かった。では、古泉に教わったとっておきの一発ギャグを見せよう。すまないが人差し指を出してくれないか?」  
 指示に従い指を出す。馬鹿と指同士を合わせる形になる。もしかしてこれはある宇宙人ものの映画ネタなんじゃないだろうか? ………和むのか、本当に?  
 
 
 馬鹿は指を合わせている俺を切なそうに見つめながらこう言った。  
 
「ホ・モ・だ・ち」  
 
 ………一気に胸まで消失した。  
 
 
「逆効果じゃねえか、アホー!」  
「ふははははは、一人では死なんよ、私は!」  
「確信犯か、てめえーーー!!!」  
 
 
 ○月×日、晴天 とあるバカップルの痴話喧嘩に巻き込まれ、短い命を散らせる俺であった。  
 ………て、マジでデッドエンドかよっ!!!  
 
 
 
 

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