人生には様々な『転機』があるものだと思う。  
 
 まぁ、たかだか16年と少しを生きただけの高校生男子が何を悟ったような  
事をほざいているのかと言われると、返す言葉もないというのが正直な所では  
あるのだが。  
   
 それでも俺は断言したい。この俺の今までの人生の中での最大級の『転機』  
は、あの入学式の日に俺の背後から聞こえてきた超絶爆弾発言であったと。  
 
 
 あの日以来、俺の身辺ではそれこそ天地が爆砕して人類が全滅したと言って  
もまったく不思議に思うことのないような様々な出来事が、律儀に順序だてて  
一気呵成に押しかかってきたわけだ。普通、高校生活を慎ましく過ごしている  
健全な男子が、あるときは生命を狙われたり異世界に送り込まれたりナイフで  
刺されたり死に掛けたり時間を越えたり無限に同じ夏を延々繰り返したりする  
羽目になるなんぞ、どこの誰が予想だにしようか!  
 
 
 まぁ、その辺の事情について語り始めるとそれこそ軽々と百科事典一冊分に  
及びかけないほどの分量になりかねないので、その辺については取りあえずは  
流しておこう。  
 
 
 
 何故なら、俺は現在進行形で…まさに驚天動地の光景を目にしているからだ。  
   
 
 
 視神経とか現実認識能力とかが吹き飛んでイカれたというオチなら、どれ程  
心が安らいだであろうか!  
 
 俺の背後の席に遠慮がちに座っている、少し長くなった黒髪に黄色いリボン  
を付けた、俺にとっての人生の転機の基点となったその人物が…。  
 
 
 「えっと、おはよう。今日もご苦労様です。キョンくん」  
   
 
 遠慮がちな笑みを浮かべ、俺に向かって優しく微笑みかけているのだ!これ  
は何かの陰謀か!?それとも俺は起きたままで夢でも見てるのか!?誰でもい  
いから事情と状況を今すぐ説明していただきたいっ!  
 
 
 事の始まりは些細なものだった。まもなく進級となるか否かの年度末、殆ど  
消化試合と化している授業をつつがなく過ごした俺は、谷口や国木田と机を寄  
せて、お袋が用意してくれた弁当を掻きこみつつ、二人に混ざって与太話に花  
を咲かせていたのだ。  
 
 最初は本当に些細な内容だったと思う。確か昨日の晩にやっていた良くある  
テレビドラマの内容についての是非をどうこう熱く語っていた谷口に軽くツッ  
コミを入れつつ自分の弁当を喰らっていた俺だったのだが…。  
 
 会話の流れがどこでどう転んだのかは俺にも皆目見当がつかん。いつしか会  
話の主題は『理想の異性について』という、一部良識のある方々と大半の女性  
陣が聞くだけで眉をひそめかねない内容にシフトしていた。  
 
 「やっぱり朝比奈さんで決まりだろう!あの天使の様なお姿、見た目同様そ  
の包容力のあるお人柄!そしてあのスタイル!恐らく間違いなく北高歴代の美  
少女たちに等級を付けたとしても確実に首位3強には残るね!」  
 
 鼻息荒く握り拳で熱く語る谷口。その意見に同調することには吝かではない  
のだが、正直その姿を見れば音速に匹敵する勢いでドン引き出来ること請け合  
いである。少しは落ち着け、頼むから。  
 
 「やっぱり、一緒にいてほっと和める相手が一番じゃないかな?見た目だけ  
に拘って内面を見ないと、付き合いとかも長続きしないもんだしね」  
 
 妙に達観したような口を利く国木田。遠くを見るような目とともに述懐され  
ると説得力も倍増って所だが、こいつは何ゆえにここまで達観したように語る  
ことが出来るのだろうか?  
 
 「キョンはやっぱ前々と主義が変わらず、ちょっと変わった女性がタイプの  
ままなの?そう言えばSOS団で活動してる時のキョンって、何だかんだ言っ  
て活き活きしてるみたいだし」  
 
 前言撤回。国木田、おまえは何も悟っちゃいない。SOS団に関わるように  
なって以来、確かに俺も色々あって今現在は自分の境遇をそれなりに楽しめる  
程度の肝っ玉くらいは備わったと思いたいが、別に好き好んで地雷原に特攻し  
てタップダンスを踊りまくるような変わった趣味は俺にはない!つーかあって  
たまるかそんな趣味!  
 
 てな訳で、俺は取りあえず口の中で咀嚼していた海老コロッケを飲み込んで  
から、箸を振りつつ国木田に言い返した。  
 
 「まてまてまてまて!別に好き好んでるわけではないし!お前らには前に言  
ったと思うが、その話はそう言う色恋関係とはまったくもって無縁なんだよ!  
 ついでに言うなら、俺だってたまには付き合っててほっと和むような相手と  
軽くお茶でも楽しみつつ、平和な午後をまったり過ごしたいと…!」  
 
 人生、悪いことというのはいつも唐突にやってくるものである。  
 
 俺が国木田の発言に対して真夏の直射日光ばりの熱意を込めて反論の口火を  
切ったまさにその瞬間!教室のドアを開けて軽やかなステップで押し入ってき  
たのは他でもない、天下無敵、ご意見無用のSOS団団長殿にして俺の人生の  
最大級の転機を生んだ張本人。涼宮ハルヒ、その人だった!  
 
   
 煉獄の魔神でも数秒で氷結しきるのではないかという、嫌な沈黙が辺りに満  
ちるのがはっきりわかる。谷口と国木田はというと…こいつら、さっさと紙パ  
ックのジュースで弁当を流し込んで、早々に俺の席から撤退しやがった。視線  
って物理的な殺傷力を持ってるんだなぁ、いや、世界ってまだまだ広いなぁな  
どと他愛のない事柄に瞬時に思いをはせた矢先のことだった!  
 
 「へぇ…アンタ。そーいうのが趣味なの」  
 
 ハルヒ、その声色は止せ。なんというか、聞いてるこっちの心肺が秒で氷結  
して緊急停止しかねんその声色と、物理的な殺傷力と冷気を伴ってるかのよう  
な視線はどうにかしろ。いや、マジで洒落にならないから。  
 
 「そ、そういう意見もあるという程度の話で、だなぁ…」  
 
 我ながら、白々しすぎる言葉である。というか、語尾が掠れてるようにしか  
聞こえないのが我ながら、何とも言いようのないチキンっぷり。そんな俺の様  
子を軽く流し、我らが団長閣下は音も高く自分の席にご着席されたわけだ。  
 
   
 
 
 かくして、俺はその日の午後の授業の間中、背後から吹き付けてくる殺意高  
すぎな絶対零度の視線を延々浴びつつ過ごす羽目になった。時折背後から呪詛  
のように聞こえてくるハルヒの小声が、より一層の恐怖をあおってくるのがは  
っきりわかる。だれか如何にかしてくれ、無理なのは百万承知はあるが心底か  
ら頼みたいっ!  
 
 そうしてその日の授業は終わり、つつがなく放課後と相成ったわけなのだが。  
 
 終業のチャイムと同時に席を蹴飛ばす勢いで立ち上がったハルヒは、自分の  
かばんを掴むと足音も高くズカズカと教室から退場し…SOS団の部室と化し  
ている文芸部部室の入り口には…  
 
 『本日、団長急用につき活動休止っ!』  
 
 という、書きなぐったとしか思えない力強い筆跡の踊る一枚の藁半紙が張り  
付けられていたというわけだ。…百万歩ほど譲りまくったとしても、嫌な予感  
しか脳裏をよぎらないのは俺だけではないと信じたい!  
 
 
 そして、その日の夕方の話である。  
 
   
 SOS団の活動が休止になっている手前、不意に出来た自由な時間を書店を  
ちょろんと冷やかして過ごしていた俺の制服の胸ポケットで、サイレントモー  
ドに設定してあった携帯電話が振動を放った。  
   
 さっきまで読んでいたえらくブ厚い月間漫画誌を元のコーナーに戻し、何気  
に携帯をとりだして見ると…『着信:古泉一樹』ときたもんだ。周囲の客に迷  
惑を掛ける気もないので足早に店を出てから電話を取ることにする。もうこの  
段階で、俺の脳内に最大級の速度で嫌な予感が駆け巡りまくっているのだが、  
さすがに捨て置くのも気が引けるからな。  
 
 「何と言いますか…毎度ながらで申し訳がないのですが、少々困った事態に  
なりつつあるようです」  
 
 何時もの涼やかなスマイルボイスに若干の緊張を含ませた古泉。どうやら小  
泉側は歩きながら電話をしているらしい。こいつのこの切り口ではじまる会話  
の内容と言ったら、ハルヒ関係の事件についてだと相場がきまっている。  
 
 「いえ、本日の13時05分を境に久しぶりに例の『閉鎖空間』が発生した  
のですが…少々様子が変わってまして」  
   
 「変わってると言うのはどういうことだ。例のハルヒのストレスが何かやら  
かしてるってのは充分変わったことだと思うが…」  
   
 「いえ、それが…正直僕も困惑しています。この『閉鎖空間』なのですが、  
規模自体は相当なものであるのですが…発生してからほんの数秒で消滅してま  
す。しかも、その数分から数十分後には同じ規模のものが発生し、それもまた  
あっという間に消滅していまして…」  
 
 「なんだそりゃ?被害とかの類はない…んだよな?その感じからすると」  
 
 
 聞いてるこっちのほうが何がなんだかと言う気になる。『閉鎖空間』とか『  
神人』とかについては、思い出すと色々と面倒なこととか、脳内でそっと死蔵  
したくなるような事まで思い出すのでこの場で多くは語ることはしないが、要  
はそれは、ハルヒの心理状態が不安定になったときに出現し、原則自然消滅は  
しないものだという話だと聞いている。  
 
 それが出現しては消え、出現しては消え…と言われても、俺にとっても何が  
何やらである。  
 
   
 「ええ。僕の側もこの現象の中心点を捜索すべく行動を起こしているのです  
が、どうも今回の『閉鎖空間』の基点は…よりにもよって涼宮さんご本人であ  
る可能性があるのです」  
 
 …脳内を駆け巡る嫌な予感の密度が一気に倍率ドン・さらに倍となった。  
 
 「詳細についてはまた連絡はしますが…本日の13時05分前後に、何か涼  
宮さんの様子が変わったとか、そういうことはありませんでしたか?」  
 
 古泉の声色に緊張の色が見て取れる。どうにも洒落になってない出来事の予  
感がビリビリ伝わってくる。とはいえ、事の発端はごく普通の与太話だぞ?  
 幾らなんでも話がでかくなり過ぎてないか?オイ!などと思っていた矢先の  
出来事だった!  
 
 
 目の前が一瞬真っ暗になったような感覚。ふっと足元の地面がなくなったよ  
うな失墜感。その感覚自体はそれこそ一瞬で過ぎ去り…。  
 
   
 古泉から、展開中の全『閉鎖空間』が拡散し、そのまま唐突に消失したと言  
う報告を、その直後に聞くことになった。  
 古泉曰く「とりあえずの危険はなさそうですが、こちらでも警戒を続行して  
おきます。あなたも一応色々と気に留めておいてください」だそうだ。  
 
 なんの事やらハッキリ言ってよくわからん。ちんぷんかんぷんのまま俺は帰  
路につき、家で飯食って風呂入ってゆっくり休んで…。  
 
   
 事態が激変したのは、その翌朝のことだった。  
 
 
 明けて翌日、例年なら省エネモードで熱量を放出しているはずの太陽が少し  
はやる気を見せているらしく、やや過ごしやすくなるのだろうという予兆を見  
せているのを少しありがたく感じつつ、強制ハイキングコースの坂道をやや早  
足で登りきり、教室のドアを開けて自分の席に着いたところで…。  
 
 
 事態は、冒頭の部分へと立ち戻ることとなったのである。さて、これはいっ  
たいどういう事なのやら…?  
 
 
 周囲の空気が秒で氷結したとしか思えない沈黙が辺りを支配した。待て待て  
状況を落ち着いて考えろ。俺の背後の席に座っているこの女は、俺の人生の最  
大の転機を作った元凶にして、天下無敵ご意見無用なSOS団団長、涼宮ハル  
ヒに間違いないはずだ!…はずだが。  
 
 「えっと、あたしの顔に何かついてる?」  
 
 などと遠慮がちに伺いを立てつつ、自分のほっぺたを撫でるような行動を取  
るような乙女ちっくな発言、行動は少なくとも俺の知りうるハルヒのそれでは  
ありえない!というかあってたまるか!これは一体何なんだ?俺は白昼夢でも  
見てやがるのかこの野郎!  
 
 などと、俺が自分の内面世界で延々とこの状況へのツッコミを入れまくって  
たときに…俺は背筋が寒くなるような言葉を、ハルヒの口から聞く事になった!  
 
 
 「えと…白昼夢とかそう言うのではないんだと思うけど?」  
 
 
 小首を軽くかしげ、遠慮がちに微笑みつつ小声で話しかけてくるハルヒ。  
 
 
 断言しよう、先ほどの俺の台詞はその全てが俺のモノローグである。当然な  
がら俺はさっきの文節を一言たりとも声を出して発言していない…。にも関わ  
らず、ハルヒはまるでさも当然の様に俺のモノローグに応対しやがった。  
 
 …きっと偶然だ、もしくは何かの聞き間違いか何かの勘違いだ。いくら何で  
もハルヒの奴が俺の心を読んだとか、そういうのはありえないしあってはなら  
ん!というかあってたまるかこの野郎!  
 
 などと、俺が自分の内面世界でどこの誰とも知らぬ第三者にひたすら延々と  
ツッコミじみた台詞を入れまくっていたときに、ホームルームが始まったわけ  
だ。  
 
 正直に言おう、俺はその日一日の授業のほぼ全てをまるで記憶にとどめる事  
ができなかった!何せ背後にいるハルヒの豹変振りがあまりに突飛な上に、そ  
の言動全てが『昨日与太話で話した脳内での理想の女性像』のそれを綺麗にな  
ぞったものばかりだったからだ。  
 
 例えば英語の授業中、動揺しすぎで教師の不意打ち朗読命令にまったく応対  
できず完全フリーズした俺にそっと小声で救いの手を差し伸べ、あまつさえ軽  
く手を振ってウインクして見せたり。  
 
 例えばシャーペンの芯を切らして難儀したときに、何にも予兆らしきことを  
口にしていないにも関わらず、阿吽の呼吸を極めた夫婦でもこうは行かんぞと  
いう絶妙なタイミングで軽く背中を指でつついてから代え芯を差し出してきた  
り。  
 
 
 まるでハルヒの奴が、常時俺の考えを読んでいるような錯覚さえ…。  
 
 
 と、その時。俺が何とはなしに抱いていた嫌な予感が音速に匹敵する速度で  
爆発的に膨れ上がり、俺のチキンハートを瞬時に木っ端微塵に粉砕した。  
 
 『まさか…ハルヒは俺の考えをある程度以上読んでいるのか?』  
 
 そう考えると、何も話すこともないのに絶妙のタイミングで立て続けに入る  
ハルヒの(本来ありえない程の!)献身的なアシストの数々にもある程度説明  
がつく。俺の表層心理がハルヒにある程度以上のレベルで筒抜けになってりゃ  
俺が現在困ってる事柄なんか一発で判明するに違いない。  
 
 だが、それだけでは現在のハルヒの豹変振りが完全に説明しきれない…。か  
くて俺は自分の脳内会議場で居眠りしかけていた脳内人格どもを叩き起こして  
延々とこの現状についての検証会議を行わせ…。会議開始後10分も経たずに結  
論が出ないままに音速で脳内会議が空転し続けたという事実に深く溜息をつい  
た訳だ。やっぱり、柄にもないことはすべきじゃないね。畜生。  
 
 かくて、昨日とはまったく真逆の意味でこの世の地獄かと思えるような時間  
を延々と過ごした俺は、昼休みの到来を待って即座に教室から飛び出そうとし  
て…その直前にまさに鬼でも即死しかねないほどの超弩級の不意打ちを受ける  
羽目になったっ!  
 
 
 「あ、えーっと。今日はあたしもお弁当を持ってきてるの、だから…よかっ  
たら、一緒に食べないかなー?とかね?…迷惑なんだったら、別にいいけど」  
 
   
 などと、伏目がちに軽く頬を染めつつ話しかけつつ、鞄の中からピンク主体  
の包みに包まれた自分の弁当箱を取り出して見せたのは誰あろう!涼宮ハルヒ  
その人であるっ!  
 
 ここで基本的なことを再確認しよう。  
 
 涼宮ハルヒはその内面的な部分に致命的過ぎるほどの問題を抱えてはいるが、  
その容姿・スタイルなどは一般的高校女子の平均的なそれを軽々ぶっちぎる程  
の美少女と言っても過言ではない。  
 
 従来ならばその致命的すぎる内面部分によってその容姿などが話題に上る事  
はないのだが…ことこの状況ではまったく勝手が違う。んで、この状況を見た  
第三者が何を思うのかと言うと…だ。  
 
 谷口、その鬼でも殺せそうな視線を無言でこちらに送りつけるのは止せ。つ  
か国木田もしたり顔で頷くな!というかクラス中の面々から送りつけられる視  
線が猛烈に痛いのは気のせいではあるまい!視線にも物理的な殺傷力があると  
いう事実の検証を二日連続でやる羽目になるとは思いもしなかったぞ、俺は。  
 
   
 かくて、俺は遠慮がちに微笑むハルヒと差し向かいになりつつ弁当をつつく  
という、この世の終末でも訪れない限りまず絶対にありえない状況に陥る羽目  
になった!  
 
 阿吽の呼吸で持ち込んできた水筒から温めになったお茶を差し出し微笑むハ  
ルヒ。軽く会釈しつつずぞぞと音を立てて飲んでみる。温度の加減もさること  
ながら、煎茶をきちんと蒸らしてから出してなけりゃ出ない味が何とも言えな  
い。これが今までの事象とかその辺がない、ごく普通の日常の延長で起こった  
出来事なら俺は心の底から寛げたりするのかも知れないが…ってちょっと待て  
俺!相手はあのハルヒだぞ一体今何を考えたんだ俺は!?  
 
 
 と、俺が内面世界で怒涛のカオスを展開しつつハルヒにカップを返した矢先  
に、俺の制服のポケットの中で携帯が軽く振動を伝えてきた!  
 
   
 これが早撃ちの勝負ならばビリー・ザ・キッドすら軽く蹴散らせる速度で即  
座に携帯を取り出し、流れるようにメールの発信者名を確認。そこに書かれて  
いる名前は…長門?  
 
 「あ、すまんハルヒ。ちょっとメールが来たみたいだ」  
 
 「気にしないでいいわよ、むしろ無理に同席したのはあたしなんだし」  
 
 …なんというか、普段の団長閣下に今のハルヒの爪の垢でも煎じて飲ませた  
くなったのは俺だけなのかね?などと他愛もないことを考えつつメールを確認。  
 
 
 『涼宮ハルヒについての重要な話がある。放課後、部室にて』  
 
 最低限の内容しか書かれていない、無愛想にも取られかねないメール。だが  
この文章は今の俺にとっては、他の何にも変えがたいほどの福音に見えた。  
   
 
 かくて放課後までの時間を上の空で過ごし切った俺は、殊勝にも教室清掃に  
自ら率先して参加するという態度を見せたハルヒに先に部室に行っているとの  
断りを入れてから、まさに神風を受けたかのような速度で部室へと直行した!  
 
 16ビートのギグを演奏する心臓の鼓動を無視して、動揺のあまりに普段の習  
慣である部室のドアのノックすら省略してドアを開けて飛び込む。  
   
 そこにいるのは…SOS団きっての万能選手にして、他の誰にも代え難い仲  
間の一人。無口系の文芸部員、長門有希その人である。  
 
 ついでに視界に飛び込んできたイカサマスマイル野郎の存在は、俺的にはす  
ぱっと視界の外に送るついでに意識の中からも綺麗に流してやりたかったのだ  
が…それでは埒が明きそうもないので古泉にも軽く視線を送ることにする。  
 
 と、俺が部室に入るや否や。  
 
 いつもの定位置にて朱色の装丁のなされた文芸書を読んでいた長門がすっく  
と立ち上がり、流れるような足運びで俺の前までついっと進み出て。  
 
 
 おもむろに俺の後頭部にその手を回し。  
 
   
 …目の前に火花が飛び散ってもおかしくない程度の勢いで、俺の額を自分の  
額に叩きつける様に押し付けた!ってマジで痛ぇ!?一体なんだこりゃ!?  
 
 「黙って」  
 
 長門、わかったから最低限の事情の説明を先にしてくれないか?ただ黙々と  
額同士を押し付けたままでじっと目を見据えられると何というか、色々と心象  
的に複雑なものが…って古泉、お前はこっち見んな。その真剣そのものの表情  
も気味が悪い。これは一体何事だ?  
 
 「…やはり。あなたの表層意識の一部に外部からの思惟共有用の情報種子が  
仕掛けられている」  
 
   
 …長門のいってる事はその一切が正直理解できない。だが何となくだが、俺  
はこのハルヒの豹変自体がただ事ではないのだなぁ…と何とはなしに実感して  
いた。  
 
 「要するに、今のあなたには涼宮さんから…恐らく彼女すら無自覚なうちに  
思惟の表層部分の情報を読み取るための枝葉のようなものが仕掛けられている。  
 そう思っていただいてかまわないと思います」  
 
 ってさらっと解説役に回るな古泉!というか今さらりと吐いた台詞はあまり  
にも洒落になってないような気がするのは気のせいか!?  
 
 「あー…一応確認する。これは何だ、所謂ところの世界の危機がどうとか言  
う話につながる重大事項なのか?」  
 
 脳内で立て続けに鳴り響く嫌な予感の大輪唱をあえて無視しつつ、俺は念を  
押すように長門に話しかける。長門は何故か額を押し付けたままでその清冽な  
湖水のような目を俺に合わせつつ、ただ淡々と言葉を続ける。  
 
 
 「そういう問題に発展する危険は低い。だが可能性はゼロではない」  
 
 
 …おお神よ。またこういう事態なのですか。今度なんかの拍子でお見かけし  
たら、その機会には是非に渾身の鉄拳をその顔面に叩き込ませてください。  
 
 などと俺が脳内で盛大な溜息交じりの述懐を述べていると、長門が言葉を続  
けだした。  
 
 「現在涼宮ハルヒは、本人すら無自覚のうちに大規模な情報フレアを自分自  
身を対象にして発生させ続けている。  
 
 その対象は『涼宮ハルヒの個性・人格などの個人情報』  
 
 涼宮ハルヒはあなたの表層意識に仕掛けた情報種子から、あなたの理想とす  
る異性像の情報を読み取り、それに自身を適応させるべく情報フレアを利用し  
て自分自身の固有情報を延々と改築し続けている。  
 
 涼宮ハルヒがこのような行為に及んだ原因は不明。  
   
 ただこのままの状態が維持され続ければ、遠からず涼宮ハルヒの本来の人格  
情報に致命的なダメージが及ぶ結果になる。  
 
 そうなった後、彼女が内包している情報フレアがどのような規模・威力で拡  
散する結果になるのかがまったく不明。  
 
 下手をすると世界全ての環境情報を巻き込むレベルでの世界改変が起きる危  
険性も否定できない」  
 
   
 …ええと、つまりだ。  
 
 ハルヒの奴は昨日の俺のたわ言を真に受けて、何をトチ狂ったか『理想的な  
異性像』を演じるために無意識に自分を作り変えるような阿呆な真似に及んだ。  
 
 そういうことになるんだよな…ったく。もし叶うなら昨日の昼飯時の俺の前  
まで時間遡行かましてその後頭部に蹴りの一発でもくれてやりたい心境だよ、  
畜生めっ!  
 
 「で、これが肝心なんだが…長門、対策はあるのか?」  
 
 「涼宮ハルヒがあなたに無意識のうちに仕掛けている表層意識に根を張った  
情報種子を枝にして、あなたと私、あと古泉一樹を意識体として涼宮ハルヒの  
表層意識下に『飛ばす』  
 そこで改変され続けている涼宮ハルヒの人格情報を元の形に復元すればいい」  
 
 と、言われてもだ…頼むから、もう少し凡人代表選手である俺にもわかるよ  
うに説明していただきたい。古泉、お前もその即座に得心したように頷く癖を  
どうにかしろ。当事者であるところの俺を放置したまま話を進めるな。  
 

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