シンデレラと愉快な仲間達
昔々あるところにシンデレラという名前の、これといって何の変哲もない男がいました。
彼の家は経済的に恵まれており、母親や妹もそれなりに優しい人間でした。
シンデレラは何でもない日常をそれなりに平和に暮らしていました。
そんなある日、シンデレラの家に魔法使いがやってきます。
魔法使いは以前シンデレラに助けてもらったので、そのお礼がしたいそうです。
「あたしの魔法でお城まで連れて行ってあげるわよ」
とてもお礼とは思えない口調で、魔法使いは言いました。
「面倒くさいから、いい」
シンデレラは正直に答えました。
「まずは馬車と馬よね」
どうやら魔法使いは人の話を聞かない子のようです。
魔法使いは魔法を使い、ネズミ二匹を馬に、カボチャを馬車に変えました。
一頭目は雌馬でとても恥ずかしがりやです。いつもおどおどしている上、何もないところで転びます。
シンデレラは役に立つのかどうか、とても不安に思いました。
二頭目は牡馬で非常に良い動きをします。体もがっちりしていてとても頼りになりそうです。………ただ必要以上にこちらに擦り寄っては、鼻面を押し付けてきます。
シンデレラは襲われないかどうか、とても気持ち悪く思いました。
カボチャの馬車は立派で豪華、おまけにとっても頑丈です。
でもシンデレラには一つだけ不満な点がありました。
「その屋根についている王冠はないほうが良いぞ」
シンデレラに豪華に飾りつけるような趣味はありませんでした。
王冠はすぐに取り外されます。
「やっぱり王冠はないほうが良いな」
当たり前の事ですが、馬車は何も答えませんでした。
それではお城に行きましょと、魔法使いに引きずられ、迷い込んだは森の中。
その森は迷いの森と呼ばれ、まず抜ける事は不可能といわれている場所でした。
「で、どうするんだ」
シンデレラは魔法使いに尋ねます。
「真っ直ぐ進めば抜けられない森はないわ」
分かっていた事ではありますが、魔法使いは少しアホな子のようです。
「やれやれ」
シンデレラはため息をつきました。
途中で山賊に襲われたり、想定通り道に迷ったりしましたが、馬と馬車のおかげで何とか迷いの森を抜けることが出来ました。
山賊の放った矢はカボチャの馬車がはねかえし、雌馬が道を指し示し、牡馬が馬車を引っ張っていきます。
シンデレラはその間ずっと、魔法使いを抱きかかえ馬車の中で身を潜めていました。
途中馬車が揺れたとき唇がふれあってしまったのは、お互いに気付かなかった事にしました。
森を抜けたところで、
「じゃ、お城で待ってるから」
と言って、魔法使いは消えました。
お城に住んでるお姫様、迷いの森を抜けてきた、シンデレラ達に興味を持った。
お姫様は面白そうなやつだわと、無理難題を次々シンデレラ達に押し付けてきます。
お姫様は何故か仮面をかぶっていたため、素顔は見る事はできませんでした。
なんだかんだで面倒見の良いシンデレラは、会った事のないお姫様の我侭を聞きながらお城へと向かう事にしました。
いきなり知らない村の住人と力比べをする事になりました。
変な獣と戦わされました。
地方の別荘に勝手に呼びつけられました。
同じ道を何度もループしました。
お姫様の無茶な要求で雌馬が倒れかけた時は、二人は本気で喧嘩しました。
………すぐに仲直りしましたが。
祭りでお姫様の歌を聞きました。
何故か戦にかりだされました。
シンデレラが意識不明の重体になった時、お姫様はつきっきりで看病をしました。
………シンデレラは回復するまでずっと夢の世界に居ましたが。
そんなこんなでかなりの時間がかかりましたが、シンデレラはようやくお城にたどり着きました。
出迎えてくれたお姫様は仮面をとった姿を見せてくれました。
シンデレラは驚きます。
なんと、お姫様は魔法使いだったのです。
シンデレラの頭に直接、魔法使いの声が響きます。
(あたしはお姫様の願望そのもの。お姫様が恋をしたら何も残さず消えてしまう、そんな存在)
恋をするとお姫様は魔法が使えなくなってしまうのです。
シンデレラはショックを受けました。
もしお姫様が恋をすると、馬や馬車がいなくなってしまうのです。
シンデレラはそれらにとても愛着がわいていました。
………なくしたくない、そう思いました。
悩んだ挙句、シンデレラは直接お姫様に頼み込む事にしました。
「お前が恋をすると馬と馬車が消えてしまう。だから恋をしないで欲しい」
「そう、それじゃ仕方ないわね」
お姫様はシンデレラの願いを聞き入れる事にしました。
彼女もまた、馬や馬車をとても大事に思っていたのです。
「でも、あたしだけってのは不公平だから、あんたも付き合ってよね」
シンデレラはお城に家族を呼び寄せ、お姫様と一緒に暮らす事にしました。
お互いに、誰かを好きにはならないと誓い合う二人。
………自分の気持ちにフタをして、
………もう手遅れとも気付かずに、
………気付いていないフリをして。
楽しく、つらい日々が続きました。
一緒にいると楽しい。
もっと一緒にいたい。
でもこれ以上一緒にいると相手を好きになってしまう。
二人は悩み、苦しみました。
そんな二人を馬と馬車はずっと見ていました。
そんなある日、お城で舞踏会が開かれました。綺麗に着飾ったお姫様が会場の花となっているその時、シンデレラはカボチャの馬車の中に閉じこもっていました。
着飾ったお姫様の姿を見て、自分の気持ちを抑えておく自身が無かったからです。
シンデレラは舞踏会が終わるのを待っていました。
いきなり馬車が動き出します。慌てるシンデレラをよそに、馬車は舞踏会の会場前に止まり、シンデレラを外に放り出しました。
シンデレラが起き上がると、牡馬が鼻でシンデレラを押しました。
雌馬もそれに加わりました。
「いいのか?」
シンデレラの問いに答えはなく、ただ思いだけが伝わってきました。
「すまな………」
謝罪の言葉を言いかけたシンデレラは、言うべきではないと思い直し、別の言葉を伝えました。
「ありがとう」
シンデレラは舞踏会場へ入り、お姫様のもとへ行きました。
お姫様は嬉しそうな、けれども泣きそうな顔で言います。
「どうして来るのよ。あんたが来たら………あたしは………」
それ以上言葉が出ないお姫様にシンデレラは言いました。
「悩むんだったら二人で悩もう。悲しむんだったら二人で悲しもう。謝るんだったら二人で謝ろう。その代わり、いっぱい二人で楽しもう。いっぱい二人で喜ぼう。いっぱい二人で遊ぼう。そうやって二人、いつまでも、一緒にいよう」
そこまで言ってシンデレラは、大事な事をまだ言っていない事に気付きました。
でも、別に言葉にする必要はありません。
シンデレラは想いを込めてお姫様を見つめました。
お姫様もシンデレラを見つめました。
見つめあったまま、二人は二度目のキスをします。
………十二時の鐘がなりました。
お姫様はシンデレラに恋をしてしまい、魔法が使えなくなってしまいました。
その瞬間、馬はネズミに馬車はカボチャに戻ってしまいます。
ネズミはそれぞれの巣穴に帰り、カボチャは衝撃で割れてしまいます。
シンデレラとお姫様は悲しみました。
悲しみも、苦しみも、予想していたものよりずっと大きくて、二人はそれらに押しつぶされそうになります。
好きにならなければ良かったわ、そうお姫様は言いました。
それは無理だと理解して、二人はもっと泣きました。
出会わなければ良かったんだ、そうシンデレラは言いました。
それは嫌だと実感し、二人は更に泣きました。
おそらく二人の悲しみは、一生消える事はないでしょう。
それでも二人は立ち上がります。
自分達のために、自分達を心配してくれる周囲の人々のために、そして二人を繋いでくれた、優しいネズミとカボチャのために。
二人は彼等のためにも、もう自分に嘘をつく事だけはしないでおこう、と誓い合い、三度目の口付けを交わしました。
悲しみが消える事はないでしょうが、きっと二人は幸せになるのでしょう。
―FIN―
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(………これは、何?)
それが文芸部部長である彼女の第一の感想だった。
部長といっても文芸部は彼女一人だけである。今の世の中、読む方であれ書く方であれ、活字を楽しむ人は少ないという事だろう。
しかも彼女は読む事が専門で書く人は0人。事実上文芸部は活動停止状態になっていた。
別にそれでも今のところ問題はないのだが、生真面目な彼女は、一人しかいないからという理由で活動をサボるわけにはいかない、と思い、生まれてはじめて小説というものを書いてみる事にした。
それが先程までの良く分からない、おそらく恋物語であろうかと思われる、何かである。
書いている間ずっとパソコンと向かい合っていたせいで、目が疲れている。彼女は眼鏡を外し、目の間を軽く揉んだ。
(最初は題名通り、シンデレラと愉快な仲間達がくりひろげる暖かな物語を書こうと思っていたのに、どうしてこんなバッドエンドを無理矢理ハッピーっぽく終わらせたような中途半端な恋物語になったの?)
初めて書いた物語が、自分の予定から外れて暴走してしまうのはよくある事だと思われる。
ただ、もともと友人と呼べる人が少なく、文章を書く人など知り合いにすらいない彼女は、そのことが分からず、教えてもらえる相手もおらず、ただただ頭をひねるのみであった。
(でも、一度もつまる事無く最後まで書けた)
その通りである。彼女は最初から最後まで一度も手を休める事無くこの物語を書き上げたのだ。………まるで自分が経験してきた事を日記に綴るかのように。
(だけど………)
もう一度読み返す。………そして実感。
(やっぱりわたしには書く事は向いていない)
展開が急すぎる。心理描写が不十分。文章が読みづらい。
ダメ出しをしていたらきりがない。彼女は自分の文才の無さに少し落ち込んだ。
何か問題が起きるまでは読む事専門でいこうと決心し、書いた小説を消去しようとした時、
………彼女は、自分が泣いている事に気が付いた。
もちろん自分が書いた小説に感動したというわけではない。逆にあまりの下手さに哀しくなったというわけでもない。
ただ、どうしてか、彼女は涙が止まらなかった。
(わたしの中にネズミとカボチャが居て、彼等の涙がわたしの目を通して出ているのかもしれない)
そんなありえない妄想が浮かんでくる。………涙はまだ止まらない。
もう一度自分の書いた物語を読む。
(なかった事にしてはいけない)
………そう、思う。
(彼等の消滅も、二人の悲しみも、………そして今、わたしが流しているこの涙も)
彼女はこの物語をパソコンに保存する事にした。そして少しだけ願い事をする。
(このお話を読んだ人の心の中に、彼等の事が少しでも残りますように)
………最後に、少しだけ文章を書き足す事にした。
結末を変えるわけにはいかない。起こった事は変えちゃいけない。
だから、と思い、
せめて、と祈り、
願いを込めて書き足した、
恋物語の補足説明。
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このお話はこれでおしまい。
そうですこれは恋物語、恋する二人の物語。
ネズミやカボチャの結末は、とても曖昧かつ最悪で、何の救いもないまま終わり。
だけども最後に一つだけ、一つだけでも真実を。
それでも彼等は幸せでした。
………たしかに彼等は幸せでした。