七夕の夜、あたしは世界を見渡す夢を見た。
「あたしの言うとおりに線引いて。そう、あんたが。
あたしは少し離れたところから正しく引けてるか監督しないといけないから。
あっ、そこ歪んでるわよ!何やってんのよ!」
ちょうどいいところに適当な奴がいたから、線を引かせて、計画は順調。
辺りは真っ暗だから顔はよく見えないけど、その辺の高校の奴。制服を着てるから解る。
ねえ、あんた。宇宙人、いると思う?
「いるんじゃねーの。」
じゃあ、未来人は?
「まあ、いてもおかしくはないな。」
超能力者なら?
「配り歩くほどいるだろうよ。」
へえ・・・少しは話せる奴じゃない。
異世界人は?
「それはまだ知り合ってないな。」
ふーん・・・ま、いっか。それ北高の制服よね。
「まあな。」
あんた、名前は?
「ジョン・スミス。」
・・・バカじゃないの?あの娘は誰?
「俺の姉ちゃんだ。」
・・・こいつ、ウソ言ってるわね。
その後こいつは、あたしの今日の計画を言い当てた。
・・・不思議な奴。
この広い校庭一面に引いたのは、そう、ベガとアルタイルへ向けたメッセージ。
「帰るわ。目的は果たしたし。じゃね。」
そう言って帰るフリをして、あたしはその「ジョン」とかいう奴を安心させることにした。
しばらくして、あたしは引き返す。
「ジョン」の姿を探す。
「ジョン」は、さっきまで寝ていた、誰とも解らない女と歩いていた。
あの「ジョン」、まあ話せる奴みたいだし、今後雑用係として使ってやるのも悪くないわね。
でも、あの女は何者?
姉だなんてウソよね。これは調査の必要ありだわ。
ジョンと女は、マンションの玄関で立ち止った。
距離を取っているから、会話は良く聞こえないけど・・・あれはジョンの自宅でもないし、女の自宅でもないわね。
インターホン押してるし。
しばらくすると、自動ドアの玄関が開いた。
二人が入った後、あたしも後を追って入ろうとしたけど、すぐに玄関は閉じてしまった。
玄関はオートロック。玄関の近くにはテンキー。暗証番号は・・・手がかりなし。
あたしは玄関前でしばらく中に入る方法を考えたけど、
結局中に入る事はできず、夜ももう遅いのであきらめて帰る事にした。
しかし、あいつは、中で何してるんだろう?
ふと振り返った。マンションの建物が視界に入る。
考えたくないけど、あの中ではいま二人はどうして・・・
そう思うと、何かこう理由は解んないけどムカついて・・・
・・・・・・
・・・解る・・・
暗闇の中、マンションは普通に建っている。
でも、解る。中にいる人の気配が!
ジョンの気配は、7階!
部屋の中には、さっきの女と、他にもう一人!きっと部屋の住人だわ!
そいつも女みたい・・・
昔、野球場に行った時、米粒のようにたくさんの人がびっしりいるのが見えた。
その時みたい・・・たくさんの人が建物の中にいるのが、壁を無視して解る。
マンションの中だけじゃない。
近くの家も、貸しビルの中も、すべての人がどこにいるのかがはっきりと意識できる。
・・・ってジョンの奴、何で女の部屋にいる訳?
それもまた、違う女の部屋に。
回りに部屋なんて、こんなにいくらでもあるじゃない!
そう思って見回すと、ますます「見渡せる」範囲は広がる。
そう、今のあたしなら、この街全体の様子だって感じることができるわ。
そう、この街で、この日本で、
あたしは、マンションの外に、一人で立っている。
ジョン、あんた解ってんの?
やっぱりさっき問い詰めた方が良かったかしら。
こそこそ後なんて付けてないで・・・と思っていたその時だった。
「寝て。」
!
声も、はっきりと聞き取れた。マンションの、住人の女の声!
部屋には布団が・・・!
ちょ、ちょっとどういう事?あのエロジョン!!
(ねえ、あんた。宇宙人、いると思う?)
(いるんじゃねーの。)
さっきのあの会話は、一体何だった訳?
あたしは、日本の北の端から南の端まではっきりと見渡せるぐらい、ムカついていた。
いくらなんでも、あのバカちょっとやりすぎよ!
あんたねえ、自分が誰の家来なのか解ってる訳?
「寝るだけ。」
あたしの手の届かないはるか遠くで、
アホとその他一名が仲良く並んで布団に入る様子がはっきり見える。
・・・だったら最初からあたしの手伝いなんてするなっつーの!!
住人の女は、部屋の電気を消した。
今からあそこに乗り込んでブッ飛ばしてやろうかしら?
もうあたしには、地球の裏側の事件まで伝わってくる感じ。
つまり、今のあたしには、世界中がすべて見渡せている。
あの部屋を除いて。
それから、今のあたしには、世界の時間の経過と、その中の出来事が、手に取るように解る。
あの部屋の様子を除いて。
時間が進行する所なら、どこの出来事も解るのに・・
でも、あの部屋だけ見えない。
何で一番肝心のところが解らない訳よ!
出来事が把握できる範囲なら、どうにでも変えられる自信も湧いてきているわ。
でも、あの部屋の様子だけ解らない。
他の余計な所なんてこの際どうだっていい!
今あたしがしたい事は、エロジョンをあの部屋から引っ張り出す事!でも・・・
何よ!ムカつくムカつく「ムカつくーーーー!!」
がばっ。
ベッドの上。飛び起きていた。
・・・夢・・・?
・・・そういえばあたし、何を怒ってたのかしら?・・・思い出せない・・・
窓を開ける。
灰色の厚い雲が割れて、朝焼けの光が差し込んでいた。
まあ、特に普段と変わらない景色だわ。
そういえば・・・いつ家に帰ったんだっけ?
ところで、ゆうべ校庭いっぱいに引いたメッセージは、目論見通りみんなの注目を集めていた。
「まさか涼宮、お前がやったのか?」
そうよ。担任に返答をする。
やったのは・・・もちろんあたし。あたし一人。ジョンの事は秘密にした方がいいわね。
あいつの事を話すと、いろいろ面倒な事になりそうだし。
そうそう、あいつと別れて、そのまま家に帰ったんだったわ。確か。
その後、生徒指導室で延々とくだらない説教を聞く。
ここでも、線を引いたのはあたし一人という事にしておいた。
「まったく、おとなしくしてくれよ涼宮。
・・・ん、さっきからどこ見てるんだ?」
「・・・北高の方角。」
〜END〜