【コインランドリー】
はじめは、ただ見ているだけで。
そばにいるだけで、良かったんだ。
そう、ただ、同じ空間にいるだけでよかったんだ。
一人暮らしをしている僕が週2で行くコインランドリー。
そこでは夜に行くと、たまに会う女の子がいた。
ボブカットをさらに短くしたような髪。名前は知らない。ただ、いつもセーラー服を着ていた。
彼女は洗濯中ずっと本を読んでいる。僕は片手に少年ジャンプ。敗北。
この歳で一人暮らしなんだろうか。整った顔立ち。雪のように白い頬。そして眼鏡。人形めいた雰囲気をしている。
気付けば僕は彼女の事ばかり考えるようになっていた。毎晩コインランドリーへ向かう。毎日は来ないと分かっているのに。
彼女が読んでいた本を買いに行った。本なんか滅多に読まないのだけれど。
次の日、その本を持ってコインランドリーへ行った。やはり彼女はいなかった。
こんなん読んでも彼女が来なければ意味がない…そう落胆していた時。
彼女が音もなく入ってきた。感情のないような表情を見た瞬間、何故だが無償に泣きたくなった。
その日、彼女は別の本を読んでいた。
僕はさっさと洗濯を終え、本もろくに読まないまま帰ろうとした。
「まって」
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
振り返ると、いつの間に移動したのか、彼女が立っていた。
「これ」
そう言って手にした何かを差し出す。聞いた三秒後には忘れてしまいそうな、平坦で耳に残らない声。
彼女が差し出したのはさっきまで彼女が読んでいた本だった。
「どうぞ」
そう言われても…貸すって言うのか?
「返さなくていい」
そう言うと、彼女は洗濯物をまとめて出ていった。
それから、二度と彼女はコインランドリーへ来る事はなかった。
彼女がくれた本は表紙に「人間失格」と書かれていた。
あれから三年、僕にも妻ができて娘もできた。今は週2で森林公園へ行っている。
ある日公園へ行った時、あの時と変わらぬ風貌で、魔女のような衣装を着た彼女がいた。
(終わり)