きっと今から歌うこのうたは
あなたの耳に入ることもなければ
あなたに伝わることもない。
けれど終わることもない。
【ラブ・ソング】
彼は、起きていた。私が来ても驚いた様子はなく、この展開を予想していたかのようだ。
寝ないで、私を待っていてくれた。そのことに私の胸が締め付けられる。
彼の手が私の手を握る。不快ではない。むしろ暖かい。人間の温もり。生きている証拠。私はどうなんだろう。私は彼を暖めてあげられるのか。私は、生きているのか。
この星の生き物は、生きている。産まれてきた。産まれてきたことを知ってほしくて泣いたのだから。
誰かを愛して、誰かに愛されて、誰かを傷付け、傷付けられたりする。
私も…そうでありたい。彼といられるうちは、彼を思っていられるうちだけは…私は、人間でありたい。
そんな思いが今回の事件に繋がったのだ。彼がいる。それだけで幸せだったはずなのに。私は彼を望んでしまった。
彼が私のために笑ってくれるならどんなに幸せだろう。私に向けられるのはいつも困ったような顔ばかりなのだから。
私は、彼を望んでしまった。彼が欲しい。あなただけには笑っていてほしい。私を…見てほしい。
その瞬間、世界が変わってしまった。
でも、それは絶望じゃない。彼は、戦ってくれた。今を取り戻すために。私を、取り戻すために。
だったら、私は彼を思い続けよう。私の自律行動が続く限り。私は、もう幽霊でないのだから。
だから、言おう。恋を教えてくれたあなたに。人並、いや、人以上の幸せをくれた、あなたに歌おう。ラブ・ソングを。
…いま、私の頬を伝ったのはなんだろう。
「ありがとう」
病室を出る。月明かりがふんわりと落ちてきた。辺りが蒼く照らされ、彼に包まれているような気さえした。
今日は気分がいいから歩いて帰ろう。いつもより、もうちょっと歩幅を広げて。
そう、ほんの少しだけ。
私は恋をしている。
生きている。
(外伝 完)