書道って、なにで書くかしってます?
――そりゃ、筆でしょう。
ふふ、まだ甘いですね。
――はい?
書道は心で書くんですよ。だから心が少しでも乱れてると巧く書けないんです。
――心……
【書道の教え】
小学生から野球一筋で、北高を強くすると意気込んで野球部に入ったのだが、俺は甲子園優勝を果たすまでもなく、顧問に退部届けをつき出す事になった。
今までは本当に野球の事しか考えられなかった。野球を俺から引いたら何も残らなかっただろう。だが、今は違う。俺は心の寄り処を見付けてしまったのだ。
移転先は、今まで生きてきて関わった事のない世界……書道部だ。
全く関わっていなかったわけじゃない。小さい頃近所のジイさんに習った覚えがあるし学校の授業でもやった。だが書道の奥深さを知るには足りなかった。
何故なら俺は汗を流して泥まみれになって体を動かすのが好きだったからである。
そんな俺が何故習字の道に目覚めたのか…それは二年になった春だった。何処からか転校してきた彼女…教室の前でお辞儀する彼女を見た瞬間、あまりの可愛さに一目惚れしてしまった。
微妙にウェーブした栗色の髪が柔らかく襟元を隠し、下手すれば小学生に見られそうな童顔。大きく丸い瞳。そして…その胸。
俺の狭い世界は彼女中心に回るようになった。昔はそれが野球だっただけの話だ。
倉替えしてからというもの、部室へ通うのが日課になっている。彼女と会い、いくつか話をする。大した内容ではなかったけれど、それだけで幸せだった。
そしてある日、何を狂ったか、言っちまった。
「あの、俺、あなたの事が好きです」
部活終了後、みんなが先に帰り、俺と彼女の二人きりになった時。彼女は俺に書道とはなにかを教えてくれた。
普段は墨汁を床にぶちまけたり半紙を破いたりとおっちょこちょいな彼女が、一生懸命になって話してくれるのにどうしようもなく愛しくなってしまったんだ。
「ごめんなさい」
彼女はそう言った。肩が震えてるようだった。
「私は、誰とも付き合うわけにはいかないんです」
さらに続けた。俺はもう頭の中が混乱し、真っ白になっていたのかもしれない。
「少なくともこのじか…けほん、あの、すいません」
彼女は何かを言いかけたようだった。だがこの時の俺にはさほど重要じゃなかった。
「そう、ですか…」
それしか言えなかった。彼女がまた謝ったようだったが、俺は何も言わなかった。
「失礼します…」
ちょっとして、彼女が出ていくのが分かった。遠慮がちにドアが閉まる。痛いくらいの静寂。
それでも俺はしばらく、そこにいた。
次の日、彼女は部活に来なかった。次の日も。また次の日も。気になって部長に聞いたところ、なんと少し前に辞めたとの事だった。しかも新たな入部先は文芸部だとか。
信じられなかった。あんなに書道に熱心だった彼女が…なんでだ?まさか俺の…俺のせい?
全てがどうでもよくなり、俺はそのまま帰る事にした。頭を上げる気力もなく、ただ自分の足を見て歩いた。
彼女にとって、俺は一体なんだったのか…それは永遠に知る事はないのかもしれない。
そして校門まで来たところでふと顔を上げてみると、そこにはバニー姿の彼女がいた。
(終わり)