『進級まで、 あと少し』 
*  
 阪中が持ち込んできた幽霊騒ぎも解決して数日、 一年生が修了した直後のこと。 
 うちのクラスでも打ち上げだ何だで仲良しグループが集まって、 何とも言え  
ないしんみりとした空気が漂っていた、そんな時期での話になる。 
 こんな時でもブレーキの壊れたブルドーザーのようなハルヒの勢いは衰えを知 
らず、 通知表の芳しくない結果に暗澹たる気分となっている俺をよそに、 こ  
れから始まる進級までのインターバルをいかに遊び倒すかについての大演説をか  
ましている最中だった。 
 平たく言えばSOS団緊急ミーティングなんぞを開いている。 パイプ椅子に  
ちょこんと座った朝比奈さんは珍しく制服姿で、 ハルヒのトンチキ話を「ほえ  
ー」と漏らしながら可愛いらしく傾聴し、 その横では長門が意味不明な象形文  
字の書かれた鈍器みたいな文字媒体と戯れていた。 
「……とにかく、進級なんてあたしたちにはまだ関係ないイベントだわ。 せっ  
かくの休みに宿題もないんだし、 じゃんじゃん遊ぶわよ!」 
 一通り言いたいことを言い終えたハルヒは事前に作ったらしいプリントを俺た  
ちに配ると、 無駄に得意げな笑みを浮かべてふんぞり返った。 コイツがこの  
表情を浮かべたあとのメタクソな展開には、 この一年を通して少しは慣れたつ  
もりだ。 
「どれどれ……」 
 どうせロクなこと書いてないんだろと思って目を通してみると、 分かっては  
いたが案の定ロクなことが書かれていなかった。 
 
☆『春休み中に絶対すること』 
・温泉合宿 
・天体観測  
・バイト 
・楽器の練習 
・徹夜で麻雀  
・徹夜でゲーム  
・徹夜でその他  
◎お泊り会(全日程) 
 
 最後の一文がおふざけを通り越している。 どうやら団長は春休み中俺たちを  
家に帰す気すらないらしい。 
「これは何の冗談だ」 
「どう? 夏休みの教訓を生かして、 春休みは始めから計画的にやることにし  
たわ。 これで休日を家でダラダラ過ごさなくて済むわよ!」 
 いかにも凄いことをしたという表情で俺を指差すハルヒだが、 当然各個人の  
予定を初めから無視したアホメニューは高校生になってしまった俺らに消化でき  
るわけがない。 
 俺はこの理不尽な計画への抗議文を頭の中で推敲していたら、 
「いいですね。 春休み、 丁度予定が全て空いていたところだったんですよ」 
「あら、 だったら丁度良かったわね。 今後も大船に乗ったつもりであたしに  
付いてきなさい!」 
 
 ハルヒのイエスマンこと古泉がせんでもいいおべんちゃらを並べたせいで、  
ハルヒのふんぞり返る角度がさらに5度くらい上昇した。やはり俺が止めるしか  
ないのか。 
「遊ぶのは結構だが、 なにも春休みをまるまる使うことないだろ。 一日中家  
でゴロゴロしてたら夜になってましたみたいな日も数日くらい作れ」 
 
「何言ってるのキョン? 時間は戻ってこないの。 青春の一ページをそんな下  
らないことに使うなんて無駄どろろか害悪よ! みくるちゃんも!」 
「ひっ」 
 いきなりハルヒに怒鳴られた朝比奈さんは、 つぶらな瞳を潤ませて縮こまった。 
「もし、 満開の桜と君のどっちが綺麗か確かめに行こうとか誘われてんなら、 
あたしが許すから今すぐぶっ飛ばしてきなさい!」 
「ひー、 も、 もうじぇんぶ断りましたぁ」 
 誘われたのか。 
「その意気だわみくるちゃん! やっと自分の魅力がわかってきたみたいね!」 
 我がことのように喜んだハルヒはおどおどする朝比奈さんを抱き締めて、次は  
長門に舳先を向け、 
「有希の予定は昨日聞いたわね」 
 長門はゆるゆると本から目を離して頷き、またゆるゆると本へ戻る。 
「で、 キョンに拒否権はなし、 と」 
「おい、 何で俺だけ」 
「じゃ、 そういうことで明日温泉行くから、 午前9時までにいつものとこに  
集合! 持ち物はプリントに書いてあるから!」 
 ハルヒは鞄を拾い上げると、 俺の予定も聞かずにさっさと出ていってしまった。 
 抗議する暇もない。 なんてこった。 
「参ったな……」 
 俺はハルヒが開けっ放したドアをぼんやりと眺めながら、 春休み家に帰れな  
いのをお袋にどう説明しようか暫らく考えた。 
*  
 
「今日のあいつ、 やけに強引じゃなかったか?」 
 誰にともなく言った。さっきのハルヒを見て妙に気になっていたことだった。 
何か焦っているような……そんな感じだ。 
「そう言われてみると、様子がおかしかったですね」 
 朝比奈さんもほんのりと気付いているようだ。 お茶を準備する手を休めて、  
不思議そうに首を傾げる。 
「ええ、 そうでしょうね」 
 ハルヒが行ったことを確認してドアを閉め、俺の向かいのパイプ椅子に戻った  
古泉は、 胸の前で手を組んでゆっくりと口を開いた。 
「涼宮さんの精神は昨日からずっと不安定なままです」 
「閉鎖空間が出たのか」 
「はい。昨日久々に閉鎖空間を発生させていて、 機関も対応に大わらわです。 
涼宮さんが退屈しているわけでもないのに閉鎖空間が出るケースは珍しいですよ」 
「春休みを全部お泊り会にしたのもそれが原因か」 
「そうです。 どうも涼宮さんは僕達とずっと一緒にいたいと考えているようで  
すね。 二年生になってクラスが僕達と離れ離れになったり、 朝比奈さんが受  
験で抜けてしまったりすることを心配しているのでしょう」 
「わたしは大丈夫です。 涼宮さんと一緒にいるのがわたしの優先事項ですから、  
部活に支障が出るようなことはしません……はいキョンくん」 
「ありがとうございます」 
 朝比奈さんが持ってきてくれたお茶を、 お礼と共に受け取る。 ひとすすりして、 
「クラスが離れても、 SOS団で毎日会えるじゃないか」 
「確かにそうです。 ですから他にも色々な理由があると考えるのが妥当ですね。  
しかし僕達の今後のスケジュールがこうなっている以上、 涼宮さんは寂しがっ  
ているというのが主な理由でしょう。 もしクラスがあなたと離れたら、 彼女  
は最悪一年生をループさせる恐れが――」 
「ねえよ」 
 朝比奈ブランドのお茶をすすり、 古泉の推論を遮る。 古泉が驚いた顔をし  
ているようだが、これだけは自信を持って否定できるところだ。 
「この一年はハルヒにとって充実したものだったはずだ。 いくらあいつがヘビ 
ー級のワガママでも、 一時の感情で楽しかった思い出まで消すようなバカはや  
らないさ」 
「そうでした」 
 肩をすくめる古泉。 
「ですが、 彼女の精神が不安定なままだと、 いずれまた大きな閉鎖空間が出 
てくることも事実です。 当面の問題は涼宮さんの不安の原因を突き止めること  
になるでしょうね」 
「難しそうだな」 
 俺は腕を組み、 天井を見上げてため息をつく。 今日の理不尽たちはハルヒ 
のセンチメンタルから来るものだったのか。 
「あいつでも寂しくなることがあるんだな」 
「もちろんです。 あなたが彼女を抱きしめて、『もう寂しくないよ』とでも言  
ってくれれば問題は一瞬で解決しますが」 
「殴ってやろうか」 
「遠慮しておきます」 
 こんなこと言ってる俺だって、 もし来年ハルヒと別のクラスになったら、 
日常生活で顔を合わせる機会がぐんと減るわけで、 そうなったら、 まぁ、  
正直……寂しい。 
 
 俺は規則的にページを繰る読書娘に何となく目をやり、 ハルヒが居なくなっ  
た一年五組の教室を思い出して何となくメランコリーな気分に陥った。 
*  
 SOS団拘束宣言が出た次の日。 今日から春休みなのだが、 ちっとも心が  
休まらないのはどうしてだろうね。  
 昨日は何とかお袋を言い包めて春休み中の外泊許可を貰ったのはいいんだが、 
お陰で俺とハルヒが変な関係なんじゃないかと疑われちまい、お陰で今日の朝  
飯は赤飯だ。 実際はラスボスと末端のザコキャラ程度の関係なんだから、 こ  
んな応援されても困る。 
「なんで今日はお赤飯なのー?」 
 無邪気に赤飯を頬張る妹に架空の慶事をでっちあげた俺は、 出発の時刻が近  
いことを時計で確認して急いで荷物の確認に部屋へと向かった。 
 
難なく妹を巻いて北口駅の改札出口に到着。 集合場所にはすでに女性陣の姿が  
あった。 
「あら? あんたがビリじゃないなんて珍しいわね」 
 緑のニットワンピとデニムパンツにネックレスをしたハルヒは、 俺を見るや  
意外な第一声を上げた。 
「古泉はまだ来てないのか」 
「そうよ。 あんたにしちゃ上出来だわ」 
「そりゃどうも」 
 道行く人がハルヒに振り返る。カジュアルな装いはこいつを知らない男の目を  
うまいこと騙くらかしているようだ。  
「古泉くん、 集合時間には間に合うって言ってました」 
 そう告げてくれた朝比奈さんは白のブラウスに花柄のふわふわスカート。 童  
顔も化粧で大人っぽく仕上げていていて毎度のことながらこの背伸びした感じが  
猛烈に可愛い。 
「もう、 あんたまで鼻の下伸ばして! みくるちゃんさっきから何回もナンパ 
されてるのよ!」 
 ハルヒは嬉しそうに怒声を上げて朝比奈さんを俺から守るように抱き締めた。 
無理もないね。 こんなに可愛らしくて隙がありそうなお嬢さんを男が放ってお  
くはずがない。 ハルヒも朝比奈さんに引けをとらないくらいなんだが、 気の  
強そうな双眸が話し掛けるのをためらわせているのだろう。 なんて一人合点し  
て俺は三人娘のあと一人に挨拶をする。 
「よう、 長門」 
 ミリ単位で頷いた長門はレースのキャミソールにやたらギラギラしたロングカ 
ーディガン、 デニムのミニスカートという派手な出で立ち。 久しぶりに私服  
を見たと思ったら、 どういう気合いの入れようだ。 
「特に気合いを入れたわけではない。 この惑星の服飾系の雑誌から適当に選ん  
でトレースしただけ」 
 
 解らないと言いたげに首を傾げるギャルメイクの宇宙人に俺は別の雑誌を勧め  
ようか迷ったが、 人のお洒落に口出せる程博識でも不粋でもないし、 これも  
長門の趣味なのかも知れない。 こいつの好きにさせてやろう。 
「適当なんてダメよ! 有希は研けばもっと光るんだから。 春休みのスケジュ  
ールに有希改造計画も追加ね。 あたしがみっちり叩き込んであげるわ!」 
 人造人間を改造と聞いて俺は両手にドリルやら何やらのついたいかめしい長門  
を想像していると、 
「遅れてすいません」 
 赤Tシャツに焦茶のブルゾンを羽織り、白のパンツをはいた古泉がどこか疲れ  
た足取りでやってきた。 
「古泉くんどうしたの? 何かフラフラしてるけど」 
「昨日なかなか眠れなかったもので」 
 両手を広げて本日一発目のハルヒ誉め殺し。 
「あら、 そんなに楽しみだった? それは企画したあたしとしても嬉しいわ!」 
 すっかり気をよくしたハルヒは、 古泉への罰ゲームも忘れて軽い足取りで駅 
へと進んでいった。 
*  
 いくつか乗り継いで温泉町行きの電車に乗る。 駅に着くまで暫らくゆっくり  
出来そうだ。 
 女性陣は手動で向かい合わせた席でトランプをしていて、 俺はその後ろ、  
通路側の席ですることもなく景色を眺めている。 視界に入りこむニヤケスマイ 
ルが一々鬱陶しい。 
 俺の視線に気付いた古泉は困ったように笑って、 
「昨日も閉鎖空間が発生しましてね……。 一晩中神人退治でしたよ」 
「だから寝不足なのか」 
「そうです。全てが終わった頃には朝日が昇っていました」 
 窓際でそう呟く古泉は今にも意識が飛びそうだ。 どうやら一昨日からあまり  
寝ていないらしい。 
 本当に大丈夫か? 
「ちょっと疲れました。 出来るならあなたに全て任せてしまいたいです。 あ  
なたならすぐに閉鎖空間を消せるでしょう? 一体どんな魔法を使ったのですか?」 
 そのことについては触れるな。 
「そうですか」 
 静かな笑みを浮かべた古泉は口に手を当てて小さくあくびをすると、 
「涼宮さんは態度に出さないだけで実は相当参っているのかも知れません。 今  
日は大人しくしてくれるといいのですが……。 すいません、 今夜の戦いに備  
えて少し寝かせてください」 
「ああ、 着いたら起こしてやるからな」 
 睡魔にノックアウトされた古泉の隣に荷物を置いた俺は、 向かいで大貧民を  
している三人に交じろうとハルヒの隣に座り、 それまで三人の勝負の行方をま  
ったりと見守った。 
 
*  
 ところで今回のツアーはハルヒが急に決めたことなので機関とは一切関係なく、  
当然のごとく彼らが仕込んだ湯けむり殺人事件など起こりようがない。 新川氏  
&森さんのコンビが旅館の入り口で俺たちを待ち受けていなかったのが何よりの  
証拠だ。 たまにはこういう普通の旅行もいいじゃないか。 
「やっと着いたわ。 一休みしたらすぐ温泉行くから、 用意しといてね」 
「疲れたですー」 
 五人が泊まるとあって中々大きめの部屋に着いた俺たちは、 それぞれ荷物を  
置いてへたりこんだ。 唯一ハルヒだけが部屋を歩き回って額縁の裏とかによく  
ある謎のお札を探している。 疲れは風呂まで取っておくらしい。 底抜けに元  
気な奴だ。 
「……」 
 いつのまにかすっぴんになった長門が旅館のパンフレットを見ている。 化粧  
は宇宙パワーで解除したのだろうか。 やっぱりメイクは派手じゃないほうがい  
いぞ。 
「そう」 
 パンフから目を離さず淡々と話しているが、 その無表情が俺には微妙に恥ず  
かしがっているように見えた。 
「俺にもそれ見せてくれ」 
 長門の横に座ってパンフを一緒に見せてもらった。 とりあえず大雑把に見て  
分かったことは、この旅館は結構有名なところで、 温泉もいくつかバリエーシ 
ョンがあるらしいということ。 どこに入るか迷うところだ。 
「ああ、 それは決めてあるわ。 ここよ」 
 いつのまにか割って入ってきたハルヒが指差したのは…………こんよく? 混  
浴って書いてあるぞ? 
「別にあんたが期待するような事態は待ち受けてないわよ。 ちゃんと隠すからね」 
 人をリビドーの奴隷みたいに言いやがって。 いや興味がないわけではないが。 
「混浴ってなんですかぁ?」 
 と無邪気に微笑む朝比奈さん。 どうやら未来の温泉は俺たちのものとは事情  
が違うらしい。 
「男女で一緒に入るの。 行くわよみくるちゃん!」 
「ふえぇー、 そ、そんなのだめですっ、 恥ずかしいですー」 
 真っ赤になって赤ん坊のようにぐずる朝比奈さんを引きずって、 ハルヒは部  
屋から出ていった。 
 俺らも行くか。 
*  
 脱衣所を出た俺たちを待ち受けていたのは山の景色を一望できる空間と、 複  
数に分かれたお待ちかねの露天風呂。 よくこんなとこ見つけられたもんだ。  
ハルヒのプロデュース能力を誉めてやってもいいかもしれない。 
「へぇ……これが混浴ですかー」 
 朝比奈さんは初めての混浴にカルチャーショックを受けている。 どうやらジ 
ェンダーフリーは朝比奈さんのいる時代になっても実現することはないらしい。 
「さっきは随分嫌がってましたけど、 良かったんですか?」 
「うふ。 脱衣所が男女別々だったから大丈夫です」 
 ほんのりと頬を染め恥じらう朝比奈さん。 このどっかズレている返答もまた  
愛らしい。 言っておくがもちろんあの凶器みたいな膨らみは『湯着』なる布に  
包まれていて谷間すら見えない。 混浴ではこの風呂用タオルを着けることが義 
務付けられているそうだ。 
「こんな大きなお風呂、 わたしたちの時代では『禁則事項』ですぅ」 
 思わず口癖が出てしまった朝比奈さんは、 一番乗りで飛び出していったハル  
ヒに呼ばれてぺたぺたと歩いていった。 
「素晴らしい景色ですね。 これは神様が僕にくれたご褒美なのかもしません」 
 俺の横を歩く古泉もこれからくつろげるとあってデフォルトの笑顔が三割増し  
だ。 長門は湯槽に指をちょんと付けながら、 効能が書いてある看板とにらめ  
っこしている。 成分解析でもしているんだろうか。 
「あぁー……」 
 湯の中に入ると思わず声が漏れた。 気持ちいい。 ありがちな感想だが、 旅  
の疲れが一気に取れた気がする。 
 辺りを見てみると俺たちの他にも爺さんや婆さんや家族連れがぽつぽついて、 
我々の向かい側にはカップルなんてのもいる。 お嬢様言葉で罵詈雑言を吐く  
彼女と、 尊大な物言いでおかしなことをのたまう彼氏。 あれは夫婦漫才の打  
ち合せだろうか。 にしてはあの彼女やけに綺れ…… 
「こらキョン!」 
「痛え!」 
 ハルヒに耳を掴まれて俺の視線は強制的に変更を余儀なくされた。 反駁する  
暇もなく第二声が飛んでくる。 
「知らない異性をエロい目で見るのは混浴ではタブーなの。 よく覚えときなさい」 
「わぁったよ。 悪かった」 
 耳を引っ張ることないじゃないかと言いたいところだが、 くそ、 俺が悪いん  
じゃ何も言えない。 
「あれがキョンの趣味なの? あんたの嗜好って国木田の言うとおり、 なんか  
変わってるわよね」 
「真剣な顔をして言うな。 全部誤解だ」 
 痛む耳を押さえながら、 ふと、 視線をハルヒの胸元に落とした所で俺は驚愕  
で一瞬だけ固まって、 すぐ目をそらした。 
 ……えらいもんを見てしまった。 
「何? どうしたのよ。 言いたいことがあるならはっきり言いなさい」 
 目の動きを気取られた。 誤魔化そうかと考えたが、 耳まで赤くなった俺の  
言葉などこいつは信じてくれないだろう。 
「ほら、 怒らないから言ってみなさいって」 
「何でもない。 気にするな」 
 既に怒り顔のハルヒが俺を逃がすまいと腕を掴んでくる。 本当のことを言っ  
たら一体どんな罰ゲームが待ち受けていることやら。 
「あ……えと……」 
朝比奈さんも異変に気付いたようだ。 言おうかどうか迷っている。 
「みくるちゃんまで! あんたたち、 あたしに一体何を隠してるの?」 
怒りの矛先が朝比奈さんに向いてしまった。、肩をかくんかくん揺すられて「ひ  
ょえええ〜」となっている。 
「ほら、 とっとと吐きなさい! そのほうが身の為よ!」 
「あの、 す、 すす涼宮さん、 乳首が、 浮いてますぅ」 
 ぐあ、 俺がハルヒを止める前に朝比奈さんが吐いてしまった。 やばいぞ。 
「えっ!?」 
 それを聞いたハルヒは一瞬慌てたような声を出したが、 
「キョーン……あんた見たわね?」 
 振り向いたその表情は段々と怒りに染まっていき、 
「ひいぃ……!」 
 並々ならぬ殺気を感じ取った朝比奈さんはいち早く逃げ出していった。 
「こンの、 どスケベっ!」 
怒鳴られた。ハルヒは湯着をぴっちりと着すぎてしまったために、乳首が浮き出 
てしまっていたのだ。 こればっかりは俺悪くないぞ。 
「あたしにそういう目を向けた時点でアウトよ! 即刻むしりとって宮刑にして  
やるわ!」 
 俺の子種を絶やすことを宣言したハルヒは水の中だってのにやたら素早く俺の  
後ろに回り込んで、 一瞬で俺のモノを掴んでしまった。 
 息子を返せこの痴女。 
「アンタだってあたしに欲情してたでしょ。 おあいこよ!」 
「欲情なんてしてねえ! ちょ、 痛いから強く掴むな痛い痛い痛い!」 
 
 助けを呼ぼうかと考えたが、 古泉はリラクゼーションのどん底から帰ってき  
そうにないし、 遠くでぷるぷると震える朝比奈さんはこっちに来ることすらで  
きなそうだ。『キョンくんごめんなさい……』と訴えている目が可愛いからよし  
としよう。 頼みの綱の長門は遠くにある別の風呂ですーいすいと泳いでいる。 
 そんなわけで俺奮闘中。 色々な意味でもうダメだ。 
「デリケートな部分なんだから握力をかけるな!」 
「そうやって逃げるつもりでしょ。 そうは行かないわよ!」 
 モノを握る手の力が弱まった代わりに俺を捕まえる方の腕の力が強まる。 背 
中に柔らかいものを押しつけられ、 耳元で言葉を囁かれる。 まずいぞ、この  
刺激は……。 
「ハ、 ハルヒ、 やめ、 あ……」 
「どう? これで逃げられ……へっ!?」 
 欲望に忠実な俺の愚息がハルヒの手の中で成長を始めやがった。 マイサンよ、 
何もこんな場面で膨らむことないじゃないか。 
「ちょっ、 なにコレ……」 
 さっきまでバシャバシャやっていたハルヒは一転してぴくりとも動かない。  
 いつまで掴んでるつもりだ。 
「そろそろ放せ」 
 一般の方々の視線に居たたまれなくなった俺は軽々とハルヒの腕をひっぺがし、 
「み……見たことは謝るから、 もうやめにしようぜ」 
前かがみになって言う。 かなり間抜けな格好だ。 
「あ……わ、 わかった」 
 さすがにハルヒも恥ずかしそうな顔をしている。 
「あと、 これはただの生理現象だ。 別に変なことを考えてしまったわけじゃ  
ないぞ」 
 一応言っておかないとまた変なことを言いだしかねん。 
「す、 すご……」 
「輪っかを作るな」 
 俺の太さを指で表すのをやめさせてハルヒを追っ払った。 ……勃起がおさま  
ったらもう出よう。 
 俺はすっかり身体に刷り込まれたあの柔らかな記憶  
を消すべく、 例の胡散臭いスマイルを想像してげんなりした気分になった。 
* 
 ハプニングはあったものの、 それ以降のイベントはつつがなく進行した。 
一緒に風呂から上がってきた長門にコーヒー牛乳の最高にうまい瞬間も教えたし、  
濡れ髪な朝比奈さんの浴衣姿も堪能した。 本調子に戻った古泉は約に立つかど  
うかも分からない蘊蓄を延々垂れ流していたし、 夕飯どきにはすっかり元に戻  
ったハルヒには卓球でコテンパンにのされたりした。 
 
 ハルヒがここんとこ毎日閉鎖空間を出していることなんてすっかり忘れたまま、  
楽しい時間は矢のように過ぎてゆき、 時刻はあっという間に就寝時間。 
 
 布団の位置はふすまを隔てて男女が分かれる形で、 上の段から朝比奈さん、  
ハルヒ、 長門。 下の段は古泉、 俺の順番で、 上段と下段は枕を向かい合わせ  
ている。 
 既に古泉は寝息を立てているから、 部屋の明かりは女性陣の部屋のライトス 
タンドだけだ。 修学旅行の夜のような悪戯っぽい空気が部屋の中に充満している。 
「明日は有希ん家で徹マンだからもう寝るわよ。 あ、 徹マンって言っても麻  
雀の方だからね。 一応言っておかないと勘違いする奴がいるから」 
「そんな奴いるか」 
「徹マンのもう一つの意味って何ですか?」 
「そりゃ徹マンっていったら徹夜で……」 
「朝比奈さんに下らないことを吹き込むな」 
「もう。 あんたはみくるちゃんを偶像視しすぎなのよ。 もしかして本当に好 
きなの?」 
「え? えっ!? キョンくん……?」 
 朝比奈さんがすっかり真剣な顔をしている。 誰も好きにならないと決めてい  
る朝比奈さんをどうこうするわけにもいかないだろう。 
 仮にもし好きだなんて言ったら、 心根の優しいこのお方は、 本気で悩んで  
しまわれるに違いない。 
「俺が好きだといってどうなる相手でもないだろう。 見ろ。 朝比奈さん困って  
るじゃないか」 
「え、 あ、 その、 ごめんね。 キョンくんごめんね……」 
 う〜ん、 この人はどこまで真面目なんだろう。 
「つまんない答えね。 じゃああんた一体誰が好きなのよ?」 
 
 ハルヒはわざわざほふく全身で俺の所まで来て耳打ちしてきた。 
「やっぱり、 有希?」 
 ハルヒが心なしか不安げに見えるのは、 俺の気のせいだろうか。 
「いーや。外れだ」 
 あとお前の耳打ちは長門に丸聞こえだからな。 というのは言わないでおこう。 
「ほれ、 バカ言ってないで寝るぞ。 明日は徹マンすんだろ?」 
 ハルヒが何か言ってるが無視して目を瞑る。 遊びまくった体の疲れも眠りを  
促して、 すぐに俺の意識はどこへともなく飛んでいった。 
*  
「キョンくん……」 
 舌足らずな女の子の声が俺を呼ぶ。 誰だ? 妹? 
「起きてぇ、 キョンくぅん……」 
 呼び掛ける声は涙まじりだ。 
「どうした? 恐い夢でも見たのか?」 
 俺は目を閉じたまま、 手探りで俺を揺すっている女の子を抱き寄せた。 そ  
ういえば何で妹がこんな所に? 
 
「わわっ、 キョンくんだめぇ、 こんな所で、 恥ずかしいよぅ……」 
 両腕できゅっと抱きしめるとやんわりと抵抗される。 
 ……ん? 胸の辺りの反発が尋常じゃないぞ!? 
「ふぇ……」 
 
 目を開くと、 制服姿の朝比奈さんが、 ドングリ眼に涙をためて俺を見ていた。 
 
「うわっ、 すいません!」 
 慌てて手を放す。 ここで俺も制服を着ていることに気付いた。 
「うぅ……やっと起きてくれましたぁ……」 
 ぐずる朝比奈さんに謝罪しながら、 辺りを見回す。 
 
 なんてこった。 
 
「ここどこですかぁ? この学校、 どこかおかしいんです……」 
 そう。 たしかにここは北高の校舎、 入り口前だ。 それはいい。 
 だが、 この灰色の空は何だ。 
「朝比奈さん一人ですか? 俺以外に誰かいませんでした?」 
「気付いたらわたし一人でした。 暫らく歩いてたらここでキョンくんが寝てて  
ひえぇぇぇぇ〜!!」 
 突如凄まじい轟音が襲ってきた。青色の巨人が、 校舎を殴り付けている。 
「勘弁してくれよ……!」 
 俺は腰が抜けてしまった朝比奈さんを立たせようとするが、 もうパニックを  
起こしていて無理そうだ。 抱きかかえていくしかない。 
 と決意した瞬間、巨人が俺たちの方向に腕を振り上げてきた。 まずい! 
「朝比奈さん、 逃げましょう! ここにいたら巻き込まれます!」 
「ふぇぇぇぇ〜ん……」 
 火事場の馬鹿力で朝比奈さんをお姫さま抱っこしたところで真上に神人の腕を  
確認し、 もう万事休すかと諦めた瞬間、 
 シュン、 
 という音と共に赤い光の玉が巨人の丸太みたいな腕を駆け抜け、 その腕を粉  
々に爆砕した。 
「古泉っ!」 
 巨人の周りを旋回していた赤い球は、 俺の手前まで来て徐々に人間の形を取  
り始めた。 
「あまり時間がありませんから詳しい説明は後です。 どうか涼宮さんを助けて あげてください」 
「お前の力で何とかならんのか。 神人がいなくなれば、 この空間は消えるん  
だろう?」 
「数が多すぎて僕一人では対応しきれません。 それに今日この場を切り抜けた  
としても明日にはまた同じことが繰り返されます」 
「……分かったよ。 俺しかいないってんなら、 やってやるさ」 
「こ、 ここ古泉くんっ!」 朝比奈さんの指差すところにまた新たな巨人が数体現れている。 
「すいません、 行かなければならないようです。 後のことは長門さんに聞い  
てください。 彼女は文芸部室で校舎全体にシールドを張って待っています。 では。」 
 
 用件を言い終えた古泉はまた赤い球に変身すると、 わらわらと沸いてくる青  
光りの化け物たちの中に突っ込んでいった。 
 
 校舎の中は薄暗く、シールドの影響か巨人の打撃音も聞こえない。 朝比奈さ  
んは俺の腕にすがりついて、「ひー」とか「ひょえー」とか可愛らしい悲鳴を上げている。 
 
「閉鎖空間なんて初めてです……ぐすん」 
「とにかく部室へ急ぎましょう。 まだハルヒも見つかってないことですし」 
「そ、 そうですねひいぃぃ!」 
 窓の外では神人と古泉の戦いが繰り広げられている。 恐がりな朝比奈さんに  
はこたえる映像だな。 
「窓を見ちゃダメです。 なに、 長門がシールド張ってんですから、 攻撃な  
んか来ませんよ」 
「ふえぇ、 わ、 わかりましたぁ」 
 きつく目を閉じた朝比奈さん。 腕の力も強まって柔らかいものがさらに腕に  
押しつけられるが、 その感触を楽しむ余裕もないのが残念だ。 
「そろそろ部室ですよ。 目を開けてください」 
「は、 はい……」 
 駆け足で休館の廊下を走り、 文芸部室の扉を開けると、 長門が直立して待っていた。 
「この異常事態を打破できるのはあなただけ。 涼宮ハルヒを」 
 まで言って突然呪文を唱えた。 シールドが張られて巨人の攻撃を受けとめる。 
「説得して世界を元に戻」 
 また呪文。 突発的にシールドを張っているようだ。  
「ハルヒはどこにいる?」 
「屋上。 脱出の鍵は以前と同じ。 ……気を付けて」 
「わかった。 朝比奈さんはここで待っててください!」 
「キョンくん、 役に立てなくてごめんなさい。 頑張ってね」 
 その潤んだ瞳で俺の気力は全快です。 俺はドアの手前で二人に手を振ったあ  
と、 部室から出て屋上への階段めがけて全力疾走した。 
 
「はぁ、 はぁ、 はぁ、 はぁ……!」 
 屋上への扉に着いた。 さすがにへばったが、 休んでいる暇はない。 
 肩で息をしながら扉を開けると、 ハルヒがいた。 
 神人の暴れる様をじっと眺めているのが見える。 
「どうしたんだ、 こんな所で」 
 大声を出した。 ハルヒは振り向かない。 俺はさらにハルヒに近づく。 
「お前昨日からおかしいぞ? 春休みを全部泊まりにしたのもそうだ」 
 ついに一歩手前まで来た。 
「何があったんだ? 話してみろ。 ここはお前の夢の中だから、 ある程度ぶっちゃけても平気だぞ」 
 実際は次元断層の隙間らしいが、この際そんなことはどうでもいい。 
「……」 
 
 振り向いたハルヒは、 憂いを顔中に張りつかせていた。 旅行の時とはえら  
い違いだ。 
「……あたしね、 終業式の日に偶然二年のクラス表を見ちゃったの」 
 ぽつぽつと話しだす。 
「あたしのクラスには、 キョンも、 有希も、 古泉くんもいなかったわ」 
 胸の奥が締め付けられるような感覚に陥る。 俺にとってもあまりよくないニ 
ュースだ。 
「それにね、 二年になったらあたしと古泉くんは進学クラスで無駄に忙しくさ  
れそうだし、 みくるちゃんと鶴屋さんは受験で……有希は引っ越しちゃうかも  
知れないでしょ?」 
 うっ、 いつぞやの俺のウソっぱちもハルヒを苛んでいたのか。 
「だからもう、 あのメンバーで部室に集まる機会も少なくなりそうだって、あたしは考えたの。 あと二  
年でSOS団も解散だしね」 
「折角、 気の合う仲間と合えたと思ったのに……あと二年で終わりなんて、  
こんな悲しいことってある? あたしはみんなと離れたくない。 毎日一緒にい  
たい。 高校出てからも、 ずっと……」 
 
「……ハルヒ、考えが後ろ向きすぎだ。 新しいクラスで友達でも作ればいいじゃないか」 
「嫌よ。 新しいクラスの連中も、 どうせつまんない奴らばっかに決まってるわ」 
「いい加減にしろ!」 
 腹が立ってきた。 俺たちの集まりが悪くなる度に、 俺たちはこれからずっ  
とこんなマヌケ空間に飛ばされ続けるのか。 何でも自分の思い通りになると思 
ったら大間違いだと、 そろそろ学んでもいい頃合いだ。 
「自分の殻に閉じこもるな! お前はただSOS団に甘えてるだけだ!」 
「――っ!」 
 逃げ出そうとするハルヒを、 咄嗟に捕まえて抱きすくめた。 こら暴れんな。 
「やめて! 放して! 放してよ!」 
「待て、 最後まで話を聞け!」 
「うるさい黙れバカキョン! あんたがそんな薄情だなんて思わなかったわよ!」 
 半泣きでむちゃくちゃに暴れまくるハルヒを大人しくさせるのに、大分時間が  
かかった。  
「うぅぅ〜〜〜!!」 
「そんな考えじゃダメだって言ってるんだ。 よく話を聞け」 
動きがぴたっと止む。 俺はゆっくりと話を始めた。 
「長門は引っ越さないし、 朝比奈さんは来年もSOS団の活動に力を入れるそ  
うだ。 鶴屋さんもそんなに根をつめて受験勉強やるようには思えないし、 古  
泉はお前に絶対服従だ。 もしかしたらお前に惚れてるのかもしれないぞ」 
 
 大分落ち着いて来たかな。俺は羽交い締めに使った両腕をハルヒのお腹のあたりに回した。後ろから抱き  
しめる形。 
「もちろん俺だって年中暇だ。 でもな」 
「……」 
「いつか、別れる日は必ずやって来るんだ」 
「〜〜〜!!」 
だから暴れるなって。 
「確かにずっと関係が続く場合もあるけどな、 それでも四六時中お前と居てや  
るわけにはいかないんだよ。 俺たちはお前のお守りじゃないんだ。 勘違いすんな」 
「っう…………わかったわよう……」 
 俺の手を外そうとしてくる。 ……まずい。 いじけてしまったのか。 ちょっ  
と言いすぎた。 
 俺はハルヒをなだめすかして話を続ける。 
「と、 とにかくだ。 俺たちといつも一緒に居られなくなるから不安だなんて考 
えるな」 
 ハルヒと向かい合って、 あばらが折れるくらいきつく抱きしめた。 ハルヒ、  
泣いてるとこ悪いが、 もうちょっと頑張って聞いてくれ。 
「俺たちは、お前の仲間だ。 どんな遠くからでもお前のことを思ってやれるし、  
いつも一緒に居られなくても、 みんなお前のことが好きだってのに変わりはな  
いんだ。 だから、 一人になっても、 寂しいなんて思わないでくれ」 
 胸の中でわんわん泣き始めたハルヒの頭をそっと撫でてやる。 そうさ、 SO 
S団はただの馴れ合いじゃない。 四六時中くっついてなくても、俺たちの仲は  
もっと色んなグンニャリしたもんで複雑に絡み合ってるから平気なのさ。 
「新しいクラスになっても……もし俺たちと別れる日が来ても、 もう寂しくな  
いか?」 
肯定。 これで明日から閉鎖空間は起こらないだろう。 高校を卒業しても、 こ  
こに閉じ込められることはなさそうだ。 
「なに、 心配すんな。 お前のことだから、 きっとうまくやれるさ。 阪中  
みたいにお前のことをわかってくれるやつも居るだろう。 40人近くいるんだから」 
肯定。 
「そんじゃ、 このしみったれた空間ともおさらばだ。 ……ちょっと、 顔上げ  
てくれ」 
「……うん?」 
 さんざん泣き腫らした顔が俺を見上げる。 ちょっと可愛いとか思ってしまっ  
たのは俺の気の迷いだ。 きっとそうだ。 
 つい、 と目をそらす。 このままハルヒと見つめ合ってたら変なことを考えて  
しまいそうだ。 青い巨人はすっかり大人しくなって古泉にいいようにやられて  
いるが、 如何せん数が多い。 
 
 ドーム状の宇宙人バリヤーの前にあえなく屈した巨人たちを無視してあらため  
てハルヒに視線を戻す。  
 ハルヒも俺が何をしたいか気付いたようで、 慌てた表情で視線を泳がせなが  
らもじもじしていた。 そんな顔するなよ。 よけい恥ずかしくなるじゃないか。 
 覚悟を決めた俺はハルヒの腰と首の後ろに手を回し、 ビクッと硬直するハル  
ヒを優しく抱き寄せて、 そのままゆっくりと唇を重ねた。 
 十数秒、 脳みそが茹だるような感覚に正直蕩けそうになっていると、轟音と  
ともに急に物凄い力にひっぺがされて―― 
「うぉあっ!」 
 がくん、 と階段を踏み外す感覚と共に目を覚ました。 
 あたりを見回すと、 大きめの和室にある五つの布団と、 そこに包まった四 
名の団員が確認できる。  
 戻ってこれたみたいだ。 
 あぐらをかいて隣を見ると、 古泉が解説したくてたまらないといった表情で  
微笑んでいて、 長門は始めから寝ていたかどうかも疑わしいようなパッチリし  
た目で天井をじーっと見つめている。 朝比奈さんは安堵の表情で「ほへぇ〜」 
となっていて、 ハルヒは布団に潜ったまま出てこない。 目を逸らすとひょっ  
こり顔を出して俺を見てくるが、 視線を合わせた途端ぼふっ、 と布団をかぶ  
って隠れてしまう。 何だってんだ。 
 悶々とした頭で眠れないことは前回経験済みだ。  
 窓からはもう朝日が射してきている。 俺はパンフレットを確認して、 残っ  
た時間で行楽地での朝風呂と洒落込むことに決めた。 
*  
 古泉の話によると、 ハルヒが見たクラス表はまだ試作段階のもので、 実際  
のものは既に機関の魔の手にかかってしまったらしい。 
 俺のクラスにはハルヒ、 谷口、 国木田、 長門、 古泉がいて、あろうことか  
そこが理系進学クラスというバカぶり。 もう聞いてて呆れたね。 俺と谷口は  
どうするんだと聞いたら、 
「あなたには涼宮さんという理想の家庭教師が付いているじゃありませんか。  
それに彼にも勉強を見てくれるあてはありますよ。……誰かって? あなたのよ  
く知っている人です」 
 ということで、 今度俺は谷口に喜緑さんを紹介することになってしまった。 
 確かに喜緑さんが谷口を見てくれれば、 あのアホはオナニーを覚えた猿みた  
いに勉強に精を出すに違いない。 せいぜい喜緑さんに襲い掛かって情報結合を  
解除されないことを祈るとしよう。 
 
「ふうー……」 
 俺は今優雅に朝風呂なんてのをしている。 湯の中で手足を伸ばせるのも今の  
うちだ。 満喫しておこう。 
 どうせなら解説しろ、 と誘った古泉も今は上がってしまい、 いまこの風呂 
には男は俺しかいない。 
「あー……すっかり眠気も覚めちまった。 この調子でいくと長門ん家に着いた  
頃に突然眠くなるな」 
「……」 
 これは三点リーダーの達人長門ではない。 何と涼宮ハルヒだ。 現在この風  
呂には俺とハルヒしかいない。 俺が朝風呂に行くとなったときに「あたしも行 
くわよ!」と宣言したくせに、 さっきからずっとこの調子だ。 そんな深刻な  
ものでもなく、 三日後には治ってるだろ、 と俺は踏んでいる。 
「ああ、 なんだ。 いいな、 その髪」 
 さっきから俺がこうやって積極的に話し掛けているのは、 伏し目がちに恥じ  
らうハルヒを見ているとキスより先に行ってしまいそうになるからに他ならない。  
 我ながら情けない理由ではある。本当どうしようかな。 いやしないけどね。 
 小さなポニーテールを頭にのっけたハルヒは、実にうれしそうにはにかんだ。  
 やべ、 この話題ふるんじゃなかった。 
「そろそろ上がるかな。 じゃお先――」 
「まだダメよ。 この辺にあるやつ全て攻略するんだからね!」 
 その辺一帯にぽつぽつと点在する露天風呂を眺めて、 思わず口癖が出てしまつた。 
「やれやれ」 
 どうせなら風呂につかりながら春休みの計画をちょっと緩めてもらえないか説  
得してみようか。 今のハルヒなら大抵のことは聞いてくれそうな気がするし… 
…いや、やらしいことは考えてないぞ。 本当だって。 
 
おしまい  
 

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