とある日のことだ。
いつものように学校に行き教室に入ると、珍しく、教室一軽い男、谷口がいなかった。
馬鹿でも風邪を引くんだろうか、と至極まっとうな疑問を抱きながら、国木田に谷口は休みか、と聞いてみると、国木田は、風邪じゃないけど、頬の腫れが引かなくってさ、と苦笑した。
「喧嘩でもやらかしたか?」
「ま、そのことなら涼宮さんに聞いてみたほうが早いと思うよ」
……とまあ、なんでもない会話が朝行われ、それをすっかり忘れていたのだが、放課後、文芸部室で古泉を相手にチェスをやっているとき、ふとそれを思い出した。
「なあ、ハルヒ、谷口、何で休んだか知ってるか?頬っぺたが腫れてるとか、国木田が言ってたけど……」
「知ってるわよ、そんなこと。あの分じゃ歯が折れたんじゃない?」
パソコンでネット・サーフィンをしながら、視線も上げずにハルヒが応えた。なんだ、詳しいな。
「当然よ、あたしが殴ったんだもの」
……頭が痛くなってきた。
『ナンパ魔・タニグチの三つの聖痕』
哀れにも谷口は、昨日、ハルヒに三発の攻撃をうけ、今日、学校を休んだらしい。この事件について、SOS団の三人の少女がかわるがわる証言してくれた。
という訳で証言その一。
「昨日、あたしと、みくるちゃんと、有希の三人で、買い物してたのよ。そしたら、アホの谷口と国木田がふたりで歩いてるじゃない。即刻荷物もちを申し付けようとわけ」
ところが、谷口は証言者の予想していなかった行動に出た。
「いきなりあたしの肩に手をおいて、『涼宮、実は俺、プロキシマ星系からやってきた宇宙人なんだ!付き合ってくれぇ!!』なーんてぬかすわけ。まったく、脳みその中身が中学の頃とちっとも変わってないわよね。
0.5秒で『お断りよ』って言って、なれなれしい右手を捻りあげてやったわ」
……肩に手をおいたぐらいで、腕を捻らなくてもいいと思うのだが。
「谷口さん、そのとき、『キョンじゃなくて、俺と付き合ってくれ!!』って言ったんです。そしたら涼宮さんが真っ赤になって――」
「黙りなさい、みくるちゃんっ!!」
「ふぇっ!い、いたいですぅ〜!らめー、ひゃめてー!!」
続いて証言その二。ほらハルヒ、朝比奈さんを放してやれよ。
「ぐすん……谷口さん、腕を押さえてごろごろ悶絶しながら、今度はあたしに言ったんです……『朝比奈さん、実は俺、超能力を使えるエスパーなんです!だから付き合ってぐぎゃああああ!!』あ、最後の悲鳴は、涼宮さんが眼球を突いたときの、谷口さんの苦悶の声です」
失明したんじゃないのか、それ。
「たぶん、平気です。お花畑が見えるっていってましたからぁ」
「にこやかに物騒なことを言わないで下さい、朝比奈さん」
最後に、証言その三である。
「私と涼宮ハルヒと朝比奈みくるは、今から25時間20分42秒前に、パーソナル・ネーム国木田とパーソナル・ネーム谷口のふたりと遭遇した。
32秒後、パーソナル・ネーム谷口は右上腕を損傷した。
さらに、46秒後、涼宮ハルヒの攻撃によって眼球に衝撃を受けた。
そして、私に向かって、自らが未来人であることを述べた後、地球人の形態における交際を申し出た。
直後、涼宮ハルヒの右腕による接触攻撃の結果、鍔部ジョイントが外れ、一本の歯が損傷。
遭遇から59秒後、目標は完全に沈黙。私たちは現場を離脱した」
「谷口は国木田が持って帰ったわ……キョン、ちょっとは付き合う友達を選んだほうがいいわよ。いきなり自分のことを宇宙人だとか超能力者だとか、未来人だとかなんとかぬかすような変態とは、金輪際付き合わないのが身のためよ!」
付き合いきれないわよね、と溜息をつきながら俺に言うハルヒの言葉に、文芸部室の宇宙人、超能力者、未来人は、一様に複雑な表情をした……。
……………………
「困ったものですね、涼宮さんたちにわざわざ正体を明かすとは……すこしは自重していただけませんか?」
『大丈夫だって、涼宮は俺が何言っても、はなから信じちゃいねーよ。あの朝比奈さんの時代の科学力じゃあ、俺の時空移動の痕跡だってまだまだ見つけようがねーし、長門有希が嗅ぎ付けないように情報遮断はきっちりやってる。俺のことは一般人だとしか思ってねーはずだぜ』
やれやれ、と古泉は溜息をつく。
「傷はいかがです?行動方針を立てるあなたになにかあったら、我々『機関』は崩壊することは必至です……」
『国木田が治してくれたよ。あいつは統合思念体のヒューマノイド型インターフェイスなんだから、構成情報の修正プログラムなんてお手のもんだ……急に直ったら不自然だから、今日は休んだけどな』
「あまり国木田さんを信用しないで下さい……あくまで、彼とは協力関係に過ぎません」
『長門有希の任務が涼宮の監視で、国木田の任務がキョンの監視とはな。逆にしてやったら、長門有希は喜ぶんじゃねーか?』
「ご自分で、情報統合思念体に掛け合って下さいよ。仮にも『機関』の長なんですから」
では、と言って古泉一樹は電話を切った。
……………………
「古泉、電話終わったか?」
「ええ、いつもの定時連絡ですよ、『機関』へのね……さて、帰りましょう」
古泉はいつものインチキくさい笑顔を浮かべる。SOS団みんなで帰り道を歩きながら、振られっぱなしのナンパ魔、谷口にはどう慰めの言葉をかけてやろうかね、と俺はぼんやり考えていた。
おしまい