涼宮ハルヒ(恐らく本名だとは思っているので俺には弁解のしようがない)は、生涯を唯我  
論者で通したてきた人物だった。  
 唯我論者とはつまるところ、この言葉をご存知でない方々のために開帳してみるとすれば、  
おのがのみが唯一の実在物であり、はっきり言えばそれを取り巻く他人や宇宙の森羅万象は、  
ただおのがみの想像の中にのみ存在し、その想像をやめれば一切存在しなくなる、という思想  
を信じてやまない人間の話である。  
 相手が誰であれ、その手の信仰の自由を妨げる資格が俺にあるとはもちろん思っちゃいない  
が、というように風に弁明する必要もなく、そいつは案外常識ってやつを知っていたらしい。  
幸も不幸もあった試しがないとはいえ特に何の風も吹かず義務教育時代を過ごし、文武に両道  
を拓きつつ次第にUFOの類を追いかけなくなったのは高校一年、一人で過ごしたクリスマス  
の夜を境に涼宮ハルヒのあからさまな奇行を見た者はついぞなかった。  
 サンタクロースを知るのと単に絶望するのとではある意味対極的な違いが見られるものであ  
り前者の場合は「救いなどないほうがよい」とされている以上、親の身にでもならない限り理  
解が得られるはずがなく、ようするに救いのない話だ。あいつが最後の抵抗をしているのかさ  
もなくばドン・キホーテを繰り返しているのかは誰に解るはなしでもないのさ。  
 こうやって書き出しておいて、そんなある日――から始まる大風呂敷が古き良き慣わしなの  
かは隣の誰かに任せるとして、だ。  
 
 ある日のこと、涼宮ハルヒは名実ともに唯我論者となった。一週間を出ぬうちに親戚の家屋  
が全焼し、自分は個人情報が駄々漏れ、あげくのはてに自分の前を通らせまいとして一匹の黒  
猫を追いかけて片足を折り、脳震盪の後遺症で右目を失ったのだ。  
 どれだけ情けないのか、ともかくこうまでなって病院のベッドの上に突っ伏しながら、そう  
だ、もう一切に終止符を打とう、とあたしは決心した。  
 透き通るような窓の外をに眺め、星空をにらんで、わたしは消えてなくなれ、と念じた。と、  
それらのものは、もはや存在しなかった。それから、すべての他人よ、消えろ、と念じ、病院  
は、病院としても不思議なくらい、森閑としずまりかえった。次に世界を消すと、あたしのか  
らだは、プランと虚空に浮かんだ。わたしは、同じようにいとも簡単に、自分の肉体を消して、  
いよいよあたし自身を消し去る、最後の仕事にとりかかった。  
 
 なにも変わらない?  
 変だな、とわたしは思った。唯我論にも限界があるのだろうか?  
「そうだ」という、いかにも酒臭そうなダミ声がした。  
「誰? 誰なの!」と、あたしは訊いた。  
「わたしは、今きみが消滅させた宇宙を、創った者だ。きみがわたしのあとを継いでくれたの  
で――」深い吐息が聞こえた。「――わたしもやっと、存在をやめ、一切を忘れて、きみに代  
わってもらうことができるというものだ」  
「じゃあ、何? それは――あたしは、どうやれば存在しなくなれるというの? もう嫌……  
 だから――わたしの目的はそれよ! どうしろっていうの!」  
「ああ、知っているとも」と、声は言った。「きみは、このわたしのやった通りに、しなけれ  
 ばならないのだ。この宇宙を創造しろ。そして、その中のだれかが、きみが信じたのと同じ  
ことを、心から信じ、宇宙を消し去ろうとするまで待つのだ。そうすれば、きみは隠遁して、  
そのあとを継がせることができる。では、さよなら」  
 そして、声は消えた。  
 あたしはひとり、虚空に取り残された。この間のクリスマスよりも、本当に何もないけれど…  
…ここには全部がある! あたしにできることは、一つしかなかった。あたしは、天と地を創造  
した。  
 創造には、七日かかった。  
 
 
「あ、あの……ですね」  
「黙りなさい」  
「記憶が全部フォーマット、ですよ? それに、きみだってあの、世界が嫌になって……」  
「ぐだぐだ言ってないで留守番よ! る・す・ば・ん! そのうち帰ってきたらぱっぱと消して  
あげるから。それに――たかが、人間ごとぎが百年生きるかどうかよ」  
 人間ごときが……でも……  
 
 例の酒臭いおっさんを任意同行で連れ戻して、無理やり管理人を押し付けた。可哀相だけど、  
あたしに逆らう権限はないはずだ。  
 やり直そう、もう一度。  
 
 あたしの、夢の続きを。  
 
 
 
 
 

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