全く行く気がないのにも関わらず、俺の足はいつの間にかSOS団が寄生
している文芸部室におもむいており、放課後の鐘を聞いてから部室棟へ
向かうのはもはや条件反射になりつつある。腹が減ったら飯を食うのと
同じ仕組みだ。部活(団だから団活か)にかける熱意の一割でも勉強に
注げば俺の成績は上がるのではなどと思うかもしれないが、最初から
SOS団に対する熱意などミジンコの目玉ほどもない。それならば何故SOS団に
出席しているのかと問われれば、そんな理由などは存在しないのだ。
強いて言えば、無断欠席をすれば天変地異を起こすほどの力を持つ
俺の後ろの席に鎮座している団長が、怒り狂ったヌーの大群のように
特攻を仕掛けてくるからであり、しかも自分は無傷ですむ特攻だという
まこと厄介な攻撃である。誰だって、回避できる問題をわざわざ起こ
したくはないだろ?それならば、3分間しか戦えないヒーロー程度なら
軽くひねりつぶせるであろう力を持つ団長の怒りを買う前に、放課後の
暇つぶし程度に行っとくか的な最大公約数的な思考でいたほうが、
世界にも俺の心身にも優しいだろう。部室にいけば、愛らしい非公認
ミス北高のメイドさんにも会えるしな。
そんなことを考えながら、部室へ。ノックを忘れない。
「はぁ〜い。」
舌足らずな朝比奈ボイスが聞こえる。いいね、この感じ。何がいいのかは
よくわからんが、不思議と安らかな気持ちになる。顔面筋肉も、体温が移る
まで触りつくしたスライム並みに自然と緩むというものだ。
ドアを開けるとメイドさんが、
「あ、キョン君。今お茶入れますね。」
と、極上の笑顔を振りまきながらかいがいしく奉仕してくれる。俺の精神安定剤だ。
俺が自分の気持ちを華やかな詩のようにまとめ、さわやかに朗読するようにして
可憐な上級生に伝えようとしたとき
「やあ、調子はいかがです?」
テーブルの端っこで一人寂しく詰めチェスをやっていたハンサム野郎が割り込んできやがった。
何でこいつは、いつもタイミングを見計らったように俺の邪魔をするのかね?
今度邪魔したら、賭けマージャンか何かでコテンパンにしてやる。
「あいつが毎日後ろで騒ぐせいで、俺の調子は上がりやしない。」
俺がそう答えると、古泉は何か言おうとしやがったので、無視してパソコンを立ち上げる。
視界の隅に、軽く肩をすくめる二ヤケ面が映った。ムシだ、ムシ。
「はい、キョン君。お茶どうぞ。」
ナイアガラの滝に落っこちたモリアティー教授よりも勢いよく下がっていた俺のテンションは、
そのお方の声と手ずから注いでくれたお茶のおかげで滝底寸前でストップ。怒ると髪が金髪になる
某宇宙人の空とぶスピードよりも速く、宇宙へとすっ飛びそうな勢いで盛り返してきた。
「涼宮さんは?一緒じゃないんですか?」
「あいつは掃除当番ですよ。もうじきくるんじゃないでしょう、」
か、といいたかった俺のセリフは、ドカンと開いたドアによってかき消された。
前にもこんなシーンがあった気がする。しょっちゅうあんな開け方をされて
よく壊れないよな、あのドア。
「遅れてごめーん!」
そういいながら入ってきたのは、我らが団長涼宮ハルヒである。相変わらず
やかましいやつだ。もう少しおしとやかになれんのかね。
「何よキョン。あたしは自分の生き方を変えるつもりはないわ! 大体、そんな
あっさり変えられるような生き方をしているような根性なしに、ひとつの団を
まとめるようなことは不可能なのよ! わかった!?」
全くわからん。お前の言動には一貫性ってものがないからな。頼むから、もう
少しいいたいことをまとめてから口にだしてくれ。
ふん、と大きく鼻を鳴らし、ハルヒはパソコンの置いてある団長机に座って
いる俺を蹴り飛ばし、憤然と着席した。馬鹿力で蹴るな、痛いだろうが。
そんな俺を一睨みで黙殺すると、室内を見渡したハルヒが
「あれ?有希は?」
そういや今日は長門を見ていないな。いつもどおりに部室の隅っこで
立方体みたいな本を読みふけっている姿が見えない。
「長門さんは今日はお休みのようですね。先ほどホームルーム中の
長門さんの教室を通りがかったときに中を見たのですが、長門さんは
いらっしゃいませんでしたよ。」
「有希が休みなんて、珍しいわね。」
そういうと、ハルヒは携帯を取り出しすぐ耳に当てた。長門に電話でも
しているんだろう。
案の定、電話先は長門だったようだ。いくつか言葉を交わした後に、ぷっつり
きりやがった。相変わらず早いな。
「有希、風邪だって。春先であったかくなってきたから、油断したのかしら。なんか、ぐんにゃりした感じだったわ。」
長門が?風邪?腹を一ダースの槍にぶち抜かれ、おまけに横腹と心臓を
貫通されても自分で再生できるあいつのことだ。地球上病原体程度ならば、
一掃できるような気がするが。おまけに電話越しでもわかるぐんにゃりした
感じだと?未知なるウィルスにでも感染したんじゃないのか?
「お見舞いに行こうかっていったんだけど、いいって。大丈夫なのかしらね、
一人暮らしだし。有希はしっかり者だけど、病気だとさすがにねぇ。」
長門が大丈夫だといったんなら大丈夫だろ、多分。
「あんたには、団員を思いやろうという気持ちはないの!?いくら風邪ひいた
だけだっていっても、色々大変かも知れないじゃない! 」
しかしいいといっている奴のもとに見舞いにいくのもどうかと思うが。
「ほんとにあんたって冷たい男ね。あたしの経験から言うと、こういう奴は
将来ろくな大人にならないわ。」
お前にだけは言われたくないせりふの一つだな。大体、お前と俺は同い年だろ。
何でそう自分の方が人生経験豊富のような物言いをするんだ。
「うるさいわよ!あんたが冷たいという事実に変わりはないわ!」
こんな風な押し問答を繰り広げ、結局長門のお見舞いは行かない方向に
決定され、いつもどおりのSOS団の日常を繰り広げた後、集団下校となった。
本を読みつつ黙々と歩く小柄な姿が見えないと、なんとなく寂しい気持ちに
なるのは俺だけかね。
そんな感じで家に着き、よっこいしょと部屋に荷物を放り出すと、突如携帯が
ムームーとバイブしだした。着信元は・・・長門?
「もしもし?」
「・・・・・・」
かけてきたくせに一言も発しない長門。
「あー・・・長門?どうした?なんか用か?」
「・・・・・・来て。」
どこに。
「私の家。」
何故。
「いいから来て。」
電話が切れた。
20秒後、俺はもはや通いなれているマンションへ向けてチャリを
とばしていた。
息を切らせながら、インターフォンをプッシュ。
「・・・・・・」
無言のインターフォン。いい加減、もうなれた。
「俺だ。」
「入って。」
かしゃんとロックが外れ、エレベータに続く道が開ける。
エレベータに乗りながら、俺は考えていた。チャリに乗っているときにも
考えていたのだが、何で長門は俺を呼んだのだ?ハルヒには風邪だといい、
お見舞いも断ったはずなのに。もしかして、またハルヒ絡みでなんかあり、
それの対処に追われて今日は学校を休み、最終的に俺に協力を求めてきた?
「んなあほな。」
大体そんなことで俺を呼んでも意味がない。俺は超能力者でも未来人でもない
のだからな。力が必要とするなら古泉の方を呼ぶだろう。朝比奈さんは・・・
未来人とはいえ、正直俺とどっこいどっこいだから呼ぶかどうかは微妙だが。
そんなことをうだうだ考えていたら、いつのまにかエレベータは七階に到着
していた。長門の部屋へ歩を進める。たいてい俺が行くと長門はドアを開けて
待っていたものだが、今日はドアは開いておらず水子霊のようにこちらをのぞく
小柄な姿も見えなかった。
多少いぶかしがりながらもドア脇のインターフォンをプッシュ。と、5秒後に
俺はドアにぶん殴られていた。外側に開いてきたドアに、思いっきり額をぶつけた。
ドアの近くに立ちすぎたらしい。目の前にお星様が見えた。
俺が漫画チックな星の数を数え終わる前に、長門とばっちり目があった。
「・・・・・・」
ちなみに、この三点リーダは俺のものだ。なぜかって?長門の姿を見りゃわかる。
「入って。」
おでこに熱冷まシートを貼って頬を紅潮させながら靴箱によっかかって
ふらふらしてるパジャマ(ワイシャツみたいに前がボタンでとめられてる、
幾何学模様のやつ)を着ている小柄な女子高生。それが今の長門だ。なんか、
うちの妹が風邪ひいたときと同じような感じだな。って、長門も
風邪ひいてたんだっけ。
よたよたとリビングに向かう長門。こんなに弱々しい長門は初めてだな。
こんなときに不謹慎だが、正直かわいい。だが、別世界の長門とかぶって
しまう感が否めない。ここはいつもの俺たちの世界であってるんだよな?
「あっている。」
そうか、そりゃ良かった。
「お茶を用意する。」
いや、そんな状況で用意しようもんなら、間違いなく急須を落として割りそうだし、
おちゃっぱとワカメを間違えて入れかねんような感じだぞ。お茶なら自分で
用意するから、お前はゆっくりしてろ。
「・・・そう。」
自分でお茶を入れ、長門と俺の分の湯飲みも盆に乗せてリビングに戻る。
ぼんやりとした長門が、テーブルの前に座っていた。
「大丈夫か?」
「・・・だめ。」
・・・正直でいいな。ところで、マジにお前かぜなのか?宇宙的な変体ウイルスに
感染とかじゃなくて?ほら、この間の犬どもに取り付いたやつみたいな。
「地球上の病原体に感染しただけ。」
そうか。ところで、お前の力で病原体を追っ払えなかったのか?朝倉にやられた
ときみたいな、自己回復で。
「通常状態の私なら可能。しかし、病原体が進入しインターフェースの機能が
低下した。情報操作で回復するだけの力がない。」
要するに、治すだけの力が出ないんだな?
「そう。」
風邪ひいたら誰だって力入らないもんな。しかし、朝倉との時はあんだけ
怪我しながら復活しなかったか?
「あなたがいたから。」
・・・・・・えーっと、どういうことだ?
「万が一あの場で他のインターフェースに襲撃を受けた場合、あの状態では
あなたを守ることは不可能だった。そこで、情報統合思念体のサポートを
借りて情報改変を施した。」
風邪ひいただけじゃだめなのか。
「だめ。鍵となるあなたに危険は及ばないから。」
あの時は俺に危機が及んだから長門の親玉の力を借りられたが、今回は風邪ひいた
だけで俺には関係ないから、自分で何とかしろって事らしい。てっきり俺は、
あのときは俺がいたから治せたとか言うのかと思っちまってた。寡黙なのも
悪くないが、誤解を招くような言い方はよしてくれ。変な期待をしてしまうと、
間違ったときの喪失感がなんともいえないから。
「そう。」
まぁそれはいいとして、なんか食ったか?
「何も。」
いつから食ってない。
「昨日の晩から。」
「なんか食うか?作ってやるぞ。俺の作ったもんでよければだが。
おじやとかはどうだ?」
しばし考えた長門は、熱で潤んだ瞳で
「お願い。」
っつーわけで、一時間三十分後のリビング。長門の台所を拝借し、俺は何とか
おじやを完成させた。長門ん家にはろくな食材がなく、米とレトルトとキャベツ
5玉しかなかった。そのレトルト食品も、カレーだのシチューだのハンバーグだのと
どう考えても病人が食うようなものではなく、だからといって米とキャベツの
おじやなんてもので済ませる気も毛頭ない。よって近所のスーパーへ買出しに
行かねばならず、ついてこようとした長門を止めるのに必死こいた。置いていくのも
どうかと思ったが、こんな状態の長門を連れて行ったらスーパーどころか玄関出て三歩で
倒れかねず、仕方なく俺が帰るまではじっとしているようにといいダッシュで
目的地へと向かった。15分程度で具財を買いそろえ、ついでにゼリーとかも
買ってやり、首尾よく帰還。
なんか初々しい新婚さんに見えないこともないなとか思い一人にやけつつ、
台所でおじやをつくり、手伝おうと包丁を握り締めた長門を制止し、俺と朝比奈さんが
三年を過ごした和室に布団を敷いて寝っころがらせて、おとなしくしているようにと
言い聞かせた。布団に入った熱っぽい長門を見て一瞬一緒に布団に入り込みそうになったが、
台所で俺を待っているおじやで頭をいっぱいにし、理性を失わずにすんだ。
「味はどうだ?薄かったりしないか?」
「美味しい。」
うちの家族は、誰かが風邪を引くと俺以外の人間にあっという間に伝染するという
謎の性質を持っており、そのため看病するのは必然的に俺ということになり、
そのため病人の扱いとかおじやを作るのには慣れているのだ。そういう意味では、
長門の人選は間違っているとは言いがたいが、はたして自分で言っていいせりふなのかね
これは。
「そういや、ハルヒの時にはお見舞いを断ったのに、何で俺を呼んだんだ?」
至極もっともな俺の疑問に対して、長門は
「涼宮ハルヒにこられても、疲労が増す割合の方が多い。」
冬合宿を思い返せば、確かにそうかもな。
「それに」
とおじやを食いながら長門は続ける。
「私はあなたに来て欲しいと感じた。」
・・・・・・はい?
「私の知っている言葉を当てはめるとするならば、私はあなたに
甘えたいと感じた。」
・・・・・・えーっと、おじやはうまいか?
「美味しい。」
そうか。俺の分も食うか?
「大丈夫。」
で、お前は俺に何したいって?
「甘えたい。」
・・・・・・ハルヒや古泉や朝比奈さんじゃなくて?俺に?何故?
「わからない。でも、私はあなたがいい。」
「・・・そうか。」
「嫌?」
そんな訳ない。前にも言っただろ?俺はお前の願いを無下にするぐらいなら、
イスカンダルまで放射能除去装置を取りに行けという指令の方を選ぶ。
で、まず何をして欲しい?言っておくが、あんまり突拍子もないものは
ごめんだぞ。
「体を拭いて欲しい。」
いきなりかよ。思わずおじやにむせる俺。そんな俺を不思議そうに眺める
長門。そんなことをすれば健全な青少年の理性が決壊するのはお日様が
東から昇るよりも当たり前のことであり、俺は健全な青少年である。
「最大限譲歩して、お前の手の届かないところだけでいいか?」
「力が入らない。全身を拭いてくれることを望む。」
・・・・・・。
「風呂場で私の体を流してくれるだけでいい。」
・・・・・・わかったよ。だが、俺は服を脱がないぞ。どうなるかわかりや
しないからな。
で、今はその風呂場である。ふらつく長門は服を脱いで俺の前にちょこんと
座っており、俺は襲い掛かりそうな衝動を必死で制動していた。それにしても、
と長門の背中を見ながら思う。長門は色白いな。細いし。
さて、最初に頭からシャワーでお湯をかけて汗を落としてやる。頭から順に
洗ってやるか。目ぇつぶってろよ、しみるから。
「・・・・・・。」
体と同じで細い髪を丁寧に洗ってやる。
「かゆいとこないか?」
「平気。」
だから目を開けるなって。シャンプー入っちまったじゃないか。
「・・・・・・痛い。」
言わんこっちゃない。今洗い流してやるからな。頭についた泡と一緒に、
長門の顔や目に入った洗髪剤を流す。大丈夫か?
「・・・・・・大丈夫。」
顔を洗ったほうがいいよな。けど、どうやってだ?
「普通に後ろから。」
いや、前に回るつもりはこれっぽっちもないが。とりあえず洗顔剤を手にとり、
長門の顔をゆっくりなでるように洗ってやる。しかしこいつがちゃんとシャンプーやリンス、
ボディーソープ以外に洗顔剤を持っていたのは驚きだ。てっきり石鹸で
全部済ませているかと思ったが。
「前はそうだった。」
じゃなんで今はワンセット揃ってるんだ?
「朝倉涼子が、以前来たときに買い揃えてくれた。」
そうか。えらい前の話だな。それ以来、自分で買い揃えているのか。
「そう。」
・・・・・・だから、目を開けるなって。
「・・・・・・痛い。」
さて・・・一番の懸案事項に差し掛かった。体を洗えといわれたが、俺は背中以外に
触れる気は無く、なぜなら理性が吹き飛ぶであろうことを自覚しているからだ。
なぁ長門、背中だけじゃだめか?
「全部。」
・・・・・・そうか。仕方ない。大体、俺は服を着ているんだから間違いなど
おきるはずが無いだろう。そうだ、そうに違いない。覚悟を決めろ、俺。
「んじゃいくぞ。」
なんかこんな言い方だぞ今からヤルみたいだな、などと考え、そんなことを
思った自分に自己嫌悪。
「来て。」
誤解を招く言い方はよせって。
俺は長門の白い首に泡を含んだスポンジを当てた。丁寧に洗っていく。
「くすぐったい。」
我慢しろ。こっちは必死なんだから。
鎖骨のあたりから、ゆっくり腕を洗っていく。それにしても細いな。
二の腕も手で一周つかめるぞ。長門のすべすべした肌をつかんでいると
いよいよ理性が崩壊しそうなので、次に背中を洗いにかかる。小さな
背中なので、案外あっさり終わった。そして脇腹。
「くすぐったい。」
またかよ。我慢してくれ、頼むから。
「長門、せめて前は自分でやってくれないか?」
「無理。」
一刀両断された。もうどうなっても知らんからな。
長門のあまり大きくないが形のいい胸にスポンジを当てる。先っぽから
ふくらみをゆっくり丁寧に洗っていく。スポンジごしに感じる感触に、
理性がそろそろ限界だ。
「・・・・・・」
長門は何も言わないが、手がぴくっとした。何を感じたのか聞いてみたい気もするが、
ここでその答えを聞くとあっさり理性が限界突破することは間違いなく、
万が一そんなことになっちまったらそれはそれで喜ぶべきことなのだろうが、
そんなことがあったあとの俺は間違いなく長門を意識しちまうだろうし、
そうなれば不必要なくらい勘のいい団長にばれるのは時間の問題になるで
あろうことは規定事項である。そうなりゃとびっきりの罰ゲームどころか
いつぞやの中河作成ラブレターのように窓からぽいっと俺が捨てられることは
間違いなく、俺はまだ辞世の句を用意していないので死ぬわけにはいかない。だからここで長門に襲い掛かることはなんとしても食い止めねばならない。がんばれ、理性の俺。
そんなくだらないことを考えながらだったせいか、俺はひたすら胸だけを
洗っていた。はたからみりゃただの変態だ。
「あー・・・」
すまん長門、と言おうとしたが、そんなことを言えばわざとやったみたい
なので、俺は言葉を飲み込んだ。
「・・・・・・」
長門が妙にボーっとして熱っぽいのは、はたして風邪気味だからだけで
すませていいのかね。
とにもかくにも、胸から腹にスポンジを移動させ、後ろから洗ってやる。
ほんと細いな。あんだけ食うのに。
「なぁ長門、せめてその・・・下は自分で洗ってくれないか?さすがにそこは、な。」
「・・・・・・」
無言のプレッシャー。ここで負けるな俺!!
「頼むから、勘弁してくれ。」
「・・・・・・了解した。」
しぶしぶ、と言った感じで長門は自分の下腹部を洗い始めた。後ろから見てると、
自慰行為みたいでちょっとエッチぃ・・・て、落ち着け俺。
「・・・・・・濡れてる。」
お湯のせいだ。そう思い、聞き流せ俺。
「後ろも自分でやってくれ。」
「・・・・・・」
頼む。
「・・・・・・」
これまたしぶしぶと自分で洗う長門。っていうか、ほんとは自分で
全部洗えたんじゃないか?
「そんなことない。」
さいですか。
「足はやって。」
いまさらかよ。
「やって。」
「・・・・・・わかったよ。」
今日何度目かの溜め息をつきながら、俺はスポンジを受け取った。
長門の秘所をあらったスポンジを無造作に渡され、再び理性が
消し飛びそうになる。最後だ、がんばれ俺。
しかし長門の足はきれいだ。こういうのを美脚って言うんだろうな。
白いし細いし。足裏も洗ってやる。
「・・・・・・くすぐったい。」
またか。案外長門ってくすぐりに弱いのか?
そんなこんなで、なんとか洗い終えた。全身の泡を落としてやる。もちろん
前は見ていない。見るわけが無い。えらいな俺。
また頭からシャワーでお湯をかけてやる。リンスとかもやったほうが
いいのだろうか。
「やって。」
よくやり方はわからんが、適当に髪を癒してやる。俺は普段自分の髪を
いたわったりはしないから、本当に適当だ。こんなんでいいのか?
「いい。」
そうか。
「・・・・・・痛い。」
だから目を開けるなって。
さて、風呂をあがって(体をふかさせられたことは内緒だ)再びリビングに
戻る俺と長門。長門はすでに歯磨きもして、水分も取り、あとは寝るだけって
感じだ。
「・・・・・・」
・・・まだなんかあんのか?
「私が寝るまでここにいて。」
何故?なんて聞きはしない。風邪ひいたときなんて、誰だって不安なもんだ。
違うか?
「いいぞ。」
布団に長門を連れて行き、寝っころがったところに布団をかけてやる。
「手を。」
つなげと?
「そう。」
わかったよ。ほれ。
「・・・・・・」
俺の手を大事そうに、しかしやんわりと抱いたまま、長門は静かに
目を閉じた。ほどなくして、かすかな寝息が聞こえ始める。
「・・・・・・かわいいな。」
思わず口に出してしまうほど、長門の寝顔はかわいかった。
「ちゃんと風邪治して、明日は学校来いよ。」
隅っこで本読んでるお前がいないと、なにやら落ち着かないからな。
じゃあな、とゆっくり長門の手をほどき、布団をかけなおしてやる。
いい夢を見て、そんで元気になって明日会おうな。
電気を消し、長門から借りた鍵で部屋を施錠して、俺はエレベータに
向かった。さて、家族にはなんて言い訳しようかね?
五日後―――。
あの日から毎日夜は長門の部屋に行き、看病してやった。土曜はSOS団の
町内不思議探しの旅があったので、それが終わってからすぐに向かい、
日曜は朝から部屋にいっていた。まぁ、大体最初の日と同じ感じだ。
そして、今日は文芸部室に真の文芸部員が帰った来た日だ。部室に長門の
姿を見つけた瞬間、ハルヒは十年ぶりに再会した恋人にするみたいに、
思いっきり長門に抱きついたらしい。その現場を俺は見逃していた。
今日は俺が掃除当番だったからな。
ハルヒは長門のお見舞いに何度か行こうとしたらしいが、毎回断られたらしい。
そんなに嫌か、あいつが来るのは。
「よう、治ったか。良かったな。」
そういいながら入ってきた俺に長門は
「・・・・・・・」
とうなずきながら近づいてきた。なんだなんだ。
「昨日までのお礼。」
そうして頬に感じた感触は、おそらくというか絶対というか、まぁあれか、
ほっぺにチューというやつだったのか、今のは。
俺は凍り付いている団員全員になんて言い訳しようか、と考え、
全く思いつかないので長門に助けを求めようとしたが、小柄な宇宙人は
我関せずと読書に戻っちまった。
さて、この状況をどう打開すればいいのか、誰か教えてくれ。
終わり