『皆さん、お昼休みはいかがお過ごしでしょうか?  
 わたし、生徒会書記の喜緑江美里と申します。どうぞよろしくお願いします。  
 前回は機械の復旧が間に合わず、お休みしてしまいまして誠に申し訳ありません。  
 1週間ぶりの放送で、わたし少し緊張していますが、どうかご容赦のほどを』  
 
前回、海外逃亡した女生徒とレズ修羅場を演じたあげくに突然の機械不調によって強制終了した校内放送。  
どうも、喜緑さんは前回の放送そのものを完全になかったことにする腹積もりらしい。  
さりげなく生徒会に入り込んだのと同じ手口で、さりげなく北高関係者の記憶を曖昧にしていた。  
そして今回の前口上で、なんとなく聞いている人間が『あ、前回ってお休みだったんだ』と、勘違いするように仕向けることにまんまと成功、というわけだ。  
そんな手間のかかることをするくらいなら、素直に放送そのものを打ち切ってしまえばいいものを、喜緑さんはなんでまたこの校内放送に拘ってるんだろうね…  
長門の読書に対抗して、この校内放送を自分の趣味にしようと画策してるんだろうか?  
 
 
『さて、今回の放送ではちょっと初心を思い出してみようかと思います。  
 そもそもこの校内放送は、生徒会と生徒との間にある距離を縮めようと、その一環として企画されたものでした。  
 で、あるならば、まず最初に呼ぶべきはこの方だったのかもしれません。  
 それではお呼びいたしましょう。本校の生徒会長です』  
『ああ。毎回、ご苦労だね。喜緑くん』  
 
前回、前々回と、暴走に暴走を重ねてきたのに流石に懲りたんだろうな。今回のゲストの人選は考えうる中で最も無難なものだと言えよう。  
バックに機関が付いてるとはいえ所詮はただの人間にすぎない生徒会長。放送室を破壊するような無茶は出来まい。  
喜緑さんの正体にも気付いていないだろうから、その意味でも暴走の抑止力となりえるしな。  
まあ、面白い話は聞けないだろうが、校内放送としては妥当な平々凡々としたトークが展開されるんだろう。  
「あれ?今回あたり朝比奈さんが呼ばれると思ってたのに、残念だなぁ」  
と、これは国木田の言だ。  
国木田の予想は、少しでもSOS団を知る者であれば、誰しもが頭に浮かべる共通見解だろう。  
俺自身もこの校内放送があと何回か存続すれば、必ず朝比奈さんがゲストとなる回があるであろうと確信している。  
あのクレマチスよりも繊細な心の持ち主である朝比奈さんが喜緑さんと2人きりで対談なんてことになった日には、どれだけの心的外傷を負うことか予想も出来ない。  
俺も今から慰めの言葉を何パターンか考えておくべきか。  
 
 
『こんなことを言ってしまうと手前味噌になってしまうんですが、今期の生徒会の支持率は前とは比べ物にならないほどの高さですね。  
 特にここ2週間ほどで生徒会に対する関心が著しく高まっているとのアンケート結果が放送部から届けられています。  
 これは、どうお思いですか?』  
『支持率などという客観に対し、思うところなどなにもないな。  
 結果を出した人間が一定の評価を受けるのは当然のことだ。それ自体にはなんの価値はない。  
 私が求めているのは他者からの評価ではなく、確固たる成果に他ならないのだからな』  
 
相変わらずいけすかない口調の演技がうまいな、この会長さんは。  
よくもまあ、思ってもいない小難しいことをここまでペラペラと喋れるもんだ。感心するね。  
「なんだぁ? 今日の放送はやけに地味だな。はっきり言ってつまんねぇぞ」  
谷口が贅沢かつもっともな感想を述べている。  
仕方ないだろ。そう毎度毎度エンターテイメント性に特化した校内放送を用意できるわけもない。  
作り手も聞き手もお互い疲れちまうことだろう。  
さらに言うなら、谷口のような一般人にとって愉快な内容の校内放送を敢行すると、どういうわけかかなりの高確率でこの俺が騒動に巻き込まれてしまうことになっているからな。  
なんの変哲も無い回というのもないと、俺の精神なり肉体なりが先に音を上げるだろう。  
おまえだって俺が精神疲労のあまりに寝込んでしまい、ハルヒを野放しにするようなことになっちまったら困るだろう?  
 
 
『支持率の高さを反映してか、質問のほうも多数いただいております。  
 生徒会全体に関わるようなものは定例会議の方にまわすといたしまして、今回は特に会長個人に対する質問をいくつか取り上げてみました』  
『よかろう。言ってみたまえ』  
『では最初の質問です。  
 ペンネーム【にょろにょろめがっさ】さんからのご質問。  
 キミッ、近くだとタバコくさいよっ。どういうことなのかなっ? だそうです』  
 
生徒会の広報活動の一環、といった内容だった今回の放送、その雲行きがにわかに怪しくなってきた。  
ペンネーム、口調、ともにその主が鶴屋さんであることを如実に語っている。  
あの鋭いお方は会長が喫煙家であることを見抜いているようだ。  
さて、あの会長、どうやってこのピンチを乗り切るのかね。  
 
『ああ、会長の傍にいると感じる質の悪いスモークチーズのような異臭は煙草の匂いだったんですね』  
『キミ……そんなことを考えていたのかね?』  
『考えていました』  
『う……』  
 
喜緑さん、身内にも容赦がないな……  
あの人に限っては、この受け答えが天然のなせる技、なんてことは100%ないだろう。  
 
『………  
 質問にはすべて答えなければならないのか?』  
『今回の趣旨は生徒会と生徒との距離を埋めることですから、会長が隠し事をするなんてもってのほかです。  
 どうかご理解ください』  
『………  
 生徒会長という立場上、一般生徒に比べて教師や事務員と接する機会が多い。  
 必然として、喫煙者と話す際に、制服に煙の匂いが染み付いてしまっているのだろう』  
 
ほう、とっさに思いついたにしてはもっともらしい言い逃れだな。  
 
『なるほど、そういうことなんですね。  
 こんな、制服をゴミ焼却炉の中に3時間ほど放置したような異臭が付着してしまうなんて、生徒会長という職務は本当に大変なんですね』  
『喜緑くん……他意はないんだろうね』  
『他意ってなんのことでしょう?  
 そうだ、生徒会予算で消臭スプレーを購入しましょうか? 会長の任期中に何百本必要になるのか、今度計算してみますね』  
『結構だ!』  
『そうですか、いいアイディアだと思ったんですが。  
 【にょろにょろめがっさ】さん、いかがでしたでしょうか、会長の答えは? 一応そういうことだそうです』  
『………喜緑くん、本当に他意はないんだろうね』  
『会長がなにを仰っているのか、わたしにはまったくわかりません』  
『………そうか。続けたまえ』  
 
ひょっとして喜緑さんは生徒会長のことが嫌いなのか?  
いや…あの人が、人を嫌う、なんて感情を持ってるわけないか。  
 
 
『次は本名OK、涼宮ハルヒさんからの質問です』  
『あの女か…』  
『読みますね。  
 アンタさぁ、その悪趣味な眼鏡、何処で買ったワケ? 店員に止めらんなかったの? 在庫整理の売れ残りでも押し付けられたんじゃないの?』  
『………喜緑くん』  
『ちゃんと答えてくださいね。本音で語り合うことこそが、生徒会と生徒の距離を縮めることにつながるんですから。  
 その悪趣味な眼鏡はどこで購入したものなんです?』  
『キミまで悪趣味だと思っているのか!』  
『先程まではなんとも思っていませんでした。  
 涼宮さんの質問を見て、ああそうか会長の眼鏡は悪趣味なんだ、という具合にたった今学習いたしました』  
『そんな不必要な学習成果はただちに抹消したまえ!』  
『会長、人間の記憶はそんなに都合良く消したり出来ませんよ』  
 
はい、今のセリフを言ったのは、前回の放送そのものをなかったかのようにリスナーの記憶を改竄した宇宙人、喜緑江美里さんです。  
 
『………  
 この眼鏡は貰い物だ。よって購入した店など知らん』  
『わざわざ悪趣味な眼鏡を譲渡されるなんて、まさか会長はいじめられてるんじゃ…』  
『私は今、キミにいじめられているっ!』  
 
なんつうか、この2人の会話にはアレが欲しいな。  
海外のホームドラマなんかで使われる、観客の笑い声っぽいSEが。  
 
 
『3つ目の質問は……  
 あら、これも【にょろにょろめがっさ】さんからです。  
 きっと会長に興味津々なんですね。人気のある証拠ですよ、会長』  
『さっきも言った通り、私は他人の目など気にしていないからな、そのような事で一喜一憂などしない。  
 気を遣った発言などしなくてもいい、喜緑くん』  
『そう言いながらも、顔が少しほころんでますよ。会長もやっぱり人の子ですね。  
 ではいきます。  
 今の生徒会の支持率の高さって、ほとんど江美里人気の賜物だよねっ。いつ、会長交代すんのっ?』  
 
HAHAHAHAHA  
ちょっと自分の頭の中で例の気持ちのこもっていない笑い声を思い浮かべてみたが、やはりしっくりとくる。  
一度持ち上げておいてから、叩き落す。  
喜緑さんのリードによって生み出される2人の連携は見事なお笑い的掛け合いとなっていた。  
 
『喜緑くん……  
 先程までの会話の流れは、このオチのための前フリか?』  
『オチとかフリとか、一体なんのことですか? そういった専門用語は分かりかねます』  
『………』  
 
今、苦虫を噛み潰す際に発生する歯軋りの音が聴こえたような気がしたのは、俺の気のせいではあるまい。  
 
『心配しなくても、わたしは会長職を簒奪するつもりなんて毛頭ありませんよ』  
『……本当かね』  
『はい。わたし、今の会長のような矢面に立つポジションは苦手ですから』  
『もう少し、言葉を選びたまえ…』  
『それに会長になるとその悪臭が身に付いてしまうんでしょう? 一人の女性として、それは絶対に避けたいです』  
『いい加減、匂いのことは忘れろっ!』  
 
会長、興奮し過ぎで、地が出てるぞ。  
「生徒会ってもっとお堅いところなのかと思ってたけど、なんだか面白そうなところだね」  
国木田の感想が、この放送を聞いている人間の平均的なものであるなら、図らずも『生徒と生徒会の距離を縮める』という目的は果たされていることになる。よかったじゃないか。  
俺は完全に他人事な気楽さで、そう思った。  
 
 
『楽しい時間は経過するのが早いですね。いよいよ最後の質問です』  
『楽しかったのはキミだけだろう……』  
『ペンネーム【微笑みの貴公子】さんからの質問』  
『無視か…』  
『会長は男性同士の交際は容認派ですか? だそうですが』  
『喜緑くん…その質問は毎回きているようだが、見て見ぬふりをするわけにはいかないのか?』  
『会長、何事にも様式美というものは必要だと思うんです』  
 
古泉の質問を、冬至に南瓜食うのと同じみたいに語らないでくれ…  
 
『さあ、会長。お答えをお願いします』  
『くだらないな。同性同士の交際などという非生産的な関係、熟考に値するものですらない。  
 そのような些末事をわざわざ私の耳に』  
『会長、会長。これ』  
 
『パサッ』  
 
なにやら紙をめくる音がしたな。  
喜緑さんが手元の紙をめくった音だろう。  
そして、それを引き金として、会長の態度が激変を見せた。  
 
『………  
 し、しかし、個人の趣味を一方的に否定するというのも生徒会長の態度として不適切ではあるなっ!  
 他者に迷惑をかけないレベルであるならっ、自由にしてもらっていいのではないかなっ!』  
『流石は会長。寛大なお心をお持ちですね。  
 あら、すごい脂汗ですよ。四六の蝦蟇の物真似ですか?』  
『き、気にしないでくれたまえっ』  
『わかりました。気にしないようにいたします。  
 というわけで、いかがだったでしょうか、今回の放送は。  
 卒倒するんじゃないかと思うほど青くなってしまうなんて、生徒会長というのは本当に大変な激務なんですね。  
 もしよろしければねぎらいのお言葉などを生徒会宛の投書箱に入れていただければ、会長もおおいに励まされると思います。  
 では、また次回この時間にお会いしましょう。さようなら』  
 
おい【微笑みの貴公子】、お前2枚目にどんな脅しを書いてたんだ…  
 

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