『皆さん、お昼休みはいかがお過ごしでしょうか?
わたし、生徒会書記の喜緑江美里と申します。どうぞよろしくお願いします。
前回は機械トラブルのために放送事故を起こしてしまい、誠に申し訳ありませんでした。
これを反省材料といたしまして、今後はよりよい放送を皆さんにお届けすべく邁進していきますので、ご期待ください』
前回、放送室を異空間化したあげくに徹底的に破壊して終わった校内放送。
しかし、それが問題になるわけでもなく、無事に第3回目が放送されているわけだ。
長門によれば、放送室の復旧は喜緑さんと2人がかりでも1時間はかかったそうで、あの後の2人の姉妹喧嘩の激しさが嫌でもうかがい知れる。
にもかかわらず長門も喜緑さんも、以前とまったく変わった様子がないんだからおかしなものだ。
この2人、仲がいいんだか悪いんだか、全然わからんな…
『さて、この放送では毎回ゲストさんを放送室にお招きしてるんですが、今回は残念ながらご本人をお招きすることは出来ませんでした。
しかしご安心ください。
電話が繋がっていますので放送にはなんの支障もございません。
皆さん、いつもどおりに気楽にお聞きになってください』
電話はOKなのに、放送室には来られないゲストってのは一体何者だ?
弁当食いながら俺は喜緑さんの発する言葉を注意深く反芻する。
もしかしたら俺はこの校内放送の一番熱心なリスナーなんじゃなかろうか?
『そちらは夜も遅いでしょうに、申し訳ありませんね。朝倉さん』
『気にしないでください。久々に北高の空気を感じられて嬉しいです。
1年5組のみんな、ひさしぶり。
5月に転校した朝倉涼子だよ。覚えてる?』
俺は食いかけの弁当なんぞほっぽりだして、放送室へと直行した!
「ゲッ!キョン!俺の頭に当たったぞ!謝ってけ」
当然谷口なんぞのことは無視した。
「あら、そんなに慌ててどうしました?」
放送室へと全速力で向かっている俺を、その直前の廊下で待ち構えていたのは、誰あろう喜緑さん。
ならば放送室は無人のはずなのに、校内には変わらず喜緑さんの声がスピーカーを通して響き渡っている。
朝倉の声も同様だ。
なにやら喜緑さんの声となごやかな会話をしているようだが、白々しくって聞く気にもなれない。
「あの朝倉はなんなんです?」
「わたしの腹話術です」
こともなげに言った。
俺も別段驚いたりしない。
朝倉にとんでもない手段で殺されそうになった経験の持ち主である俺だ。
長門の同類宇宙人の万能っぷりは身に沁みてわかっている。
喜緑さんならきっと地球の裏側にいながらにして、全校生徒の代理を務めるぐらいのことはやってのけるだろう。
「こういう悪趣味なことは出来るだけ控えてもらえませんかね」
「あなたには不快な思いをさせてしまい、本当にすみません。
涼宮さん、長門さんという個性的な方をゲストに迎え、次のゲストにはそれに匹敵するインパクトが求められていましたから」
なまじ大作をヒットさせてしまい、以降の作品の開発費を雪だるま式に吊り上げざるをえなくなってしまったゲームメーカーみたいなことを言われても…
『さて、本日最後の質問ですが』
『はいはい』
『皆さん、やはり朝倉さんの転校の理由が気になっていると思うんですが』
スピーカーからは相変わらず、本人達不在で会話が続行されている。
これがどれだけ馬鹿らしいことなのか、この放送を聞いている人間の中でそれを認識できているのはごくわずかだろう。
『それを喜緑先輩が訊くのは、残酷です…』
『そうですね。でも、仰ってください…』
『じつはあたしが転校した本当の理由は、喜緑先輩に振られてしまった失恋のショックを吹っ切るために』
「随分と奇抜な設定を用意したんですね」
レズ設定? しかもお相手が自分自身とは…
「………まさか」
喜緑さんは慌てた様子で自分の背後、放送室のドアを開けた。
するとそこには
「ごめんなさい、朝倉さん。確かにわたしは女の子が好きです。
でも、もっと小さな子しか愛せないんです。
朝倉さんは育ちすぎなんです」
『わかって、わかってるんです。でも、でも…ううっ』
喜緑さんと朝倉、2人分の声色を使い分けている長門が座っていた。
器用にも、朝倉の声を出すときには電話越しであることを示すノイズを織り交ぜている芸達者ぶりだ。
「長門さん。どうやってここに入ったんです? 進入コードは長門さんでは解析できないようにしておいたはずなんですが」
「放送室を修復した際、わたし専用のトンネルを構成情報に組み込んでおいた」
そう会話を続ける最中であっても
『泣かないでください。愛って残酷なものなんです。趣味を押し殺して朝倉さんの告白を受け入れても、きっとお互い不幸にしかなりません。
わたしを恨んで悲しみが癒えるのなら、いくらでも恨んでください』
『ううっ…つらいです。やっと同じ趣味の人とめぐり合えたとおもったのに…
いっそ本当に恨むことができたら、どれだけ良かったか…
でも、先輩は優しすぎるんです…』
本人とはまったく無関係な校内放送は絶賛続行中だ。
なんなんだ、この状況は…
「あの、いい加減、この放送やめてくれません?
そろそろわたしの評判に致命的なダメージが予測できるところまできているんですが…」
「………」
長門にはとりたてて目立った反応は見られない。
「長門さん?」
「………」
「すみません。ちょっと外に出ててもらえます?」
「……すぐ終わる」
俺は2人に廊下に出るように言われてしまった。
あー、そっか。また、やるつもりなわけね…
「2人とも、ほどほどにな」
「はい」
「心配ない」
俺が放送室のドアを閉めた瞬間、前回と同じように校内放送はザーッというノイズにとって変わった。