『皆さん、お昼休みはいかがお過ごしでしょうか?
ご好評につき、めでたくこの放送も第2回を迎えることができました。
わたし、生徒会書記の喜緑江美里と申します。どうぞよろしくお願いします』
前回、最終的に俺を八大地獄に叩き落して終わった校内放送。
だが、その他の生徒にとってはわりと好感を持って受け入れられたようで、打ち切りになることもなく、今日も喜緑さんの声がスピーカーから流れていた。
頼むから今回は俺に被害の及ぶようなゲストを呼ばないでもらいたいもんだ。
『さて、皆さん。
我が校に部員が一人しかいない部活動があることをご存知でしょうか?
その部活はたったひとりの1年生部員の頑張りによって、なんとか廃部の憂き目を逃れています。
そういったわけで、今回のゲストはその健気な1年生さんです。
文芸部、長門有希さん。どうぞ』
「なにーっ!?」
「またかい、キョン? 最近、この時間になるとよく叫ぶねぇ」
国木田よ。俺だって叫びたくって叫んでるわけじゃない。
本当は優雅に茶の香りを堪能するような心静かな昼休みを過ごしたいんだ。だが、そんな夢のようなひとときは誰もプレゼントしてくれやしないんだ。
どこに届出を出せばこの状況は改善されるんだ?
『長門さん、こんにちは』
『………』
『………
分からないでしょうが、今、長門さんは無言で会釈をしてくださいました。
長門さんとっても無口な方なんですね。決して機嫌が悪いとか、そういったことではないので、ご理解のほどを』
無口なのはわかってるんだから、音しか伝わらない校内放送に呼ぶなよ。
にしても、大丈夫なのか、長門は?
自分の監視係と1対1だなんてな。うっかりとんでもない間違いが起こらなけりゃいいんだが。
せめて校内放送にふさわしい、おとなしめの質問が用意されていることを祈ろう。
『さて、では早速ひとつめの質問にいきましょう』
『………』
『前回のゲスト、涼宮ハルヒさんからのご質問です』
ハルヒが長門に質問か。一体なにを訊くつもりなんだ?
『有希ってば結局、なんで眼鏡やめちゃったの? だそうです。
長門さんはもともと眼鏡をしてらしたんですね。どうしてやめてしまったんですか?』
『………
彼に眼鏡属性がなかったから』
「長門…」
勘弁してくれ…
これを聞いたハルヒがどんな頓珍漢な行動に出るのか想像もつかん…
『あら、とても可愛らしい理由ですね』
『………』
『ちなみにその、彼、というのはどなたのことなんでしょう?』
『それは質問内容に含まれていない』
『そうですね。すみません。
こんなことを答えてしまうのは、とても恥ずかしいですよね』
『………』
なぜだろう? 見えているわけでもないのに、二人の間の空間が不穏な空気で満ちている気がしてしまう。
まるでピンチシーン続出なアクション映画でも鑑賞しているようなハラハラ気分だ。
とにかく無事に10分間を乗り切ってくれよ、長門…
『どんどんいきましょう。
続いてはペンネーム【ディエス・イラエ】さんからの質問です』
ディエス・イラエ?
なんか、どっかで聞いたことのあるような、それともただの気のせいのような、奥歯に魚の小骨が挟まったような微妙な不快感を抱かせる単語だ。
んー?思い出せん…
『キミはそれだけの能力を持っていながら、どうして文芸部になんて所属してるんだい?
正直、宝の持ち腐れだと思うんだが…
とのことらしいです。
いかがでしょう? 長門さん』
あー、喜緑さんが再現した口調で思い出したよ。
コンピ研の部長氏じゃないか。ディエスなんたらってのはたしか、ゲーム勝負のときの艦隊名だっけか?
まあ、あの部長氏にとってみれば長門が文芸部にいるのなんて、フォーミュラカーが京都観光に使用されるのを見るぐらいの場違いっぷりだろう。
『どうして長門さんは文芸部にいるんですか?』
『………
彼が文芸部室で待っているよう、指示したから』
長門…あまり不穏当なことを言わんでくれ…
『あらあら、お熱いですね。
その、彼、というのも先ほどの眼鏡属性のない彼と同一人物なんですね?』
『それは質問内容に含まれていない』
『そうですね。すみません。
長門さんはとても照れ屋さんですものね』
『………』
なぜだろう? 見えているわけでもないのに、二人の視線がぶつかる空間で火花が散っている気がしてしまう。
地球の平和のためにも宇宙人同士は仲良くやってもらいたいんだが…
『さて、次は【微笑みの淑女】さんからの質問です。
彼、って一体誰のことですか?』
「そりゃ、あんた自身の質問でしょうがーっ!」
「キョン、本当にこの時間は絶好調だね」
『嘘。
次の用紙には【微笑みの貴公子】からの質問、長門さんは男性同士の交際は容認派ですか? が記載されていたはず』
古泉、おまえ懲りてなかったのか…
それはともかく、質問を書きとめた用紙の内容が変更された?
いや…おそらく用紙の構成が喜緑さんによって改変されたのか…
『裏返しだったのに長門さんに確認が出来るわけがないじゃないですか。
3枚目はもともとこの質問でしたよ』
『生徒の模範であるべき生徒会役員が虚言をもって他者と接するのは推奨される行為ではない。
健全な生徒社会の構築のためにも、その質問は撤回すべき』
『いいじゃないですか。そんなに嫌がらなくても。
この放送を聞いている方達も、きっと長門さんの想い人が誰なのか、気になっていると思いますよ』
『わたしの動向を注視している人間はごくわずか。
不完全な情報の提示による精神の変調も短期間で回復するはず。
問題ない』
『本当に長門さんは恥ずかしがりやさんですね。
いっそわたしが言ってしまいましょうか?』
次の瞬間、スピーカーからは耳をつんざくような騒音が鳴り響き、放送機器になんらかのトラブルが発生したことをリスナーに感じさせた。
おいおい、なにをやらかしたんだ、2人とも…