「サイレント・シグナル」
季節はだんだんと寒くなってきても、SOS団の連中は文芸部室に集まる。しかし今日は特に何かをするわけでもなく、と言ってもいつものことのようなものだが、
ハルヒはネットサーフィン、長門は読書、朝比奈さんはせっせとお茶汲み、そして俺と古泉はオセロをしていた。
オセロを始めて、どれくらい経っただろうか。俺は視線を感じた。その視線は長門のものだった。
「・・・」
長門は顔は本に向けたまま目だけをこちらに向け、じっと俺を見ている。どうしたんだろうと思って声をかけようとすると、長門は目線を元に戻した。
「・・・?」
よく分からないが、古泉とのオセロに戻ることにした。
ややあって、再びさっきと同じように長門の視線にさらされた。俺が声をかけようとすると長門は目線をはずす。
「どうしましたか?」
俺のオセロのペースがたびたび落ちるのが気になったのか、古泉が訊ねてきた。勘違いするな。別におまえに苦戦してるわけじゃない。
「いや、何でも。」
その後も、俺が長門の視線にさらされ、声をかけようとすると長門に視線を外されるというパターンが少なくとも20分は続いた。
ガタンッ!!
突然けたたましい音とともにハルヒが椅子から立ち上がり、
「帰る!」
一言発するや、ドスドスと部室から出て行ってしまった。カバンを持って行ったから、本当に帰ってしまったようだ。
「涼宮さん、どうしたんでしょう・・・。」
朝比奈さんが心配そうな顔をしていた。古泉も不思議そうな顔をしていたが、
「また、何かしたんですか?」
原因はあんただと言わんばかりに肩をすくめてきた。知らんぞ俺は。
とりあえずハルヒが帰ってしまったので解散ということになった。古泉はバイトがあるかもと言って一足先に帰り、朝比奈さんは着替えがあるからと言うことで
今下駄箱へ向かう廊下には俺と長門だけだ。
「長門、さっき俺を見てたの、何だったんだ?」
おれの2,3歩先を歩く長門に聞いた。長門は立ち止まった。
「・・・ユニーク。」
長門は振り向きもせず、抑揚のない返事をした。
「何が?」
さらに聞いてみた。
「・・・涼宮ハルヒの反応。」
ハルヒの反応?
「・・・わたしがあなたを見つめている間、涼宮ハルヒの体温は上昇し、興奮状態になった。」
長門は振り向かないまま話し続ける。
「・・・わたしがあなたを見つめるのをやめると、体温は下がったが精神状態が不安定になった。この反応が、ユニーク。」
妙に饒舌な長門の言葉は、どこかしら楽しそうな印象を俺に与えた。今振り向いたら笑っている長門の顔を拝めそうな気がする。
長門はそれだけ言うと、再び歩き出した。
まて、それって、長門がハルヒをからかっていたということにならないか?長門が俺に視線を向け、俺がそれに反応するさまをハルヒに見せ付けてイライラさせて
楽しんでたのか?何でハルヒがイライラするのか知らないが、長門よ、
我に返ったとき、長門はもういなかった。部活帰りと思しき北高生がちらほらと俺の横を通っていった。
「あれっキョンくん、まだ帰ってなかったんですかぁ?」
着替えを終えた朝比奈さんが声をかけてきた。
「うふふ、一緒に帰りましょうか?」
男子どもの殺意にも似た視線にさらされることを覚悟しなければならないが、朝比奈さんの屈託のない笑顔に包まれるとさっきまでの長門への疑問もどこかへ消え、
彼女の提案を快諾した。
「もうすっかり冷えますねー。」
校舎の外に出ると、身震いするほどの寒さになっていた。
「部室にもストーブが欲しいですね。」
朝比奈さんの淹れてくれるお茶ほど温かくはならないでしょうけど。
「キョンくんおせじがうまいですう・・・。」
俺はさっきの長門の件を思い出した。
「それにしても、さっきハルヒのやつどうしたんでしょうか。」
「私もそれが気になります。」
「そういえばさっき長門がですね・・・」
俺は朝比奈さんと話しながら、一緒に岐路に着いた。
終わり