近隣の魔物退治が終えたころ、陽は少し傾いているように見えた。  
 依頼終了の旨を村長に伝えて、急ぐようにシオは帰路へ着いた。終始心配してくれていた宿屋の女将さんは部屋を用意してくれていたが、あまり迷惑をかけたくないしどこか引け目もあり、丁重に断った。  
 おおよその目算でいけば暗くなる前には街の手前辺りに着けるだろう。もともと野宿が苦手なので、最悪の事態に遭遇しまいと足早に歩いた。  
 その甲斐あってか、村と街のちょうど半分あたりの森に着く頃、少し影が伸びて地面が赤く染まるぐらいだった。このペースでいけばおそらくもう少し早めに帰れるかもしれない。  
 で、ここで問題はこの森。いつものルートは一本道を通過するのだが、ここの木はどれもやや背が高く、外よりも暗い。とはいえ迂回する形でいけば、おそらく完全に日が暮れるだろう。  
 どうせ暗くなるのなら、多少無理してでも距離の短い森を通ろう。直球志向のシオはそう決めた。  
 けれど――  
 がさがさがさ。ばさばさっ。  
 風で揺れる枝の音、よくわからない鳥の羽音と鳴き声。心細くするにはどれも充分すぎる要素だった。元気が取り得のシオも多少縮こまりながら、剣の柄に手を置き、ぽそぽそと小声で歌を口ずさみながら歩く。  
 
 がさり。  
「ひゃっ」  
 道の脇に生え揃った草むらが動いた瞬間、シオの足はもつれ、たたらを踏み、バランスを崩した。が、持ち前の運動神経でどうにかこらえ、膝を曲げながらも踏みとどまる。  
「なに、なんなのぉ……?」  
 がさりがさりと絶えず動く草に、何かしらの気配。経験と勘からすれば、高い知性と大きな体格は持ち合わせていないはず。それでも、無視して進めば不意打ちに遭う危険性もある。  
 なら迎え討つ。剣を抜き、一応逃走経路を確認。どんな状況にも対応できる体勢を作る。  
 がさ、がさがさがさ。  
 そこからは、緑色の、固体だか液体だか、どちらかと言えば固体寄りの、冒険者にしてみれば見慣れた魔物が一匹。  
「……グリーンジェリー」  
 少しの安堵。そして、正体不明だったとはいえ驚いてしまった自分への恥ずかしさと、無意味に高い敵意。  
 のろのろと這うように接近してくるジェリーから察するに、どうやら自分は襲われようとはしているらしい。  
 ひゅんと剣を一振り。余計な労力を使いたくないし、あまり時間もかけたくない。これぐらいでいいだろう。現に、ジェリーはのろのろと逃げていく。  
 ふと思う。おそらく生態系へ最底辺のジェリーは、どのように生まれ、どのように育ち、どのように生き長らえているのか。分裂か卵生か。  
どのみち、育ちきるまで苦労するんだろうなぁ。  
 
「……帰ろう」  
 考えてもわからないだろうし、きっとすぐ興味も尽きる。剣を収め、さっさと街の方に向ける。  
 ぬるり。  
「――――!」  
 妙な感触。足元で、撒き散らされた油を踏んだような、粘りと滑り。  
 剣を抜き、ぐるりと持ち替えて、地面へ突き立てる。一連の動作から得たものは、固い地面の感触と、手の痺れ。  
 そして、浅い水溜りに小石の投げ込んだような音。  
「う、わ」  
 おもわず、叫ぶことも忘れて口をぱくぱくと動かしていた。それは、足元――自分を中心にいびつな円の、赤い水溜りが広がっていたのだ。  
 水溜り=ジェリー。本能的に、そう感じた。水溜りが突然、しかも赤色なんて普通では考えられない。  
 シオは剣を地面から抜き、とりあえず次のことを考える。ここで取り乱しても利益はない。落ち着いて対処しよう。  
 決して広くない水溜り。ゆっくり歩いて、ちゃんとした地面に出たら即ダッシュ。うん、これがいいだろう。  
 すっかりぬかるんだ地面に一歩踏みしめる。ペンギンが歩くような、よたよたとした歩き方。  
 ぬる。  
 安定は悪いがいける。よし、次の一歩――  
 べとり。  
 突然頭上に降ってきたジェリーは、べっとりと髪につき、垂れかかってきた。  
 
 妙な温度が、たらたらとうなじから首筋に流れていく。  
「わ、わぁ、わぁぁぁぁぁぁっ!」  
 シオは取り乱し、無意味に剣を振りまくった。体重のかけ方もめちゃくちゃで、どんどんバランスが崩れてくる。  
 結果。手からすっぽ抜けた剣は慣性に従ってどこかへ飛び、ずるっと滑って尻餅をついてしまった。  
「あうっ、いた、たた」  
 痛みに顔をしかめながらも、体をぐるりと回して四つんばいになって這い進む。ただ止まっているよりは。たとえ引き返すことになっても。そんな思いが強かった。  
しかし、四肢の動きはバラバラで、一向に前へ進まない。  
 ぼとんっ。  
「ぁ、いやぁぁぁ!」  
 バケツサイズの黄色いジェリーが右足に降りかかり、その重みで足が動かなくなった。  
 拘束――!  
「や、やだ、やだやだやだやだ」  
 まるで固めた使用済みの揚げ物油の上を、指先を差し込んで前を進もうと試みるが右足だけは動こうとしない。  
 それどころか、水溜りのジェリーが手足を這い登ってくる。  
 
「わぁ、うわぁぁ!」  
 必死に振り払うが、地面からだけでなく、気づけば雨のようにぽたぽたと小粒のジェリーが降り注いでくる。  
 シオには見えていなかったが、周囲はまるでイルミネーションのように色とりどりのジェリーたちがいた。  
 唾液のように生ぬるい小粒ジェリーたちは、シオの体を埋めるように降り注ぐ。それは見た目は雨だが雪のように積もっていく。  
「ぅぅ、あぁ」  
 ジェリーの重み、そして無意味な抵抗による疲労に非現実な展開。シオは力尽きるように赤い水溜りに崩れ落ちた。  
 四肢はジェリーたちが拘束具のように押し重なっていた。特に足は、ブーツの中に侵入し雨の日の嫌な感触を思い出させる。  
 せめて呼吸はできるようにと顔を横に向ける。どうにか呼吸はできたが、しだいに水溜りの水位が増え、片目は開くことができなくなり、口すらもまともに開くこともできなくなった。  
(窒息はしないだろうけど……溶かされちゃうのかな……)  
 おそらく現実逃避だろう。ぼんやりと、冷静に、自分の行く末を想像する。  
 視界ははっきりと見えなかった。気づかぬうちに溢れ出した涙が視界を覆い始めていた。皮肉にも、涙によってジェリーたちがきらきらと街のライトアップのように見えた。  
 
(色、混ざらないんだ……しんはっけぇん)  
 いよいよ意識が混濁し始めたころ、ある異変を感じた。  
 ぐ、ぐぬ、ぐぬ。  
「ぇ、ぇ……?」  
 顔がジェリーに埋まってしまって見ることができないが、何色かのジェリーが、下半身をぐいぐいと押している。  
 いや、違う。ジェリーは確実に、ある一点を狙っている!  
「ゃ、ぃや、いやぁ!」  
 ジェリーが下着を通過し、シオの秘所をぐりぐりと押し侵入を試みている。  
 口の中へジェリーが入ることを気にとめず叫ぶ。ぐいぐいとお尻を振らすように動こうとするが、どれもジェリーを止めるには不十分だった。  
 ぐ、い。――ずず。  
「あ、あぁぁー!」  
 入った、入り込んだ。普段は剣で切り刻んでいるジェリーが、体内に侵入した。  
 一度入ってしまえばあとは流れるように、ずるずるとシオの中へ流れ込んでいく。  
「やだよぉ、やだぁ……!」  
 少し柔らかな、けれどどこか固いようなジェリーが体内に詰まってゆく。股に物が突っ込まれるなんて普段そうそうないので、不思議な感覚だった。  
 お腹の下辺りがどんどん張ってきているのがわかる。夏場に水分を取りすぎた胃は、きっとこんな気分なのだろう。  
 
(裂け、裂ける――!)  
 皮膚が張りすぎて痛みを感じ始める寸前で、ジェリーの侵入は止まった。気味が悪いことに、入りきらなかったジェリーが股からどろどろと流れ落ちているのがわかった。  
(お、終わった……)  
 一度拍子がついたところで逃げ出すチャンスがあるかもしれない。可能性は低いが、今はどれだけ細い藁でもすがるしかない。  
 だがシオの希望も空しく、まだ終わってはいなかった。  
 ずずずずず。  
「あああああああああ!」  
 膣内が満席となってしまったため、ジェリーはすぐ近くのアヌスの空席に目がけて押し寄せた。  
(そん、そんなとこぉ……!)  
 普段とは逆で、どんどん中に詰まっていく。きっと本能的に穴の中へ入る習性だか何だかがあるのだろう。  
となると、次は口や耳とか――!  
「やぁ、やめて、やめて、やめてぇぇぇぇぇ!」  
 がくがくと頭が揺れる。きっと、首を大きく振りたいのだろう。屈辱的なことは一生の恥として残るが、ここで命を落とすことは考えうる限りで最悪――!  
 
「やめ、ぐ、ぐぅ……」  
 口、いや顔にジェリーが覆い被さった。  
 ……くらくらとしてきた。状況の処理が追いつかなくなり、頭に血が昇ってきている感じがした。  
(あう、あぅ、あ――――)  
 ぐりんと世界が反転するように、シオの意識は落ちた。  
 
「ぅ、あ……」  
 地面が垂直になり、木が横に生えている。ああ、寝転がっているのか。  
 かちかちとまばたきし、シオは体を起こす。服がやけにねとついているので、どれだけはたいても砂は落ちてくれない。  
 ……特に変化はない。周囲に気配はない。けれど、奥歯がかちかちとなっている。あの時のことを鮮明に覚えているし、夢だとは思わない。  
「あ、ああ……」  
 小さな震えががくがくと大きくなり、シオは座り込んでしまった。剣がない。あのとき、飛ばしたまま。つまり、やっぱり、間違いなく現実――!  
 そっと腹部に手を触れた。まるで変化はないようだが、わずかに、ほんのわずかに膨らんでいる――ように感じた。  
 
「……ふ、ぅぐ、え……ぅ……」  
 静かに泣いた。ようやく、感情の波が辿り着いた。  
 出さないと。体の中に、まだあの忌々しい魔物が詰まっている。この事実を受け入れ、どうにかしないと。  
 シオは下着を脱ぎ、地面につかないように片足で引っかける。次に、腹部の上部に手を置き、絞り出すように下部へ押し下げていく。  
 じゅく、じゅる、じゅる。  
 おそらく赤と緑と黄色のすべてが混ざった色だろうか、毒々しい蛍光色が目に痛い。加えて、そんな液体が体内から出てきているということが、絶え難い現実だった。  
「う、ぐ……?」  
 ぐるんっ。  
「え、えぇ!?」  
 跳ねた。いや、震えたのだろうか。腹部でぐるぐると、皮膚が様々な方向に引っ張られる。  
(あ、暴れているの……?)  
 押し出そうとして抵抗しているのだろうか。  
 ……つまり、意思を持っているヤツが中にいる!  
 ぐる、ぐるるるる。  
「くっ、……来る……!?」  
 
 うまく表現できないけれど、何かが来る! お腹から外へ飛び出そうと、まだ見えぬジェリーが動き出している。  
「やぁ……らめぇ、きちゃう!」  
 シオは思わず秘所を押さえた。だがその手を、ふよふよとしたジェリーが押し返そうとする。  
 どれだけ押さえても、シオの力が及ばない。少しずつ露出部分が増えていき、ついに――  
 ぶっ、ぼとっ、ぼと。  
 シオの秘所から、粘液と共に数色のジェリーたちが零れ落ちた。  
「ひっ、ひぃ……っ!」  
 うねうねと動くジェリー。それを吐き出した自分。経過はどうあれ、このジェリーの親になってしまったのだろうか。  
 そしてそれ以上に恐ろしいこと。それは、まだ腹部が膨らんだままで心なしかまだうぞうぞと動いているということ。  
 少し前に感じた疑問の解決、そして自分がジェリーの宿主となったことを知り、これからの身の振り方に深い絶望に見舞われた。  
 

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