「……」
「……なあ」
4、5時間ほど前からの、永遠に等しいと思えるほどの長く重い沈黙に、
とうとうルヴェルは音を上げた。
月の、とても美しい夜。
海を見下ろす高台の公園のベンチに、ルヴェルは座っていた。
その横に、一人の少女がいる。
紅い髪に黒いドレスがよく似合う美少女。
ルヴェルは彼女と、それなりに親しい仲である。
しかし、今日のこの時間は、彼にとって不可解なくらいに過酷なものだった。
「……なに?」
殺気じみた声に、ルヴェルは首筋が少し涼しくなったような気がした。だが、
発言を撤回したりはしない。
頭の良さ、と言う点ではルヴェルは彼女の足元にも及ばないが、同時に彼女
がルヴェルを殺すこともほぼ不可能だからだ。
なるべく相手を刺激しないよう、ルヴェルはなだめるように言った。
「門限はどうした?」
「今日は、いいの」
不機嫌そうに少女−イヴは言った。
ルヴェルは眉をひそめる。きわめて奔放な彼女の性格とは正反対に、家庭は
かなり厳格なはずなのだが。
「……なにか、あったのか?」
「聞かないで」
「……」
ぴしゃりと言い放たれ、ルヴェルには返す言葉も無かった。
「……そうか、では聞かんぞ」
「……」
そうしてまた、深い沈黙がたれこめる。
ルヴェルは胃が痛くなるのを感じながら、密かに思った。
(……なんでこうなったんじゃ?)
「ルヴェルさん、います?」
イヴの声を聞くなり、ティコはただならぬ気配を感じ取った。
「どうしたの?イヴちゃん」
「……」
暗い目をして、うつむく少女。
「……なんでも、ないです」
ややあって、絞り出すようにイヴは言った。
(そんな態度で『なんでもない』わけないでしょ)
ルヴェルの師匠は肩をすくめた。それにしても、自由奔放に生きるイシュワルド
随一の天才少女が、なぜこんな有様になっているのだろうか。
「……」
思いつく原因はいくつかあったが……
おそらくは、シオやフィル絡みの事だ。ティコも三人の間の微妙な関係は知っている。
ティコは無垢な善人と言う存在からは程遠かったが、身の回りの人間に対する
それなりの優しさというものはあった。……たぶん。
「いいわ、貸してあげる」
ルヴェルはティコの私有物である。これは誰もが(本人も?)認めるところだ。
「すいません……ティコさん」
ほんの少しだけ、イヴは顔を明るくした。
それを見て表情を和らげると、店の奥のほうにティコは声を掛けた。
「ルヴェル君?1分以内に来ないと私刑。死なない方の」
「は、はい!?何の御用ですじゃ?」
ばたばたばたと音を立て、ルヴェルはカウンターへ到着した。
彼の勢いから見て、私刑とやらがどれほどのものか、御想像がつくであろう。
「ルヴェル君、イヴちゃんが用だって」
「へ?」
そこではじめて、ルヴェルはイヴのただならぬ様子に気がついたのだ。
「ヴェルっちょ……ちょっと、付き合って」
そう言った彼女の眼は、わずかに赤かった。
元アカデミーの級友。それが二人の関係だった。
とは言っても、稀代の天才と称されたイヴが後ろから追いつき、追い越していったのだが。
以後、二人はそれなりに親しい友人として付き合ってきた。
しかし、なぜこんな時に呼び出したのかは、当のイヴにもわからなかった。
「あーあ」
イヴは突然、大きな伸びをした。同時に危険な空気が霧散する。
「我ながら馬鹿馬鹿しいわよねー!」
わざとなのか、大声で叫ぶ。
幸い辺りにはルヴェル以外誰もいない。
「ヴェルっちょごめんねー、いきなり長時間つき合わせたりして」
にっこりと微笑む。その辺の男の9割は騙せるであろう笑顔だ。
いきなり普段の彼女に戻った、かのように表向きは見える。
だが、ルヴェルは彼女の豹変にむしろ危うさを感じていた。
「あー、その、何があったんじゃ?そろそろ教えて欲しいですじゃ」
「もー、なーんでもないの!」
ぶんぶんと手を振るイヴ。
(虚勢を張っておるな)
自棄を起こしかねない精神状態ではないか。ルヴェルはそう分析した。
年上の友としては、こういう時はできるだけ相談に乗るべきだ、と。
「イヴ」
もう一度、諭すようにルヴェルは言った。
「誰にも言わぬ。ワシにだけ、何があったか話せ」
「……」
少女の目に、一瞬躊躇の色が見えた。
しかし意を決したか、彼女は話し出した。
「シオの部屋……その……つい聞き耳を立てちゃったのよ」
「……」
現在の彼女の態度を見るに、一体何を聞いてしまったか想像する必要も無い。
つまりは、そういう事だ。
「やだやだ、済んだ話はもうやめ!」
嫌な記憶を振り払うかのように、イヴは空元気を発揮した。
「……イヴ」
「そうだ!ヴェルっちょには何かおわびしなくっちゃ、ね?」
「お、おい」
なぜか困惑した様子で、ルヴェルは身を引こうとする。
しかし、一瞬早くイヴの手が伸びた。
「つっかまえたっ!」
「ぬ……」
大事なものを人質にとられ、やむなくルヴェルは抵抗を放棄する。
「いつもみたいに、ね?」
悪戯っぽくイヴが微笑む。
ゆっくりと、ズボンの中にイヴの手が滑り込む。
「今日はどこまでガマンできるかな〜?」
ルヴェルの正面に回りこむと、イヴは彼のモノを弄び始めた。
「……」
困り果てた顔で、ルヴェルはされるがままになっている。
かちゃ、と音を立て、ズボンの前が開けられる。
外気に触れたそれをイヴは満足気に見つめ、しごき始めた。
元はといえば、実際の男性器を見てみたいとイヴが言い出したのが始まりだった。
まあ見せるくらいなら……とこっそり見せてしまったのが不幸の元で、
今度は触ってみたい→ヴェルっちょ?どうしたの?→え?気持ちいいの?→
じゃ、もっと気持ちよくしてあげるね!
という寸法である。
「まだ?」
いい感じに大きくなりながらも、一向に発射されないモノをしごきつつ、
イヴは言った。
「……慣れたからな」
なぜかかすかな優越感を感じながらルヴェルは言った。
「イヴもずいぶん上手くなったがな。ワシにもそれなりに意地があるんじゃ」
「ふうん」
ルヴェルの言い方が気に入らなかったのか、イヴはむくれた。
「いいわ。すぐにそんな事言わせなくしてやるんだから」
そう言うと、いきなりルヴェルの背中に回りこんだ。
「これはどう?」
巨乳……とは言えないがそれなりに豊かな胸をルヴェルの背中に擦り付ける。
同時に、モノをいじくるスピードが速くなった。
「むう……」
「ふふ、こうしてあげるといつもガマンできなくなるのよね」
ルヴェルは必死に耐えようとしたがふと、気になることを思いついた。
「なあ」
「なーに?」
イヴはいったん、攻撃をやめた。
「その……彼氏とかにもこういう事するのか?」
『彼氏』が彼女にとって複数形であることも、ルヴェルはよく知っていた。
「あたしがこういう事するの、ヴェルっちょだけだよ。だって危ないもの」
あっけらかんと言い放つ。
確かに、ルヴェルはイヴを押し倒したりしようとは思わない。だがそれを
知った上でイヴがこんなことをすると言うのは、ルヴェル自身少し情けなかった。
「もしかして、焼きもち?」
「違うわい」
「いいわよ〜ヤヨイちゃんに振られて傷ついてるんでしょ?」
「うっ……」
痛い所を刺された。