海洋都市イシュワルド、温暖な気候を持つ世界有数の大都市。多くの移民や  
旅人・冒険者が行き交い、商店が軒を連ねる活気溢れる街。しかし集まる人間が  
運んでくるのは良い風ばかりとは限らない。明るい町並みを一皮剥いたその内側  
にはどす黒い陰謀や邪悪な欲望も渦巻いているのだ。これはそんな渦に捕らわれた  
人間たちの物語である……。  
 
 
 某年5月21日早朝。イシュワルドのほぼ中央・レミュエール地区に位置する  
高級薬品店ティコ魔法堂。ルヴェルは朝の日課である掃除に精を出していた。  
厳しい労働で鍛えられた肉体は熟練の冒険者と言っても通りそうだ。数十羽は  
いるであろうホウキ兎を滑らかに指揮するその魔力も見る者が見ればなかなかの  
ものとわかる。事情を知らなければなぜ薬屋の雑用などしているのか不思議に  
思うだろう。  
(ドンドン!)  
 ルヴェルが掃除を終えたころ、突然ノックの音が響いた。  
「む、こんな朝早くから客人か。一体誰じゃろう……」  
 ルヴェルは既視感を覚えた。ティコ魔法堂設立の契機となったイシュワルド  
銀行員の訪れたあの朝と似ている。強いが乱暴ではないノックの調子も同じだ。  
(運命とは不思議なものじゃのう……)  
 この場所はほんの数ヶ月前まで腐臭と刺激臭が漂うボロ屋だった。それが  
あの訪問をきっかけに今やイシュワルドで1,2を争う有名な薬屋となっている。  
 この客の訪れもまた運命の転機となるのではなかろうか。そして現在比較的  
恵まれた状態にあるこの運命を変えるとしたらそれは不幸の使者に他ならない  
のではないか? そんな考えがルヴェルの頭をよぎった。  
 しかし、まだ開店時間ではないとはいえ営業日であり居留守を使うわけにも  
いかない。それにいまやティコ魔法堂は借金を全額返済したのみならず、逆に  
街に相当額の投資をしている立場だ。恐れることなど何もないのだ。  
(ふん、ワシとしたことがつまらんことを考えたものじゃ。ヤヨイちゃんに  
ふられたからといって少し弱気になっておるのかのう……)  
 ドアを開けると初老の男性が立っていた。身なりは悪くない。それどころか  
非常によい。服飾にはうといルヴェルにも確かに高級感が感じられた。しかし  
その高級感は豪華さや華美さとは異なりやはり抑制された印象を受ける。  
「早朝より申し訳ございません。失礼致します」  
 声もまた張りはあるが落ち着いた印象である。  
(いったいどういう客なんじゃろう……?)  
 ついさっき押さえ込んだ不安がまた頭をもたげてきた。  
 
「う〜ん、何よルヴェル君……まだ6時じゃないのよ……死にたいの……?」  
 独特の寝相の悪さで寝乱れたティコの姿は、毎朝のことながらなんとも言えず  
悩ましい空気を発散している。思わず襲いかかりたくなる衝動をグッとこらえる。  
「こんな時間にわざわざ頼みにくるって……どんな仕事なのよ……?」  
「それが妙な客でして、師匠に直接でなければ言えないらしいですじゃ」  
 ルヴェル当人はすでに理解している。タダ同然の薄給で奴隷のように使われても  
ティコから離れることができないのはこの魅力のせいなのだ。他に適当な師匠が  
見つからないだの弱みを握られているだのというのは自分自身に対する言い訳に  
過ぎない。本当は魔女の魅力の虜となっているのだ。  
「ふ〜ん。妙な客って……どんな感じ? 首のない藁人形999個大人買い  
していったあのおっさんより妙だったわけ?」  
「え〜その、なんと言いますかのう……。秘密を隠しているといいますか感情を  
抑えていると言いますか……」  
 ティコの美しく弧を描いた眉がピクリと動き、一瞬険しい表情を見せたような  
気がした。  
「あらそう……まあいいわ。私が出るからルヴェル君は『帰還』と『脱出』の  
魔法陣をいつでも使える状態にしといてちょうだい。今すぐよ」  
 
 馬車はイシュワルドの郊外、金持ちの住む高級住宅街を進んでいた。男は  
ティコが要件を聞くと今度はここでは話せぬといい、その上一辻離れたところに  
停めてあった大きな馬車で同行して欲しいという。  
「ずいぶん回りくどいことをするのね……」  
「目立ちたくないのです」  
 男への不審は強まったがティコが心配していた種類の危険とは違うようだ。  
ルヴェルに言いつけた準備は無駄になりそうだった。それからもう10分ほど  
経つが男はいっこうに口を開こうとしない。  
「いい加減仕事の内容くらい教えてくれてもいいんじゃないからしら……?」  
「実を申しますと私どもも承ってはおりませんのです。間もなく到着致します  
ので奥様より直接お聞き下さい」  
(奥様……?)  
 いつの間にか馬車は公道ではなく一際大きな豪邸の敷地内を走っていた。  
あまりに広すぎて気がつかなかったのだ。この屋敷の主は町で知らぬ者はない  
イシュワルド一の大富豪。去年30歳以上年下の美人モデルと突然結婚して  
町中の話題をさらった。その騒ぎはゴシップのたぐいにあまり興味を示さない  
ティコの記憶にも確かに残っているほどだ。  
(フフ……。そういうことだったのね……)  
 記憶を辿り終わった時、屋敷の執事かなにかであろうこの無愛想な男に問い  
ただす必要はもはやなくなっていた。反応がないのをいぶかった男が尋ねた。  
「どうかなされましたか?」  
 ティコは怪しい笑みを満面に浮かべながら答えた。  
「いえ、わかりました。“魔女”の本領をご覧に入れて差し上げますわ……」  
 
「ちょっと聞いてよルヴェル君! 10億£よ、10億£!」  
 朝8時。店に帰ってきたティコは、ルヴェルが今まで見たことのない興奮  
状態で書庫を引っ掻き回しながら絶え間なくまくし立てている。  
「じゅ、じゅじゅ10億£!? いったい何の話ですじゃ!?」  
「まったく金持ち老人の若妻の不満なんて女なら誰だって想像つくってものよ!  
なのに私が開口一番『お薬がご入り用なのは貴女ではなくご主人の方ですのね』  
って言ってやったら『どうしてお分かりになるの!?』なんて言っちゃってもう  
おかしいったらありゃしないわ。ああいう脳味噌カラッポな客のおかげで占い師は  
食いっぱぐれがないのよね……あ、あったわこれよこれ!」  
 ティコは本の山からとりわけ古そうな一冊を引きずり出した。支えを失った  
本がドサドサと落下して埃を立てる。  
「で、では魔法陣の準備というのはいったい何だったのですじゃ?」  
「ああそれはもういいわ。ルヴェル君が秘密を隠してどうとか変な形容するから  
魔女狩りの連中かと思ったのよ。よく考えたらあいつらが正面玄関からノック  
して入ってくるわけがないのよね。そんなことより10億£よ!」  
 その本は装丁から筆跡まで全てがひどく怪しげな印象を与えるものだった。  
内容は高度でルヴェルにはまだところどころしか読むことができなかったが  
読めたとしたらその印象が更に強まるであろうことは十分にわかる。  
「これよ! 古の王カルヴァーンが自分専用に作らせ愛用したという伝説の  
回春薬『昇龍ノーブルバイアグラ』! これならあの若奥さんも満足するわ!」  
「は、はあ……」  
 ルヴェルはあまりに急な話の展開に頭がついていかない。  
「イシュワルドオオアザラシの睾丸にアルハンサンショウウオの黒焼き……、  
やっぱりまともな流通には乗ってないものが多いわね。また新しくルート開拓  
しなくちゃ。でも、ま、こんなのはお金さえ惜しまなければいずれ手に入る  
からいいとして〜。あ……そうだルヴェル君?」  
「はあ……」  
「今から特級クロロホルムを作るからシオちゃんを誘拐してくるのよ」  
 
 5月21日夕刻。シオ・ミサキはメロウの森の奥地で探索にはげんでいた。  
この場所は自分で発見したエルフの薬草の穴場で、まだフィルにさえ教えて  
いない言わば企業秘密なのだ。  
「ふふ、いっぱい取れた取れたっと♪」  
 日が傾きかけたので帰ろうと歩き始めた時、一本の木の陰に気配を感じた。  
「えっ……!? そこに誰かいるのかな? 私の穴場、見つかっちゃった?」  
 シオはギョッとした。陰から現れた男が三角頭巾のような黒い覆面ですっぽりと  
頭を覆っていたからだ。突起をつけない長めの棍棒のような武器と背負子を  
付けており探索に来た冒険者に見えなくもない。背は高く180はありそうだ。  
(な、何だろこのヒト……? あ、怪し過ぎっ……!)  
 シオは精一杯平静を装って声をかける。  
「え、えへへ……。いいお天気ですね♪ あ、あなたも冒険者さんですか〜?」  
 男は一言も発しない。やや早足にまっすぐに近づいてくる。剣を抜くべき  
だろうか? 背中に回してある盾に手を延ばすべきだろうか? ただの変わり者  
の冒険者なら刺激するのは避けるべきだろうか? 迷っているうちに男は間合いに  
踏み込んだ一歩の勢いそのままに棍棒の一撃を見舞ってきた。  
「くっ!!」  
 鈍い音が響く。準備動作が遅れたため力を上手く受け流せず盾を飛ばされた。  
持っていた手がビリビリと痺れる。間違っても挨拶や冗談ではありえない本気の  
一撃だった。素手で受けるのは無理と判断し次の一撃は横っ飛びに転がって避ける。  
目の前をうなりをあげて棍棒が通り過ぎる。付けていた赤い石のペンダントが  
引っかかってちぎれ飛んだがそれを気に止める余裕はなかった。  
 草の上を受け身の要領で3回転ほど転がったシオは素早く立ち上がると愛用の  
細身の剣を抜き放ち両手でまっすぐに構える。男がゆっくりとこちらへ向き直る。  
(ハァッハァッ…ハッ……こ、この男……何!? 何なの!?)  
 心臓が早鐘のように打ち全身の血液が沸騰する。  
(いったい……何が目的なの……!?)  
 状況から見て男は自分1人を計画的に狙ってきた可能性が高い。金や権力に  
縁のない移民の冒険者である自分を狙う目的は……  
(…………ワタシ…?)  
 
 おぞましい想像が湧き上がり、足が震え、地面が揺れているように感じる。  
痴漢や暴漢の類を相手にするのは初めてというわけではない。むしろ撃退した  
回数が思い出せないほどだ。しかしそれは場所が酒場や街の路上であったり、  
冒険者仲間との行動であったり、いずれも万一の場合にはフォローや救援が  
期待できる状況のことだった。いま森の支道までの距離が約2キロ。数キロ  
四方の範囲内に人がいる可能性はほとんどない。完全に孤立無援である。  
もし負けたら……。  
(くっ、やるしかない……っ! 負けない! 負けるもんですかっ!)  
 シオは無理矢理闘志を燃え立たせる。男の戦闘力は自分より上と見えた。  
次の一撃が勝負だ。そこで倒せなければ負ける。負けたら……。  
「はっ!」  
 またも襲いかかる邪念を振り払うようにシオは一声気合いをあげ、まっすぐ  
男に突進する。振り下ろされる棍棒の動きがとてもゆっくりに見える。その  
軌跡を見切って身を翻し薄紙一枚の差でかわす。  
(いける!)  
 シオが思った瞬間突然視界が真っ白になった。男の武器の先端から小さな  
火花が飛び出し眼前に炸裂したのだ。  
(……ッ!? 魔…法……? これって……どこかで……見……)  
 傷を負うような性質ではなかったものの、意表を突かれ視界を失った隙を  
見逃さず横に回りこんだ男がシオの延髄のあたりを一撃する。  
「あぐっ!!」  
 呼吸が止まり体勢が前に崩れる。膝をつくと同時に手の甲を踏みつけられ、  
次の瞬間には剣を蹴り飛ばされてしまっていた。  
(負け……た……?)  
 丸腰になってしまっては腕力で劣るシオにもう勝ち目はない。男は自分の  
武器をゆっくりと後方へ投げると、へたり込んだ体勢のまま呆然としている  
シオに手を伸ばした。  
 
(犯される……ッ!!)  
 圧倒的な恐怖で体が思うように動かない。シオは這いずるようにして男から  
逃れようとするが、1メートルも進まないうちに捕まってしまう。  
「やっ、やだっ! 来ないで! 触らないでッ!」  
 シオは足をばたつかせ蹴りを入れたり、目突きをしようとしたりして必死に  
抵抗するがたちまち組み敷かれてしまう。男の荒い息遣いが肌に感じられ、  
興奮したオスの体臭を放つ肉体が重量を持ってのし掛かってくる。  
「やああッ!! 誰か! 誰か助けてっ! お父さん! フィル君っ!!」  
 聞こえる可能性のあるはずもない相手に助けを求め泣き叫ぶシオの、悲痛な  
声を絞り出しているその細い首に男の片手が添えられ、少しずつ絞められていく。  
「……っやめっ…あ、ああ殺さ…ないでぇッ……お願い…許し……て……ぅ」  
 酸欠で一瞬意識が飛ぶ。男はシオの両腕を掴んで上半身を引き起こすと背後に  
回り脚と片腕で巧みに自由を奪う。そして残った腕で懐からなにやら濡れた布の  
ようなものを取り出すとシオの鼻と口を覆う。  
(……ッ!?)  
 刺激臭が鼻腔を襲う。おそらく麻酔薬の類を染みこませてあるのだろう。  
慌てて今度は自分で呼吸を止める。しかしこのままでは時間の問題だ。  
「んんーーっ!!」  
 シオは全身に渾身の力を込め口元を覆う手を引きはがそうともがくが、男の  
太い腕は鋼鉄でできた罠のようにシオを捕らえて放さない。息が持たない。  
「うぐっう! あっハッ、ハッ、ハアッ! ううっ……」  
 まともに薬を吸い込んでしまう。  
(……何も感じなくなるならそれもいい……かな?)  
 絶望的な思考が一瞬頭をかすめるが慌てて気を持ち直す。  
(ダメ……ッ! ここで眠っちゃ……!)  
 男の目的が単なる強姦とは限らない。このままどこかへ連れ去られると  
したら少しでも状況を把握しておかないと助かる望みが薄くなる。  
 
 逆に昏睡に陥ったフリをすることで逃げ出す機会を掴めるかとも試みたが  
その意図も見透されているのか、抵抗をやめると男の手が服の間から侵入し  
胸をまさぐったり尻を撫でさすったりしてシオをじっとさせておかない。  
(ううっ……くっ…イヤ……こんなのイヤぁ……)  
 どうあがいても逃れることはできそうになかった。それから5分か?10分か?  
 時間の感覚も怪しくなり始め、本当に意識が朦朧としてくる。  
(もう……だめ……)  
 首をひねって最後の抵抗をすると、木々の間を沈んでいく赤い夕日が目に  
飛び込んできた。  
(……お日様……また、見れる…の…か……な……)  
 シオの意識はゆっくりと絶望の中に沈んでいった。  
 
 
 がっくりと首を垂れたシオが完全に意識を失ったことを確認すると男、  
シバ・アーガイマは覆面をはぎ取り、シオの頬に溢れた大粒の涙を舌で  
ペロリと舐め取った。  
(くっくっく……なかなかよく頑張ったぜ。まったくお前はいい女だシオ。  
このまま犯っちまいたいのはやまやまだが、契約だから今は我慢してやる。  
後でどっちが良かったと思うかは知らないがな……)  
 
 
 少し離れた草の陰ではシオの胸からちぎれ飛んだペンダントが夕日の光を  
反射し一層赤く輝いていた。  
 
 5月22日朝9時。ティコ魔法堂に商品が入荷されていた。各地から送られた  
箱、樽、袋が、名産品、生活用品、薬品の原料が次々に運び込まれている。  
「ちわ〜っす! シバの便利屋です! “商品”お届けにあがりました〜!」  
「あら、ありがとうシバ。その様子だと首尾は上々ね?」  
 ティコはシバの背負った大きな袋をチラと眺めて言う。  
「へっへっへ……指定通りの“極上モノ”を採集してきましたぜ」  
「ついでに奥まで運んでもらおうかしら。ルヴェル君、入荷作業の指揮お願いね。  
終わったらあそこへ来てちょうだい」  
「は、はいですじゃ……」  
 ルヴェルはシバとすれ違いながら袋をこわごわ見つめる。ティコとシバは  
食料品などを保存する地下の倉庫に下りる。それほど食料品を扱わなくなった  
今では空きが目立つ。  
「こっちよシバ」  
 倉庫の角にワイン瓶を一本ずつ横にして並べる巨大な棚がしつらえている。  
ティコが左端に近い一本を抜くと棚がゆっくりと右へスライドしはじめ壁に  
吸い込まれていき、半分近く動いて止まる。  
「おほっ、すげえ仕掛け。この先が秘密のお部屋ってわけだな」  
「と、思うでしょ?」  
 ティコはいたずらっぽい笑みを浮かべる。  
「でもこの奥で見つかるのは古びて使い物にならない密造酒の醸造器だけ。  
まっ、厳重注意の行政処分+装置の廃棄代の名目で5000£の罰金って  
トコかしら?」  
 ティコがさっき抜き出したワインを逆向きに棚に戻し、グッと押し込むと  
棚はまたスライドし元の位置に戻り、更に1メートルほど左に動いて止まった。  
2人は棚が壁に入り込んでいた“戸袋”に当たるスペースに潜り込む。  
「こりゃあんまり太ったら通れねぇな」  
「でっぷり太ったシバなんてあんまり見たいもんじゃないわね。そうならない  
ようにお願いするわ」  
 “戸袋”の奥の壁に偽装した扉をくぐると階段が現れる。ヒヤリと冷たい  
空気が流れ出てくるのがわかった。周囲の様相もガラリと変る。  
 
 壁はさっきまでのレンガと漆喰ではなく石である。大きさも形も様々な石が  
ジグソーパズルのように互いにぴったりと合わさっている。こんな建築法は  
街のどこへ行っても見られない。階段は曲がりながらどこまでも続いている。  
「おいおい、どこまで降りりゃいいんだ。いま地下何階だ?」  
「さあ、深さで言えばたぶん5階か6階ぐらいかしら。でももうすぐよ」  
 ついに階段が終わると狭かった通路が急に広くなっていく。現れた奇妙な  
紋様が描かれた扉を押すと不気味な音を立てて開く。  
「さ、魔女の仕事場へようこそ……」   
「な、なんだこりゃあ!」  
 シバの驚きの声が石の壁に反響する。地下室、と呼ぶにはいささか広すぎる  
空間が広がっている。地下堂、とでも称すべきだろうか。  
「上より広いんじゃねぇのか? どうやって掘ったんだ」  
「掘ったんじゃないわ。この街はカルヴァーンの塔に近いから、忘れられた  
古代の地下施設のひとつやふたつあっても不思議じゃないと思って魔法で  
調べたら案の定……ね。それでその上の土地を買ったというわけ」  
 中央の広い空間にはティコが持ち込んだと思われる様々な実験器具や本棚、  
薬品棚、仮眠用のベッドなどが並べられ研究室のようになっている。そこから  
いくつか放射状に伸びている道に入っていくと、鉄格子がはまっている部屋や  
壁や床に様々な拘束具や拷問具が並んでいる部屋などがあった。SM趣味の  
客向けにそうした道具を扱っているシバにすら何に使うのか全く想像できない  
ものもある。  
「なるほど……大昔の秘密の地下牢っつーわけか」  
「そう。きっと政争に敗れた貴族とか王の寵愛を失った妾妃なんかが密かに  
放り込まれて拷問されたり陵辱されたりして無念のうちに死んでいったのね。  
フフッ……歴史のある建造物ってステキじゃない?」  
 ティコは立ち止まり鉄格子の鍵を開ける。貴人用の独房だったのだろうか、  
古びてはいるが高貴な印象の名残がある。ベッドだけが新しいもののようだ。  
シバが背負っていた袋を開け中に入っていた“商品”を抱え上げベッドに載せる。  
ティコは目を細めてつぶやいた。  
「ふふ……。今日からここがあなたのお部屋よ……、シオちゃん」  
 
「師匠、入荷作業終わりま……し……」  
 入ってきたルヴェルがベッドの上のシオを目にし、ガックリと膝をつく。  
「シ、シオ……。と、とうとうワシらは取り返しのつかないことをしてしまい  
ましたのう……。これで重犯罪者の仲間入りですじゃ……。いや、師匠……」  
 今ならまだ引き返せる……。最後のチャンスだぞ……。ルヴェルのかすかに  
残った理性がそう訴えかけてくるが、言葉にする前に遮られてしまう。  
「何言ってんのよ! あんたは何もしてないでしょ! ルヴェル君がヘタレ  
だからわざわざシバに頼まなきゃいけなかったんじゃない。ルヴェル君なら  
魔法でもっとスマートに捕まえられたかも知れないのに!」  
「いや、わからんぜ。シオもずいぶん強くなってたからな。ルヴェルだったら  
斬られてたかも知れねぇぞ」  
 実際シバの強さが相当なものであることは、街のある種類の人間たちの間では  
周知のものとなりつつある。無一物でイシュワルドに移民してきた何の後ろ盾も  
持たないこの男が、様々な黒い商売に手を伸ばしても死体にならずにいられる  
理由はその強さ以外にあり得ないからだ。  
「魔法といえばこの火花が出せる指輪、ちゃんと役に立ったぜ。気に入ったから  
もうしばらく貸してくれよ」  
「う〜ん、そうね。ま、いいわよ。また作れるし……」  
 自分以外の大抵の人間に厳しいティコだがこのシバという男には妙に甘い。  
イカサマ賭博でガラクタを押しつけられても、貸した金を踏み倒されても、  
いい加減な薬を飲まされるという魔女として屈辱的なはずの仕打ちをされても、  
口ではなんのかのと文句は言うものの結局何もせずに許してしまう。この指輪も  
返してもらえるとは思っていないだろう。ルヴェルの知る限りでは、非魔導師の  
意志に感応して効果を制御できる道具は高度な古代魔術の応用でティコと  
いえどもそう簡単に作れるものではないはずだが。  
「ところでシバ、最後に麻酔薬を補充したのはいつかしら?」  
「ん〜、町中運んでる途中に醒めたらヤバいと思ったから今朝方だな」  
「だったらお目覚めは当分先ね……。じゃ、ルヴェル君、カメラ持ってきて頂戴。  
まずはみんなのアイドル・シオちゃんの写真集撮影会といきましょ……」  
 ルヴェルのかすかな理性は湧き上がる暗い期待に呑み込まれようとしていた。  
 
(……うふっ、シータが顔を舐めてる……くすぐったいってば……)  
 シオはぼんやりした意識の中で思った。シータはシオが飼っている白猫で  
危険な場所へ行くとき以外は肩に乗せていつも一緒に行動している。  
(あれ……でも……私いつの間にうちに帰ったんだっけ……?)  
 自分は確かメロウの森で薬草を集めていて……そう! 覆面の男に襲われて……!  
じゃあいま顔を舐めているのは……まさか……  
「いやぁあああああああっ!!」  
 自分の絶叫が反響して何重にも聞こえる。両手首に革ベルトのようなものが  
つけられ、目には厚く目隠しが巻かれているらしく少しの光も漏れ入ってこない。  
そして何より……シオは全裸だった。  
 ガシャンという大きな機械音と共にジャラジャラと鎖の音が響き始める。  
両手が上に強く引っ張られ強制的にベッドから立ち上がらされせてしまう。  
天井からの仕掛けで稼動する鎖が手首のベルトに繋がっているようだ。  
「やだっ! 誰なの!? ここはどこなのっ!? 他に誰か居ないのっ!」  
 再びガシャンという音がしてシオは両手を上げたまま軽く爪先立ちする体勢で  
固定される。目隠し以外は一糸纏わぬシオの肌に地下の冷たい空気がまとわりつき  
もう何も身を守るものがない恐怖を刻みつける。  
 しばし静寂が訪れる。かすかな気配から誰かがいるらしいことが知れたが、  
時折別の小さな機械音がするだけで誰も何も答えない。  
「ねえってばっ…! うっ…誰なのよぉ……どうしてこんな……うううっ……」  
 やはり悲鳴は空しく反響するだけ。最悪の想像が現実のものとなって  
しまったという絶望感が迫り、叫びは徐々にすすり泣きへと変わってしまう。  
「ひぐっ!」  
 再びベロリと舌の感触が頬を襲う。反射的に顔を背けるが、舌は唇を奪おうとは  
せず首筋をねっとりと這い唾液を塗りつけていく。シオの控えめに盛り上がった  
白く美しい乳房が男の大きな手に包まれてやわやわと揉みしだかれ始め、  
魔法のようにその形を変えていく。  
「んくっ、あっ……くぅ……」  
 もう細腕による空しい抵抗すら許されない。男に体を弄ばれるまま息を殺して  
耐えるしかないシオは今や虎の顎にくわえられた子兎よりも無力だった。  
 

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