「う"………」  
節々が妙に痛い。体中に奇妙な痛みを感じつつ、ハレは目を覚ました。  
そう慣れない天井は、恐らくあの憎たらしい…だが自分の父親であるクライヴの勤める保健室だろう。  
まだ視界がぼやけているうちに自分の状況を整理すると、いたって単純な事なのだ。  
授業中に物凄い頭痛に襲われ、熱もあるように意識が浮き、遠のいていく意識を安易に手放した。  
それが自分の状況で、誰が運んでくれたかはうろ覚えであった。  
「そうか、俺…」  
ふと口走った声に、ハレは自分の声であるというのに違和感を感じた。  
少し低い。  
普段は女の子と勘違いされるほど、幼い外見につりあった高い声だった筈だが、  
グプタやウィグルと同系統の"男の声"になっているではないか。  
「え?あー…あー…んんっ」  
喉の調子を確かめても不思議と痛みはない。喉に触れてみれば、不思議な硬いでっぱりがあった。  
一気に視界が覚醒し、ばっと体を起こしてみる。パイプのベッドがぎしっと軋んだ。  
クーラーの冷たい風が差し込んでくる開いたカーテンの向こう、大きい鏡には、  
グプタと同年代・・・10代後半の青年がうつっていた。  
 
「………」  
こういう状況に慣れがないわけではない。現に保険医と体が摩り替わったこともある。  
だが、自分の浅黒い肌に髪型。そして、朝怪我をした指に、さっきと変わらぬ場所に絆創膏が巻かれていること。  
"摩り替わった"のではなく成長した、という事を理解した。  
もう思いっきり驚くことが瞬時には出来なくなっており、一人だと突っ込みも出来やしない。  
だが、丁寧に自分に着せられている保険医のジーンズとシャツ。この部屋に誰かが居る、もしくはいた、ということになる。  
ここで考え付くのは、最早あいつしか居ない。ハレはすぅっ…と息を吸い込んだ。  
「グゥーーーーッ!!」  
「呼んだか」  
居た。思いっきり胸倉ひっつかんで追及してやろうと思ったが、  
帰ってきた声がやけに艶っぽい女の声であり、振り返った先に居たのが、いつぞやか熊をなぎ倒した女性であることに、続きの言葉は浮かんでこなかった。  
「お早いお目覚めだな。どうだ、一足先に大人の男になった気分は」  
いつもと変わらぬ語調が更に怒りを煽る。大人グゥの姿の違和感などスっと消えた。  
幾分か逞しくなった体に、170センチはあろうという体。いやな気分だと言えばウソになる。  
だが、こいつのことだ。誰かに迷惑をかけることに違いない、とすっとハレは立ち上がり、いつもどおりにグゥの胸倉を掴み  
「お前な」  
「…大胆なヤツだな、そんなにやりたいか」  
 
「…は?」  
いつも意味不明な言動をするグゥだが、今回の言葉は理解にいつもより長い時間を要した。  
ぐっと掴んだ服は引っ張られ、細く、白い体の首筋や喉元…そしてさらに下が見えようとしている。  
そしてその端正な女性の顔は、頬を赤く染め、もじもじ、といった挙動をしている。  
   だ れ や ね − ん !  
本人思いっきり突っ込みをしたかったが、声は出なかった。  
視界は、グゥのまつげの長い、少しつった閉じられた瞳で埋まる。  
そして唇は柔らかい感触でふさがれ、ふらりと体はよろめいた。  
いつもウェダにされている"いってらっしゃいのちゅv"と同じ感触。  
少し乾いた唇だということ以外はやりかたに何の変わりもなく、一気に自分の顔が熱くなっていくのをハレは悟った。  
行為自体よりも、相手が誰なのか―――普通はなえるだろうが、目の前に居るのは美女だ。  
少し潤んだ吐息を吐き出すとともにグゥの唇は離れ、薄く開いた瞳は妖しい輝きを湛えている。  
「おい、グゥ…」  
「やれやれ、ませている上に鈍感か。救えんな…」  
小憎らしい、やたら理知的な口調はいつもと変わらず、声は変わっていても怒りは変わらない、だが、  
不意に今の自分より若干低いくらいの身長のグゥが、自分の肩に顔を埋め、抱きついてきた。  
「若い男と女。保健室ですることと言えば…決まっているだろう?」  
吐息とともに優しく囁かれた言葉。ハレは一瞬、自分の意識のどこかが蕩けたのを感じた。  
 

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