「お前が決めたんなら、それでいい……」
桜咲を自主退学する。その決意を佐野に告げた時、彼はそう言って頭をなでてくれた。
「……ったく、止めたってききゃしないんだからよ、お前は」
そして、思わず泣いてしまったあたしに、胸を貸してくれた。あたしは佐野に力いっぱ
いしがみつく。
桜咲が大好きだ。みんなが大好きだ。そして――。
「……大好きだよ、佐野」
ありったけの思いを込めて、言う。泣いてたから、ちょっと変なしゃがれ声になっちゃ
ったけど。
「わかってるよ……」
優しい佐野の声。頭上にあった手が、自然に後ろに廻されて、あたしの顔が仰向けられ
る。ゆっくりと佐野の顔が近づいてきて、あたしは目を閉じた。
唇が合わさる。一度触れて、離れた唇はまたすぐに重ねられる。
「ん……」
佐野に軽く吸われて、あたしは唇を薄く開いた。すぐに佐野の下が滑り込んできて、優
しくあたしの舌に絡む。あたしも一生懸命佐野に応える。
佐野。佐野。大好きだよ。
一緒にいられて嬉しかった。アメリカで憧れていただけではわからなかった、佐野のい
ろんな表情を知ることができて幸せだった。
ありがとう。
ゆっくりと佐野が離れていく。頭がぼうっとする。吐息が熱い。
不意に、佐野が身じろぎした。
「……そんな顔で見るなよ。放せなくなる」
あたしから視線を外して、そんなことを言って体を引こうとする。
嫌だ!
あたしは佐野にしがみついていた手に力をこめた。放さないで、今日だけでも。このま
まで、ずっと――。
「……おい」
佐野の困ったような顔。だけど、あたしは構わずに、自分からまた唇を重ねた。
「――いいのか?」
キスの合間に、佐野が尋ねてくる。佐野の指が首筋を滑る。ぞくぞくする。
……正直に言って、佐野の言葉の意味があたしにちゃんとわかっていたかというと、ウ
ソになる。ただ、離れたくなくて。佐野のぬくもりをずっと感じていたくて。
あたしは、こくんと頷いた。
佐野の手が、あたしの上着にかけられて、ジッパーを降ろしていく。その下には胸を隠
すためのベスト。それも取り払われて、あたしは耳まで熱くなる。
それほど大きくない胸に、佐野が触れる。体がびくりと震えた。佐野はちょっと躊躇っ
たけど、大きな手のひらで包むようにして指を動かし始めた。
あたしは、体が震えてしまうのを止められなかった。あたしとは全然違う、骨張った佐
野の指が、その感触が、あたしの体に熱を生んでいく。
「……あっ」
佐野の指が、胸の先端をとらえた。軽くつまんで、くりくりと動かされて、痺れが背中
を駆けのぼる。
「さ、佐野……」
こういうの、快感って言うんだろうか。あたしは恥ずかしくなってしまって顔を伏せた。
その途端、あたしの胸にある佐野の手が目に入ってきて、あわてて目を閉じる。うわーう
わーうわー、さ、佐野の指が指が……や、わかってたことだけど、まともに見ちゃうとさ、
やっぱり……ね。
「瑞稀……?」
佐野のいぶかしげな問いに答えずに、ただぶんぶんと首を振る。嫌なんじゃないんだよ、
ただ、ちょっと、その、照れくさいだけで。
あたしの気持ちをわかってくれたんだろうか。佐野は、行為を止めることはなかった。
「……っ」
右の胸に温かな感触。指とは違う柔らかなそれに、あたしはまた体を震わせた。さらさ
らとした佐野の髪の毛が、肌を掠める。
あ、あ、あ、やだ、どうしよう。体が痺れる。頭がぼうっとして何も考えられなくなる。
佐野の唇が敏感になった先端を吸い上げる。長い指が胸を揉みしだく。
「ん……んんっ、佐野……っ」
膝ががくがくする。これ以上立ってられない。
ふわり、と体が浮いた。
佐野があたしを抱き上げて、ベッドにそっと横たえた。佐野も上着を脱いで、ベッドに
あがる。
「……ちょっと狭いな」
佐野が苦笑する。あたしも、思わず笑いがこぼれる。
「ふふっ、そうだね」
2段ベッドの下だもんね。佐野は体も大きいし、頭が上につかえてしまいそう。
――あ、なんか、今ので緊張がちょっと解けたみたい。
佐野のキスを、今度は落ち着いて受け止めることができた。佐野の唇が、唇に、頬に、
瞼にキスを落とす。
「ん……」
佐野の唇が首筋をゆっくりと降りていく。最初はくすぐったいような気がしたけど、すぐにそれは快感に変わった。
「あ、は……んっ」
今までに出したことのない声があたしの唇からこぼれる。自分が、こんな声を上げるな
んて知らなかった。
「あ、あああっ」
佐野の唇が、ふたたび胸の先端を含んだ途端、電流のような痺れが全身に走った。そこ
が張りつめて、いつもよりも尖っているのが自分でもわかる。
佐野の滑らかな舌がその張りつめた先端を優しく包んで震わせる。あたしの唇からまた
恥ずかしい声が漏れる。
顔が熱い。お風呂でのぼせたみたいに、頭がぼうっとしてる。何だかすべてのことに現
実感がなくて。
「ひゃうっ」
強く吸われて背がしなった。佐野の頭に置いていた手に力が入って、髪の毛を握りしめ
てしまった。
「あ、ご、ごめん……」
「いや、大丈夫」
顔を上げた佐野が微笑む。ついとその手が動いて、あたしの足に触れた。ぴくり、と体
が緊張する。だけど、あたしはすぐに力を抜いた。
ウエストのボタンを外されて、制服のズボンが降ろされた。あたしも腰を浮かせて協力
する。
下着越しに触れられる。まだ誰にも――あたしでさえ、あまり触ったことのない場所。
でも、そこが熱くなっているのはあたしにもわかっていた。
「う、んんんっ、ぁあ……っ」
どうしよう、布ごしに触られているだけでビリビリする。体がどんどんどんどん熱くなっていってしまう。
「さ、佐野……あ、ああんっ、んんっ」
どうしよう。どうしよう。あたし、今からこんなので、どうなっちゃうんだろう。自分
がひどくいやらしい子になったような気がする。
「……濡れてる」
「――やっ」
佐野に囁かれて、あたしは顔を背けた。
「なんで? 俺は、嬉しい」
驚いて視線を戻すと、佐野少し照れたような顔とぶつかった。
「おまえが、感じてくれてるって証拠だろ」
う、わ……。
そんな顔で、そんなこと言われたら……恥ずかしいけど、恥ずかしいんだけど……しあ
わせ。
あたし、佐野を好きでよかったなあ。
下着が取り払われて、佐野の手が直接そこに触れてきた。軽くなぞるように動かされて、
あたしは身もだえする。
「あっ、あ、んんんっ……あああっ」
前の方に滑った指が、いちばん敏感な場所に触れて、あたしはひときわ大きな声をあげ
てしまう。『そこ』が女性の体で感じやすい場所だって知識はあったけど、こんなにすご
いとは思わなかった。
佐野は人差し指と中指で、その部分に交互に刺激を与えてくる。今までとは全然違う感
覚に、あたしは翻弄される。何だか神経がむき出しになって、そこを佐野に触られている
みたい。
「あ、あ、佐野っ、ああっ、んんっ、は……っ」
腰が勝手に動いてしまう。間断なく与えられる刺激にあたしはもう完全に酔っぱらって
いる。気持ち、いい。きもちいいよう……。
佐野の中指が、すっと動いて入り口に潜り込んだ。
「……っ」
「痛いか?」
「ううん、全然……」
強がりじゃない。確かにちょっと異物感はあるけど、痛みはなかった。
佐野がゆっくりと指を抜き差しするにつれ、その違和感も消えて、甘い痺れが広がって
いく。
「あ、はぁ……ん、んんっ」
私の声と湿った水音が部屋の中に響く。だけど、今はもうそれを恥ずかしいと思う気持
ちも消えて、ただ佐野からもたらされる快楽だけを追いかける。
水音がふっと途切れて、佐野が身を離した。熱に浮かされた視界に、佐野がジーンズを
脱ぐ姿が映った。
いよいよ、かあ。
あたしは軽く目を閉じる。佐野が戻ってきた気配。
「……いくぞ」
「うん」
佐野があたしを抱きしめる。熱い吐息が首筋にかかって、ぞくりと震える。少し間を置
いて、鋭い痛みが襲ってきた。
あたしは歯を食いしばってそれに耐える。話には聞いてたけど、これほど痛いとは。内
側から体を引き裂かれるような、そんな痛み。
「大丈夫か」
「う……ん」
あたしは、精一杯の笑顔を作ったけど、ちゃんと笑えてたかは自信がない。
だって、こんな痛み初めてで。
――だけどね、この痛みを与えたのが佐野で嬉しい。だから。
「だいじょ……ぶ、だから……続けて」
あたしを気遣って動きを止めた佐野を促す。佐野は少し躊躇っていたけれど、あたしが
もう一度促すと、
「……我慢できなくなったら言えよ」
そう言って、そっと動き始めた。
「……ぅ、ううっ……んっ」
抑えてはいるんだけど、食いしばった歯からどうしても声が漏れてしまう。そのたび、
佐野が心配そうに顔を曇らせるから、あたしは大丈夫と笑ってみせる。
そのうち少しずつ――本当に少しだけど――痛みが薄らいでいった。もしかしたら、ち
ょっと慣れたのかな。
「ふ……う、さ、の……佐野」
声を出す余裕もちょっとだけできた。
「佐野……好きだよ」
佐野が顔を歪める。なんだか泣きそうな顔だ、と思った。
「俺も好きだよ……瑞稀が誰よりも好きだ」
優しいキス。それから、ゴメンと囁く声がして、いきなり佐野の動きが激しくなった。
「あ、ああ…あああ………っ」
あたしは、もう何も考えられなくなって、ただ揺すぶられるままに声をあげ続ける。今
感じているこの熱が、痛みなのかすらもうわからない。
あたしの中が佐野でいっぱいになっていく――。
「くっ」
佐野が短い声を上げて、あたしから身を引いた。勢いよく迸ったものがあたしのお腹に
かかる。
佐野は息を荒げて、しばらく放心していたみたいだったけど、我に返った途端、慌てて
あたしに謝った。
「わ、悪い! お前の上に……」
「ううん、いいよ」
佐野のものだと思えば、別に気持ち悪くはないし。あたしを気遣ってくれての結果だっ
てわかってるし。
佐野はティッシュを取ってきてあたしの体を拭いてくれた。そんなことしてもらうつも
りなかったから、焦っていいよって言ったけど、押し切られちゃった。
優しいね、佐野。
あたし、佐野を好きになって本当によかった。
途中で学園を去ることになっちゃったけど、桜咲に来たことを後悔はしてないよ。
「……瑞稀?」
あたしは潤んできた瞳を隠すため、佐野に抱きつく。
大好きだよ、佐野。
あたし、絶対絶対戻ってくるから。アメリカで頑張って、きっといつか――。
口を開くと、嗚咽がこぼれてしまいそうで、声には出せなかったけど。
心の中でそう約束して、あたしはぎゅっと佐野を抱きしめた。
(終)