――終わった。何もかも。  
私はパンドラの箱をぎゅっと抱きしめた。  
長かった。辛いことも何度もめげそうになったこともあった。  
でも、みんなのおかげで乗り越えられた。  
ふいに視線を上げると、ハーメルの顔が目に入る。  
彼は私の目をまっすぐ見つめて、笑った。  
私も自然に笑顔になる。  
――お疲れ様、ハーメル。  
眩しいほど太陽の光が、私たちに降りそそいだ。  
 
「フルート王女。今からスフォルツェンドに向かって下さい。」  
王家親衛隊の二人に支えられて、クラーリィさんが話しかけてきた。  
「そんな今すぐに?でもどうやって……。」  
「俺のワープの魔法がある。」  
「その体で無茶しないで下さい!それに、まだここにはみんなが……」  
「行ってください!」  
その真剣な声と俯いた顔から、私はクラーリィさんが何を考えてるのか分かった。  
「ここは私どもに任せてください。それに王女たちは長旅での疲れもあるでしょうから。」  
「うん。わかった。」  
それだけ答えて私はハーメルたちのところに向かった。  
お母さんに、逢いに行かなくちゃ。逢って「ありがとう」って言うんだ。  
そして、一晩中そばにいてあげるんだ……。  
 
 
大魔王ケストラーを封印したということで、スフォルツェンドの街はお祭りムードだった。  
さすがにそのままの格好で城内は歩けないから、真っ先にお風呂に入った。  
久しぶりのお風呂だったし、疲れも溜まってたから、何度も湯船で寝そうになったけど、  
その度に自分に鞭打って、ちゃんと髪と体を洗ってあがった。  
下着を着けて、シンプルな白のワンピースを着る。髪は乾かしてそのまま結ばないでおいた。  
神官に案内されて、礼拝室に向かった。十字架が飾られた大きな扉の前で、深呼吸する。  
この先に……お母さんがいるんだ。手が少し震えた。  
ずっしりと重い扉を開ける。大きな十字架が見えた。  
そしてその下に作られた祭壇で、お母さんは眠っていた。白百合に包まれて。  
その顔は……とても幸せそうだった。  
「お母さん……」  
組まれた手にそっと触れる。冷たかった。  
「私だよ。フルートだよ。……帰ってきたんだよ、スフォルツェンドに。」  
ごめん。今まで沢山心配かけて。お母さんは本当に、いつも私を助けてくれたね。  
15年ぶりに逢って抱きしめてくれたお母さん。  
魔族が襲ってきたとき、命を懸けて守ってくれたお母さん。  
ハーメルと別れたとき、「行きなさい」と言ってくれたお母さん。  
私が夜寂しかったり、挫けたとき、「頑張れ」って。  
スコアのときだって。北の都での最終決戦だって。  
いつだってお母さんは私のそばにいてくれた。応援してくれた。  
手が震える。お母さんの笑顔がゆがんで見えた。  
泣いちゃ駄目だ。だって、お母さんは笑ってくれるんだから。  
手の甲で拭って、私は話しかけた。  
「お母さん……私、やったよ。お母さんと一緒だったけど、あんなに大きい魔法も使えた。  
ケストラーも封印した。私、聖女としての役割、果たして来たよ。  
今まで何の役にも立たないパーティのお荷物だと思ってたけど、みんなの役に立てたんだ。  
お母さん……。ありがとう。」  
やっと言えた。ようやく。考えた言葉の半分も言えなかったけど。うまく言葉にならなかったけど。  
「お母さん……。私、お母さんの娘であること誇りに思うよ。」  
 
私がそう口にした途端、どこからか音楽が聴こえてきた。  
――バイオリンの音だ!  
反射的に周囲を見回してしまう。来てるの?ううん、彼はみんなと北の都に残ったはず。  
来てる訳がない。……でも、このバイオリンの音は。間違いない。何度も聴いてきてる音だ。  
「ハーメル?!!」  
「呼んだか?」  
彼の声がした!!来てるんだ、スフォルツェンドに!みんなはどうしたんだろう?  
探すけど彼の姿は見当たらない。  
「ここだ、ここ」  
やけに高いところから声がする。まさかと思って見上げてみると――  
「だあああああああ!!そんなとこで何やっとんじゃい!」  
黒装束に黒い帽子。超特大バイオリンを担いだ辺境一の勇者、ハーメルは、  
なんと礼拝堂の顔とも言える大事な十字架に座って演奏していたのだ!!  
信じられない!なんて罰当たりな!  
「いや、ヒーローの登場はやはり高いところからだな」  
「アホ者ー!!いいから降りてらっしゃい!」  
「しょうがねえなあ……」  
ぶつぶついいながら降りようとした……が。  
「降りられない」  
「アホ者ーーーーーーーーー!!」  
「いやちょっと待てフルート。ここをこうして……だあああああああ!!」  
派手な音を立ててハーメルは落下した。この光景前にも見たことがある。しかも数回。  
「いてええええ足が、足が折れたあああああ〜!!」  
 
「……で、なんでハーメルがここにいるのよ。みんなは?」  
「まだ北の都にいる。俺だけ来たんだ。」  
「どうして?」  
「いや、クラーリィがな……。」  
彼はちょっと照れくさそうに鼻の頭をかいた。  
「クラーリィさんが?」  
「いや、『今、王女にはお前が必要だ。王女を支えてやってくれ』っていきなりワープさせられた。」  
「……」  
クラーリィさんたら……。  
「でも、そんな必要なかったな」  
「へ?」  
「いや、さっき話しかけてただろ。それ聞いたらさ。大丈夫だなって。」  
「……ねえ」  
「あん?」  
「さっきのバイオリン……なんて曲?」  
「ああ。モーツァルトの『レクイエム』だ。」  
「レクイエム?」  
「死者にささげる曲だ。鎮魂歌とも言う。」  
「綺麗な曲ね。」  
「この曲は1791年に作られたモーツァルトの最期の曲でな。未完なんだ。35歳で亡くなった。  
その後弟子によって完成されたが、今も多くの人の手によって変化していっている。」  
「ねえもう一回弾いて」  
私のその言葉には応えずに、彼はまたバイオリンを構えた。  
モーツァルトは死の淵に瀕しながらも、この曲が頭に響いてたんだ。  
お母さんには何が聴こえてたんだろう。  
気が付くと演奏は終わっていた。ハーメルは私にハンカチを差し出した。  
「拭けよ。」  
気が付くと私は、涙を流していた。気づかなかった。  
でもその涙はひどくあたたかくて、ホッとさせるものだった。  
ハーメルがいなかったら、レクイエムを聴かなかったら……こうは泣けなかったと思う。  
見たときにはもうそっぽ向いてたけど、その彼の優しさが嬉しかった。  
 
夜になった。  
街ではまだお祭りが続いているらしく、明るい。  
私は部屋にある円形のベットに座りながら考えていた。  
これからのこと。スフォルツェンドのこと。――私とハーメルのこと。  
意を決して、立ち上がる。ワンピースの上にカーディガンを羽織って、そっと部屋出た。  
廊下は静かだった。何度も迷いそうになりながらも、目的の場所を見つける。  
ハーメルの部屋。  
心臓がドクドク脈打ってる。でも、伝えなければ。  
明日になれば、もうそんなタイミングもないだろう。  
後悔はしたくない。  
私は、ゆっくりとドアをノックした。  
 
中でハーメルの声がする。心臓がまた1テンポ速くなった。  
「私。」  
少し間があって、ドアが開いた。彼もまた白のパジャマを着ていた。  
いつも黒装束だから少し違和感があったけど、似合ってると思う。  
帽子は被ったままだった。  
「何だこんな時間に。」  
「……ちょっと話したいことがあって。中入っていい?」  
「……ああ。」  
中に通されて後ろ手でドアを閉める。  
ハーメルはベットに座った。ので、私は椅子に座る。  
「で、何だ話したいことって。」  
「うん、あのね……。」  
うまく伝えられるだろうか。  
言葉をひとつひとつ選びながら、私は話し始めた。  
「初めてハーメルに会ったとき……スタカット村で会ったとき。そこから私の旅が始まったの。  
それまで自分は孤児だと思ってて、村から出たことなかったから外の世界も知らなくて……。  
でも、ハーメルとオーボウと旅をしていくうちに、ライエルに会ってトロンに会って  
スフォルツェンドで自分が何者か知って。……お母さんに逢えて。  
治癒の魔法が使えるようになって、サイザーが仲間になって……。  
みんなに逢えて、自分がひとりぼっちじゃないって事が分かって、本当に嬉しかった。楽しかった。  
勿論楽しいばかりじゃないけど、辛いことがあってもみんながいたから乗り越えられた……。」  
みんなの顔が浮かぶ。ひとつひとつの出来事が思い返された。  
 
「ハーメルがあのとき力ずくでも私を連れて行かなかったら、こうはならなかったと思う。  
ハーメルのおかげで、今の私があるの。だから……。」  
ごくりとつばを飲む。  
「本当に……ありがとう……」  
ハーメルは黙ったままだ。反応を待つのも怖いので、また話し出す。  
「で、考えたの!」  
私は勢いよく椅子から立ち上がった。  
「これからのこと」  
「?」  
「勿論、北の都にみんな残してきてるからまたすぐ戻るだろうし、  
お母さんのお葬式や……スフォルツェンドのこともいろいろあると思う。  
でも、私は……」  
 
私は……。  
 
「ハーメルとずっと一緒に、いたい。これからも。」  
「……」  
「ハーメルは……どう……思ってる?」  
やっと言えた。  
今までそういう雰囲気になったことはあったものの、  
いつも何かしら邪魔されて結局はっきりしないままだった。  
でも、ようやく私の気持ちを伝えることが出来た。  
勇気を振り絞って彼の顔を見た。返事が怖い。手も震える。  
「……ハーメル?」  
私は抱きしめられていた。その次に触れたのは、暖かな彼の唇だった。  
 
「これが返事だ」  
唇を離してから、彼が言った。  
「本当はあのとき……北の都でお前と話したとき、  
俺は自分の命をかけてケストラーと戦うつもりだった。  
お前らを失うくらいだったら、命と引き換えてもいいと思ってた。  
もう逢えない……逢わないつもりでいたんだ。  
でも、また逢えたとき……嬉しかった。変だな。」  
私は自分の息が止まるかと思った。  
「今までの俺だったらお前を突き放していたと思う。  
でも、俺も……お前と一緒にいたい。」  
ハーメルはそう言って帽子を脱いだ。あんなに角を見られるのを嫌がっていたのに。  
「ありがとう……ハーメル」  
私はまた彼に抱きついた。強く強く。胸に顔を埋めながら少し泣いた。  
 
ふいに目線が合った。言葉は発しなかったけど、それがお互いの、了承の合図だった。  
ハーメルがパジャマを脱ぐ。私は、カーディガンを脱いで、床に落とす。  
ワンピースは両手を上げて、ハーメルが脱がしてくれた。  
その間、恥ずかしくて何も喋れなかったけど。  
私は、優しくハーメルに押し倒されていた。  
 
ハーメルの唇は、媚薬みたいだ。触れてももっともっと欲しくなる。  
触れて、吸って、絡ませて、噛んで……息が出来ないぐらいお互いを求め合った。  
動きが激しくなるにつれて、お互いの息が荒くなってくるのがわかる。  
もっともっとハーメルに触れたい。  
……抱かれたい。  
初めて心からそう思った。もっともっと奥深いところまで。  
ハーメルの唇が、首筋に落ちる。そのまま、鎖骨に、肩に。  
「ひゃっ」  
ぞくりとする感覚と共に、不思議と快感が生まれる。  
自分のなかが、熱さを増しているのがわかった。  
そのまま舌が乳房に触れた。口に含みころがされる。  
「あっ…あ、あ」  
自分でもおかしな声だと思う。言葉にならない、でも何か感じてる声。  
「ん、あ…やっ、あああ」  
手でも触れられて、自然に声が更に増した。  
自分に起こっていることで精一杯で、ハーメルが私を見てどう思ってるかわからないけど……。  
私の声に応じて、手の動きが変化しているのに気が付いた。  
そしてその手が、もっとも敏感な場所に触れた。  
 
「濡れてるな……」  
「やっ、やだ」  
羞恥でどうにかなりそうだった。私のなかは自分でも分かるほど……溢れていた。  
つつ、とパンティの上からなぞられる。私は声を発してしまう。  
でも頭の中では言葉ににならない声が響く。さわってさわってさわって。  
その言葉が聞こえたのか、ハーメルはパンティをずらして、優しく触った。  
「ふあっ……ああっ」  
ゆっくりと指を這わせる。決して乱暴にはせずに。  
でもそれが、私には焦らされてる様で。  
「ああっ……ハーメルっ、はっ、あんっ」  
乳房と秘所を同時に触られて、おかしくなりそうだ。  
私……どうしちゃったの?  
「俺ももう……」  
ハーメルが苦しげに呟いた。彼ももう限界みたいだ。  
初めてちゃんと見るハーメルのそれは、なんか生き物みたい。  
こんなのが自分のなかに入るのかと思うとちょっと怖くなる。  
「いくぞ。」  
「う、うん。」  
ハーメルが私の太ももを掴んで、一気になかに入ってきた――。  
 
「あ、ああああああっ!!」  
いきなりの衝撃に、一瞬気を失いかける。  
「痛い、痛い痛いっ!!」  
あまりの痛さに目に涙が浮かんできた。  
「すまん。」  
「何で謝るのよ。」  
「俺だけ気持ち良くて。」  
痛さはまだ続いていたけど、その言葉を聴いて少し気持ちが和らいだ。  
そっか……気持ちいいんだ。あたしのなか。  
「少し動いていいか?」  
「……ゆっくりなら。」  
ハーメルが動く度に痛みは襲ってきたけど、同時に甘い感覚が感じられるようになった。  
「やべぇ、俺そろそろ……。」  
ハーメルの動きが激しくなる。絶頂が近いのだろう。  
「ああっ!ハーメル、あ、ああっ!」  
痛みも快感も全部ごちゃ混ぜになって、私はただ喘いでいた。  
もうなんでもいい。ハーメルと一緒なら。あなたのためなら。  
ずっと一緒に居られるのなら。  
もう、何でも。  
 
次の瞬間、ハーメルはわたしのなかで、果てた――。  
 
「フルート……。」  
事が終わった後、彼は私にキスをした。安心させるように、優しく。  
ハーメルとひとつになったなんて、信じられない。  
「痛かったか?」  
「……痛かったわよ。」  
「お前処女だったんだな。」  
天罰の十字架で、思いっきりベットから突き落としてやった。  
「何言ってんのよ!当たり前でしょ!」  
「いやお前、ヴォーカルの剣に魂取られた時、パンドラの箱空かなかっただろ。  
あれ『聖なるものの魂』しか使えんらしいから、てっきりお前は穢れているのかと……。  
そうでなくてもだな、てっきりヴォーカルにヤられているもんだと……ておい?」  
床の上で一人で頷いたり、そうだそうだと一人納得しているハーメルを尻目に、  
私は十字架を再び構えた。  
 
「――この……ドアホ者がーーーーーー!!」  
 
その後、部屋の窓からフルートによって叩き落されたハーメルは、  
全裸でスフォルツェンド国内を彷徨っているところを警察に見つかり、  
連行されたそうですじゃ……。(岩神仙人)  
 
<終>  
 

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