取り替え子騒動が治まったあと、アーミンは洞窟に面した海のちかくで休むケルピーの元へ向かった。
あのことを、エドガーにいわないだろうことは確信していた。
けれど、ケルピーにとって一番大切な相手だとどうなるかわからない。
「リディアさんにいわないでほしいの」
「あ?なんで俺がお前の言うことを聞かなくちゃいけないんだよ」
伯爵のこととなると無関心でも、リディアさんには隠し事はしたくないというのか。
この獰猛な妖精が可愛らしく見えてきて、アーミンは苦笑した。
なんとかしてリディアに隠しておく方法はないだろうか。
そう、リディアに言わないと思うようにすればいい。
自分に使える手段は、二つ。
ナイフ、そして…。
ナイフはこの妖精には通じまい。
でも、もうひとつなら…?
その手段。
自らの身体に叩き込まれたこと。
苦しみの記憶が甦る。
自分を思うがままにしていた男。
奴隷として扱った男。
すべてを諦めていたあのころ。
つとアーミンはケルピーのひんやりとした顔に手を伸ばした。
もう片方の手を背中に回すが、ケルピーは動かない。
アーミンのしていることを図りかねているようだった。
「おい、なんのつもりだ?」
吐息のかかるほど近くで囁く。
「リディアさんが好きなんでしょう?」
ケルピーは無言で眉を寄せた。
「人間の女の扱い方を教えてあげましょうか」
「…妖精のくせに、か?」
「かつては人間だったわ」
は、とケルピーが鼻で笑う。
それを是だと受け取ってアーミンはケルピーのくちびるをそっとふさぐ。
冷たいキスだった。
突然後ろ向きにさせられて驚く。
「…なぜこの体制なの?」
「え、交尾ってのはこういうもんだろ?」
けろりとしていうケルピーに、そういえばケルピーは馬だったと思い出した。
馬の交尾ならば、そうだろうが。
本当に人間相手の『交尾』を教える必要があるようだ。
「リディアさんは、人間よ。人間はまずはこうするのが基本よ」
勢いをつけて押し倒す。
至近距離でみるケルピーはやはり美しかった。
美ならエドガーやプリンスの元にいるほかの女奴隷達で見慣れていたが、それとはまったく異なる
人にあらざる美貌。
合い間に、チュニックに手をかけ脱がせる。
なめらかな肌に直接触れ、たどる。
その気になってきたらしく、ふいに押し返され気がつけば逆に押し倒されていた。
「こうするんだろ?」
にやり、と笑ってケルピーはアーミンの服を乱暴に手をかけた。
ボタンをはずせずいらつく彼に、シャツが破かれないかと不安になる。
自分からボタンをひとつひとつ、じらすようにゆっくりと外す。
胸元がはだけられ、外気にさらされるが、不思議と寒さは感じなかった。
アーミンの導くままに、ケルピーは彼女の肌を伝う。
さらにケルピーの冷たい唇と舌が首筋をなぞり、ぞくりとアーミンは吐息を漏らした。
あらく噛みつかれ、一瞬食べられるのかとヒヤリとするが、跡をつけただけだったらしい。
随分と乱暴な扱われ方だ。
「あなた、リディアさんにもこんなに乱暴にするつもり?私をリディアさんだと思って接してみて 」
「はあ?」
何を言っているんだといわんばかりの口調だが、ケルピーの行為は幾分優しくなった。
本当に彼女を大事に思っているのだとおもうと、寂しいようなうれしいような、複雑な気持ちになった。
エドガーのそばに彼女がいてほしいと思っているのは本心。
けれど、リディアさんはケルピーと共にいるほうが幸せになれるかもしれない。
今度は甘く噛み付いてきた。いくつも跡を残される。
「…っ」
腕を背中に回し、抱きしめる。自らで彼を暖めようとするかのように。
ケルピーの手が足に伸びてくる。
一瞬息を呑んでから力を抜き、そっと足を開く。
太ももから内部に指が入り込んでくる。
こわごわと指を増やしていくのに内心苦笑する。
段々慣れたのか大胆に掻き乱され、体が跳ね上ると同時に奥から蜜があふれ出す。
「ああっ…」
羞恥と快楽にアーミンは喘いだ。
ケルピーの息も荒くなり、昂ぶってきている。
途切れ途切れに口を開く。
「もう…いい、わ。…来て」
自分から足を広げ折り曲げる。
同時にケルピー自身が中に入り込んでくる。
彼が激しく前後に身動きするのにあわせて、腰を振る。
何度も最奥を擦られ、突き上げられる。
「ん…あっ」
くらくらする感覚に囚われて何もかも分らなくなる。
アーミンは少し身体を起こしてケルピーの耳を甘く噛んだ。
今度はケルピーから唇を求めてくる。
むさぼるように舌を絡めあい、身体をもっと近づける。
内部に力を入れると、一層動きが激しくなったあと、中を満たされる。
「う…あぁっ」
達した後、しばらく二人で抱き合っていた。
それが乱れた黒髪をそっとなでられる。
乱暴な態度でも、どこかやさしかった。
それが苦しい。
いままでそんな風に優しく触れられることはなかった。
まるで恋人同士のふれあいのような。
けれど、これは一時の夢。
あくまで口封じの手段なのだから、と言い聞かせる。
身体を拭い、散らばった赤い跡を隠すようにしわくちゃのシャツを着る。
乱れた髪を整えながら、ケルピーを見ないようにして話す。
「ねえ、ひとつ教え損ねたことがあるの」
「あ?」
ごろん、と寝返りを打ってこちらを見る気配に身をこわばらせる。
それでも意を決する。
「人間の女性、いいえ特にリディアさんのような方は、男が他の女に手を出すことを一番嫌うのよ」
ケルピーを正面から見据えて鮮やかに笑う。
しばしの沈黙の後、不貞腐れたように起き上がる。
「そんなにあのこと、誰にも知られたくないってことか」
「ええ」
その場を足早に立ち去る。
だから、ケルピーの「こんなことしなくても言わなかったのに」と呟く声を聞いていなかった。
洞窟から充分に離れたあと、アーミンは視界が歪んだため立ち止まった。
「今さら…」
力なく呟いた途端、涙があふれてきた。
「…どうして泣くの」
嗚咽を飲み込み、止めようとするが止まらない。
アーミンは一人体を震わせて泣き続けた。
FIN