こんな筈じゃなかった。
リディアは目の前の光を集めたような金髪を見つめていた。
唇に触れる感触は、男性の髪とは思えないほど滑らかで柔らかい。
腰に回されている腕をそっと持ち上げて、身体をずらすと、腰に鈍い痛みが走る。
脚の付け根に残る、違和感。
そこだけじゃない、身体全体が重くて気だるかった。なのに心が昂ぶって、眠れない。
エドガーの顔をうかがい見れば、熟睡している様子で、長い睫毛が動く気配も無い。
寝顔だけ見れば、まるで天使のようなのに。
いったいどんな表情でああいうことをするんだろう。
リディアは小さくため息をついて、起きあがり、寝台からすべり降りた。
白みはじめた空でぼんやり明るいリディアの仕事部屋。
夜にここに来たことはそんなに無かった。まして、今日のように明け方近くになんて。
いま見ればエドガーの意図が分かる。最初から口説く気でいたのだ。
あまり色気の無い部屋ではムードが足りない、とでも思っていたのだろうか。
いつも座っている椅子に腰を降ろすと、かすかにきしむ音がする。
いつのまにかリディアは身体を抱きしめていた。はやく日常に戻りたかった。
ニコがいて、レイヴンがいて、トムキンスさんがお茶を運んでくる、そんな毎日に。
エドガーから昨夜与えられたものは、リディアを混乱させた。
「エドガー、あの…ま…待って」
「まだ、きつい?」
彼もどこかつらそうに眉根を寄せてリディアを見ている。
その表情が生々しくて、リディアはいたたまれなくなる。
「そうじゃなくて、今日はもうこれで……」
これ以上は無理だとエドガーに言いたかった。素肌を合わせて、愛撫を受け、
さんざん声を上げさせられ、それからこれだ。
神経がもたないような気がしていた。
「それは駄目」
なのに、エドガーは容赦無い。追い討ちをかけるように腰を強引に更に進められて
リディアは息を呑んだ。
女の子には甘いひとだとずっと思ってきたのに、勘違いだったのだろうか。
時間をかけて執拗なほどほぐされ、拓かれていく身体が恥ずかしくてたまらないのに。
「リディア」
苦しげに呟き、ゆっくりと侵入してくる。休みはしても、決して許してはくれない。
絡め合った指と指が握り合わされた。
耳元で囁かれた言葉はいったい何だったのか。
意識を飛ばしていたリディアにはよく聞き取れなかった。
身分が違う。育ってきた環境も違う。
エドガーは根っからの貴族で、リディアには理解できない部分をたくさん持っている。
求められるのが嫌だったわけじゃない。
実際に身体を合わせてみてから、リディアは身体のあちこちから思ってもみなかった
感覚を引きずり出され、底無しの快楽の予感に恐怖を覚えた。
本当にこれで良かったのか、とさえ思ってしまう。
「リディア」
声にはっとすると、シャツとガウンを身に着けたエドガーが扉の前に立っていた。
「目が覚めたら、傍にいないから」
エドガーはリディアに歩み寄ってくる。手にした上着をリディアの肩に着せかけた。
そのまま、ひどく優しい手つきで髪をそっと撫でる。
「夢だったのかと思った……」
「何が?」
聞いたあとで聞かなければよかったと思う。
「嫌だったの? 僕が嫌いになった?」
昨夜のことを尋ねられている、と思うと羞恥で頬が火照った。
「嫌、とか別にそういうわけじゃ…あなたのことも嫌いじゃないわ」
居心地が悪くてもじもじと身動きしてるのに、エドガーは放してくれない。
「好きとは言ってくれないんだ?」
「そう言ったら、放してくれるの?」
ふと思いついて聞いてみる。
「うん」
「じゃあ、好き」
「一回だけじゃ足りないな」
「こんなこと何回も言えないわ」
リディアは椅子から立ちあがった。
エドガーはしぶしぶという様子で手を放す。
部屋を出ていこうとしたリディアの背後でエドガーが呟いた。
「まあいいか、時間はたっぷりあるから……」