「さあ、できましたわ」
メイドの声にリディアは顔を上げて鏡を見た。
結い上げた髪に薔薇を挿していたメイドと鏡越しに目が合い、にっこりと微笑みかけられる。
「とてもお綺麗ですわ、奥様」
「そうかしら……」
ドレスはリディアの瞳に合わせた淡いグリーン。
「君にはこの色が似合う」と布地を選んだのはエドガーだ。
襟元は深く切れこみ、リディアには少々肌の露出が多いのではないかと思える。
けれどそれは、まだ正装に慣れていないせいかもしれない。
立ちあがって後ろを確認していたところに、扉をノックする音が響いた。
「用意はできた?」
部屋に颯爽と入ってきたのはエドガーだ。正装したリディアを目にして、満足げに微笑んだ。
「とても綺麗だよ、リディア」
頬にキスを受けながら、リディアは赤くなる。
結婚したあともエドガーの大仰な口説き文句は変わらない。
毎日顔を合わせる相手に対して、よくも飽きないものだと思う。
「しばらく下がっていてくれ」
あら、と思う間もなく着付けをしてくれたメイドが礼をして、扉の外に消えた。
「何か、話でもあるの?」
「そう、まだ時間もあるし」
リディアは少し落ちつかない気持ちで鏡の前の椅子に腰を下ろした。
エドガーは上から見下ろしている。
黙っている彼にしびれをきらして、リディアは自分から話し掛けた。
「話ってなあに?」
「この前招かれた舞踏会で、しつこく口説かれていたそうじゃないか」
「口説かれたなんて大げさよ。あのくらい、貴族のゲームのようなものでしょ?」
リディアは頭痛を覚えながら思い出す。
『あなたは僕の妖精のイメージそのものだ。え、ご主人がおられる?
とてもそんな風には見えませんよ。お若くて、まるで少女のようだ』
艶っぽい眼差しで見つめながら、熱っぽく囁いていた貴族の男性を。
子供っぽいと言いたいのだろうかと、その時リディアは思ったのだ。
確かに興味を持たれた様子だったが、それはエドガーが危惧するような種類のものではない。
「その男が今夜来ることになっている」
「……わざわざ呼んだわね?」
じろりと見上げると、エドガーは肩をすくめた。
「僕の奥さんを口説くなんて、いい度胸だと思ってね」
自分は既婚未婚を問わず甘い言葉を囁きかけているくせに。
意外と嫉妬深いのには困ったものだとため息をついたリディアの顎を、エドガーの指が捉える。
上向かされた唇に、エドガーの唇が重なる。
少し開いたままだった口の中に舌が忍びこむ。
思いがけないほど情熱的なキスに驚いて、リディアは受け入れてしまった。
角度を変えて何度も繰り返される口付けに息が上がる。
腰と背中を抱かれて、気づけばいつのまにかドレスの胸元が剥き出しになっていた。
「エドガー!」
弱弱しい抗議の声は当然のように受け付けてもらえない。
リディアの胸元に覆い被さるように金髪の頭が押し付けられ、胸の上のほうにリディアは
あまい痛みを覚えた。
エドガーがゆっくりと身を起こせば、リディアの胸元にうっ血した痕がついていた。
茫然としているリディアをよそに、エドガーはリディアのドレスを元通りに整えている。
「な……なんのつもり?」
「君は僕のものだって、印をつけておこうかなってね」
リディアは頭を抱えたくなる。
「あたしはあなたのシャツや馬じゃないのよ。それに心配しなくても、彼にときめいたりしないわ」
「うん。君のことは信じてるけど、ちょっかいを出す奴はそれだけで気に入らないから
見せつけて牽制しておくのも悪くないだろ?」
いたずらが成功したかのような、無邪気な笑みをみせるエドガーに、リディアは
(本当にこいつと結婚なんかして、よかったのかしら……)と不安を覚えずにはいられなかった。