舞踏会の夜、不意に涙を見せたリディア。  
あれ以来、一瞬だけ見た彼女の泣き顔が脳裏から離れない。  
その理由が聞きたくて彼女をとどめたのに、  
いまはそれよりも目の前の彼女が自分を拒絶するのが腹立たしくてならない。  
どうしてここまで彼女は拒絶するのだろう。  
苛立ちのままにリディアの肩をつかみ、壁に押しつける。  
「や、離して……」  
押しのけようとする腕をつかみ、リディアの目の前で細い手首に唇を押し当てた。  
手首からリディアの跳ね上がる脈を感じると同時に、彼女が震えるのに気づいた。  
彼女をおびえさせたことに気づき、罪悪感を覚える。  
(さすがに、やりすぎたか…)  
手首から唇を離し、震える彼女の顔を覗き込む。  
わずかに青ざめ、顔をこわばらせるリディア。  
淡い緑の瞳が見開かれ、金の虹彩がきらめく。  
 
衝動的にエドガーはリディアの唇を奪う。  
リディアの妖精に通じるという瞳に魅せられたのだろうか。  
謝りの言葉の代わりに、唇は彼女の唇をむさぼることに夢中だった。  
つかんだ手首を壁に押し付ける。  
逃れようとする舌を絡めとり、思い切り味わう。  
唇を開放すると、リディアは乱れた呼吸を整えようと必死だ。  
その間に背中に手を回し、釦をすばやく外していく。  
リディアが気づいた時には釦はすべて外され、ドレスははだけられ、下着が見えている。  
「な、ちょっとエドガー…」  
彼女の細い腰を抱き上げ、奥の部屋へ行き、鍵を閉める。  
リディアをソファの上に下ろす。  
何が起こったのか分からない、といった表情で呆然としているリディアのドレスを脱がせ、  
ペチコート、クリノリンと次々に身を守る衣を取りさっていく。  
固く結ばれたコルセットの紐に手をかけたところでさすがに我に返ったらしく、  
「やめて!」  
と叫んで顔を真っ赤に染め、手を押さえる。  
この国の常識で、リディアをまともなレディとして扱うなら、手を出してはならないと頭では分かっていた。  
だが、やめることができなかった。  
この衝動をなんと呼ぶのか知らないまま、エドガーはかまわずむきだしのリディアの肩にそっと口付けを落とす。  
びく、と肩が震える。その反応を楽しみながら、コルセットの紐を解いてゆく。  
 
リディアは赤くなり、固まったまま、言葉が出てこない。  
こんな状況になるなんて、考えたこともなかった。  
「お願いだから止めて…こんなの」  
「リディア」  
突然名前を呼ばれて、胸が高鳴る。  
エドガーはリディアの髪を一房すくい取り口付ける。  
「キャラメルだけじゃ我慢できない」  
熱く耳元で囁かれ、絶句して体の抵抗力が抜けていく。  
こんな言葉をいわれるのはいつものこと。  
エドガーにとって口説き文句なんて、人を思い通りにするすべの一つでしかない。  
本気にしてはいけないのに……。  
どうしていま、その言葉にときめくのか。  
このまま流されてもいいと思ってしまうのか。  
未婚の娘が結婚前に男に肌を許すなんてありえないことだ。  
ありえないことなのに…どうして今、エドガーに抱きしめられているのだろう。  
もう、わけが分からない。  
くらくらする。  
コルセットが完全に外されたと同時に、なにもかも自由になったような、そんな気がしてリディアは深呼吸をした。  
エドガーの何度目かの口付けを、はじめて目を閉じて受け入れる。  
 
ゆっくりと押し倒される。  
覆いかぶさってくる重さに息を詰めたあと、ゆっくりと体の力を抜いた。  
肌をエドガーの手がつたう。その感触にくすぐったさを感じた。  
エドガーの唇がゆっくりと首筋に降りてくる。  
「あっ…」  
思わず声を上げてしまい、あわてて口をふさぐ。  
羞恥で体をこわばらせ、意識でエドガーの指が肌を伝う感触を追う。  
胸元のふくらみをやさしく撫でられ、その頂を口に含まれる。  
触れてくる形のいい指に追い詰められ、抑えようとしていた声が漏れてしまう。  
まるで壊れ物でもあつかうかのように触れられている。  
肌と肌が重なり合う感覚に、いつのまにエドガーも服を脱いだのかとぼんやり考える。  
胸元にいくつもキスを落とされ、喘ぐ。  
体が熱でもあるかのように熱くなり、息をするのが苦しい。  
いつのまにか足が開かせられ、足の間にエドガーの体が滑り込む。  
足首から膝、太ももと手が這い、さらにその狭い最奥へ、ゆっくりと指が入り込んでくる。  
衝動的に、つま先がピンとのびる。  
リディアは苦痛の息を漏らしながら、うごめく指にひたすら耐える。  
敏感なところを幾度も行き来され、やがて、湿った感覚に違和感を覚え始める。  
体の中心がじわじわと熱くなっていく。  
 
「や、…んっ」  
痛みとは違う、違和感が襲う。  
エドガーは執拗にそこを擦る。  
その感覚はまるで、自分が自分でなくなるかのよう。  
「やめて…」  
息も絶え絶えにいうが、  
「だめだよ。あとで君がつらくなる」  
腹部にキスを落とされ、体が跳ねる。  
エドガーはリディアの投げ出された手を自分の背中に回させる。  
「リディア、息を吐いて…」  
耳を舐めながら、あまく囁く声に何がなんだか分らないうちに、従う。  
エドガーがゆっくりと身を沈めてきた。  
体がこわばる。  
「やっ」  
とっさに逃れようと上へずれる彼女の腰をエドガーは支え、さらに中へ進入する。  
圧迫感と裂かれるような痛みに、涙が流れてくる。  
「リディア…」  
エドガーはいったん動きを止め、こぼれ出る涙を唇でぬぐってくれる。  
それに安堵し、力を抜いたリディアの中に、最後まで押し進む。  
熱さと痛みを必死にこらえる。  
つながったところから、彼の脈が伝わってくる。  
先程の手首へ口付けされたとき、今のようにエドガーにリディアの脈が伝わってしまっただろうか。  
そう思うと恥ずかしくていたたまれない。  
 
痛みが少し引いたころ、リディアは固く閉じていた目をうすく開く。  
灰紫の瞳がまっすぐリディアを見つめていた。  
その表情はどこか苦しげで。  
羞恥心も苦しみも何もかも、一瞬、忘れる。  
リディアが目を開くのを待っていたかのように、エドガーはゆっくりと動き出した。  
「ああっ」  
緩やかに幾度も揺さぶられ、追い詰められる。  
とっさにエドガーの背中に固くしがみつく。  
それを待っていたかのように、エドガーの動きが早くなった。  
熱いものが体を満たし、押し寄せる開放感に思わず声を上げる。  
 
どうして今、彼の腕に抱かれているのか。  
その扇情的な灰紫の瞳を見て気づいた。  
彼はいつも、その瞳の中に寂しさを秘めているのだと。  
そんな彼の寂しさを、どんな方法でもいいからすこしでも慰めたいと思ってしまう。  
こんな感情を他の人に抱いたことはない。  
とっくに彼の存在に魅せられていたのだ。  
薄れていく意識の中でそう思った。  
 
腕の中でぐったりとしている少女を見下ろし、エドガーは満足感を感じるとともに、強引にことを運んでしまったことを後悔した。  
中流階級の未婚の娘に手を出すなんて、弄んでいると思われてもおかしくない。  
リディアは許してくれないかもしれない。  
今まで、本性を見せても逃げなかったのは彼女だけだった。  
先程も、騙されているのかもしれないと思っていただろうに、自分の欲望を受け止めてくれた。  
責任を取るのは当然だが、それ以前に彼女を手離したくない。  
彼女に自分の上着を掛けてやり、話しかける。  
 
「リディア、結婚しよう」  
意識を飛ばしていたリディアは、ソファでエドガーに抱きしめられている事に気づき、  
あわててエドガーの上着の中に身を縮め、肌を隠す。  
「こんなことになったからって責任取ろうなんて考えないでよ」  
「違う。君にずっとそばにいてほしいんだ」  
「…でも、身分が違いすぎるわ」  
上流階級でも上のほうにいる彼と、中流階級でも下層に近いところにいる自分では。  
その上、貴族の奥方になって社交をするなんて、リディアの性には合わないこと。  
「君に普通の貴族の奥方なんか求めてない。  
レディ・アシェンバートとしてよりも、レディ・イブラゼルとして、ずっとそばにいてほしい。」  
英国伯爵としてよりも、妖精伯爵の奥方として。  
そんな言葉に、めまいがした。  
イエスと言ってしまいそうだ。  
けれど、唇からは何の言葉も出てこない。  
 
「ウェディングドレスはやっぱり白がいいかな?」  
ふいにエドガーは立ち上がり、シャツを身に着けながら、そんなことを言った。  
「そうだな、オレンジだけじゃなくて、色とりどりの花冠をヴェールの上に飾るのはどうだろう。  
きっとそのキャラメル色に映えるよ」  
 
楽しそうに言うのが頭にきて、乱暴に言い返す。  
「何言ってるのよ。白いウェディングドレスなんて父さまが用意できるはずないじゃない!」  
何しろ父の稼ぎはほとんどが研究に消えているのだから。  
「そりゃ花嫁の父が用意するのが普通かもしれないけど、  
こちらが君に似合うとびきりのドレスを用意するから気にしなくていいよ」  
リディアだって女の子だ。いつか、ウェディングドレスを着るのに憧れていた。  
ただ、それが白いウェディングドレスだとは想像もしていなかったこと。  
白いウェディングドレスはヴィクトリア女王が着て以来、上流階級の娘の間では流行している。  
しかし汚れやすく高価だから、中流階級ではまだ身分不相応だとして身につける女性は少ない。  
けれど、伯爵という上流階級の存在に嫁ぐのなら、身に着けるのも当然なのかもしれない。  
だが、どんなに身分が高くても、白いウェディングドレスを着られない女性が二種類いる。  
ひとつは再婚する女性。  
そしてもうひとつは。  
「…白のウェディングドレスは処女の象徴でもあるのよ?  
私は白いウェディングドレスはおろかヴェールもかぶれないわよ」  
あなたのせいで、と言外に匂わせる。  
「そんなの、だまっておけばばれないよ」  
ぬけぬけとよくもそんなことを…と食って掛かろうとしたリディアだが、  
自分の返事が、プロポーズを受けてしまったことに今更ながらに気づいた。  
エドガーもそれに気づいているのだろう、極上の笑顔を浮かべ、リディアのキャラメル色の髪を一房とって口付けた。      
   
終わり  
 

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