彼女の名は「山田のり子」。人呼んで『派遣戦士』。
100以上の資格を持ち、勤めた職歴数あまた。
今日もまた、派遣先の双葉商事での激務を終え、判で押したように定時きっかり家路に付くのであった。
「山田さんは人間なのか」
などと言う噂は数知れず、しかし当の山田のり子はそんな事を全く気にせず、
今日もエクセル表計算の打ち込みに勤しむのであった。
「山田さん…」
そんな山田のり子に恋焦がれる、若き男子がひとり。この男、相当の変わり者かもしれない。
男はハードルが高いほど、燃えるタイプ。
話しかけても、答えようともしない山田のり子にもどかしく思いつつ、
ぐっと奥歯をかみ締めて、チャンスを伺う恋に不器用な男。
「ハア、ハア…山田さん…いいよお…やーまだ…」
「………」
夜な夜な社内の奥から、怪しい声がする。息遣いも荒く、まだ若い声。
ほかの社員達はとっくに帰ってしまっている。一体、彼は何をしているのか。
「ううう。山田さん、出しちゃう…出しちゃうよお」
「………」
男はズボンを半下ろしにし、トランクスもふとももまで下ろしたまま、まるでケモノの様に
よつんばになっているではないか。右手にはささやかな柔らかな丸み。左手には乱れたブラウス。
腰は静かにゆさゆさと。若く白い肌が瑞々しい。
「山田さん…、中で…出しちゃうから…」
「………」
「ふうう、あああ!」
「………」
額に玉のような汗をかきながら、男は喘ぎもだえる。ぽたりと垂れた汗が甘酸っぱく匂う。
聖域であるはずの職場の中という背徳感も相まって、男の興奮は絶頂に達するのはた易かった。
もう、恥じるものは何もない。君はただのケモノなのだから。
口うるさい女子社員や、常にオトナな上司はここにいない。彼だけの夜中の王国。
男は股に熱いものを感じながら、吐き出すように己の欲望を放ち出すと、
鎖を解かれた白濁液が、スカートを汚し支配する。
「はぁはぁ…山田さん…良かったよ」
「………」
「しかし、これが本物の山田さんだったらなあ」
そう。彼は山田のり子が所有する自分自身の等身大の人形、通称『山のり人形』に跨り、
生身の山田のり子に見立て、残業の合間に自慰行為に耽っていたのだ。
生きている本物の山田のり子と違って、山のり人形は男に玩ばれるだけであるが、
無表情であることは山のり人形も、山田のり子も変わらない。
半年以上から始めたこの遊び。もちろん社内の誰にも内密なのは言うまでもないが、
この男は残業になるとイキイキと目を輝かせているのである。
「でも、本物の山田さん…どうなんだろうな。うん…」
男は汚したスカートと人形をウェットティッシュで拭きながら、未知なる山田のり子で
妄想を始める。よっぽど山田のり子にお熱のようである。消臭スプレーで自分の白い分身の匂いを消す。
くんかくんかと自分のザーメン臭さが消えた事を確かめ、山のり人形を元のロッカーに
しまい、悶々とした気持ちで再び残業を始める男であった。
とある、セミの鳴き始めた雲の白い夏の日。
男はある作戦を実行する。彼が徹夜で考えに考え抜いた作戦とは一体何なのか。
「山田さん、この書類にハンコをお願いします」
男が持ってきたのは、厚さにすると電話帳5冊分の書類の束。
彼は山田のり子が得意とする『ハンコ押し』の業務を頼み込んだのだった。
果たしてコレが作戦なのか。男は得意げな顔で山田のり子から立ち去る。
「いくら山田さんでも…」
「いや、山田さんはあのくらいはやるよ」
と他の社員の心配をよそに、山田のり子はガチョンガチョンとスタンプを押し始めた。
オフィスの中は山田のり子のスタンプの音が完全占拠。全く他の音が聞こえない。
「あ、あの…音が大きいので他の場所で…」
課長の申し訳なさそうな申し出には全く耳を貸さない山田のり子。
紙を捲る手は蛍光灯の光の下ではストロボの様に映り、一心不乱にスタンプを押す姿は、
まるで精密機械の様に正しく、そしてスタンプを持つ手はケンシロウの様に力強いものだった。
「ふふふ、山田さん。引っかかったな」
しかし、その光景を見ながら一人不敵な笑いをする男が、遠くからニヤリ。
そう、あの山田のり子に恋焦がれる勇者であった。
山田のり子はそんな彼のことなんぞ忘れて、仕事の鬼と化す。
「昨日の晩、ネットで画像を集めるのに苦労したぜ」
みなさんは『サブリミナル効果』をご存知だろうか。
人間の視覚で認知できないほどの短い時間で、画像を焼付け印象付ける技術。
かつてテレビのタイトルバックで一万円札の映像を差し込み、倫理的に問題となった禁断の手法なのだ。
山田のり子がスタンプを押す書類は、目にも止まらぬ速さで捲られてゆく。
一説には、映画のフィルムのコマよりも何百倍も短い時間で捲られてゆくらしい。
「いくら山田さんでも、あの画像は焼きつくだろうよな」
その画像とは…。無論、エロ画像だ。
そんな事を考えているうちに、山田のり子に異変が起き出した。
よく見ないと分からない範囲だが、ほんのり頬が赤らんでいるではないか。
「作戦成功!よしよし」
いつも見慣れている男は山田のり子の赤らむ顔がすぐに分かったらしい。
そのうち、スタンプ押しも終えて山田のり子が書類の束を持って男に近寄る。
「山田さん、サンキュー」
書類を確認する振りをしながら、束から何十枚かの写真を抜き取る。
それは、真っ昼間に見るのには恥ずかしいハードなエロ画像。山田のり子は、サブリミナル的に
この画像を脳裏に焼き付かせ、ひとりして羞恥していたのであった。
「まま、お茶でもどうぞ」
と、こっそり媚薬入りの緑茶を仕込み、山田のり子がオオカミと化すのを待つ。
いつもの様に椅子の上に正座をして、お茶をすする姿は他の社員達を和ます。
この男以外は…。
終業間近、廊下で山田のり子が部長にイヤミを食らっているのを男は目撃する。
「キミねえ、そろそろ他の派遣先でも行ってみるかね?」
「………」
「派遣を雇うくらいなら、正社員を雇いたいんだよねえ。分かるかな」
「………」
山田のり子に対して敵対心を持つ部長は、もちろん山田のり子にとっても天敵。
その天敵からほとんど因縁とも取られかねないイヤミに、山田のり子は一人ぐっと耐える。
窓からサンサンと差し込む光が、山田のり子を逆光に映し、ハゲの部長の頭を光らせる。
そんな光景を男が放って置くはずがない。イヤミが終わるのを見計らって、男はそっと
山田のり子の後ろに回り、飴を差し出す。
「飴は甘ーなあ」
『あめはあめーなあ』と言うダジャレは、山田のり子にはツボだった。
山田のり子とは言え、生きとし生けるもの。こんな時に優しくされた山田のり子は、ほっと桜色に染まる。
山田のり子、こう見えても結構可憐な少女なのだ。
少女と言うのはおこがましいと思われるかもしれないが、年齢は誰にも分からないのでいいのだ。
「山田さん。屋上に行きましょう」
不思議と男についてゆく山田のり子。二人の足音が屋上への階段に響く。
鳥たちもさえずり、空は青く、青姦にはお誂えのお天気。
もちろん屋上は男と山田のり子の二人っきり。文月の日差しが眩しく突き刺さる。
山田のり子はビルの端でなにかごそごそとしている。
そんな山田のり子を不思議そうに見つめる男。彼はまだ若い。
「や、山田さん!!ぼ、ぼく…」
抑えきれない若さを年齢不詳の山田のり子にぶつける。しかし、何があっても動じない(ように見える)山田のり子。
男が山田のり子に近づくと、こけしのようなポーカーフェイスに熱い息を感じた。
(山田さん…、感じてる)
男が抱きつこうとした瞬間…。
「え?わたしに任せろ?」
まさかの展開に男は喜ぶどころか、目を白黒させるばかり。山田のり子に体を任せるなど
夢のまた夢のようなおはなしだ。
「あ」
山田のり子の日本刀が空を斬る。男のベルトが切り裂け、おまけにパンツの紐も切れた。
ワイシャツにネクタイだけと言う、なんとも情けない姿の男。しかし、彼の刀は見る見るうちに
鍛え上げられた名刀に変身していった。なぜなら、憧れの山田のり子の前だから。
山田のり子、仕事も速いが濡れるのも早い。そう、彼女はちょっとの時間さえも無駄に
出来ないたちなのだ。声こそ上げないが、彼女が濡れている事に男はすぐに気付いた。
なぜなら男は山田のり子を見続けているのだから。
と、いきなり山田のり子が男を押し倒す。
「ううう!」
山田のり子の息が分かるほど顔が近づき、柔らかい飾り気のない髪が男の顔に掛かる。
(あ、山田さん…)
あどけないと言うには幼すぎ、控えめと言うにはオトナすぎる胸がブラウス越しに男に重なり、
意外と美しい脚が絡み付く。まるで母親のような包容力に、男はただただ身を任せるのみ。
ふわっと風で山田のり子のスカートが翻ると、白い無垢なショーツがさらけ出される。
もちろん中央には妖しいしみ。山田のり子も人の子という証か。
「う、うわー!い、いく!」
男の心拍数は最高値。こんな気持ちになったのはいつ以来だろうか。
いつしか、男は山田のり子の目だけを見つめていた。もう誰にも邪魔なんかされて堪るか。
自分の欲望だけが今は正義だ。
「や、山田さーん!」
男は山田のり子にしがみ付きながら、外聞もなく叫び続ける。背中が涼しい。
しかし、男は山田のり子のおもちゃにされるがまま。一向に山田のり子は男を離そうとはしない。
こんな状況でも声一つ上げないのが、山田のり子の不思議なところ。
男は興奮の絶頂なのに、山田のり子はいつものポーカーフェイス。あまりにも男が締め付ける為に
変わらないはずの山田のり子の顔が妖しく映る。
キスもしてないはずなのに、男の口の中は甘酸っぱいもので広がりつつある。
じわじわと彼の刀の剣先は白濁の液が迫りつつある。
(やっぱり、本物は…イイ)
しかし、山田のり子のガードは固く、男よりも一枚上手。
流石は派遣戦士。幾多のキャリアがあるのは間違えなさそうだ。
しかたなく、遠慮なく山田のり子のショーツにぶっぱなそうと腰の辺りに力を入れる。
下半身に力を入れた瞬間、ふとももが冷たくなる。己のザーメンが飛び散るのが目に映る。
山田のり子の暖かさに包まれながら、漢としての至福の一時。男は後悔なんかしない。
ありがとう、山田さん。
だがしかし何故だろう、空を飛んでいるみたいだ。
憧れの人と初めての体験はこんなものなのか。同級生に自慢できるぞ、へへへ。
しかし、山田さんは暖かいな…。と、間の前をツバメが飛んでゆく。
それもその筈、二人は双葉商事の屋上からバンジーをしながら抱き合っていたのだから。
その数日後。不思議な事が起こった。
「あれ…山のり人形が…」
いつものように、山のり人形を天日干しにしようとロッカーから持ち出した女子社員が、
不思議そうな顔をしながら人形を見つめる。
「この間まで…だよね」
「祟り?」
「んなこたぁない」
山のり人形にはちょっとした人だかりが出来た。何が起こったというのか。
なんと、人形のおなかの辺りが少し膨らみ、胸が少し大きくなり始めていたのだ。
「おなか、触ってみろよ」
「あ!蹴った?」
「ウソ!」
「そんなわけねえだろ。たかが人形が」
「ふ、不思議な事もあるんだな」
男は汗を拭きながら山のり人形をしげしげと見つめる。
その脇を風が通った。いや、違う。人だ、人間だ、派遣戦士だ。
今日も山田のり子は会社の為に戦い続ける。
おしまい。