私でもルナでも無いその声に、私たちは慌てて振り向く。  
 振り向いた先にいたのは――  
 
「ふふ、いつの間にか仲良くなってるわね」  
「私たちもお邪魔していいかな」  
「エミさんと、アヤ姉さん……?」  
 
 お風呂場の入り口に、身体にバスタオルを巻いた姿の二人が立っていた。  
 ――って、あれ?  
 
「後片付けは終わったんですか?」  
「え? あ、ああ、多分終わって……るんじゃない?」  
 
 何故か疑問形で目を逸らすエミさん。  
 ……エーコお姉ちゃんの姿が見えないのは、きっとそう言う事なんだろう。  
 
「い、いいじゃない。エーコは向こうでキョーコちゃんとスキンシップしてるんだから。たまには働かせないと」  
「……まあ、それは確かに」  
 
 スキンシップ云々はともかく、エミさんの言っている事は正しい。  
 きっと今頃、泣きながら後片付けをやっているのだろう。  
 
「さてと……」  
 
 どこか嬉しそうに、エミさんはかけ湯もそこそこに温泉へと入ってくる。  
 アヤ姉さんはそんなエミさんを呆れたように見つつ、しっかりとかけ湯をしてから温泉に足を伸ばす。  
 
「「……ふぅ」」  
 
 さすが親子と言うべきか、二人は同じタイミングでため息をつく。  
 
「……どうしたの、二人ともニヤニヤして?」  
「い、いえ、なんでもないです」  
「う、うむ、なんでもない」  
 
 思わず顔を見合わせて苦笑する私とルナ。  
 零れるため息。それはきっと温泉の魔力なのだろう。  
 そんな私達を見ながら、エミさんは懐かしそうに目を細める。  
   
「ふふ、二人を見てると昔を思い出すわね」  
「昔、ですか?」  
「ええ。あの頃はまさか、あの子の子供と一緒に温泉に入るとは思いもしなかったけど」  
「あの子って、母さまの事か?」  
「そう、あなたの母さんともこうしてよく温泉に入ったのよ」  
 
 ルナの顔を見ながら、エミさんはその向こうにいる相手の事を思い出しているようだった。  
 
「結構、無茶したわよ……二人で正義の味方の基地に乗り込んだりね」  
「へぇ……」  
「ほんと、色々と頑張ったわ」  
 
 エミさんの言葉に、アヤ姉さんは少し驚いた様に声を上げる。  
 その辺りの話はアヤ姉さんも知らないようだった。  
 何気に昔は真面目に活動して――  
 
「ほら、正義の味方の男ってイケメン多いでしょ? だから二人で物色に――」  
「ちょっと待てー!」  
 
 エミさんがその言葉の先を言う前に、アヤ姉さんが後ろから羽交い絞めにしていた。  
 
「頑張ったって何を頑張ったんですか!」  
「え、それは勿論……ねぇ?」  
「何が『ねぇ?』なんです、何が!」  
「え、全部言ったほうがいい?」  
「う、ぐ……」  
「ほら、正義の味方の男ってイケメン多いでしょ? だから二人で襲いに――」  
「言い直さなくていいです!」  
 
 前言撤回、今も昔もあまり変わらないようで。  
 むしろ、昔の方が酷かったような気がする。  
 ……でも、ちょっと聞きたかったのは内緒だ。  
 
「えー、アヤのいけずー」  
「実の子供の前でいう台詞ですか!」  
「まったく、真面目なんだから……誰に似たんだか」  
「母上が不真面目なだけです!」  
 
 どうやらアヤ姉さんの性格は遺伝ではないらしい。  
 エーコお姉さんはどう考えてもエミさんゆずりだけど。  
 むしろ、こんな家族だからこそしっかりとした性格になったのかもしれない。  
   
「少しは不真面目になった方が、人生楽しいわよ?」  
「結構です!」  
「もう……そんなんだから、いつまでたってもあなたは処女なのよ」  
「なっ!」  
 
 ……何か今、凄い事を聞いたような。  
 
「は、母上っ!」  
「あら? もしかしてもう致したのかしら?」  
「い、致したって……」  
「どうなの? どうなのよ?」  
「え、あ、いや、その……」  
「……」  
 
 阿久野アヤ。  
 27歳。  
 処女。←やっぱりまだココ  
 
「ったく……一番下の妹を見習いなさいな。今頃あの子、正義の味方とイチャイチャしてるわよ?」  
「そ、それとこれとは……」  
「ねえ、どんな感じ? 妹に先を越されるってどんな感じ?」  
「べ、別に……っ!」  
「それとも何、魔法熟女にでもなるつもりなの?」  
「熟女言うな!」  
 
 顔を真っ赤にして慌てふためくアヤ姉さんを尻目に、エミさんは可笑しそうにケラケラと笑う。  
 というか、まだ下に妹いたんだ……  
 
「慌てる位なら早く相手見つけなさいよ。こんないい身体してるんだから、相手なんて選り取りみどりでしょ」  
「は、母上! 何を!」  
 
 エミさんはアヤ姉さんの拘束から抜け出すと、お返しとばかりにアヤ姉さんの胸に手を伸ばす。  
 
「まったく、昔からあんたは奥手なんだから。学生の頃だって何度も告白されたでしょうに」  
「わ、私は組織の幹部ですから……」  
「私も幹部だったけど、来るものは拒まなかったわよ?」  
「拒んでください! というか、それも子供の前でいう台詞じゃないでしょう!」  
 
 アヤ姉さんのツッコミを華麗にスルーしつつ、エミさんはアヤ姉さんの胸を無遠慮に揉みまくる。  
   
「ここか? ここがええのんか?」  
「どこのエロ親父ですか!」  
「昔もこうやって、洗ってあげたでしょう?」  
「胸を揉まれた記憶はありません!」  
「この胸はわしが育てた」  
「育てられた覚えは無い!」  
「揉んでくれる相手もいないしねー」  
「う、く……」  
 
 傍から見ると仲よさそうにじゃれ付いている様にしか見えない二人を横目に見つつ、私とルナは頬を赤らめて、お互いに顔を見合わせる。  
 
「な、なんか、凄いね」  
「うむ……さすがキルゼムオールの幹部だ」  
「そ、そうね」  
 
 感心する所が違うような気がするけれど、悪の組織的には間違っていないのかもしれない。  
 視線を戻すと、満足そうな笑みを浮かべたエミさんがこちらに近づいてきていた。  
 
「まあ、アヤを弄るのはこれくらいにして……キョーコちゃんもルナちゃんも、ちゃんと相手見つけなさいよ? じゃないとアヤみたいに行き遅れちゃうからね」  
「行き遅れてない!」  
「黙れ、27歳」  
「うう……」  
「あの……アヤ姉さん、向こうで膝抱えてますけど……」  
「大丈夫、大丈夫。父親に似て、打たれ強い子だから」  
「そ、そうですか……」  
 
 というか、相手がエミさんだったら、どんな人でも打たれ強くなるような気がする。  
 勿論、口には出さないけれど。  
 
「まあ、アヤもエーコも大概だけど……一番心配なのはジローなのよね」  
「ジローが、ですか?」  
「そう、あの子は何というか……常識を知らないから」  
「……確かに」  
 
 母親の前で肯定するのもどうかと思ったが、エミさんは私の言葉に大きく頷いていた。  
 
「唯一の男の子だからって、みんなちょっと甘やかしすぎたからね……だから、今回帰ってきた時はちょっと驚いたわよ」  
「? 何がですか?」  
「昔より大分まともになったってね」  
 
 ……あれで、大分まともになった方なのか。  
   
「ふふ、なんか納得いかないって顔してるわね、キョーコちゃん」  
「そ、そんな事は……」  
 
 思っていたけれど。  
 
「いいのよ、前のジローを見てないと分からないかもしれないしね」  
 
 エミさんは苦笑しながら、私とルナの隣へと腰掛ける。  
 
「前にアヤがそっちに行った時も驚いてたわよ。ジローが立派になってたって……それも全部、キョーコちゃんのおかげだって」  
「わ、私ですか?」  
 
 慌ててアヤ姉さんの方を見ると、アヤ姉さんは膝を抱えたまま小さく頷いていた。  
 
「べ、別に私、何もしてないですけど……」  
「何もしてなくても、側にいるだけで良い影響を与える相手ってのはいるのよ」  
 
 私とあの子みたいにね、とエミさんはルナの頭を撫でる。  
 
「キョーコちゃんも、ルナちゃんも、そしてジローも……お互いにいい影響を与えれるような関係になって欲しいって私は思ってるわ」  
 
 優しい目で呟くエミさん。  
 私はその目を知っている。  
 知っていて、そしてしばらく忘れていた、その目。  
 それは――母親の目だった。  
 
「二人とも、ジローをよろしくね」  
 
 正直な話、ジローは迷惑な奴だと今でも思っている。  
 思ってはいるけれど――嫌な奴では無いとも分かっている。  
 だから――  
 
「はい」  
「ああ、まかせておけ」  
 
 私とルナは、同じタイミングで言葉を返す。  
 そしてお互いに目を合わせて、笑い会う。  
 エミさんとルナの母さんの様に、私たちもそういう関係になれたらいいと思う。  
 その中にジローも入れてやるか。頼まれちゃったしね。  
 
「ふふ、ありがと」  
 
 エミさんは満面の笑みを浮かべながら、私たちの頭を撫でてくれた。  
 それは、久しぶりに感じる母親の手だった。  
 
「よし、じゃあ今日は一緒に寝よっか? ルナちゃんも一緒にね」  
「わ、私もか?」  
「大丈夫、母親にはもう連絡してるから」  
 
 いたずらっぽく笑うエミさん。その手際の良さに私たちは苦笑を返すしかなかった。  
 
「なんならジローも……」  
「いや、それはいいです」  
「だよね、寝るなら二人きりの方がいいもんね」  
「……はい?」  
「なんと、二人はそこまで……」  
「違うから!」  
 
 慌てふためく私を尻目に、エミさんはルナの耳元に口を寄せる。  
 
「実はこっちに来る前に名古屋で二人っきりで一泊してるのよ」  
「なんと……実家に挨拶に来る前に婚前交渉とは……」  
「まてこら」  
 
 あんた分かってて誤解してるでしょ!  
 エミさんもわざわざ紛らわしい言い方するな!    
 
「そうなると、やはりここは二人一緒の部屋にするべきだな」  
「そうよね……勿論、布団は一つで」  
「枕は二つと」  
「ひ、避妊具は用意しておいた方がいいかと」  
 
 さっきまでの良い雰囲気はどこへやら。  
 私を置いて無駄に盛り上がる三人……って、アヤさんもいつの間にか加わってるし。  
 
「……もうやだ、この悪の組織」  
 
 呆れたように呟いて、私は湯船にざぶんと身体を沈める。  
 綺麗な星空の下、私の呟きに答えてくれたのは迷子の蛍の明滅だけだった。  
 
「ところで母上、私が弄られた意味はあったのですか?」  
「んー、別に」  
「別にって……」  
「でも、行き遅れてるのは本当だしねー」  
「う……」  
「あんたといい、エーコといい、早く身を固めて欲しいのだけど」  
「……精進します」  
 
*****  
 
「くそー、私も一緒にお風呂入りたいのにー! ジロー手伝ってよー!」  
「いや、母上から手伝うなと言われているので……」  
「ちくしょー! 私の出番これだけかよー!」  
 
――おしまい。  
 
 

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