「ふむ、こんなものか……」  
 横たわる少女を前に、呟きつつ満足そうに頷くのはキルゼムオールが科学者ドクトルJ、本名阿久野ジロー。  
 組織の解散により、渡家にお世話になっている現在。そんな彼は、今。  
「……キョーコとの約束を反故にしてしまったのはアレだが、まぁこの程度の改造ならば、すぐに元に戻せるしな。……くくく、お前が悪いのだよキョーコ。そこそこ一般常識にも慣れてきたというのに、何も(改造)させてくれないから!!」  
 ……そういう自分勝手かつ忍耐と我慢の足りない理由で。  
目の前に横たわる少女、渡キョーコに改造を施してしまっていた。  
正直突っ込み所しかないが、記憶操作も軽く出来てしまえる為に、問題無しと本人は思っていたりする。  
流石元悪の組織の一員、卑怯だ。  
出来るのなら最初から洗脳しろとか突っ込まれそうだが、彼には彼なりの悪の美学やらがあるのだろう、多分。  
 それはそれとして。  
 キョーコに施した改造がどんなものかといえば。  
「……うにゅ……」  
「む、起きたか」  
「……ん、うにゃあ……?」  
 寝惚け眼でのそのそ起きたキョーコの頭の上。柔らかそうな二つの耳がぴこぴこ揺れる。  
 尾てい骨辺りから生えた、ふわふわの毛に覆われた尻尾がゆらゆら泳ぐ。  
 ……いつぞやの、キョーコのファンクラブ連中との話の中に出てきたそれが、今ジローの目の前にいた。  
 つまり。  
「ふみゃあ……って何これぇぇぇぇ!!?」  
 自分にはまだキョーコ改造の明確なビジョンが無かった為、取り敢えず、その話の通り。  
「み、みみと、しっぽ………?…………猫になってるぅぅぅ!!?」  
キョーコをネコミミ娘にしてみたのである。  
 
──結果。  
「………ぐふぅ」  
「もーほんっと信じらんない!!」  
ぼこられて地に伏すジローと、ぷりぷり怒るキョーコの図が出来ました。  
 当然といえば当然である。  
「……その改造はお試しの様なものだぞ。すぐに戻せるし」  
「そーゆー問題じゃないでしょー!?」  
「むぅ……。胸はそのままにしておいただろうが。俺としてはもっと大きぐはぁっ!?」  
「黙れ馬鹿!!」  
 勿論殴られた。改造の所為か威力倍増。  
 しかし件のファンクラブ会長作ネコミミイラストを忠実に再現している為、手は肉球付きの獣の手。  
 ビジュアル的には何だかアレだが、まあネコパンチは元々結構強力なので問題は無い。  
「ふふふ……流石オレ!!……だがちょっと死にそうだ……」  
 地に伏したまま、だくだく血を流すジロー。血まみれである。  
「……自業自得でしょ」  
 素っ気無くそう言いそっぽを向くキョーコだが、やはりやり過ぎたと思っているのか、気まずげにちらちらと目線を寄越す。  
 ジローを気にしているのは明らかだ。  
とは言っても、いつまでもそうしている訳にもいかず。  
「……とにかく、早く戻しなさいよね!!すぐ戻せるんでしょ?」  
「む……。仕方ないな」  
 むっくりと身を起こし、不満気にではあるが、ジローも了承。  
「……その改造でどの程度身体能力が向上されたのか少し調べたいのだが」  
「却下」  
「……ちっ」  
 多少の未練はありつつも、元に戻す作業に取り掛かろうとするジローだったが。  
「ジロー、いるー?」  
「む、姉上?」  
「わっ!?お、お姉ちゃん!?」  
 そこへ声も掛けずにノックも無しに、ジローの姉、阿久野エーコがちゃりとドアを開けて入ってきた。  
 そして、キョーコの姿を確認し、きらりんと瞳を光らせたエーコは。  
「ああーっと!!うっかりー!!」  
「「はぁっ!!?」」  
 とてもわざとらしくずっこけ、何やら大量に持ってた粉をぶちまけた。  
 
「……ちょ、な、なに?これ?」  
「姉上……これは一体」  
「あっはっは、いやー、ごめんごめん。ジローがキョーコちゃんに楽しそう……じゃない、変な改造を施そうとしてたからねー。キョーコちゃんの怒りを緩和する為のモノを用意してみたんだけど」  
 ぶちまけられた粉に塗れる二人に、それをかました当人はにこにこと。  
「怒りを緩和するものって……」  
「あ、因みにキョーコちゃんの服はお姉ちゃんが着替えさせたからね!!安心して!!」  
「へ、あ!?……ってそーいえば何この格好!?」  
 今更ながらに説明しよう。  
 首には首輪。ご丁寧に猫には定番の鈴も付いている。  
 短パンはこれまた短く、正に男の欲望というか萌えというか、とにかく露出多めのネコミミ娘だ。  
 勿論尻尾は弱点です。  
 ユキの犬耳リード付けは今回は見送ったが、その内やろうかと思ってみたり。  
 ただ、イラストの様に八重歯付き笑顔は性格とか弄くらないといけない為、スルーである。  
 望まぬ改造であの笑顔は難しいだろうとの判断によるものだ。  
 こちらが条件を満たせば快く改造されると共に、爽やかに清々しい笑みも見せてくれるだろう、とか思っているジローであるが……。  
 無 理 だ。  
「いや、そこは奴の設計図に忠実にだな……」  
「こっ、この変態ー!!」  
「なっ!?だ、誰が変た……」  
 言い合いに発展しそうになったその時、  
「……ひゃっ!?」  
「お、おい!?」  
 かくん、とキョーコの膝が落ちた。  
「……ちょ、あれ?……な、なんか力が入んないんだけど……」  
「何!?」  
「おー、効いたー、またたびー!!」  
 パニックに陥りそうになった空気は、そのどこまでも暢気な声に強制的に塗り替えられた。  
 時も一瞬止まったかもしれない。  
「……ま、またたび……?」  
「……お、お姉ちゃん……」  
 なんとも言えない顔で自分を見てくる二人に、エーコは笑顔で。  
「ネコにはまたたび!!古来からのお約束!!」  
 ぐっ!!と力強く親指立てたサムズアップを二人に向けてそうのたまって。  
「じゃ、ゆっくり楽しんでね!!」  
 元に戻す時に着替え手伝いにまた来るからー、と言い置いて、さっさと出て行ってしまい。  
「………って!!何の話!?ちょっ!!お姉ちゃん!?」  
「………楽しむ………?」  
 その場には、唐突な登場と退場をかましてくれたエーコお姉ちゃんに反応が遅れ、力の入らない状態で今更わたわたと慌てるキョーコと、言われた言葉に首を傾げるジローが残されるのであった。  
 
「むぅ……。姉上のする事はよく解らんな……。キョーコ、何か変化が……っ」  
 眉根を寄せて姉の出て行ったドアを見ていたジローだが、戻って来る気配が無いのでキョーコの様子を見る為にそちらを向いた。  
 と、同時に言葉に詰まる。  
「……ん、うにゃぁ……」  
 へにゃ、というか、くてっ、というか。  
 とにかく、全く身体に力が入らないらしく、キョーコは床へと身体を投げ出す様に寝転んでいた。  
 勿論それだけではない。  
 ジローが言葉に詰まったのは。  
「……うにゅう……」  
 とろんと潤んだ瞳と、桜色に染まった頬。淡く色付く肌の所為だった。  
「お、おおっ……!?」  
 思わず後退る。  
 キョーコ猫はまたたびの所為か、酔っ払い状態だ。  
 平時の本人が酒に酔ってこの状態になるかは解らないが。  
「……うにゅ?」  
 ころん、と転がる。  
 あうあう言ってるジローに視線を固定し、ジローが動く度にころんころんと身体を転がす。  
 どうやらわたわた動きまくっている所為か、ジローに興味を持ったらしい。  
「……にゃー」  
 しかし離れている為か、面白くなさそうに一声鳴いて、手を伸ばす。  
「うお!?……こ、ここまで猫に設定したつもりは無かったのだが……」  
 にゃーにゃー鳴いてうるさいので、引っ掻かれない様に気を付けながら近寄っていく。  
「にゃー」  
「……理性無くしすぎだろう、キョーコ……」  
またたび恐るべし……などと思いながら、おそるおそる近付いて。  
「うにゃあ〜」  
「うおっ!?ちょ、おま、キョーコ!?」  
 抱き着かれました。  
 力は入ってない為、すぐにでも引き剥がす事は出来るのだが。  
「うにゃう……ふにゅ〜」  
 こうも無防備に、ごろごろと喉を鳴らして擦り寄ってこられては……。  
(ぬがあぁぁぁっ!!何だこれはぁぁぁっ!?)  
 それ以前にキョーコの身体の柔らかさとか普段よりも高い体温とか平時では発する事の無い蕩けた声とかにパニックを起こしていたが。  
(何か知らんが動悸がぁっ!?またキョーコの技かっ!?特殊能力かっ!!それとも改造の副産物かぁっ!?)  
 誰も答えてくれない叫びは外には漏れず。  
 
   ぺろ  
 
「っ、な、なあっ!?」  
 純粋に驚きによっての叫びが口から出た。  
「にゃー……」  
 
   ぺろぺろぺろぺろぺろ  
 
「うお、ちょ、キョーコ!?なっ、何しとるか貴様ーっ!?」  
「にゃー?」  
 先程ぶちまけられたまたたびに塗れた二人は、それを落とす暇も無くこういう事態になった訳で。  
 勿論ジローの身体に未だまたたびは付着しており、それに気付いた猫キョーコはジローを舐め始めたのだ。  
「ちょっ、こらっ……」  
「うにゃ〜」  
「……………」  
 真正面から抱き着いたまま、顔やら首やら舐めてくる猫キョーコ。  
 キョーコの身に着けている衣服は、科学者ドクトルJの特製だ。  
 しかし、その衣服もあのネコミミイラストに忠実に作られている。  
 つまりは、機能性に優れつつも、その箇所を覆う衣服は薄い布一枚だという事に変わりない胸も押し付けられる。  
 ……小さかろうが貧しかろうが胸は胸です。  
 しかも、その感触をジローは既に知っている訳で。  
 更には、露出の多い足だとか、モロに素肌な腹部だとかが、一切の躊躇も警戒も容赦も無く、すりすりとかしてくる訳で。  
(………あ)  
 健全な高校生男子としては。  
(……これはオレが悪いのか?)  
 反応してしまったのだ。男の欲望の具現が。  
 解りやすく言うと欲棒が。ミもフタも無くぶっちゃけると肉棒が。  
 その間にもキョーコはごろごろ懐いてくるし、その動きによって首の鈴はちりんちりんと鳴っていて。  
 何やらおかしな気分になってくる。  
「っていーかげんにっ……うぶっ!?」  
「にゃー!!」  
 このままでは流石にマズイ、と具体的に何がマズイのかはよく解らずとも本能で察したジローがキョーコを離そうとするが、猫キョーコはお構いなし。  
 首や顔に付着したまたたびは粗方舐め終えたのか、今度は頭に被ったまたたび目掛けて飛び掛り。  
 押し倒された格好になったジローの上を移動した後。  
「ふにゅ〜……みぃ」  
 ジローの頭に顔を埋め、へにょ、と力を失った身体をジローに預けて大人しくなった。  
「……キョーコ……お前な……」  
 ジローの声に力は無い。  
 キョーコが移動した為、今、ジローの顔はキョーコの胸に埋まっている。というか、押し付けられている。  
「ふにゅ、にゅ〜」  
 幸せそうに鳴き、嬉しそうに尻尾が揺れ、擦り寄ってくる動きに合わせて鈴が鳴る。  
 それと共に押し付けられた胸も貧しい癖にしっかりと柔らかく、ふにふにと顔の表面を刺激してくるものだから、堪らない。  
 ジローは何か知らんが死にそうだった。  
 キョーコを引き剥がそうかと両手をわきわきと動かすが、どこに手を持っていけばいいのか判断がつかず、何か勿体無い様な気もして迷った挙句、結局不自然な位置で停止したままわきわきと。  
 そんなこんなとやってる内に。  
「……何か下腹部が痛い」  
 完全に勃ちました。  
 一応知識はある。だがこんな反応は経験した事が無かったし、どうすればいいのかも解らない。  
 取り敢えず、その内この酔っ払い状態も治まるだろうから、それを待って……と悠長にしていられる程、状況は優しくなかった。  
 
「………あ、れ?」  
「………え?」  
 どこか呆けた声が聞こえたと思ったら、顔への圧迫感が消えた。キョーコが身を起こした為だ。  
 そして、ぱちくり、と目を瞬かせたキョーコが、己の下にいるジローを見下ろして。  
「……………え、あ?」  
(あ、オレ死んだ)  
 キョーコが前触れ無く唐突に正気に戻った事を悟り、反射的に結論が出た。  
 諦観の為か妙に冷静なジローの視線の先、キョーコが見る見る間に顔を朱に染めていく。  
 事態を理解したのか、それとも自分のした事を思い出したのか。  
「な、なんっ、……にゃーーーっ!?」  
「うおおっ!?」  
 パニックに陥り、暴れ出した。  
「なっ、なんでこんなことにぃっ!?」  
「ちょっ、待てキョーコ、今そこで暴れられるとっ……ぐお!?」  
「ふえっ!?」  
 ぐに、と感触。それに伴い悶絶するジロー。  
 慌ててキョーコが感触の発生源を見てみると、服の上からでも見て取れる、明らかな盛り上がり。  
 それが自分の尻の下にあって、ぴくぴくと反応している。  
(………えーっと、これは〜………)  
 理解は出来る。ただ単に、感情が追いつかないだけで。  
「ちょ、これ、あう……」  
 さっさと退くべきだろう。そして一発殴って有耶無耶にするべきだ。  
 そうは思うが、身体が思う様に動かない上、またたびの所為かまだ熱い。  
 しかも先程の己の行動が思い出されて、羞恥で精神的にも動き辛い。  
 自分の意思では無かったといえど、あんな恥ずかしい事をかました事実は消えないのだ。  
 勿論それはジローとエーコの所為ではあるのだが。  
 キョーコが思考放棄に走りたくなっている中、ジローが口を開いた。  
「……と、取り敢えずだな、上から退いてほしいんだが……」  
「うあ!?……あ、あぁ、そーだねっ!?」  
 そういえば乗ったままだった。  
 今更な事に気付き、慌ててジローの上から退こうとするが、  
「……ふわぁっ!?」  
「ぬおっ!?」  
 やっぱり力が入らなかった。  
 丁度そこを擦る様にしながら、身体が滑る。  
「………にゃ、にゃー………」  
 ジローの上に寝そべる形に戻ってしまったキョーコ。  
 気まずげに、誤魔化す様に、上目遣い気味にジローに視線を向けながら鳴いてみた。  
 
「………お、おまっ………!!」  
 色々とピンチなジロー、思わずわきわきさせていた手が、苦し紛れか藁よろしく尻尾を掴む。  
「ふみゃっ!?」  
「っ、あ!?」  
 再度言うが、尻尾は弱点です。  
「ひゃ、にゃあ……っ!!」  
「う、わっ……!?ちょ、こらっ、キョー……」  
 びくびくっ、と大きな反応を示したキョーコの動きに、服の上からとはいえ接触していたジローの盛り上がりも刺激を受ける。  
 二人してそんな動きをしていれば、どうなるか。  
「にゃ……っ!!ぁ、ふ、みぃ……」  
「……っ、ぐ……!!……は、ぁ……」  
 程無くして、キョーコが一際大きく身体を震わせた後、脱力して息を吐く。ジローも一拍遅れてそれに続いた。  
 達してしまったのである。  
「…………ばか」  
「…………い、いや、これは想定外で………」  
 涙目で睨まれ、拗ねた様にそう言われてしまえば、男に勝てる術など無い。  
(こ、これはどうすればっ………あれかっ!?責任を取るとかなんとかっ………)  
(うぅ………どーすんだこれー)  
 そのままぐるぐると考えを巡らす事暫し。  
「ん?」  
「む?」  
 同時に気付いた。  
「………あ、お姉ちゃんのことはお構いなく♪」  
 ささっ、どーぞ!!なんて言う、扉の隙間から覗いていたエーコお姉ちゃんに。  
 間。  
 そして。  
「ギャーーー!!!おっ、お姉ちゃんいつからぁぁぁ!!!」  
「あああ姉上ーーー!!?」  
 喧騒に満ちる部屋の中。  
「……んー、ここまでかー」  
 少々残念そうに、しかしやっぱり楽しそうな顔でエーコがそう言って。  
「ま、お楽しみはこれからだからねー」  
 その不穏な台詞にキョーコが反応する前に、  
「えいやっ」  
「はうっ!?」  
「あ、姉上っ!?」  
 エーコの繰り出した手刀によって、キョーコの意識はそこで途切れ。  
「はいはい、じゃあ着替えさすから、ジローは出なー」  
「ちょ、姉上!?」  
「だいじょーぶ、ちゃんと加減してるから!!……それともこのにゃんこキョーコちゃんともっと戯れたい?」  
「ばっ……!!ばばば馬鹿なことをっ!?」  
「あはは、ちっとは素直になりなー。……ま、それはともかく着替えてきな。イカくせー」  
「あああ姉上ぇぇ!!!」  
 ……ともあれ。  
 キョーコのネコミミ娘改造作戦は、この瞬間に終わりを告げたのであった。  
 
 
 その後。  
 何やらにこにこといつも以上に楽しそうなエーコの様子に。  
「……なんかあったの?」  
「……いいや、別に」  
 疑問符を頭の上に浮かべつつ、首を傾げて不思議がるキョーコから目を逸らし、ずずーっと茶を啜るジロー。  
(……オレもまだまだ修行が足りんらしいな)  
 またたびであんな事態に陥るとは、全く予測出来なかった。  
 言われるまま尻尾を弱点にしたのも色々とヤバかった。  
 記憶を消す手段があって、心の底から良かったと思うジローである。  
 だがしかし。  
「ねーねー、キョーコちゃん?」  
「え、何?お姉ちゃん」  
「にゃんこも良いけど、わんこも良いよねー」  
「?んー、うん、ウチにもいるし」  
「だってさ!!ファイト!!ジロー!!」  
「姉上ぇぇぇぇぇぇ!!!」  
「え!?何!?何の話!?」  
 エーコお姉ちゃんがいる限り、色々とヤバい事態には事欠かなそうな渡家なのでした。  
 

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