「  
 それは、お姉ちゃんこと阿久野エーコの言葉から始まった。  
 ……多分この人、面白ければそれでいいのではなかろーか。  
 
 
「えええっ!?ちょっ……!!お、お姉ちゃん、それは……」  
「成果見せる度に少しずつ、解りやすいごほーびは与えないとね?」  
「で、でも、そんなことするの?」  
「言葉だけじゃ、流石にあいつでも感付いちゃうかもしれないからねー。実は改造される気なんて全然ありませんでしたー、なんて知られちゃうと、あいつ何するかわかんないよー?」  
「うぅ……でも……」  
「それで時間稼ぎして、改造される前に真人間にしちゃえばいいんだから!!キョーコちゃんふぁいとー!!」  
「あうぅ……」  
 
 
「乙女の体はデリケートなんだから、しっかり調べてからにしなよ?ちゃんとやさしーく、ちゃんと素手でね!!」  
「むぅ……。しかし科学者としては」  
「道具使うのは後!!まずは表面を生でチェック!!いいね?」  
「む……。まあいい、改造するにも順序というものがあるからな。心得た!!」  
 
 そんなこんなと。  
 何だかんだと丸め込まれたキョーコとジロー両名は今。  
「よし!!では第一段階、いくぞっ!!」  
「うぅ……。もう何だこれ……」  
 キョーコの自室でキョーコを改造する前段階、素体の点検を開始しようとしていた。  
(優しく、だったな……)  
 取り敢えず、それを念頭に。  
 キョーコは学校指定の体操服に身を包み、ジローの眼前に座っている。  
 本来ならば研究室でじっくりといきたい所ではあるが、生憎キョーコの家にはそんなものは無いし、造ってもいない。  
ジローにとって造る事自体は簡単なのだが、間違いなくキョーコが怒るだろうし。  
(オレの自室は何故か姉に禁じられたからな……。むぅ。何故だ。その方が色々道具も使えるというのに。……いや、使うのは素手のみ、点検可能箇所も、露出している箇所だけ、という約束だったな……)  
 制約はあるが、まぁ仕方ない。そう考え、改めてキョーコを見る。  
 正座だ。眉を八の字にした困り顔で、何やらもじもじと足を動かしている。  
 口はへの字に結ばれ、先程から一言も発しない。両手はグーの形に固定され、膝の上。  
 上目遣い気味にこちらの様子を窺い、目が合うと気まずげに逸らす。  
 ……落ち着かないのは緊張の為だろうかとジローは思う。別に痛みなど与えないというのに。  
 何せ、いつかは自分の優秀な部下となる大事な体なのだ。  
 今回は改造はする気はないし、どうしてもというのなら麻酔を使っても構わない。……それはこちらが拒絶されている様で何だか嫌だな、と自覚無く思いつつ。  
「……そう心配するな。別に痛みは無い。少々お前の体を調べるだけだ」  
「……健康チェックとかだけじゃダメなわけ?えーと、ほら、なんか機械とかでこうウィーンって。……まぁジローの造ったやつとかだと怖いけど」  
「失礼なっ!?……っと。まぁ、今の暴言は許してやろう。姉上との約束だからな。今日は素手のみでやる。  
本来ならじっくりたっぷりいじくりまわしたい所だが仕方ない。科学者たるもの、素体の状態を調査し、良好に維持し、調整するのは当然!!それがオレのキョーコの事となれば、それは最早義務だろう!!」  
「……あーうん、そーだねー」  
 いっそ素晴らしい程に棒読みでキョーコ。  
 相変わらず誤解を招きまくる言い方しおって……とも思うが、正直今更だ。  
 それに姉に丸め込まれた感もあるが、自分も同意して了承してしまったのだから仕方ない。  
キョーコは早々に諦めた。  
どうせ何を言ったところで、ジローがやめる筈もないのだ。  
 
 ともあれ、最初は腕からだ。  
 体操服は半袖である。  
 腕をとって、肘辺りから形と感触を確かめる様に撫でる。  
「……ん、む……」  
「む、痛かったか?」  
「あ、ん、いや……」  
 吐息に混じった微かな声に反応するジローに、曖昧に返すキョーコ。  
 別に痛かった訳ではない。ないのだが……。  
「ちょ、ちょっとくすぐったかっただけ……」  
 大体がこんな行為をする事自体初めての事である。 腕とはいえ、異性に肌を撫でられる、など。  
 くすぐったかったのは本当だが、それだけでもなく。……キョーコ自身にも実際なんだったのかはよく解っていないのだが。  
「ふむ、そうか?」  
 難しいものだな……などと呟きながら、その行為を再開させる。  
 手の平で柔らかく腕を包んでみたり、緩く揉んでみたり、指先でなぞる様にしてみたり。  
 丹念に、指の先まで、爪の形まで己の手指に覚え込ませる様に、入念に。  
 勿論両腕を、時間をかけてじっくりと。  
(むう、やわいな……。この腕で何故ああも破壊力のある攻撃が可能なのか……)  
「ぁう……」  
(ん?)  
 つう、と手の甲に透けて見える血管をなぞる様に触れると、微かな声と共にひくん、とキョーコの体が震えた。  
(……もしや触れられるのが苦手なのか?)  
 疑問と共にそれは困るな、と思いつつ様子を見ようとして。  
「んっ……」  
 何かに耐える様な声に、動きを止めた。  
(……や、約束だからなっ!!キョーコが触れられる事を苦手としていても、ここで止める訳にもいかんっ!!という訳でさっさと終えてしまおう!!)  
 そう言い訳の様に自身を納得させ、何故か凄まじく落ち着かない気分になりながらも、行為を続行した。  
 
 そして。  
 二の腕に差し掛かった時に脂肪過剰とか余計な事をのたまって殴られたりもしたものの、その行為は滞りなく進み。  
 一通りの『調査』が終わる頃。  
「……ふむ。こういう感じか。……よし、その時にはロケットパンチ……いや、ドリルの一つでも……」  
 満足気に頷き、不穏な事をほざきつつ顔を上げて。  
 ……絶句した。  
「……お、おぉっ……!?」  
 見上げた先にはキョーコの顔。何故か真っ赤で涙目で息を乱してふるふる震えてました。  
「……キョ、キョーコ!?どうしたっ!?……ハッ!!どこか痛くしたかっ!?」  
 思わずオロオロしつつ問うも、キョーコはぷるぷると首を振るだけで。  
「……い、いーから、続き、しなさいよ……」  
 そんな事を言うが、その声も些か震えていた。こちらを睨んでいる様だが、なんというかいつもの凶暴性が全く無くてジローは戸惑う。  
 涙目も直っていなければ、顔も赤いままで。  
(……うぅ……何これ……もー早く終われー!!)  
 キョーコの内心はこんな感じだったりするが。  
 ジローの手はやはり男のものだけあって大きくて変に意識してしまう所から始まり、触れ方も科学者としてのものなのか存外に繊細で調子狂うし、触れられた場所は何故か熱を持って、くすぐったいだけではない未知の感覚が襲ってくるしで……。  
「……ジロー……?」  
「い、いや、しかし……」  
 続きを促す様に呼ばれ、ジローは戸惑いつつ、ちらりと次の『調査』するべき箇所を見る。  
 約束では、今のキョーコの姿の、露出した部分、という事で。  
 ……次は足、という事になるのだ。キョーコの着ている体操服はブルマなので、足の付け根から足の先までだ。  
(……何か……ヤバくはないだろうか……)  
 具体的に何がヤバいのかは解らないが。  
 今更事の危険性に朧気にでも気付き、ごくりと唾を飲み込むジローであった。  
 
 取り敢えずベッドに腰掛け『調査』の続き。  
 双方共に、動きがぎこちないのは仕方ない。  
「いっ、いくぞっ……」  
「へ、変なとこ触るんじゃないわよ!?」  
「触るかぁ!!」  
 そんなやり取りをして、多少空気も変わったが、払拭する程のものでもなく。  
 変な緊張感のある中、腕の時と同じく形を確かめる様に、まず足の外側を手の平で包み、腿から下へゆっくりとなぞっていく。  
「んっ……」  
「………」  
 内腿に手をかければ体ごと揺れ、息を詰めたのが解る。  
 ジローの手にも、随分と柔らかな感触が残り。  
「ひゃぅ……」  
「………………」  
 肌を撫でる度に、ぴくぴくと微かな反応を返し、普段ならば出さない類の、吐息混じりの声を漏らす。  
「っ、ん……!!」  
「………………………」  
 ちろりとキョーコの顔を見てみれば、頬を紅潮させ、汗ばみながら息を乱し、与えられる感覚に目を閉じて耐えている様がありありと。  
(………………………………集中できんんん!!)  
 色々と常人からは外れていても、健全な男子としてはこの状況はなんともアレだ。  
(いや!!いやいやいや!!科学者としてこんな事で手を止めるなど!!……くそう、罠かっ!?おのれキョーコめ……おかしな技をっ!!)  
 なんという冤罪。というか寧ろ言いがかり。キョーコに言ったら蹴られるだろう、間違いなく。  
 しかしキョーコにとっては幸か不幸か口には出さず。  
(だがこの程度でオレを止められるなどと思うなよキョーコ!!)  
ギラリと瞳を光らせ、気を取り直し、ジローは行為に戻る。  
「ふぁ!?」  
「うおっ!?」  
と、力が入ってしまったのか、大きな反応と共に悲鳴じみた声が上がり、反射的にキョーコの足から手を離してしまう。  
「……な、なんだ、どうした?……痛くしたか?」  
「あ……。う、ううん、ちょっと驚いただけ……」  
(……ぐぬぅ)  
 文句と同時に手やら足やらが直ぐ様出てくるのが常だというのに、よりにもよってこの状況で随分と大人しいキョーコに、ジローは焦る。  
 その理由が解らない為、焦りは加速し止まらない。  
 行為を続行しようにも、何故か身の内に存在する躊躇いに、手が動かない。  
(………………むうぅぅぅ………………)  
 内心で唸るも、一向に出口は見つからず。  
 
「……どーかした?」  
(……お前がそれを言うか……)  
 そんなきょとん、とした、無防備な幼い顔をしてこちらの顔を覗き込むのはやめてほしい。ジローは切実に思う。  
 しかし、同時に閃いた。  
「……むっ!?そうか!!」  
「え!?なになに!?」  
「……顔が見えるからいかんのだ!!」  
「……はぁ?」  
「という訳で場所移動だ!!」  
「え?え?え?」  
 事態を把握できないでいるキョーコを置いて、ジローは場所を移動する。  
 ベッドの上、キョーコの背後に回り、すとんと腰を下ろす。  
「え、ちょっ……?な、なに!?」  
「気にするな。少し角度を変えてみただけだ」  
「え、えぇ〜……」  
「……仕方なかろう。本来なら横になって行う所をそれだけは嫌だとお前が……」  
「だ、だって、なんかそれって、その……良い気しないしさぁ……」  
 色々と不安な事この上ない。  
 ……一応、年頃の乙女なんだしさぁ……とか思うし。ジローに言っても解りゃあしないだろーから言わないけれど。  
 そう内心で愚痴ってみるが、当然ジローに伝わる筈もなく。  
「とにかく続けるぞ!!」  
「……うー」  
 もうどーしようもないので好きにさせるキョーコである。  
 ……ところで。  
 今の状態を改めて考えてみると。  
(……顔が見えなくなって気が散らなくなったのはいいが……これは……)  
(……な、なんか密着度が高くなってない?これ……)  
 そりゃあ背後から足の『調査』となれば。キョーコを腕に抱え込む形にもなる訳で。  
(……しまった……この体勢……無理がっ……!!)  
 失策に気付き、ぎりっ、と歯を軋ませるジローの目に入ってきたのは、キョーコのうなじ。  
(………………こ、孔明の罠っ!!)  
 ジローは混乱している!!  
 とまぁ、そんなネタはともかく。  
 今回の『調査』は、露出部分に限る、との事で。  
 つまりは、顔やら、うなじやら、首筋やらもその対象となる訳で。  
(……使うのは素手のみ。しかし……)  
 なんというか。  
 この箇所に使うのは。  
 
   かぷ  
 
「ひゃう!?」  
 ……口、もしくは歯。そして。  
 
   ……ぴちゃ  
 
「やっ、ふぁ!?」  
 ……舌、とかではないだろうか、と。  
 考えて導き出した答えでも、唐突に浮かんだだけの発想でもなく。自覚なくただそうしてみたいと思ったその欲望に、ジローは忠実に従った。  
「なっ、ななっ、なにをっ!!」  
「……皮膚の薄い場所の『調査』は、ここで行うのが丁度良いだろう」  
「ちょっ……いやそれはちょっと!!」  
 慌てて振り返り、その行為を止めようとするが、目が合った途端にキョーコの方が動きを止めた。ジローのいつになく真剣な瞳に捕らわれた様に、体が動かない。  
(え?え!?ちょっ、なにこの展開!?)  
 わたわたしつつ、取り敢えずジローから離れようとするも、ジローの腕に阻まれて。  
 するり、と首筋を撫でられ、頬を手に包まれ。  
「……『調査』だ」  
 常時より低い声に、鼓膜を震わせられた瞬間。  
「……んぅっ……」  
 唇を、塞がれた。  
 
 
 
──とか、やっぱりこんな感じ?」  
 朗らかというか、とぼけたというか。  
 ほんわかした空気を纏いつつ、にこにこしながら一通りの妄想を語り終えてそう言うのは、左右に一房ずつくくった髪を前に垂らした少女。  
 キョーコの友人、ユキである。  
 その眼前には妄想の犠牲になった本人、キョーコが机に突っ伏している。  
 そしてキョーコのもう一人の友人アキ。……こちらは語られた妄想の内容っぷりにぐはぁ!!と叫び、ショートしたまま固まっていた。彼女のポニーテールはぷらぷらと揺れているが。  
「……なっ……何でそんな話にっ!!」  
「えー、だってー……ねぇ?」  
「意味ありげなその顔と態度やめー!!何でそんな展開になんなきゃなんないのよー!!」  
 うわーん!!と涙飛び散らせつつそう抗議するも、全く効果は得られずに。  
「大丈夫!!はぢめては不安だとは思うけど、きっとその内慣れるから!!」  
「会話になってないぃー!!」  
 頭を抱え絶叫するキョーコ。援軍は期待できない。  
「何だ!?どーしたキョーコ!?」  
「ふぎゃーーーっ!?」  
 代わりにいらん奴が来た。  
 妄想の犠牲者その2、阿久野ジローその人である。  
「う、うわわわわ」  
「む?どうした?」  
「わあぁっ!!ちょっ、待っ!!」  
 妄想語りの内容が内容だっただけに、思わず顔を赤くして後退る。  
「ええいわからん!!ちゃんと説明をしろ!!」  
 と、その分の距離を一気に詰め、ジローがキョーコの腕を掴む。  
「あ゛」  
「む?」  
 固まるキョーコ。その反応に怪訝そうな声を漏らすジロー。  
 そんなジローの目の先、キョーコの顔が真っ赤に染まっていく。更に瞳が潤み、涙目に。  
 眼前でのその変化に、ジローもぎしっ、という擬音が聞こえてきそうな程に解りやすく固まった。  
「……どうっすか、解説のユキさん」  
「いやー、ギャラリーがいる時点でこの先は見込めませんねー」  
 そして、友人二人の見守る中。  
「ばかーーーーっ!!!」  
「何故だぁぁぁっっ!!?」  
 キョーコの黄金の右により、ジローはお空の星になるのだった。  
 やはり解説のユキさんの言葉通り、残念ながらこの先は見込めなかった様です。  
 
 
 とはいえ。  
 
「……ううっ、ちがう、ちがうぅ……!!あたしはあんな妄想みたいにはなんないんだからーーっ!!」  
 自室にて頭を抱え、涙目で吠えるキョーコと。  
 
「……何だあの反応は……。……ああもうわからん!!かわいいのはいいが何なのだあの反応は!?……いや待てオレ今何言った!?」  
 同じく自室でどうしようもなく混乱しまくるジローはともかく。  
 
「……ほほう」  
 二人の様子に怪しい笑みを浮かべつつ、きらりんと瞳を光らせるエーコお姉ちゃんがいる時点で、この先どうなるのかは解らないのであった。  
 
 

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