「八重ちゃーん?」  
「んぅ?」  
時計の針が十時を指した頃だった、部屋の前で誰かが八重のことを呼んでいる。  
「八重ちゃーん、起きとるー?」  
どうやら多汰美のようだ。  
「ふぁーい…」  
八重はもぞもぞと布団からはい出て多汰美を部屋に招き入れた。  
「ごめんね、寝とった?」  
「あふぁ…いえ、今から寝ようと思ってた所です。」  
そうは言うが三つ編みを解き眠り眼の八重が先ほどまで寝ていたことは誰の目にも明らかだった。  
多汰美はそれなりに申し訳ないと思ったがそれを表情に出すと八重に変な気を遣わせることになる  
だろう、その辺りを悟られないように気をつけながら八重と取り留めもない会話を交わした。  
 
「そういえばどうしてこんな時間に?」  
時計の長針が少し動くくらい会話をした後、八重は多汰美に用件を聞いた。  
「えーっと…」  
多汰美はいつになくまじめな顔で八重の目を見つめた。  
「ど、どうしたんですか?」  
「うん、ちょっと…」  
2・3分して多汰美は何かを決心したように小さく頷くと口を開いた。  
「今日一緒に寝てもええかな?」  
「え?」  
意外な言葉だった、多汰美がそんなことを言い出すとは思ってもみなかったし、  
別にそれが決心を要するようなことだとも思えない。  
(どうしたんだろう多汰美さん、何かあったのかな?)  
「別に私ら女の子同士なんじゃけえ変なことはせんよ?」  
「考えてません!」  
八重が思い道理の反応をしてくれたのか多汰美は少し嬉しそうな顔をした。  
「で、どうかな?」  
「いいですよ、でも珍しいですね、多汰美さんが一緒に寝てほしいだなんて。」  
「うん、ちょっとね」  
多汰美の言葉にはどこかに含みがあるようだった、  
八重はそれが気になったが、すぐに多汰美に話題を変えられてしまいそのことを追求することはでき  
なかった。  
 
部屋が暗闇と静寂に包まれてどれだけの時間が過ぎただろう、八重はいっこうに寝付けなかった。  
一緒に寝る相手がいつもと違うからだろうか?違う。  
(何で多汰美さん私と一緒に寝るなんて言い出したんだろう?)  
やっぱり何かするつもりでは?  
いやいや、変なことをするつもりはないと言っていたし…  
あ!でもそうやって油断をさせておいて―  
「あんな八重ちゃん?」  
多汰美が静寂を破って八重に話しかけてきた、いつもと違い語調が暗い。  
いやな予感がする、八重は寝ているふりをしてその場をやり過ごそうとした。  
「すー…すー…」  
「起きとるんじゃろ?」  
「…」  
八重としては迫真の演技をしたつもりだったのだが、それでも多汰美の目をごまかすには至らなかった。  
「私ね明日……  
多汰美の言葉が止まった。  
多汰美が明日どうするのか、どうなるのかは分からない、しかし八重にはその「明日……」の先に何か  
恐ろしいものが待ちかまえているような気がしてならなかった。  
そんな八重の不安を知ってか知らずか多汰美はなかなか明日自分がどうするのかを言おうとしない。  
………  
嫌な沈黙が続く。  
八重は今すぐこの場から逃げ出したかった、多汰美の言葉から…  
とはいえ下手な行動に出ると多汰美の気分を害することにもなりかねない。  
(どうすれば…あ、そうだトイレに…)  
トイレに行くといって出て行けば多汰美も変だとは思われないだろう、そして多汰美が寝た頃にここに  
戻ってくればいい。  
早速行動に移ろう、八重は体を起こして多汰美に―  
「ひゃっ!?」  
突然多汰美に左腕を掴まれた、感づかれてしまったようだ。  
八重は必死に抵抗を試みたが力で多汰美にかなうなら体育の成績はひっくり返したくなるような数字  
にはならない。  
10秒としないうちに布団に押し倒され身動きがとれなくなってしまった。  
「聞いて、私…」  
「た、多汰美さん…」  
目と鼻の先に多汰美の顔がある、吹きかかる息はいつもより荒々しい、もう逃げられない、多汰美の  
言葉を正面から受け止めないといけない。  
まもなくして多汰美の口が開かれた。  
「私明日広島に帰るんよ」  
 
「ごめん、こんな突然で…」  
多汰美は申し訳なさそうに付け足した。  
「う、嘘…ですよね?」  
震える声でたたみに尋ねる八重、しかし多汰美は何も答えない。  
「何か言ってくださ―んむ!?  
多汰美は八重に許しを請うように八重の唇に自分の唇を重ねた。  
「ん…はぁ、八重ちゃん…」  
「多汰美さぁん…」  
八重はそっと多汰美の秘所に手を伸ばした、自分がいないと生きていけなくなるくらい多汰美をめちゃめちゃに  
してしまおう、そうすれば…  
「や…駄目じゃよ八重ちゃん」  
多汰美はパジャマの上から自分の秘所をまさぐる八重の手を掴み、それれを自分のほほに当てさせた。  
「私…八重ちゃんのこと絶対忘れんけえ…」  
「私も絶対…絶対……そんなの嫌です!!」  
八重は多汰美を強く抱きしめた、もっと多汰美の暖かさを感じたい、ずっと一緒に暮らしたい、だから…  
「どこにも…どこにも行かないで下さい…」  
「八重ちゃん、私…」  
多汰美は自分に抱きついている八重ごとごろりと転がり自分と八重の位置を入れ替えた。  
「わっ!?」  
「ごめんね、重かったじゃろ?さっきのは…冗談じゃけえ忘れてええよ」  
「ほ、本当ですか!?」  
多汰美は八重の言葉に返事をするように首を縦に振った。  
(よかった、嘘だった……んだよね?)  
なぜだろう、素直に喜ぶことができない。  
冗談の前の間は何?多汰美にあんな迫真の演技ができる?  
湧きあがる疑念を胸の内に抱きながらも八重は喜んだ。  
多汰美は憂鬱げな顔をして小さく頷いた後左腕を八重の頭に回した。  
「私が出るときにもその顔で見送ってね…」  
「…」  
八重は多汰美の胸に自分の顔をぎゅっと押しつけ、泣いた。  
多汰美は八重が寝付くまでずっと八重の頭を撫でていた。  
 
 
いつもと変わらない食卓がそこにあるはずだった。  
食卓の上にはいつもと同じように4人分の料理が並べられ、幸江も真紀子もがいつもと同じように席に着き、  
あと一人が席に着けば食事が始まるというのに、それなのに―  
 
早朝、多汰美は自分の上で眠っている八重を起こすと朝食がいらないとういう旨を伝えて支度を始めた。  
「べ、別に今日出発しなくても…」  
「待ってください!今から朝ご飯作りますから!」  
「お願いします!行かないでください!」  
引き留める声は七瀬家に虚しく響き渡るだけで、瞬く間に一つの暖かさがそこから消えてしまった。  
「八重ちゃん、昨日の約束覚えとる?」  
八重は涙を堪えるのを忘れ一生懸命笑顔を作って多汰美に返事をした。  
「ありがとう、約束覚えとってくれたんじゃね。」  
最後に見た多汰美の顔は涙でぐにゃぐにゃにゆがんでいた。  
 
「多汰美ちゃん遅いわね、先に食べちゃいましょうか。」  
「そうですね。」  
なかなか降りてこない多汰美を待ちそびれて二人は食事を始めた。  
「そういえば―」  
「まあそうだったの?私も―」  
二人はいつもと同じように会話を交えつつご飯を食べている、いつもと同じように…  
(どうして二人とも…)  
八重は一向に朝食に箸を付けることができなかった、今朝のことで食事がのどを通らないこともあるが、  
それ以上に二人の様子に納得がいかない。  
大切な家族がいなくなってしまったというのにどうしてこんなに落ち着いているのだろう?  
まさか知らないわけがない、現に自分にだって―  
「食べへんのか?」  
「え?」  
不意に聞こえた真紀子の声が八重の思考を遮った。  
「いらんのやったらもらうで?そのエビフライとか。」  
「いえいえ、食べますよ。」  
自分も人のことを言えた義理ではないがこれ以上真紀子のマキシをアップさせるわけにもいかない、  
八重は朝食に箸を付け始めた。  
 
「そんで八重ちゃん、最近どないなんや?」  
「えっと…増えてはいないです。真紀子さんは?」  
「マアボチボチヤナ、アハハハ…」  
「しゃべり方がおかしいわよ真紀子ちゃん?」  
朝から体重の話が出てくる、少し頭が痛くなった。  
しかしそれでも…  
八重は今朝のことを頭の片隅に追いやるように真紀子と話をした。  
(今日は真紀子さんにお料理を…あれ?冷や奴にお醤油がかかってない)  
季節にそぐわず今朝の献立には冷や奴がある、減量に苦しむ自分たちへの幸江の粋な計らいだろうか。  
どうあれ削り節とネギの味だけで豆腐を食べるのはいささか抵抗がある。  
醤油は…真紀子の手元にあるようだ。  
「真紀子さん、お醤油をとってもらえませんか?」  
「おお、悪い悪い」  
真紀子は手元にあった醤油を八重に手渡した、八重は冷や奴の上にさっと醤油をかけると使い終わった  
醤油差しをテーブルの中央においた。  
(あ、そうだ、多汰美さんもお醤油いるよね。)  
そう思い八重は隣にいる多汰美に醤油がいるかどうかを尋ねた。  
「多汰美さんもお醤油いりますか?」  
その言葉は虚しく宙を舞った、賑やかだった食卓が一瞬静まりかえる。  
「あ…」  
八重の頭の中に今朝の出来事がよみがえってきた。  
多汰美はもうこの家にいない、二度と一緒に朝ご飯を食べることができない…  
「わたし…うっ……  
 もうお腹いっぱい…くすん…だから。  
「八重ちゃん!?どないしたんや!?」  
「ごちそうさま…です。  
八重は心配する二人に小さくお辞儀をして一人二階へと上がっていった。  
 
八重は無意識のうちに多汰美の部屋の前に来ていた。  
トントン  
襖を叩いてみる、返事は帰ってこない。  
トントン  
もう一度叩いてみる、返事はない。  
もう一度叩いてみる、もう一度、もう一度、もう一度…  
そのうち手が痛くなってきて、八重は襖を叩くのを止めた。  
(多汰美さんまだ寝てるのかなぁ…)  
そんなわけがない、多汰美は確かに自分に見送られて…  
(昨日は夜更かししたもんね…)  
違うんだ、全部夢なんだ。昨日のことも今日のことも。  
だから多汰美はこの部屋にいる、まだ自分の部屋で寝ているんだ。  
「入りますよー」  
多汰美の声が聞こえたような気がした。  
サー   
襖を開けてみる、そこには・・・誰もいなかった。  
きっと多汰美はふざけているんだ。  
八重は部屋に足を踏み入れ、入り口からの死角を見渡してみた。  
しかしそこに誰かがいるわけがない。  
(多汰美さん…)  
ジリリリリリリリリリリ!!!  
「うわ!?」  
突如部屋の中にけたたましい音が鳴り響く、  
あまりに大きな音だったので八重は二三歩後ずさりをして部屋の中を見回した。  
多汰美の机の上に丸いボディに鐘が2個ついた目覚まし時計ある、どうやらこれが音の主のようだ。  
「あーびっくりした…」  
カチン  
八重は時計のベルを止めた。  
(それにしても何でこんな時間に目覚まし時計が鳴ったんだろう?それにこんな時計―あれ?)  
目覚まし時計の側に白い封筒のようなものがあった、表には何も書かれていない、差出人も宛先も。  
「何だろうこれ?」  
八重は封筒を手に取った。  
封筒にはわずかな厚みがある、中に何かが入っているようだ。  
誰宛のものなのかは分からない、しかし何故だろう、これは多汰美が自分に宛てたもののような気が  
してならない。  
八重は何のためらいもなく中に入っているものを取り出した。  
封筒の中には三つ折りにされた紅葉柄の便せんがあった。  
(かわいい柄…)  
そういえばこの前ハンズにいった時に多汰美がこんな感じのものを買っていたような。  
外の光にかざしてみると「八重ちゃんへ」い書かれた部分が透けて見えた。  
間違いない、これは多汰美が自分に宛てたものだ。  
(これに全部嘘だって書いてあるんだよね。)  
八重は自分にそう言い聞かせて手紙を開いた。  
「あ…」  
手紙には多汰美が広島に帰ることが淡々とかかれていた。  
「…!?」  
ひどいめまいに襲われて八重はその場に倒れ込んだ。  
手紙は八重の手を離れ、ひらひらと宙を舞い八重の顔の上に被さった。  
「うぇぇぇ…」  
つい先ほど食べた朝食が胃から逆流してきた。  
幸い食べた量が少なかったので勢いは口の中で止まったものの、それらで口の中は満たされ胃酸と  
食べ物の混ざった嫌な味が口全体に広がっていった。  
八重は誰かさんの料理を食べるときよりも渋い顔をして口の中の物を飲み込み手紙の続きを読んだ。  
何も言わずに出て行ったことの謝罪、八重に伝えておきたかった自分の気持ち、そしてイチジク…  
もう否定することもできない、多汰美は…  
(これは夢、全部悪い夢…)  
八重は目を閉じて頭の中を真っ白にした、目の前の現実はあまりにも過酷で、八重にはそれを受け  
止めることはできなかった。  
それからすぐ八重は目の前に現実から逃げるように深い眠りに落ちた。  
 
「…ちゃん」  
誰かの声が聞こえる。  
「八重ちゃん」  
目の前にぼんやりとした何かが現れた、何かは八重の名前を呼びながらゆっくりと近づいてくる。  
人であるようだ、背が高い、160以上ある、髪は短めでヘアピンをつけていて…  
「八重ちゃん?」  
顔がぼんやりと見えた、そう、この人は  
 
「んう…」  
八重はゆっくりを目を開けた、目の前には夢と同じ…  
「ふえ!?」  
「ただいま」  
目と鼻の先に多汰美の顔があった、八重はびっくりして体を動かそうとしたが、昨日と同じように  
多汰美にのしかかられていて身動きがとれなかった。  
「え?え??あの、どうして!?」  
事態を全く把握できずに困惑するばかりの八重。  
多汰美は八重の反応を堪能した後全てを語った。  
「今日は祖父ちゃんの法事じゃったんよ。」  
その言葉を聞いた瞬間、八重の体から力がスーっと抜けていった。  
ああそうか、だからお母さんも真紀子さんもあんなに…  
「そうならそう言ってくださいよ…」  
「八重ちゃんがどれくらい私のこと大切に思ってくれとるんか確かめたかったんよ、それとびっくり  
 させよう思うてね。」  
「ほどがありますよぉ…」  
「あはは、ごめんごめん。」  
「むー…」  
自分がこんなに心配したのにそれをごめんの一言で片づけてしまうなんて…  
八重は少しむっとしたが、それでもタタミの笑顔を見ていたら全てを許せてしまえるような気がした。  
「それはそうとどうして私の上に!?」  
「そ、それは…」  
多汰美は少しほほを赤らめた、なるほどさては…  
「何をしようとしていたんですか?」  
「えーっと…」  
分かっていてわざとタタミを追及する八重。  
多汰美はしばらく目線を泳がせていたが、八重に執拗に追及され、とうとう観念して八重の唇にキス  
をした。  
「ん…どうしてこんな事を?」  
「こうすれば起きる思うたんよ、八重ちゃん揺すっても全然起きんかったんじゃけえね?」  
「もう、多汰美さんったら…」  
二人は時が流れるのも忘れ見つめ合っていた、自分のことを想ってくれる人が側にいてくれれば  
それ以上のやりとりは必要なかった。  
「多汰美さん、今日も…一緒に寝てくれますよね?」  
しばらくして八重は少しはにかんだ笑顔で多汰美に尋ねた。  
多汰美はそれに屈託のない笑顔で答えた。  
「うん、ええよ。」  
 

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