ある晴れた日の放課後。その日も我らが新聞部は記事も作らずに、ペットボトルのお茶  
を片手に雑談にいそしんでいた。  
「え? じゃあとみか、今日はおうちに一人なの?」  
「はい、年に何回かあるんで慣れてますけど」  
 新聞部員にして俺の幼なじみ、小田とみかの両親が、親戚との会合で今晩家を空けると  
いう話が出たのが事の始まり。  
「でも、やっぱり寂しくない? 雪も降ったし、だいぶ寒くなってきたじゃん」  
「はあ、まあ確かに……」  
 新聞部部長こと秋山みずほは、しばし何か考え込んだかと思うと。  
「と、いうわけで! 今日の部会は小田邸にて、冬の美味しいお鍋についての実践取材を  
行います!」  
「えぇー!?」  
 いつも通りの秋山の突拍子もない提案に驚いてみせたのは、俺ととみかの2人。  
 もう一人の部員、冴木たからは「…やれやれ」とため息をつくのみだった。付き合いも  
長いから、慣れっこなのだろう。  
「異論はないようね! じゃあ早速買い出しに行きましょう〜!」  
 言いつつ、すでに帰り支度を終えて教室口に出ている秋山。相変わらず賞賛に値しない  
無駄な行動力だ。  
「思いつきにすぐ周りを巻き込むな! ……おい、とみか。いいのか?」  
「あはは……。うん、いいよ。夕ごはん、みんなで食べたほうがおいしいし」  
 や、そういうことを聞いてるんではなく。でもまあ、こういう流れになった以上、人の  
いいとみかが断るわけもないんだが。  
「冴木はどうするんだ?」  
「…早くしなさいな」  
 秋山とともに、すでに廊下に出ている冴木。表には出さないが、もはやノリノリだ。  
 というわけでいきなりかつ強引に、取材のためと銘打った小田家での鍋パーティが開催  
される運びとなったわけである。  
 しょうがねえなあ、と呆れつつも、次の瞬間には嬉々としてスーパーに足を向けてるあ  
たり、俺こと風間慎太もすっかりこのノリに馴染んでしまっているのであった。  
 
 4人分の食材をスーパーで買い込み、とみかの家へ。  
 ここに来るのもいつ以来だろう。いつも誰かがいるはずのリビングはがらんとしていて、  
なんだか妙に寂しい感じがした。  
「慎太、何してんのー。早く袋こっちにおいてよー」  
「え、ああ、悪い悪い」  
 さて、調理開始である。  
 
「さー、はりきって作るわよー!」  
 ガン!  
「って、何でいきなり鍋を火にかけるんですか!」  
「何って、鍋なんて具材千切ってお湯に放り込むだけのお手軽料理でしょ?」  
「それでどうやって記事を書くんですか……」  
 こいつは相変わらず……。  
「やれやれ……。とみか、俺、野菜切ってるな」  
「うん、お願い。……ああっ、慎太ちゃん。しめじはね、洗わなくていいの」  
「いっ? そうなのか?」  
「風味が飛んじゃうの。やっぱりわたしがやるから、そこに置いといて」  
 早速お役御免を頂く俺。隣では秋山がにやにや笑っている。くそ。  
「…鶏だんごは任せておきなさいな」  
「あ、お願いします。って、なんで一味を2ビンも一緒に持っていくんですかー!」  
「…さあ、何故かしらね? うふふふふ……」  
 
 結局、鶏だんごの調理以外は全てとみかが支度を済ませることになった。  
「なあとみか、何か手伝うこと」  
「なーい。慎太ちゃんは、部長と一緒にテレビでも見てゆっくりしてて」  
 こんな調子である。  
 それにしても、料理が得意なことは知っていたけど、間近で見るとその手際の良さには  
舌を巻く。他の女性陣2人にも見習わせたいもんだ。  
 
「「いただきまーす!」」  
 湯気立ち上る鍋を囲んで、手を合わせる。  
「慎太ちゃん、ご飯」  
「え、おお、悪いな」  
「はい。あ、どうですか冴木さん。お味は?」  
「…ええ、とっても美味しいわ」  
「よかったですー」  
「あ、とみかー。豆腐すくう、穴の空いたお玉ある?」  
「ありますよー。ちょっと待ってくださいね」  
 ……なんだか、とみかは甲斐甲斐しく動き回って、さっきから一口も食べてない。  
「なぁ、とみか。せっかくお前が作ったんだから、もうちょっと落ち着いて食えよ」  
「大丈夫だよ、お鍋だからちょっと遅くなっても」  
「…そうとも限らないわよ」  
「最後の豚肉もーらい!」  
「みぎゃっ!?」  
 鬼かこいつら。  
「…私の作った鶏だんごならあるわよ?」  
 
「けほっ、けほっ。うー、まだ舌ヒリヒリいってる……」  
「おまえ辛いものだめなんだからさ……。ほら、水いるか?」  
「ありがと……へへ」  
 とみかは、舌を真っ赤にして涙を浮かべながら、なぜか口元には笑みを浮かべている。  
「なに笑ってんだ?」  
「えー、だって。楽しいじゃない?」  
 正面では、なおもギャーギャー騒ぎながら鍋をつつく者一名と、それを無視してお漬物  
をポリポリかじってる者一名。それを見て、さらに顔をほころばせるとみか。  
 そうか……、部長があんなこと言い出さなかったら、今頃はこれと正反対の光景でご飯  
食べてたんだな。  
 ほんの一日のことだけど、それでも笑顔の日は多いほうがいいに決まってる。  
「うまいな、鍋」  
「うん」  
 今日ばっかりは、秋山の無駄な行動力に感謝した。  
 
 夕飯の後片付けは全員で済ませ、とみかの部屋に集まった。  
 あれだけ食ったあとだと言うのに秋山が持ち込んできたお菓子を広げ、コタツ机を囲ん  
でくだらないお喋りが始まる。  
 会話がひと段落したとき、冴木が気づいた。  
「…さっきから黙ってるのがいるわね」  
「お? とみかー? ……おーい、とみかー?」  
 発言がぱったりと止まっていると思ったら、とみかは座ったままこっくりこっくり船を  
漕いでいた。秋山が頬をつついても反応なし。  
「…張り切って、疲れたのかしらね」  
「そうかも。寝顔も可愛らしいわねー……。ね?」  
「いや、俺に振られても」  
 照れているのを気取られないに、軽くつっこんでおく。  
「…確かに、もういい時間だわね」  
 時計を見ると、すでに時刻は夜8時を過ぎていた。  
「帰るのか?」  
「…そうね。そろそろお暇しましょう」  
「そっか、じゃあ」  
 家まで送ろう、と立ち上がった矢先、  
「…でも、その前に風間、あなたに話しておきたいことがあるの」  
「は?」  
 いきなり何だよ、と言おうとしたが、冴木の表情は岩のように硬く、有無を言わせぬ威  
圧感があった。こうなった冴木は、男だろうと獣だろうとビビらせる。  
 ていうか、なんだ一体? 何か怒らせるようなことしたか俺?  
「…いいから、そこに座りなさい。正座!」  
「えっ、ええ?」  
 わけもわからず、言われるままテーブルの横に鎮座する。傍らには、眠りこけるとみか。目の前には、腕組みをして、仁王のように立ちはだかる冴木。  
「は、話ってなんだよ……」  
「…もう少し前に座りなさいな」  
「な、なんなんだよ一体……」  
「…そこでいいわ。みずほ」  
「アイアイサー!」   
 一瞬で何かを悟った秋山は、猫口をピカーンと光らせ、そして……。  
 
 寝ているとみかを俺の膝めがけてコロリと突き倒してきやがった。  
「うわっ、ちょ、おい!」  
 避ける間もなく、とみかの頭はトサッと俺の膝に納まる。  
「お、お前らいきなり何しやがる!」  
「…さて帰りましょうかみずほ」  
「そうねー。後のことは慎太にまかせて!」  
「人の話を聞けっ!」  
「だってー、さすがにそろそろ帰らないと夜道が危ないしー。でもとみかをこのままにも  
しておけないでしょ?」  
「ベッドに寝かしとけばいいじゃねえかよ……!」  
「制服着たまま寝かすのもねぇ。それに、何も言わず帰って、起きた時一人じゃ寂しくない?」  
「それは、そうかも知れないけどでもしかし」  
 一応、ほら、男と女なんだぞ? いや、もちろん俺にそんなつもりは毛頭ないことは断  
っておきたいが、そうではなくて一般的倫理的いち学生的に見てだな。  
「…安心なさいな。風間にそんな度胸も根性も甲斐性もあるとは思ってないから」  
「そらさぞかし安心だろうなぁ!!」  
 つーか人の心を読むな。  
「んぅ、んん……」  
 俺たちの声に反応したのか、すこし身をよじるとみか。  
 うぅ、確かにこれを起こしてしまうのは気が引ける……。  
「じゃあ、わたしたちは帰るからねー! 後は若い2人でごゆっくり……、ムフフ」  
 と、いつの間にか2人は帰り支度を済ませ廊下に出ていた。速ぇなオイ!  
「…傷物にでもしたらただじゃおかないわよ」  
「安心してたんじゃないのかよ! つーかどういう意味かわかって言ってんのか……!」  
「ばいばーい」  
「…おやすみなさい」  
「って、だからこのままにしていくなーっ!!」  
 必死の抵抗空しく、閉じられるドア。  
 2匹の狐の策略どおり、まんまと俺ととみかは2人きりで部屋にとり残されてしまった。  
「……で、俺はこれからどうすればいいんだ?」  
「……すぅ」  
 
 テレビも消えた部屋に響くのは、ストーブの低い唸りと細やかな吐息の音だけ。  
 太ももに感じる、程よい重み。というより、軽い。人一倍小さな体のとみかだから、頭  
も軽いのだろうか。……けして失礼な意味ではなく。  
「いつまでこうしてればいいんだ俺は……」  
 もうかれこれ30分も正座したまま、為す術もなく。  
 携帯をいじるのにも、とみかのつむじを眺めるのにも飽きたところだった。  
 
「う、うぅん……」  
「わひゃっ!?」  
 いきなりとみかが寝返りを打ち、顔をこちらに向けてきた。  
 急に動かれると、太ももが非常にくすぐったいから勘弁してもらいたい。  
「すぅ……」  
 くそう、幸せそうに眠りやがって。  
「……んぅ」  
 と思ったら、とみかは小さく唸って、少し身をよじった。心なしかちょっと顔が赤い。  
「そっか、暖房……」  
 寝てるときは体温が上がるから、俺にはちょうどよくてもとみかには少し暑いのかもし  
れない。とはいえ、ストーブは遠く向こうなのでどうしようもない。  
 仕方が無いので、机の上に置いてあった下敷きを使ってパタパタと扇いでやった。  
 肩まで伸びたおかっぱの髪の毛が、風の動きに合わせて揺れる。太ももをさらさらと撫  
でて、少しくすぐったい。  
 手で触れると、量があって重みのある、しなやかな感触が気持ちいい。  
 ふっと、とみかが気持ちよさそうに笑ったので、そのまま頭を撫でてやった。  
 ちょっとは、寝苦しくなくなっただろうか。  
 
 久しぶりに顔を間近で見て、ふと思う。  
「こいつ、昔からこの髪型だよなあ……」  
 前髪が目までかかる、ふわふわしたおかっぱ頭。変わってない。もみあげについたリボ  
ンが、すこしおしゃれになったかな? と思わせる程度だ。  
 髪型もそうだけど、中身もずっと、子供の頃のまま。  
 小っちゃな頃から俺の後ろについてきて。引っ張って。追いかけて。  
 おせっかいなんだけど、世話を焼かされることのほうが多いのも変わらない。  
 
「あ、でも……」  
 今日は、ちょっと見違えたかな?  
 きびきびと手際よく料理の支度をして、みんなの世話の焼く姿は、ちょっと昔のとみか  
からは想像できなかった。とみかも、俺の知らないところで成長しているのかもしれない。  
「身長の方はそうでもないみたいだけどな……」  
 とみかの全身を見渡して、苦笑する。  
 とみかは小さい。俺との背丈の差は、今や頭一つ分以上ある。その他の部分の成長も、  
まあ、推して知るべしといったところだ。  
 秋山や冴木は、こんな風にからかい半分で俺たちをくっつけるようなイタズラをしてく  
るけど、やっぱ兄妹みたいにしか感じられないんだよな。  
 それにほら、顔つきだって。  
「変わって……」  
 苦笑しながら顔を見つめて。  
「……あれ?」  
 ふと、違和感に気づいた。  
 
 まっすぐ綺麗に伸びたまつげ。細く通った、顎や鼻筋のライン。  
 ……こいつの顔って、こんなにきれいに整っていたっけ?  
 俺の中のとみかのイメージは、はっきり言って小さい頃から変わってない。いつまでた  
っても子供ぽい「女の子」。  
 けれど、今目の前で神妙な面持ちで眠っているとみかの顔立ちからは、見ているこっち  
がドキッとするような、「女性」の魅力が溢れていた。  
 ずっと近くにいたのに、いや、だからこそ気づかずに見過ごしていたのだろうか。  
 奪われた視線は自然に、色彩の鮮やかな部分に集中する。  
 とみかの変化を象徴するように紅く、厚くなった唇。それはあまりに無防備で、けれど  
こっち誘惑してくるようで、次第に引き込まれていってしまい……、  
「って、うわあぁ!?」  
 とみかの眼前5cmのところで我に返り、慌てて頭を引く。  
 ちょっと待て……、今俺、とみかにキスしようとした?  
「最悪だ……」  
 変態、痴漢と罵られても仕方ない痴態に激しく自己嫌悪する。  
 しかも、しかもだ。  
「なんでちょっと元気になってるんだよ……」  
 
 目の前の女の子にどうしようもない魅力を感じてしまっていることを、股間の膨らみが  
如実にあらわしていた。  
 ちょっとおかしいぞ俺。いくらとみかがその……、可愛かったからって、キスしようと  
したりサルみたいに興奮したり。  
「……だめだ、寝かそう」  
 このままだと、とみかに何をしてしまうかわからない。  
 たぶん、部屋に2人っきりというこの状況が、すこし妙な気分にさせてしまっただけ。  
 そう思わないと、明日からとみかにどんな顔を向けていいかわからなくなりそうだ。  
 深呼吸一つ。……なに、とみかをベッドに運ぶだけだ。何をためらうことがある。  
「よっ」  
 とみかの体を抱き上げる。……本当に軽いなコイツ。そして、めちゃくちゃ柔らかい……、  
って深く考えるな!  
 そして、およそ1時間ぶりに立ち……、  
「あがっ!!?」  
 ……ろうとしたところ、右足から電撃が走った。  
 少しも姿勢を崩せないまま何十分も座ってたら、そりゃ足も痺れるよな……。  
「くっそ!」  
 とりあえず、痺れていない左膝の力だけを使い、片足で立ち上がる。  
 幸いベッドはそう遠くない。そろりそろりと、痺れる右足をかばいながら、ベッドまで  
あと一歩の距離に近づいた。  
「……よーし」  
 意を決して、左足を踏みだしたそのとき。  
「なっ……!?」  
 左足になにかが引っかかり、動きを絡め取った。コタツの電源コード。  
 これも冴木の罠かっ、と思ったが、単なる俺の不注意だ。  
 ただでさえ人を抱えて不安定な状態。あっという間につんのめり、バランスは崩れる。  
 このまま行くと、ちょうどベッドにとみかを押し倒す格好になるって寸法だ。  
「そうはいくかっ!」  
 しかし、こっちだってそんなヤワな運動神経していない。  
 もつれる左足をカバーするように、「右足」で踏みとどまる!  
「☆※▼○*!!???」  
 いまだ体験したことのない猛烈な痛みに悶絶し、健闘虚しく、とみかもろともベッドに  
倒れこんだのだった。  
 

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