「食べたいよーママー」
「ええ!?」
最近妙に真紀子さんとにわちゃんの仲がいいような・・・
何時からだろう?気が付くとこんなことを考えてるようになったのは。
「…三女?」
『あの日』二人暮らしだった私に新しい家族ができました。急な展開で少し驚いたけど私は内心とても嬉しかった。
内緒ですけどね。でも二人とも姉であったのはなんとも言えませんでしたが。私が欲しかったのは・・・
「うん ありが…」
あの時にわちゃんは泣いていました。あの涙は嬉し泣きだったのでしょうか?もしかしたらあの涙は
長い間に溜まった感情そのものだったのかなとも思います。どちらにしろ私は長年望んだ妹が出来たんだと思っていました・・・
なにもすることがありませんねぇ…などとぼんやりと思いつつ八重は居間で庭を眺めていた。
母親と真紀子は買い物、多汰美は鼻歌交じりに庭で水撒きだ。
「Funny Funny Beat So Funny Beat Sha La La Uki-Uki Dance You Steal My Heart…♪」
外国の歌でしょうか?多汰美さん楽しそう…にわちゃんは今日は来ないのかな。
「八重ちゃん?」
今日はにわちゃんの好きなおかずなのにな…
「八重ちゃん?」
来ないのなら違うのにしましょうか…
「フランソワ ストイコビッチ?」
「え?今日のおかずは和風中華飯がいいですか?って誰ですかそれは!」
その八重の返事に多汰美は少し表情を正し話しかける。
「…あんなー八重ちゃん?」
「はい?」
「何か悩み事でもあるん?」
「え?」
一瞬表情が強張る八重。
「…図星。八重ちゃん最近様子が変だったし。私達にも言えへんようなこと?」
話せるわけがない。話していいはずがない。例え家族にでも
「…いえ別になんでもないです。少し体調が悪いからそのせいかも…」
嘘を多汰美さんに言ってしまった…ごめんなさい。でも。
「…八重ちゃん」
「はい」
ばれてしまったのでしょうか。でもいっそ…
「いざとなると男は狼よ?」
「違います!」
『ただいま〜』
「…帰ってきたみたいじゃね。ん、この話はまた今度じゃね。んーにわちゃんも一緒に来てよるね」
「え…」
見れば真紀子とにわは何かを言い合ってるようだ。最近では良く見る光景。日常と化した口げんか。
にわは楽しそうに笑っている。それを見て八重は思う。あの笑顔は私に向いていない。と。
「おやすみ七瀬」
「おやすみなさいにわちゃん」
……隣から健やかな寝息が聞こえてくる。にわちゃんは今日はもう寝ちゃったみたいですね。少し残念ですけど。
それにしても本当ににわちゃんは私が気づいていないと思ってるのでしょうか?
「…ん」
気持ちよさげに寝ているにわの髪をなでながら八重は思う…
にわちゃんは気づいているのでしょうか?にわちゃんの私への想いは妹が姉に甘えているようなものだということに。
なら私は?可愛い妹のように思ってる?最初はそうだったのかもしれない。
でも最近思う。私はにわちゃんに昔の自分を見ていたのではないか。淋しくて悲しくて一人笑うように泣いていたあの頃の私を。
なんのことはない。私は私を哀れんでいただけなんだ…。ゴメンね、にわちゃん。でも今の私は…貴女を想っている。
「あれ?お母さん、ななせは?」
「やーねぇ。台湾から飼い主の方が見えて連れて帰ったじゃない」
「え?…そ、そうだったね。真紀子さんや多汰美さんは?」
「ちょっと、どうしちゃったの?結構前に二人とも実家に帰ったじゃない。手紙もらってるでしょ?」
「ゴメン。少し寝ぼけてるみたい……にわちゃんは?」
「本当にどうしちゃったのかしら…潦さんなら」
「!!!」
厭な夢…まだ夜明け前みたい。それにしても厭な夢。夢? ううん夢なんかじゃない。あれはいずれ来る未来。
まだ来てないだけでいつか来る現実。そういえば未来とはまだ来てないという意味だよって古文の先生言ってたっけ。
ななせも真紀子さんも多汰美さんもいつしか私の側からいなくなってしまう。…にわちゃんはどうなんだろう?
私はにわちゃんがいなくなったら耐えられるのでしょうか?…これからもずっと私の側にいてくれますか?
にわはまだ眠っている。何か楽しい夢でも見ているのか微笑みを浮かべてる顔が愛らしい。
八重はにわに抱きつくようにして眠りなおすことにした。願わくばにわちゃんの夢をみれますようにと。
静かな部屋の中に唯一聞こえてくるにわの寝息と心音は八重の心に優しく響き…
翌朝、八重は「うええええええええええ…」という声で目を覚ました。
学校からの帰り道
いつもの四人で他愛のないおしゃべりをしながら歩いている。
にわの八重へのストレートな愛情表現に真紀子も多汰美もまたかと苦笑いを浮かべている。
八重は困ったような笑顔で誤魔化している…
ふいににわの携帯が鳴る
『アメアメフリザンザンフリカサガナクテズブヌレ』
「あっメールだ……今日は両親が帰るみたいだから家に帰るね。」
暗い部屋で一人八重は思う
両思い。間違いなく。でもにわちゃんの想いに応えてはいけない。応えてはいけないんです。
今のにわちゃんは姉に甘えてばかりだった妹がだんだん他に目を向け始めているようなもの。
それを姉離れが寂しいからってにわちゃんを縛ってはいけない。にわちゃんを想うなら私という檻に閉じ込めてはいけない。
でも。
今ならにわちゃんを私という檻に閉じ込められる。私だけを見させ、私だけを聞かせ、私だけを感じさせられる。
私のエゴでしかないこの歪んだ想いをにわちゃんは受け入れてくれる。
…でもだからこそ私は良き友人であり姉でなくては…明日は何を作ってあげようかな?
しかし
押さえ込むには想いはあまりに強く。
笑い続けるには心はあまりに痛く。
痛みはあまりに強く。
心はあまりに脆く。
罪はあまりに甘く。
「おやすみ七瀬」
「おやすみなさいにわちゃん」
にわちゃんは私の身体を触ったり撫でたりしている。それは顔だったりお腹だったり腕だったり。
やっぱり今日もそれ以上は触ろうとしてはこないみたい。せめて今くらい積極的になってもいいのに。『私は目を覚まさない』のだから。
本当まるで姉に甘える妹みたい。私はにわちゃんをもう妹としてなんか見られないのに。
にわちゃんは自分の想いの正体に本当は気づいているのでしょうか?なら私は…
ん?頬に何か…これは水?
「……七瀬。好きよ。好きなの。誰よりも。心から…」
にわちゃん泣いてるの?そんなに私が好き?私はこの想いを口にしてもいいの?
駄目。それだけは駄目。壊してはいけない。口にしたらにわちゃんが壊れちゃう。
私だけしかなくなっちゃう。私を。私だけが。ワタシダケヲ……
「私もにわちゃんのことが好きですよ」
ようこそにわちゃん。この甘美な牢獄に。絶対に逃がしませんよ?
Fin