男の身体の上で、にわの肢体が跳ねる。  
繋がった部分からはぐちゃぐちゃと激しい水音。  
男が腰を突き上げるたび、にわの口から甘い吐息が漏れる。  
「もっとぉ……もっとつきあげてぇ…」  
「ああ…わかってる…よ……ふっ!」  
「うああぁ!」  
より一層突き上げられ、最奥を抉られ、にわは嬌声を上げる。  
「だ、だめ!もう………ッ!……ぁぁぁ!!」  
か細い声。  
全身を震わせた後、男の胸に倒れこむ。  
「大丈夫か?」  
心配そうな声に僅かな身動ぎで答えると。  
大きな手で頭を撫でてくれる。  
優しく、労わる様にゆっくりと。  
何度も。  
その手の感触に、暖かさに。  
にわは甘い息を吐く。  
この優しい手が欲しかった。  
自分を包み込んでくれるこの手が欲しかったのだ。  
やっと手に入れた。  
そんな思いで。  
頭を撫で続けてくれる手に、自らの手を重ねた。  
その大きな手に出会ったのは最悪の状況だった。  
 
・・・・・・・・・  
 
・・・・・・  
 
・・・  
 
久しぶりの家族三人での外食が決まった時。  
友人である七瀬家の面々に大いに自慢してしまった。  
食事をする場所が超高級にして超有名料理店である事もその自慢の一つではあったが。  
それ以上に。  
共働きで、家にいる事さえ稀な両親。  
その両親と一緒に食事をする事が嬉しくて、嬉しくて。  
本当はその事を自慢したかったのだけれども、やっぱり照れくさくって。  
おいしい物を食べられるんだぞ!!っと、大いに自慢した。  
幸せの絶頂だった。  
 
だったのに。  
 
テーブルについたのは父と自分だけだった。  
母は……仕事が入ってしまった。  
それでも父との食事を楽しもうとした。  
学校での事、七瀬家での事など。  
話したい事はいっぱいあって、話そうとしたけれど。  
電話がなった。  
父の携帯。  
仕事先からの緊急の呼び出しだった。  
父親は困った様子だったが、「すまない」とだけ言い残し、席を立った。  
そして………一人になった。  
 
家族三人での食事のはずだった。  
楽しい時間になるはずだった。  
………なのに。  
現実には独りぼっち。  
残酷過ぎる。  
なぜ夢を見させる?  
はじめから一人だったなら、いつもの事だと思えたのに。  
一人きりの食事は……ひどく味気なかった。  
 
 
 
 
誰もいない家に帰る気になんてなれず。  
さりとてあれだけ自慢したのに今更七瀬家に出向く気にもなれなかった。  
八重も、真紀子や多汰美だってなんだかんだ言いながら温かく迎えてくれる事だろう。  
優しい彼女達は。  
けれど。  
彼女達の暖かさに触れるには、心が冷えすぎていた。  
彼女達の暖かさは冷えきった心には凶器となる。  
 
そんな思いから、にわは夜の街をさまよった。  
する事もなく、行くあてもなく、ただぶらぶらと、長い時間。  
そう、長い時間。  
日も代わる頃になり、人通りも少なくなった頃。  
絡まれた。  
 
鼻ピアスだか、刺青だかをした頭もタチも悪そうな男三人組。  
抵抗するにわの腕を掴み、路地裏に引きずりこまれた。  
通行人に助けを求めようとしたが、誰もが見て見ぬフリをした。  
ああ、そうかと気付いた。  
 
自分は…………独りぼっちなのだ、と。  
 
もう、どうでもよかった。  
好きにすればいいと思った。  
……そんなときだった。  
目の前、体に触れ様としていた男が横に吹き飛んだ。  
鼻ピアスの不細工な男に変わって飛び込んできたのは見知らぬ広い背中。  
何か言い争う声と、引っ張られた手。  
気付いたら見知らぬ男に手を引かれ、走っていた。  
走って…走って……男三人組を振り切って。  
荒い息を吐く彼女に、大丈夫だったか?と優しい声をかけてくれた、優しい手の持ち主。  
それが彼だった。  
それが、彼との出会いだった。  
話をすると、彼は隣街の高校に通っている同学年の学生だとわかった。  
危機的状況からの緊張の緩和がそうさせたのだろう。  
にわは彼に心の内を吐露した。  
誰にも言った事のない、胸の中に秘めた思い。  
寂しい。  
心細い。  
私は独りぼっちだ……。  
話を聞き、彼は笑って、そして言った。  
じゃあ、寂しかったら電話しろよ、と。  
暇だったら付き合ってやるよ、と。  
そう言って、紙に携帯の番号を書いて渡してくれた……。  
 
にわは彼に何度も電話をした。  
寂しい時に。  
心細い時に。  
朝早くに。  
夜遅くに。  
暇だったら……なんて言ってたくせに。  
彼はいつでも電話に出てくれた。  
いつでも会いに来てくれた。  
そんな二人が、身体を重ねる事になるまでそれほど時間はかからなかった。  
 
・・・  
 
・・・・・・  
 
・・・・・・・・・  
 
「ん……」  
いつの間にか眠ってしまっていた事に気づき、にわはバッと跳ね起きる。  
ベッドには自分一人。  
彼の姿は……ない。  
「あ……」  
ぽっかり心に穴が開いたように感じて、目に涙が浮かんだ。  
と――  
「あ、起きたのか?」  
開け放したままだった部屋の入り口から彼がひょっこり顔を覗かせた。  
「腹減ったからカップ麺貰ったぞ。お前も――」  
食べるか?と言いかけて、止まった。  
「なんで、泣いてるんだよ」  
顔をしかめ、ベッドに近寄る。  
「どうしたんだ?怖い夢でも見たか?」  
そう言って、にわの頬に触れる。  
にわは首を振る。  
「じゃあどうしたんだよ?」  
「いなくなっちゃ…だめ」  
「??」  
「私がいいって言うまで……あんたはいなくなっちゃ…だめ」  
そう言って、ギュッと手を抱きしめる。  
彼は苦笑した。  
「んなこと言うけどさぁ。お前寝ちゃうし、腹減るし。  
トイレにも行きたいし――」  
「だめなの!」  
強い、にわの声。  
「だめ!いなくなっちゃやだぁ!!」  
強くて、弱い、にわの声。  
彼は苦笑し、にわの身体を優しく抱きしめる。  
「悪かったな、勝手にいなくなったりして。だからもう泣くなよ。頼むから。な?」  
「泣いてない!」  
顔はもう涙でぐしゃぐしゃなのにそう言う。  
ある意味、それがにわの全てを物語っていた。  
虚勢を張り、己を隠す。  
泣いているのに、泣いていないと言って強がる。  
それがにわ。  
そんな彼女だから……彼はほっておけなかった。  
「わかったわかった。泣いてない泣いてない」  
頭を撫でてやる。  
にわは涙を浮かべたまましばらく睨んでいたが。  
やがて睨むのを止めて、目を閉じ、唇を突き出した。  
彼は苦笑して、ちょんと口付ける。  
そうすると満足したようで。  
にわは改めて彼に抱きつく。  
頭を優しく撫でられる心地よさにうっとりする。  
「……なあ、前々から言おうと思ってたんだけどさ」  
「な、なに?」  
真剣な口調にそれまでの夢見心地から急転、にわは不安げな目を彼に向ける。  
 
「俺達さ、会うたびにしてるだろ?その……なんだ…男女の営みを」  
照れる彼の様子を微笑ましく思いつつ、頷く。  
彼は続ける。  
「別にさ、無理にしなくてもいいんだぜ?」  
「え……」  
「したくないならそれでもいいってことだよ」  
驚くというか…脈絡のない発言にきょとんとする。  
にわは彼とそーいう事をするのが別にイヤなんかじゃない。  
気持ちいいわけだし……彼の事は好きだし。  
避妊もしてくれるからその点も心配はないし。  
拒否する理由はなにもない。  
「なんで……そんなこと言うの?」  
だから聞いた。  
聞いてから、怖くなった。  
「ひょっとして、私の事、飽きた…の?」  
彼はギョッとしてにわの顔を見る。  
それは驚きの表情。  
何を言ってるんだ?という驚きなのだが。  
だが、疑心暗鬼に捕われた人間は総じて悪く考える傾向がある。  
この時のにわもそうだった。  
驚いた顔を、なんでわかったのだろう?と捉えてしまった。  
「わ、たし…がんばるから!もっと!あんたが満足出来るように頑張るから!  
だから……だからぁ!」  
必死に彼にすがりつく。  
「お、おい。落ちつけって!」  
「やだ!いかないで!なんでもするからぁ!」  
落ちつきをなくした人間に「落ちつけ」なんて逆効果である事を彼は知らない。  
そしてなにより。  
彼の本意を、にわは知らない。  
必死だった。  
やっと手に入れた温もりを手放したくなくて。  
そのためなら……ホントになんでも出来ると思った。  
彼のためなら……。  
「ん…」  
「っ!!?おい!!」  
彼のパンツを引き下ろし、柔らかい状態のモノを口に含む。  
驚いた様子で彼は引き剥がそうとするが、抵抗。  
彼のモノをがむしゃらに夢中で舐める。  
どうすれば気持ちよくなってくれるかなんて分かりなどしない。  
行為に及ぶ時はにわはいつもマグロだった。  
彼が色々してくれ、気持ちよくしてくれていたから。  
飽きるのも仕方がないと思えた。  
だからこその行為だったのだが。  
「や…めろって!」  
 
顔を掴まれ、引き剥がされる。  
彼は……怒っている様子でにわを見ていた。  
「なんなんだよいきなり!俺そんなことしてほしいって言ったか!?」  
「だって……だって……」  
もう……だめだ……この人も…いなくなる。  
そんな思いで、にわは大粒の涙を零す。  
誰が悪いかといえば…自分自身なのだろう、と。  
彼の暖かさを受けるだけの価値がない女だったのだろうと。  
ぼろぼろと、涙を零す。  
「あーもう!」  
「っ!!?」  
彼はイラついた様子でギュッとにわを抱きしめる。  
にわは激しく抵抗した。  
「やぁ!もう……居なくなるなら……そんなことしないでぇ……」  
今ならまだ耐えられるから。  
この温もりを失ってもまた立ちあがれるから。  
だから、これ以上温めないで。  
温もりを覚えた身体には。  
温もりを覚えた心には。  
あの空虚な寒々しさは耐えられないから。  
「はな……して…」  
叩く。  
彼の胸板を。  
激しく。  
だが彼は離さない。  
強く抱きしめる。  
温もりが……移る。  
彼の暖かさにわの身体奥深くまで染み込む。  
彼は何も言わない。  
千の言葉よりも、たった一の行動が人を動かす。  
それを知ってか知らずか。  
にわを抱きしめつづけ、頃合を見計らって口を開く。  
「お前は……気付いてないんだな」  
「え?」  
「お前を抱く時、いっつも泣きそうな顔してた」  
彼の言葉に、にわは驚く。  
彼との行為はイヤなものじゃなったけれど、そんな表情をしていたとは。  
彼は続ける。  
「そのことに最近気付いて……すっげー後悔した。  
ひょっとしたらおまえはそーいう事するのいやなのに、俺に合わせてるのかって。  
俺の欲望に付き合ってくれてるのかって。お前の弱みにつけこんでるんじゃないかって」  
そう言って彼は笑った……いや、嗤った。  
自分に対して。  
 
「考えてみればそうだよな。ちょっと考えればわかる事なんだよな。  
寂しいって言ってる女の子がいて。その心の隙間につけこむ男がいる。単純な話だよな」  
また嗤う。  
「まったく……イヤになるよ、自分が。弱みにつけこんで、自分のやりたい事して。  
ホントに……ひどい話だよな」  
ずっと抱きしめていたにわの身体を離す。  
「ごめんな、今までホント――!?」  
皆まで言わせない。  
言わせやしない。  
そんな思いで、にわは彼にキスをする。  
貪る。  
激しく求める。  
息が続かなくなって、ようやく離れる。  
「にわ……」  
「私の事……嫌い?」  
「いや、そんなことないけど」  
「じゃあ……好き?」  
「……ああ」  
「愛してる?」  
「…………愛してるって言ったら、信じてくれるのか?」  
神妙な表情な彼。  
にわはにっこり笑う。  
「もちろん、信じるわよ。私の愛した人が愛してるって言ってくれてるんだもん」  
「けど、俺は――」  
また、皆まで言わせず、唇を押し当てる。  
「愛してくれてるんなら、私はそれを信じる。  
だから、あんたも私を信じて。私はあんたに抱かれる事がイヤじゃない。  
泣きそうな顔をしてたのは……多分別の理由だから」  
「別の理由?」  
「……大切な友達が居るの。とっても大切な、大好きな友達。  
私が寂しがりって事、知ってて甘えさせてくれた子達。  
あんたと会ってると、その子達を裏切ってる気がしちゃってた」  
「……そうか」  
彼は納得した様子で、頷いた。  
ちょっと安心した様子でもあった。  
自分が嫌われていなかった事に。  
「その子達に、あんたの事紹介したいの。いい?」  
「もちろんだ」  
「…ありがとう」  
また、キスをする。  
「ねえ……いいでしょ?」  
「ああ。望む所だ」  
 
彼の無骨な手がにわの柔らかな胸に触れる。  
無骨だが、不器用ではない。  
今までの経験を活かし、にわの感じるように優しく揉む。  
さらに空いた手はにわの下半身へ。  
にわの中に入りこみ、細心の注意を払って優しく愛撫する。  
「んっ!?……ふうぅ……あうぅ!」  
「気持ちいいか?」  
「ん……うぁ!……いい、よ…ああ!」  
「そうか……」  
彼はモノをにわに押し当てる。  
「いくぞ」  
「ん……ああぁっ!」  
一気に最奥まで貫かれ、歓喜の悲鳴を上げる。  
暖かい。  
気持ちいい。  
寂しくない。  
気持ちいい。  
気持ちいい。  
「ああっ!……はぁぅ!……もっとぉ!もっとちょうだい!」  
激しく腰を動かされ、抉られ、にわは喘ぐ。  
喘ぎ、抱きつく。  
離さないでと言わんばかりに。  
離したりしないと言うかのように、彼もまたにわを強く抱きしめる。  
「あっ!…あっ!!……ああっ!!!だめっ!いく!いっちゃうぅっ!」  
「くっ!」  
ぐっと!叩きつけるかのようにモノを押し入れ。  
熱いモノを吹き出させる。  
子宮の中を満たされ、にわはまた、意識を手放した。  
 
「ん……」  
いつの間にか眠ってしまっていた事に気づき、にわはバッと跳ね起きる。  
隣には彼の姿。  
穏やかというか無邪気というか、無防備な寝顔を晒している彼  
ちょっと涎なんかたらしているが。  
そんな姿もいとおしいと思うのは、惚れた弱みかあばたもえくぼか。  
そんなことはどうでもいい。  
彼の事が好き。  
それだけで十分だった。  
彼の胸に頬寄せて、もう一度眠りにつく。  
 
起きたら、まず七瀬家に出向こう。  
もちろん彼と一緒に。  
そして自慢しよう。  
これが私の彼氏だ、と。  
 
END  
 

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