いつも頭を乗せている柔らかな羽毛枕の感触とは違う固さに寝苦しさを感じて、ロイ・マスタングはニ、三度瞬きをしてから、重い瞼を開いた。  
目を開けて、初めに視界に入ったきたものに、仰天する。  
日に健康的に焼けた男の太い腕。  
あろうことか、それを頭の下に敷いて眠っていたのだった。  
寝起きが決していいというわけではないと自負しているロイが、恐ろしいくらい良過ぎる寝起きでベッドから上半身を起こした。  
心臓が速い速度で鳴っている。  
何があったのだったか。一瞬思い出せなかった。  
ズキリと痛む額を押さえながら、ロイはもう一度、恐々と確かめるように、ベッドの横にあられもない寝姿で、両手を大きく広げてベッドの3分の2を占領している男の顔を確認した。  
そこには幸せそうな寝息さえたてて眠っている、マース・ヒューズの姿があった。  
「・・・・・・・・・・・そうだ・・・・・・昨夜は・・・・飲みすぎてしまったのだったな・・・・・・・・」  
ロイは頭を抱えながら、独り言の様に呟いた。  
士官学校を卒業してからは、ヒューズと一緒の時でさえ、仕事がら酒は抑えて飲む様にしていた。  
それなのに昨夜は、限度を考えずに、少々飲みすぎてしまったのだった。  
体を起こそうとして、走る鈍い痛みに眉を潜める。  
「・・・・・っ・・・・・・」  
その痛みに、昨夜の身に起こった事が、夢ではなく、現実だったのだと再認識させられる。  
ロイは大きな溜息をついて、天井を仰いだ。  
夢であったら良かったのに。  
隣で寝息をたてるヒューズの顔を見つめながら、心からそう思う。  
長い間、ただ相手に負担にしかならないであろう自分の胸に秘めた想いは、絶対に悟られないように努めて、親友という関係でいたのに。  
昨夜はついに一線を越えてしまったのだ。  
飲みすぎたせいだ。どうして飲みすぎてしまったのだろう。ロイは自問自答しながら、頭を抱え込んだ。  
 
 
セントラルの駅に列車が到着すると、ヒューズは列車から降り立つ人混みを、待ち合わせていた友人を探して、目線を次々移動させた。  
列車の入り口から、最後に降り立ったその姿を見止めて、ヒューズは側まで歩み寄って手を挙げた。  
「いよう、ロイ」  
「・・・・久しぶりだな、ヒューズ」  
ロイは一見して分かる程に不機嫌そうだ。  
まだ朝も早い時間である。昔から早起きの苦手なロイは、多分意識がまだ朦朧とした感じで、口を開くのもかったるいという感じなのだろう、とヒューズは思い、苦笑する。  
「式まで時間がそんなに無い。行くか」  
「ああ」  
「場所は知ってるな」  
「・・・・知ってるとも。だから別に待ち合わせる必要など無いと、電話でも言っただろう。ああ、そうだ、ヒューズ、ついでに言っておくがな」  
「何だ?」  
「軍用電話を私用に使うのはよせ」  
「別に構わんだろう、そのくらい」  
ロイは言い返そうと口を開きかけたが、馬鹿らしくなって止めた。  
何度言っても、ヒューズはロイに仕事中に電話を掛けてくるのをやめないのだ。  
口元をムスっと引き結んだロイの姿を伺い見てから、ヒューズは足を止めた。  
「ロイ、今日のお前さんは、花婿が恐らく霞んでしまうくらいに決まっているが、タイが少しまがってるぞ」  
「ん?」  
胸元を見ようとして、ヒューズの手がタイに掛かる。手馴れた手つきでヒューズはロイのタイを真直ぐに直してやりながら、  
「・・・・こういう事は、嫁さんにしてもらうのがいいんだがな〜・・・今日の結婚式で、お前さんが刺激を受けて、結婚したくなる事を心から願ってるぞ、俺は」  
「・・・・・・・うるさい」  
今日は、士官学校時代の同期でも、二人と懇意に付き合っていた男の結婚式だった。  
 
奇しくも、ヒューズと、彼の妻であるグレイシアが、かつて式を挙げたその同じ場所で、友人も式を挙げるという報せが、ヒューズから届いた。  
ロイはヒューズからの連絡を受けて、すぐに司令部に報告を入れて一日休暇を貰ったのだった。  
「私の事はほうっておいてくれ」  
「相変わらず、東部では浮いた噂を流してるらしいな。少しは控えろよ」  
「一人に縛られるのはごめんだ」  
「・・・・・・お前さんの口グセだったな〜・・・それは。昔から・・・・何人泣かせば気が済むんだ?」  
「そんな下手な別れ方をした事など一度も無い」  
ロイの言葉に、ヒューズは苦く笑う。  
「・・・・たた一人を守って、愛していくのは、大変だが・・・幸せな事だ。俺は・・・・早くお前さんにも、幸せっていうのがどんなものなのか、知って貰いたいんだよ。支えてくれる人がいると、仕事の方も頑張れるしな」  
「・・・・・・・」  
「・・・・お前さん・・・・今、支えてくれる人間を、ちゃんと作ってるのか?」  
ヒューズの真摯な目を見返して、ロイは暫く黙っていたが、口元を吊り上げて皮肉めいた笑みを口元に作った。  
「ちゃんといる。心配する必要は無い」  
短く答えて、ロイは速度を上げてヒューズの少し前を歩いた。  
 
結婚式はセントラルの教会で、親しくしていた友人、知人と、親戚、男の直属の上官だけを呼んだこ式だった。  
幸福の絶頂である二人を見ながら、ロイは、ヒューズが心から願った様な気持ちには、とても慣れなかった。  
それどころか、全く反対の気分にすらなってしまった事は、とてもヒューズには言えない、と心の中で思う。  
幸せを願わなければいけない場所で、とてもそんな気分になれなかったのは、この場所が、あの日ヒューズとグレイシアが式を挙げた場所だからだろう。  
目の前で神父に永久の誓いをたてている二人が、あの日のヒューズと、彼の妻の座におさまった幸運な女性の姿と重なる。  
あの時の、自分ではどうにも出来ない、苦くて胸を締め付けられる程に苦しかったあの時の思いを、もう一度味わっている気分だった。  
もちろん、そんな様子を面に出さないのには自信があった。  
感情を殺すのも、もうお手のものだ。  
笑いたくない時に満面笑う事だって出来る。  
あの日、ヒューズとグレイシアに握手を求めて言った同じ言葉を、ロイは今日式を挙げた友人とその妻になる女性に向かって言った。  
「結婚おめでとう、幸せに」  
式を挙げた二人は、ロイの祝福の言葉に、顔を見合わせて照れた様に、幸せそうに笑った。  
 
式が終った後、2次会の披露宴があり、その後ヒューズと二人だけで、行きつけていたバーで3次会だと称して飲んだ。  
中央に仕事で来る度に、ヒューズとよく飲んだ店だ。  
洒落た雰囲気だが、店内は全て木造で、照明も明る過ぎない中央では珍しい落ち着いた感じの店だ。  
カウンター越しに、マスターが注文した酒を手早く作って出してくれる。  
今日式を挙げた二人の幸福を祈って軽くグラスを合わせてから、ロイはグラスの中で揺れる茶色の液体を飲み干した。  
東部は最近内乱が続き、未だに情勢が不安定な為、ロイが司令部を離れられる事が少なくなったため、仕事で呼ばれて、中央に来る事も少なくなっていた。  
プライベートでなど、論外だった。  
元来、ロイはセントラルという街があまり好きでは無い。  
仕事で中央に異動になる事を願っているが、休暇の日にわざわざ足を運ぶ気にはなれない街だった。  
何度か、ヒューズの家に食事に招かれた事もあったが、最近は忙しさを理由に、その誘いも断っていた。  
ヒューズが暖かな家庭の中で、幸福そうに過ごしている姿を見るのは、決して嫌いではない。むしろ、ヒューズが幸福になるのは嬉しい。だが、やはり寂しさを感じてしまうのはどうにもならない。  
だから二人でこの店で飲むのは、本当に久しぶりの事だった。  
「いや〜〜〜〜、結婚式はいいな〜。なぁロイ!」  
ヒューズは上機嫌だ。ロイの肩を数回バンバンと叩く。  
 
「・・・・そうだな」  
「・・・そういえば、今日呼ばれてた士官学校で一緒だったやつらだがな」  
「・・・・・何だ?」  
「お前さんが、大佐になったのが早すぎるとかなんとか・・・・出世するのに、媚を売ったとかなんとか言っていやがってな〜〜・・・今日が結婚式でなかったら、トイレに連れ込んでた所だったんだが、我慢したんだぜ、俺は。偉いだろう〜〜〜!」  
「・・・・・・・・ヒューズ・・・・・まさかとは思うが、もう酔ったのか?」  
「俺が?お前より酒の強い俺が、酔うわけないだろう」  
「・・・・そうだな・・・・・・・」  
答えながら、少しロレツが回っていない感じのヒューズを、ロイはしげしげと見つめた。  
「腹がたたないのか!?ロイ」  
「・・・・別に。悪く言われるのには慣れているからな」  
「俺は、お前さんが悪く言われるのは、我慢できんな」  
ヒューズは手に持っていたアルコールの入ったグラスをいっきにあけてしまう  
「・・・・・ヒューズ、おい・・・そんな飲み方したら・・・」  
ドンと、大きな音をたてて、ヒューズはカウンターにグラスを差し出して、マスターにおかわりを注文する。  
今日のヒューズは上機嫌だった筈だが・・・・今はむしろその逆にさえ見える。  
「・・・・・将軍や、もっと上の上官の・・・・・夜の接待してるなんて言いやがった・・・あいつら・・・・」  
ヒューズは押し殺した様な低い声で、吐き捨てる様にそう言った。  
ロイは口を開けて、見開いた目で、ヒューズの言葉を聞いていたが、堪えきれずに声をたてて笑った。  
「・・・・何が可笑しいんだ?ロイ」  
「いや・・・・・そういう噂をたてるのが好きな連中はどこにでもいるものだと思ってな」  
「お前さんは、変わらんな、昔から・・・」  
深い息を吐いて、ヒューズはグラスになみなみと足されたアルコールに口をつけた。  
ロイは、表情を固くして、グラスを見つめながら、言葉を次いだ。  
「・・・・・・上に行くためなら・・・・・・・どんな事でもするさ。望まれれば・・・・そんな事だって、別にどうという事も無い」  
「・・・・・・」  
「・・・・・・・冗談だ。そう睨むな、ヒューズ」  
 
ヒューズはロイの軽口に何か言葉を返そうと口を開きかけたが、ついに言葉を次ぐことが出来なかった。  
そのまま押し黙って、胃にアルコールを流し込む。  
ロイもそれきり口を開かずに、ただ黙って飲み続けた。  
店を出た頃は、もう午前0時を回っていた。  
すっかり遅くなった。ヒューズはいつも主の帰りを心待ちにしている愛妻と愛娘に、ちゃんと連絡を入れたのだろうか?と、ロイはそんな事を心配していた。  
いつもの様な穏やかな会話は交わされる事が無かったが、やはり久しぶりに親友と同じ時間が過ごせるのは嬉しかった。  
つい、自分から腰を上げる事が出来ずに、こんなに遅くまで家庭のあるヒューズをつき合わせてしまった事に、罪悪感を感じながら、大通りに出るまでの道を歩く。  
その足取りも、あまりしっかりしたものでは無かった。  
かなり酔ってしまったようだ。隣を歩くヒューズも同じだった。  
途中から途切れてしまった会話の為、飲む量がいつもよりも増えてしまった様に思う。  
ロイは今日の結婚式での苦い思いも手伝ってか、途中から抑えずに飲んでしまった。  
肩を貸し合って、ふらつく足取りで歩きながら、大通りに出たものの、車を捕まえる事になかなか成功せず、どうしたものかと考えあぐねていると、  
「・・・・・この近くにホテルがある。そこに泊まるか」  
ヒューズの言い出した提案に、暫く答えを迷っていたが、流石にこの状態で歩いて帰るのは無理だと判断して、ロイは相槌を打った。  
 
部屋のキーを開けて、ドアを押し開く。  
「・・・・・ヒューズ、着いたぞ、大丈夫か?」  
「・・・・・・・・・ああ。おお〜〜〜、いい部屋だな、ロイ、値段の割に、シャレてるな」  
先刻までの不機嫌だった様子はまるで嘘の様に、ヒューズは機嫌が良かった。  
昔からいい酔い方をする男だったが、今もそれは変わっていないのだな、と、ロイは口元を綻ばせて笑った。  
室内灯の灯った部屋に入って、ロイは周囲を見回した。  
「外線ですぐに家の方に電話しろよ、ヒューズ・・・?」  
部屋の扉が閉まると、倒れ掛かる様にヒューズがロイの首筋に腕を回して抱きついてきた。  
「おい、大丈夫か」  
「・・・・・ああ。全然大丈夫だ」  
心配げに覗き込んでいたロイと、顔を上げたヒューズの視線が絡んだ。  
「――ロイ・・・・」  
「・・・・・・何・・・」  
「お前の背広姿・・・・・ふるいつきたいくらい、色っぽい」  
「・・・・・・・・かなり酔ってるな、おま・・・・・・う・・・・・・・・・・・」  
いきなりヒューズに口付けられて、ロイは驚いて目を見開いた。  
つっぱねた腕で相手を押し返そうとするが、力が入らない。  
「・・・・ヒュー・・・・・・・・」  
ヒューズは額を上げて、オールバックに整髪しているロイの髪を掴んで、くしゃくしゃと前髪を下ろさせた。  
「・・・・・ロイ・・・・」  
「な・・・・に・・・・・どうしたんだ?お前・・・待・・・・・・・」  
言葉を遮られるように口付けられて、歯列を割って入り込んで来た舌に、絡めとられる。  
優しく、時に強く吸われて、甘い痺れが下半身に走った。  
「・・・・・つ・・・・・・・・」  
目を開いて、自分と口付けを交わしている男がヒューズであることを確認する。  
正直何がどうなってこうなったのか。相手は泥酔しているのだ。  
思い切り突き飛ばして、酔った勢いの冗談にしてしまえばいい。  
なのに、力が入らない。胸を押し返す手に先刻から全く力が入らない。  
 
酔った相手に、このままつけ込んでしまおうか、と、ロイは心の中で考えた。  
いや、つけ込まれているのは自分の方か?  
アルコールの回った、あまりしっかりしていない思考回路を回転させている途中で、ロイは部屋の壁際に設置されたベッドに上に、背中に手を回された状態で、押し倒される。  
のしかかってくる体温。鼻腔をくすぐる親友の匂いに、ロイの下半身はますます熱を帯びる。  
「・・・・つ・・・・駄目・・・だ・・・ヒューズ・・・・やめ・・・・」  
背けた喉に優しく口付けられて、全身が震える。  
「・・・・・欲しい・・・・駄目か?」  
アルコールのせいか、見上げたヒューズの目は潤んでいる。  
ずっと欲しいと思っていたのはこちらの方だ。だが、欲しかったのはこんなものではない。頭では分かっている。  
けれど、こんな風にでさえ、この男に抱きしめられたいと思う欲求を、どうやって抑えればいいのか、今のロイには分からなかった。  
「・・・・・・・ズルいぞ・・・・お前・・・・・・・は・・・」  
ズルイのは自分だ、とロイは自分を罵る。  
「・・・・そうだな・・・・・俺は、ズルイ男だ」  
「・・・・・勝手だ・・・お前・・・・は・・・・」  
ヒューズは何故かシャツのボタンを、もどかしい程にゆっくりと外して行く。  
「・・・・・嫌なら、本気で抵抗しろよ、ロイ。でないと・・・・・やめてやらんぞ、俺は」  
「・・・・・・・・・」  
喉が渇いて、発した筈の拒絶の言葉は、音にならなかった。  
露にされた胸に、ヒューズの口づけが落ちる。  
その心地よさに、ロイ伏せた睫をわずかに奮わせる。  
戸惑いながら、ヒューズの首筋に回した両手で、ロイは引き寄せるように抱きしめた。  
それが合図だった。  
 
「・・・・っ・・・・・」  
耐えて噛みした口唇の間から漏れる声を、必死に抑える。  
せめて、灯りを消しておくべきだった、と、今更後悔しても後のまつりだ。  
目を開けると、大きく開かされた脚の間に顔を埋めたヒューズの姿が目に映って、どうにも気恥ずかしい。  
同じ男のものに躊躇いもせず口づけたヒューズが、信じられなかった。  
アルコールの力というものは、本当に偉大だ、などど考えながら、与えられる快楽に眉を寄せて呻いた。  
無理やりに冷静な思考を中断される。  
「・・・・ヒュー・・・ズ・・・も・・・・・・」  
ちらりとロイの表情を盗み見るヒューズの目と視線が絡んでロイは声を荒げた。  
「!・・・み・・・・見るな」  
「・・・・それくらいいいだろう」  
「いいわけないだろう。目をつぶっていろ!」  
「目をつぶってたら、分からないだろう。いろいろ」  
「では、電気を消せ!」  
「・・・・明るい場所で眺めていたいくらい綺麗だが・・・・そんなに嫌なら仕方無い」  
ヒューズは体を起こして、ベッドの側にあるスイッチを押した。カチリと音がして、室内に暗闇が落ちる。  
闇に隠されたことで、ロイはほっと、安堵の息を吐いた。  
覆いかぶさってくる男の体を、おずおずと伸ばした手で抱きしめようとした時、解けた黒タイが、ぱさりとヒューズの首筋から、ロイの肌の上に落ちた。  
「・・・・・・・」  
ふと、これから犯そうとしている罪が、どんなものなのか、という事が頭を掠めて、ロイは手を止めた。  
元同期の結婚式に行くと言って、朝家を出たヒューズ。このタイは、彼の善き妻が、歪むことなくキッチリと締めて、送り出したのだ。  
「・・・・ふ・・・」  
ロイは自嘲気味に笑う。  
もっと早くに、こうしていれば良かった。  
誰かのものになる前に。  
そうしたら・・・・・こんなに。  
「・・・ロイ?」  
ロイの様子がおかしい事を敏感に感じ取ったヒューズが、覗き込むようにしながら問い掛ける。  
 
「・・・やはり、やめておこう」  
「・・・・何・・・?」  
「馬鹿になってもいいかとも思ったが、やはり虚しすぎる」  
「・・・・・」  
「このまま寝てしまえ、ヒューズ。明日になれば、すっかり気分もよくなって、お前は・・・・・・・・・・」  
罪を犯さずに良かったと心の底から思う筈だ。  
顔を背けたロイを上になった体勢で見下ろしていたヒューズは、両手首を強い力で掴んで枕に押さえつけた。  
「・・・・痛・・・・!おい・・・ヒューズ手が・・・・・・」  
身じろごうとして、動けない事に気づく。酔っている相手の力というは存外に強いものだ、などど考えながら溜息を吐いた。  
「手を離せ。ヒューズ・・・・」  
「今更、やめられると思うのか?ロイ」  
「な・・・・・・」  
返す言葉は噛み付くような激しさの口付けによって封じられる。眩暈がする程の激しさに、ロイは息苦しささえ覚えて、逃れようとするが、しっかりと顎を掴まれて動けなかった。  
そのままヒューズの手が下半身に伸びて、ロイ自身を握り込んだので、一瞬ビクリと身が竦む。  
「・・・・・お、い・・・ヒューズ・・・・・・!あ・・・・っ」  
的確な愛撫に、喉がのけ反る。  
「・・・いいから・・・・・何も考えるな、ロイ。こっちに、集中してろ」  
ヒューズは、ロイの感じる場所を知っていた。何故なら、ヒューズがそこを触れるのは、初めてでは無かった。  
士官学校に在籍していた頃、、お互いの体に触れ合う事は、何度か経験した事があったからだ。  
若い熱を持て余して。火遊びの様に。じゃれ合う様に。  
若気のいたりだったと、自分にも親友にも言い訳が出来た。  
けれど、今は。  
「・・・・・あ・・・・く・・・・・・っ」  
ロイの息が早くなるのを確かめる様に、頬を寄せる。何度も名前を耳元で呼ばれて、ロイはゾクリと体を震わせた。  
「・・・・ヒュー・・・・ズ・・・はなせ・・・も・・・・・・あっ・・!」  
爆ぜた先端から溢れたものがヒューズの手とロイの下腹を濡らしていく。  
「・・・・・っ・・・・はあ・・・・は・・・」  
目を閉じて息を吐くロイの瞼に、優しく口唇を寄せる。  
 
ロイが放ったもので、ヒューズはゆっくりと自身を湿らせた。  
力を失って投げ出されている脚を抱え上げて腰を割り込ませる。  
「・・・!・・・・・・ヒューズ・・・!」  
責める声を発したロイに構わず、ヒューズは腰を進めた。  
「・・・・・・・・・・い・・・・・!」  
「・・・・つ・・・・ロイ・・・・力を抜け・・・・大丈夫だから・・・」  
「・・・・・む・・・無理言うな・・・・・く・・・・・・・・っ」  
息が止まりそうな程の苦痛に、食いしばった歯の間から悲鳴が漏れる。  
「・・・なじんだら、多分・・・楽になるから・・・我慢してくれ」  
霞む両目を開けると、暗闇に慣れた目が自分を抱くヒューズの表情を映した。  
ヒューズも辛そうだ。とてもよさそうだとは言えない。  
息を数回吐きながら、少しだけ力を抜くことに成功すると、ヒューズのものが全てロイの内に入り込んだ。  
それによって更に増した苦痛で、目頭が滲む。  
滲んだ涙を口唇で吸われて、泣いてしまった事が悔しくて恥ずかしかったが、最早そんな事にまで構っていられない、というのが本音だった。  
ヒューズが強張った体を少しでもリラックスさせようと、前に愛撫を加えてやりながら、ゆっくりと、腰を動かし始める。  
ギシギシと背中が軋む。  
背中に回した腕で、無意識に相手を傷つけそうになってしまい、ロイは我に返って伸ばした手を握り込んだ。  
痕は残してはいけない。絶対に。  
「・・・・・・い・・・・あ・・・・・・・あ・・・・っ・・・」  
けれども、灼ける痛みをやり過ごすと、少しだけラクになってきた。  
ヒューズが与えてくる快楽にのみ集中しようと、意識をそちらへ向ける。  
「・・・・・・・・・ロイ・・・・・・・・すごく・・・」  
「っ・・・!言うな・・・・・・・黙れ!」  
「・・・・・・色気がねえな〜・・・」  
「・・・・そんなもの、あってたまるか・・・・・・・・」  
ヒューズの腰の動きが早くなり、がくがくと揺さぶられながら、わけが分からなくなる。  
 
「・・・・・っ・・・・あ・・・・・・・・・い・・・・っ・・・」  
「・・・ロイ・・・・・」  
ヒューズが、ロイを抱きしめるように上から重なってきながら、耳元で囁く。  
「・・・・・好きだ・・・・・・・」  
「・・・・・・・・・この、酔っ払い・・・」  
突き上げられて、のけ反る。  
灼かれるような苦痛と、痺れる様な快楽が何度か繰り返し、食いしばった歯の隙間からわけ分からない声が漏れた。  
抱きしめている熱を確かめるように腰を抱く。  
強く揺さぶられて視界が砕け、ロイの意識は途切れた。  
自分が達したと同時に、ロイが意識を失くした事に気づいて、ヒューズは動きを止めた。  
「・・・・ロイ・・・」  
返事はない。  
「――マスタング・・・・・」  
もう一度名前を呼んでみる。目は開かれない。  
ヒューズはゆっくりと顔を近づけて、ロイの目尻から流れ落ちて、頬を伝う涙を口唇で吸う。  
汗に濡れた前髪をひとさし指でかき上げて、そのまま愛しむ様に艶やかな黒髪を撫でる。  
「ロイ・・・・・」  
いまだ繋がったままの下半身を、ゆっくりと動かす。  
優しく内を確かめる様に。全て注ぎ込むように。  
「・・・・ん・・・・う・・・」  
「・・・・・・お前さん・・・俺をこんな気持ちにさせちまって・・・・どうしてくれるんだ・・・」  
身じろいで、吐息の様な声を漏らしたロイの口唇を、ヒューズは激しく吸った。  
 
朝の光がホテルの窓の掛けられた遮光カーテンの隙間から射し込んでいる。  
頭を抱えたまま、昨夜起こった出来事を思い出していたロイは、深い溜息をついた。  
(・・・・馬鹿な事をしてしまったな・・・・)  
酒に酔った果ての、過ち。  
しかも自分は、意識を無くすほどに酔いつぶれていたわけではなかった。  
確信犯というヤツだ。一番タチが悪い。  
ヒューズは覚えているだろうか?あんな事をする程に泥酔していた様だから、多分覚えてなどいないだろう。  
「・・・・・・」  
そう思うと、段々腹立たしくなってきた。  
体のあちこちが軋むように痛いし、泣いたせいか頭も痛い。  
ロイは穏やかな寝息をたてているヒューズの鼻をつまんでみた。強くつねるように捻る。  
「・・・う・・・・・・・うーーん・・・・・」  
「・・・・」  
寝言を言って、ベッドの中で身じろいでいるヒューズを見つめる。  
そういえば、寝起きの悪い自分がヒューズの寝顔を見れることは珍しかった。  
大抵、いつも先にヒューズが目を覚まし、ロイが起こしてもらっていた。  
「・・・・・・」  
そっと鼻にキスして、口にもキスしてみる。  
起きる気配すら無かった。  
 
それでも目を覚まそうとしないので、ロイは吹き出してしまった。  
(・・・まあ、いいか。昨日の事は・・・・・酒に酔った果ての過ち、という事で、忘れてやる)  
ロイはゆっくりと起き上がって、ベッドから降りる。  
脱いでベッドの隣に設置された椅子に掛けていたシャツに袖を通した。  
壁に掛けられた大鏡に姿を映しながら、ボタンをはめる。  
首筋に、ヒューズにつけられた痕を見つけて、そっと指で触れてみた。  
ここまで、と、引いていたラインを踏み越えてしまったら、後は一体どうなるのだろうか?  
ロイは、まだベッドで静かな寝息をたてて眠るヒューズの顔を振り返った。  
(・・・・別に、どうもなりはしない。私は今朝の始発で東部へ戻るだろうし、ヒューズは温かい家庭へと戻っていくだけだ・・・・)  
ロイは身支度をしていた手を止めて俯いた。  
けれど。  
けれど、知ってしまったこの男の熱を、一体どうやって忘れればいいのだろうか?  
陽射しは温かく、もう肌寒さは感じない季節に入っていた。  
それなのに何故か体が震えて、ロイは両手で強く自分を抱きしめて、目を閉じた。  
 
 
fin  

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