蛇と合成されてからこっち、マーテルは男と身体を重ねたことがない。
能力さえ使わなければ美女で通る容姿だから、身体を売っているだけのごく普通の女たちを覗けば
男の圧倒的に多いデビルズネストでは、そういった声が掛かることもよくある。いずれも一晩の快楽を求めて
寄ってくる連中だから後腐れもないし、何より他人の手に掛かってこんな風になった身体にさして愛着があるわけでもない。
「抱かせろ、マーテル」
「……そのまんまですね」
マーテルは呆れたような声を出した。グリードは堂々と胸を張った。
「おう。俺の性格知ってんだろ?回りくどいのは嫌いでな」
「合成人間のあたしなんか抱かなくても、ここには他の女がいくらでもいるでしょ」
「飽きた」
あっさり言うと、グリードは無造作に近づいてきた。
「っつーか、たまにゃお前と寝るのもいいかってな」
マーテルのあごに手を掛ける。ぐいと持ち上げると視線が絡んだ。マーテルは先手を打って口を開いた。
「すみませんけど」
「おいおい」
「気が乗らないんですよ」
「ちぇ」
グリードは子供のように舌打ちをすると、彼女のあごを解放する。
「気が乗ったら言えよ」
そう言って踵を返す。マーテルは黙って見送った。ふと後ろのドアを振り返る。煙草の匂い。
ドアに背を預けて煙管をふかす男がいた。
「いたの、ドルチェット」
「バカだな。グリードさんの誘いを断るなんてよ」
このデビルズネストの首領たるグリードに声を掛けられて拒否する女などドルチェットは見たことがない。
マーテルは小首を傾げた。
「グリードさんは一人の女にこだわるような人じゃないから、抱かれたところで覚えがめでたくなるわけじゃないわ。
逆に断ったからってどうっていう人でもないし」
「そりゃそうだろうけどよ」
マーテルはドルチェットの反対方向、グリードが出ていったドアから出ていこうとした。
ドルチェットは鼻を鳴らした。
「なら、自分にこだわって欲しいってか」
マーテルは立ち止まった。半分だけ振り返る。
「よくわかるわね」
「……マジかよ?」
言った自分でも驚いたのか、ドルチェットが目を丸くする。マーテルは微笑した。
「別に愛が欲しいだとか、子供じみたことを言ってる訳じゃないのよ。ただね、何しろこんな身体で、
こんな生き方しかできないから」
両手の平を上に向けて肩をすくめる。
「自分が死んだ後も自分のことを覚えていてくれる相手が欲しいのかもね」
「……」
ドルチェットは煙草をふかした。煙を吐き出す。
「わかるさ」
白い煙は筋を描いて虚空へ消えた。
「俺も同じだからな。相手の心を俺で占めなきゃ気が済まないんだ」
マーテルに歩み寄り、その唇に自分の唇を重ねる。マーテルは拒否しなかった。キスは煙草の味がした。
「グリードさんが粉かけた女に手を出そうなんて、勇気あるじゃない」
「関係ねえよ。俺はお前じゃなきゃ駄目なんだからな」
ドルチェットは獣の笑みを浮かべてそう言った。