のどかな風景が続く道。やさしい風がエドワードの黄金色の髪をなでていく。  
ただひたすらに続く道を小さな少年と大きな鎧は歩いていた。  
リゼンブール─────幼い少年たちが禁忌を犯した場所。  
 
そして、唯一、家族が待つ場所。  
 
 
 
 
エドワードとアルフォンスは久しぶりにリゼンブールに帰ってきていた。  
ちょっとした調べ物が終わったと同時に、あの大佐が珍しく休暇をくれたからだ。  
 
『どうだい、鋼の。折角休暇というモノをやるんだから幼馴染の顔でも見てきたらどうだ?  
 気の利いた土産の一つでも持ってだな…。なぁ?』  
そう言った大佐の顔には明らかに別の意味が見て取れた。  
口の端を少し上げ、鋼の、がどう返してくるか待っている顔だ。  
エドワードは精一杯の作り笑顔でその嫌味にも取れる台詞に応えた。  
『ああ〜そうですね〜ははっ。それじゃあありがたく休暇を満喫してきますよ』  
『顔が笑ってないぞ…鋼の…』  
ものすごい剣幕で睨まれた大佐は苦笑した。  
 
そんな一連の出来事を思い出してエドワードはイライラしていた。  
(全く…大佐も何考えてんだか…。あの全部見透かした様な顔…くあーっ!腹が立つ!!)  
「…ねぇ兄さん?いきなりボクたちが帰って来たらウィンリィ驚くかな?」  
おどろおどろしいオーラを発する兄を察してかアルフォンスが囁く。  
「んなわけねぇだろー!?あ〜〜また機械鎧のことであーだこーだ言われるのが目に見えてる…」  
「兄さん…」  
そんなこと言いながら顔がほころんでるよ?という言葉をアルフォンスは飲み込んだ。  
(兄さんたら素直じゃないんだから…はっ!!殺気!?)  
鋭い目つきで自分を見上げていた兄に気づくのにはそう時間はかからなかった。  
「ア〜〜〜〜ル〜〜〜〜…?何か言いたそうだなぁ〜?おらぁッ!!」  
とっさにアルフォンスは危険を察知して走り出した。  
「わぁー兄さんー!ボクまだ何も言ってないじゃないかぁ〜!!」  
「問 答 無 用 !だぁーッ!」  
ガシャンガシャンと大きな音を立てながら兄弟二人は駆けていく。  
見覚えのある懐かしい家を目指して。  
 
「え〜っと…ここをこうして…それからあそこをこうすれば…」  
金髪の少女が一人ブツブツと呟きながら何か大きな機械をいじっている。  
はたから見たらそれは異様な光景なのだが、これが彼女の日常だ。  
「こうなるワケで!ってあっれー…おかしいなぁ…なんでうまくいかないのよぉ〜」  
そう言いながら少女が持つとは思えないほど巨大なスパナを持ち出して再びブツブツ言い出した。  
 
「あー…ウィンリィ…?おかしいな…ボクたちに気づいてないのかな」  
声をかけるにもかけられない状況に、アルフォンスが呟いた。  
それもそのはず。目をキンキンキラキラさせ機械をいじくる少女にかける言葉など見つかるはずがない。  
はぁ…っとため息を一つつくとエドワードが言った。  
「当たり前だろーあの機械オタクが久々に帰ってきたオレらに気がつくわけがない!  
どーせ徹夜して機械いじくりまくって自分の世界に入り込んで抜け出せなくって  
『でもそこがまたいいのよ〜ッ!』とかなんとか…っておいアルっ、聞いてんのか?」  
「に、兄さん…後ろ……」  
どこか畏怖した眼差しを自分の後ろに向けている弟に、エドワードはなんとなく状況がつかめた。  
これから起こる参事を瞬時に考えながら、恐る恐る後ろを振り向いた。  
「はぁ〜〜い…エ────ド────ぉ。元 気 ぃ?」  
「ぼ、ぼちぼちでんな…あ…ははははははーっ!!………ッ!!!!!」  
恐怖の大王が降臨したかとも思えるほどの光景は口に出せるものではなかった。  
エドワードの空笑いが絶叫に変わったのは言うまでもない。  
アルフォンスはそんな兄の様子を物陰から『兄さん兄さん兄さん…』と呟きながら見ていた。  
 
テーブルを囲みウィンリィの祖母、ピナコも交え二人が突然帰ってきた経緯を話した。  
…ついでに、なぜエドワードが顔中晴れ上がったりんごの様になっているのかもアルフォンスの口から話された。  
 
 
 
「んで、休暇もらって機械鎧の調整に戻ってきたと。まさかあんた、まーたどっか壊したとか言うんじゃあ…」  
そう言い放つウィンリィの手に握られたスパナに力がこめられるのをエドワードは見逃さなかった。  
「ばばばば、バカ言うなよッ!そんなコトあるわけないだろーが!!な、なぁアル?」  
「う、う、うんッ!そうだね、兄さん!!だ、大丈夫だよ、ウィンリィ安心して!」  
助けを求めるような兄の目に、アルは口裏を合わせざるをえなかった。  
本当のところは無茶のしすぎで無数の傷がつくほどだったが、こんな状況で、しかもウィンリィを目の前にして言えるはずがなかった。  
「まぁいいじゃないかい。機械なんてほっといたって壊れるもんだ。  
 ろくに手入れもしてないんだからちょっとぐらいガタがきてたっておかしくはないさ」  
「…それもそうね。それに!壊れたってまた新しく改造とかしたりしてハイパーなやつにすれば…ウフフ……」  
先ほどの鬼のような眼差しとは打って変わって恍惚としたウィンリィの表情に、二人はほっと胸をなでおろした。  
そしてピナコの助け舟に心底感謝した。  
 
「それじゃ、食事のあとに始めるとするかね。二人ともお腹すいてるだろう?  
 その前に荷物を部屋に置いてきな。わかったね」  
「えーめんどくせぇ。早く飯にしろよ、クソババァ…」  
 
ガツンッ!!!  
 
「いって〜〜〜〜〜ッ!!何すんだよッ!!こんのシワくちゃババァ!!!」  
頭を抱え、涙をうっすら浮かべながらエドワードは言った。  
床には先ほどウィンリィが手にしていたと思われるスパナが転がっている。  
それは今、エドワードの頭にナイスヒットを決めたものだった。  
ウィンリィの手から瞬時にスパナを抜き取りエドワードの頭にナイスヒット。(この間約2秒)  
ピナコ・ロックベル、恐るべし。  
「うだうだ言ってないで言う通りにおしッ。万年おチビ!」  
「ぎぃあぁぁぁぁああああ!!!!!  
 だぁれぇがぁ顕微鏡でも見えないような細菌どチビだぁッ!!!!」  
「はいはい、兄さん。もう行こうね…」  
そう言うとアルフォンスは未だ騒ぎ立てるエドワードを部屋に引きずっていった。  
そんな様子を見ていたウィンリィはイスから立ち上がり、食事の用意を始めた。  
「…もう、相変わらずなんだから」  
半ば呆れ気味な台詞とは裏腹に、ウィンリィの声はとてもあたたかだった。  
 
「久しぶりにピナコばっちゃんの手料理とウィンリィのおいし…い料理食べてどうだった?  
 ねぇ、兄さん?」  
久々の家庭の味を堪能し、部屋のベッドで横になる兄を見ながらアルフォンスは兄に言った。  
「やっぱり出来た物を食べるより手作りのあったかい料理を食べた方が体にもいいし。  
 でもあんまり食べてなかったね…ちゃんと食べなきゃダメじゃ…って兄さん?聞いてる?」  
「ああー…」  
どこか元気がなくなげやりな兄の返事にアルフォンスは直感的に何かを感じた。  
カシャンと小さく音をたて、ベッドから起き上がると横になっている兄を見た。  
「兄さん!!?ちょっとこっち向いて!」  
そう言うなり同じようにベッドに横になっていたエドワードを無理やり自分の方に向かせ抱き起こした。  
顔が赤い。先ほどウィンリィにボコボコにされたのとは違う。呼吸も激しい。  
「これって…」  
アルフォンスは思わず自分の手をエドワードの額に押し当てようとした。  
 
一瞬の躊躇。  
 
アルフォンスは出した手を握り締めた。  
兄の体温すら感じられない自分への怒り。  
鎧の体。  
苦しむ兄の姿。  
考えれば考えるほど心の闇は広がっていく。  
 
「こんなこと考えてる場合じゃないよね…。ピナコばっちゃんとウィンリィ呼びに行かなきゃ!」  
アルフォンスは今、苦しんでいる兄の存在が在ることを深く心に焼きつけた。心の闇をかき消すかのように。  
(今自分がすべき事をするだけ───暗くなるのはその後だ!)  
エドワードを再びベッドに寝かせてアルフォンスは部屋を飛び出した。  
 
 
「こりゃただの風邪だね。疲労やストレスが一気に出たんだろう。  
 しばらく寝てしっかり栄養のあるもの食べればすぐ治るさ」  
エドワードが寝ているベッドをピナコ・ウィンリィ・アルフォンスの三人が囲んでいる。  
ピナコはエドワードの口から体温計をはずすとそう言った。  
 
『兄さんが死んじゃう!!』  
 
ピナコとウィンリィがいる作業場に大声が響いたのはアルフォンスが部屋を飛び出してすぐのことだった。  
アルフォンスのただならぬ雰囲気に二人はエドワードのいる部屋へ急いだ。  
だが……  
 
「何よぉーただの風邪?どーせ調べ物〜とか言って徹夜しまくってたんでしょ?  
 自分の体ぐらいしっかり管理しなさいよねー」  
「う…うるせぇ…」  
いつもなら『お前だって機械相手に徹夜してんじゃねぇか!』ぐらいのことを反論するエドワードがたった一言しか返してこない。  
ウィンリィは少し罪悪感を感じた。  
衰弱した幼馴染。  
いつも強気な少年が呼吸も荒く横たわっている。  
「ピナコばっちゃん…薬とかある…?」  
心配そうな声でアルフォンスはピナコに聞いた。  
「確か薬箱に解熱剤があったと思ったが…どれ、ちょっと待ってな。  
 ああそうだ。ウィンリィ、玉子酒作ってやんな。作り方知ってるだろう?」  
ウィンリィは小さく頷くと部屋を出て行く祖母を見送った。  
相変わらずアルフォンスは鎧をカシャンカシャン言わせながら兄の周りを回っている。  
「薬…なん…か…はぁっ…い…らねー…。自力で…な…治す…」  
「はいはい。分かったから静かに寝てなさいねー」  
「…うっ……」  
まるで赤子をあやすかのように少女は少年の鼻をちょこんと押した。  
エドワードは熱で火照った顔がさらに熱くなるのを感じた。  
いつもなら抵抗するところだが、今のエドワードにはその元気さえない。  
 
そんなやり取りをしている最中、ピナコが薬を持って戻ってきた。  
「あ、薬あったんだ。しばらく薬箱なんて開けてなかったからしけっちゃってるんじゃない?」  
「まぁ…大丈夫だろう。これさえ入れときゃすぐ熱なんか下がるさ」  
 
『薬なのになんで「入れる」なんだろう』  
 
二人の疑問は瞬時にして解決に変わった。  
ピナコの手の内にある物体。  
 
白い最終兵器。  
 
またの名を『座薬』  
 
「さぁ、ズボンをお脱ぎ」  
そう言うなりピナコは寝ているエドワードのズボンに手をかけた。  
「や…やめろ〜〜〜ッ…!!それだけはぁ…絶対…に…いぃいやだぁぁぁぁ!!  
 ア、アルッ!!お前…何か練成して…はぁっ……このババァを止めろ…ッ!!」  
「暴れるんじゃないよッ!!観念おしッ!!!」  
熱でだるいはずの体を必死になって動かし抵抗するエドワードを尻目に、ピナコはズボンをスルスルと脱がしていく。  
「さ、あたしたちは外にでましょ?行くわよアルー」  
「うう…兄さん…頑張って…」  
涙声のアルフォンスをウィンリィは引っ張っていった。  
「い、いやだぁ──ッ…ぎゃあぁぁぁぁぁぁ─────ッッ!……あぁ…………」  
二人が部屋の扉を閉めた2分後、エドワードは沈黙した。  
お尻に若干の痛みと不快感を残して。  
 
ウィンリィがキッチンで玉子酒を作っている中、アルフォンスはどこか上の空だった。  
一向に落ち着かない。そわそわとイスから立ったり座ったりを繰り返している。  
「ねーアル。ちょっとは落ち着いたら?ただの風邪なんだからすぐ治るわよ」  
「うー…で、でも…兄さん、あんなに苦しんでる…。  
 なのにボクは何も出来ない…。それがなんだか辛くて…いてもたってもいられないんだ…」  
それを聞いたウィンリィはしばらく「う〜ん」と考えた後、スタスタとアルフォンスの方へ歩いて行った。  
そして手に持っていた空の鍋でアルフォンスの頭をこついた。  
「バカねー。何も出来ないことないでしょ?  
 今のアルは何も出来ないって自分を完璧に否定しちゃってるだけ。  
 出来ないって決め付けて、しようとしないだけ。するべきことを探してないだけなのよ。」  
「で、でも…」  
おずおずと応えるアルフォンスの頭をなおもこつきながらウィンリィは続ける。  
「でももへったくもれなーいの。  
 ほらほら、ウジウジしてないで!アルまで病気になっちゃうわよ!!」  
そう言ってアルフォンスに軽くウインクをした。  
「…うん…。ありがとう、ウィンリィ。ボク、兄さんの為に何が出来るか考えるよ!!」  
その声にもう迷いはなかった。  
ゴイーン!と鍋と鎧のぶつかる音とともにアルフォンスが立ち上がり、ウィンリィの家を飛び出していった。  
外はすでに重く暗い闇が支配していた。  
 
「………あたしも、アルと同じ…。えらそうな事言っちゃった割にはなってないわよねー…」  
 
アルフォンスの後姿を見送った後、、キッチンに戻り料理酒を鍋に注ぎながらウィンリィは呟いた。  
玉子酒を作る事しか出来ない自分に少しイラつきを覚えながら。  
 
「出来たのかい?」  
「うん。おばあちゃんが昔作ってくれたみたいにはなんなかったけど…」  
ウィンリィは鍋を持ってピナコがいる作業場にやってきた。  
作ったばかりの玉子酒がほわほわと湯気を上げている。  
「誰が作ったって変わりゃしないさ。温かいうちにおチビに持っていってやりな。  
 それで看病でもしてやんな!一人でピーピー泣いてるだろうから」  
そう言って笑うピナコを尻目にウィンリィはいるものウィンリィらしくない笑顔を見せた。  
「あたしなんかいたって鬱陶しいって思うわ…」  
「何か言ったかい?」  
「ううん!!何も…」  
ぽそっと言ったその一言をピナコは聞き逃さなかった。  
作業場を後にするウィンリィをじっとピナコは見つめていた。  
 
「そばにいてやるだけでも『何かをする』ことになるんじゃないかい?ウィンリィ…」  
 
先ほどのアルフォンスとウィンリィのやり取りをドア越しに聞いていたピナコはそうもらした。  
 
 
……カチャン  
 
エドワードの寝ている部屋の扉が静かに軋んだ。  
「エドー…起きてる…?」  
そう言いつつウィンリィはゆっくり足を進めた。  
月明かりがぼんやり照らすだけの部屋。  
ウィンリィはエドワードの枕もとまで来ると近くのテーブルに鍋を置いた。  
「…エド」  
先ほどよりはいくらか顔の赤みが引いて、呼吸も落ち着いている。  
ふぅ…と一息つくとウィンリィはベッドの横にあったイスに腰掛けた。  
「しっかりしなさいよ。あんたがこんなんじゃ調子狂っちゃうじゃない…。  
 アルも………あたしも……」  
月明かりに照らされ、なぜか儚げに見えて仕方ない少年の頬に少女は手をあてた。  
「大人ぶって…強気で…難しいことばっかり考えて…。  
 ほんとは弱いくせに……弱いのに…無理して…。  
 いつもあたしの手の届かないところにいっちゃうのよ…。  
 あんたなんか…あんたなんか……  
 
 大っ嫌いよ……」  
ウィンリィは目を閉じるとコツンとエドワードの額に自分の額をあてた。  
 
この休暇が終われば、またエドワードは行ってしまうだろう。  
自分の知らない大人の世界へ────  
どんなものなのか想像もつかない。いや、想像もしたくない。  
 
「母…さん…」  
ウィンリィははっとして額を離した。  
「エド…?泣いてるの……?」  
銀色に光る雫が少年の頬を伝っていた。  
夢でも見ているのだろうか。  
その瞬間、ウィンリィは見てはいけないものを見てしまったかのような感覚に襲われた。  
 
『今自分がここにいることをエドが知ったら、エドは何て言うだろう』  
 
考えるより早く、体が動いていた。  
『ここにいてはいけない』  
その思いだけがウィンリィを支配していた。  
 
「ウィンリィ…なのか…?」  
突然自分の名を呼ばれウィンリィは立ち止まった。  
「う、うん!お、起きたんなら起きたって言いなさいよ!!  
 あんたの為にこのあたしが玉子酒作ってあげたのよ!!  
 そこに置いてあるから温かいうちに飲みなさいよねッ!!」  
扉の方を向いたまま、ウィンリィは応えた。  
エドワードを見れなかった。自分がここで見たことをなかった事にしたかった。  
いそいそと扉のノブに手をかけたその時────  
「夢…見てた…。何度も見た夢…。血まみれなんだ…オレの手…。  
 母さんを…母さ…ん…を…」  
少年から紡ぎ出される言葉。  
とても痛々しい。聞いているのも辛い。  
その時、ウィンリィは先ほど自分がアルフォンスに言ったことを思い出していた。  
 
『出来ないって決め付けて、しようとしないだけ』  
 
ぐっと自分の手を痛いほど握り締める。  
それは何かを決意した瞬間。  
「ごめん…見るつもりじゃなかったの…エド、泣いてた。母さん…って泣いてた」  
二人の間にかすかに時が流れる。  
ぎしっと重い音を立ててエドワードがベッドから気だるい体を起こした。  
「そっか…かっこわりぃとこ見られちまったな…。  
 風邪とかひくと弱気になるって言うし…ははっ…」  
「かっこわるいなんて言わないで!!」  
そう言い放ちエドワードの方に向き直ったウィンリィの頬は涙で濡れていた。  
「どうして!?なんでもっと弱いとこ見せてくれないのッ!?  
 強がらなくてもいいのッ!!ここは…軍じゃないのよ…。  
 ここは…ここには…あたしもおばあちゃんもいる…家族が待ってる…。  
 自由に涙も流せないなんて…辛すぎるよ…」  
せき止めていた思いが溢れ出す。  
ウィンリィの声は嗚咽に変わっていた。  
 
全てを、少年の背負ったもの全てを共有できるとは思わない。  
せめて、ほんの少しでも、分かつことができるなら─────  
 
「オレがここにいることが…理由にはならないか…?」  
立ち尽くすウィンリィの体をエドワードがふわりと包み込んだ。  
「たまにな…オレの存在がわからなくなる時あるんだ…。  
 ほんとはもうとっくに…あの時…いなくなってたのかもしれない…。  
 でも、ここに帰ってこれば思い出せる…。全てを…。  
 懐かしい風景も…あったかいご飯も……………全ての始まりも…。  
 オレが…オレだって確認できる場所なんだ…」  
「うん…わかってる…わかってるけど…」  
「だから、オレを待ってて欲しいんだ。  
 ちゃんと帰って来れるように…。帰る場所が分からなくならないように…。  
 ウィンリィにしかできないことなんだぜ?」  
エドワードがウィンリィの顔を自分の方に向ける。  
二人の唇が軽く触れた。  
「っ…なによぉ…あんだの風邪がうづっぢゃうじゃない…ぐすっ…。  
 あんだのだめに…ぐすっ…泣いでやっでんのに…」  
「何言ってんだよ。涙と鼻水ですげぇ顔してんのに」  
「うっさいわね!ぐずっ…あんたの服で拭いてやるっ…」  
そう言うなりエドワードの胸に顔をこすりつけた。  
その反動でエドワードは倒れそうになる。  
「おいっ…オレまだ病気なんだぞ…?ちゃんと労わってくれよ」  
「そんな…偉そうな病人が…ぐすっ…どこにいんのよ……っ!」  
すっとウィンリィの体が宙に浮いた。  
お姫様抱っこをされる形でエドワードに抱かれている。  
ふらつく足取りながらベッドまで来ると、とすんとウィンリィを下ろした。  
「さ、オレの看病してくれるんだろ?」  
「随分と元気な病人なんだから…もうっ…」  
エドワードの鋼の手がウィンリィの涙を優しく拭き取る。  
驚くほど真摯な表情をした幼馴染が涙の向こういっぱいに広がった。  
 
ベッドの上に佇む二人の影がゆっくりと重なる。  
白く照らし出される二人を、ただ、月だけが見ていた。  
 

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