短いノックと共に、扉が開かれる。  
「調子はどうですか」  
「悪い」  
寝台の上で、顔だけをドアの方向へ向けてロイはぼやいた。  
現れた副官は、その台詞に軽く眉を引き上げた。手には鞄と共にフルーツバスケットが  
握られている。  
「これ、部下一同からお見舞いです。ハボック少尉から伝言を言付かってます。過労で  
倒れるほど、いつ働いたんですかとのことですよ」  
「言いたい放題言いおって」  
見舞いにも来ない部下を胸中で盛大にロイは罵った。  
五日間の安静。  
ここ一ヶ月ほど事件と重要書類整理が一気に固まり、ろくな食事も睡眠時間も  
切り捨てて珍しくまじめに働いた代償がこれだった。  
現場で倒れて、そのまま病院に直行――いや、直送。検査そして入院。  
原因は、過労、の一言だった。  
気怠さを覚えながら、ロイはゆっくりと上半身を起こした。入院して二日目に  
なるが、口を動かすのも億劫な気分がまだ付きまとう。  
「食欲はありますか」  
「まあ、そこそこにはというところかな」  
ぼさぼさの髪をくしゃりとかきあげて頷く。  
「そうですか。では林檎でもいかがですか」  
いいながら彼女はフルーツバスケットから林檎を一つ取り出し、一緒に持ってきていた  
らしい果物ナイフを使って皿の上に割った。  
「はい」  
そうして豪快に八等分だけした林檎を、無雑作に差し出してくる。  
一瞬厭そうに顔をしかめ、ロイは皿と共に彼女の手から果物ナイフも一緒に引き受けた。  
「まったく、女性ならうさぎ形にするぐらいの心配りを持ってもらいたいものだと  
言っているだろう?」  
 
ぶつぶつ呟きながら、ナイフを使って芯を取って、皮をうさぎ形に切り込む。  
そうして毎度自分のその所作を物珍しそうに見つめて感心するだけの副官の口に  
放り込んでやる。  
「どうも。器用な方が身近にいると必要性を感じませんよね」  
しゃりしゃりと甘い林檎を咀嚼しながら彼女は悪びれずに感謝してきた。  
「嘘をつけ。どうせ私がいなければ丸かじりして終わらせるだろう君は」  
半ば諦め気味にロイは自分の分の芯を取り、口に運んだ。真っ赤に熟れた林檎は  
甘く柔らかく、渇き気味だった喉を潤してくれる。  
「で、具合はどうですか。口述はできますか」  
問いながらも最初からロイの答えによって反応を変えるつもりなどないらしく、  
ホークアイは返事も確認せず、手にしていた鞄から取り出した書類の山をサイド  
ボードに積み上げた。  
その枚数に辟易とロイはうめいた。  
「病気の時ぐらい上官をいたわってくれてもいいだろう」  
「そうですね。不慮の体調不良に苦しむ上司に申し訳ないと思いながら上層部と  
総務部からのせっつきに耐え兼ねて泣く泣く休日までお見舞いがてら仕事を持ち  
こんで頭痛を増やさねばならない部下の申し訳なさも分かっていただけると信じて  
いますよ」  
罪悪感のかけらもなく、ホークアイは書類に視線を落として準備に入る。  
う、と短くうめき、ロイは口をヘの字に曲げた。  
「……人が過労で倒れたというのにまだ君は容赦しないのかね」  
「申し訳ありません。そこの林檎あげますから」  
「私が剥いたやつじゃないか!」  
あまりの台詞に思わず叫んだ途端に眩暈を覚えて、ロイはどさりと上半身をベッドに  
横たえた。貧血で一瞬視界が暗転し、それが戻った後もぐるぐると視界が揺れる。  
「大丈夫ですか」  
「大丈夫じゃない」  
「しょうがないですね。林檎あげますから早く良くなってください」  
 
椅子から立ち上がったホークアイは、ロイが芯を取って置いておいた林檎を手に取った。  
実になおざりに。目に見えて面倒そうなその様子に、口を尖らせてロイは批判した。  
「口移しぐらいしてくれてもいいだろう」  
「鼻からぶち込みますよ」  
ためらいなく言いきられる。  
ここで食い下がれば鉛の弾との二択を持ち出されそうな予感を覚え、ロイは大人しく  
従った。二つ目の林檎はやはり甘かった。悔しまぎれに、林檎を持っていた彼女の指も  
一瞬だけ林檎ごと口に含んだ。  
「………」  
上官の唾に濡れてしまった自らの指をホークアイが見据える。  
不機嫌そうにシーツの端で拭き取られるかと思っていたロイの予想を大きく裏切り、  
次の瞬間、その指についた唾を唇で舐め取った。  
「中尉……!?」  
ありえない事態に、ロイは目を見開いた。  
「どうしても大人しく協力してくれないんですね」  
冷たい眼差しに睨まれ、血の気が引いていくのを彼は実感した。危険信号が意識の端で  
点滅する。心臓がどぎまぎを通り越して激しく鳴り響く。  
ぎしりと音を立てて、ホークアイがベッドの上に乗った。ロイの上に馬乗りになり、  
冷ややかな目で見下ろしてくる。  
「そんなに文句を言うんでしたら襲いますよ」  
問答無用でシーツを引きずり下ろされる。  
「まっ、待て落ちつけ話しあおう!」  
混乱の極みに至りながら、生命とプライドの危機にロイは自分でもわけのわからない  
台詞を必死で叫んだ。後ずさろうにも逃げ場がない。  
「わ、私は病人だぞ中尉!」  
「大丈夫です。痛くしませんから」  
自信に満ちた冷静な声が、安心させるように彼の鼓膜を撫でた。  
 
 

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