それは、一本の電話から始まった。  
 
 「エドー! アンタに電話」  
 「電話? 誰からだろ?」  
 遠くから呼ぶ声に、エドはクビを傾げながら師匠であるイズミから受話器を受け取った。  
受話器を渡す時のイズミの含み笑いが何とも不気味で、恐る恐る受話器を耳に当てる。  
 「……はい」  
 「エド? あたし! ウィンリィ!」  
 「何だ、ウィンリィか。どうした?」  
 電話の相手は幼なじみのウィンリィ・ロックベルだった。エドとアルの生まれ故郷、  
リゼンブールで祖母のピナコ・ロックベルと共に機械鎧の整備師をやっていた。  
が、ある時エドの銀時計に刻まれた決意と戒めを知り、少しでもエドの役に立ちたいと  
今は機械鎧整備師の聖地、ラッシュバレーで修行を積んでいる最中の筈だ。  
受話器から聞こえる可憐な鈴の様な声は、相変わらずでよく耳に馴染んで行く。  
 「あのね、機械鎧……できたよ。ドミニクさんの……とまでは行かないけど、  
それでも今のよりは軽くて強度も上がってる筈なんだ」  
 「へぇ、やったじゃん」  
 「すぐにでも付け替えてあげたいんだけど……こっちに来れる?」  
 「え、あー……分かった、明日にでも行くよ」  
 一度、エドはイズミとアルの方を見て再び電話と向き合った。  
ここダブリスでも不可解な事が起き始めているときに離れるのはどうかと思ったが、  
それでもウィンリィの好意も無駄にはできない。  
それに、もし一悶着が起これば、もちろん動きやすい方がいいに決まってる。  
 明日の朝ダブリスからラッシュバレーへ向かうことを約束し、  
その後はお互いの近況を軽く話してから電話を切った。  
 
 「エド、あんたも隅におけないねぇ。あんな可愛い声の彼女がいたなんて」  
 「かっ……!? 違います! ウィンリィは幼なじみで、オレの機械鎧の整備師で……」  
 受話器を置き軽いため息を付いたエドの背後からかけられたイズミの言葉に、  
エドは耳まで真っ赤にして反論する。  
そんなエドの反応を面白がっているのか、イズミは紅茶を一啜りするとにっこりと笑った。  
 「ふーん。アンタはそうでも、彼女はそうは思ってないと思うよ」  
 「な、何で分かるんですか、そんなこと」  
 「そりゃぁ、アタシも一応現役の恋するヲトメだからねぇ」  
 「……はい?」  
 耳に手を当て、思わず聞き返してみる。誰が、ヲトメだって?  
 しかし、イズミの表情が一瞬で変わるのを察すると、エドは慌てて首を大きく縦に振った。  
 「ええ! そりゃあもう、師匠は今でも現役のヲトメですとも! じゃあ、  
明日ラッシュバレーに行ってきますんで、今日はもう寝ます! お休みなさい〜!」  
 逃げるが勝ちと言わんばかりに、エドはイズミの前を擦り抜け寝室へ向かおうと駆け出す。その背中を、アルが呼び止めた。  
 「あ、兄さん! ボクもついて行っていい? ドミニクさんのところの赤ちゃん、  
見に行きたいんだ」  
 「え、ああ。そうだな。じゃあ一緒に行こう」  
 そして、二人はさっさと寝室へと走り去っていった。  
 
 翌朝、エドとアルはダブリスからラッシュバレーへ向かった。  
 ラッシュバレーへ着くと、駅舎にはウィンリィとパニーニャが迎えに来てくれていた。  
 「エド! アル! 久しぶり!」  
 「おう! パニーニャも、元気だったか?」  
 「うん、もうスリも止めたし」  
 四人は駅舎でしばしの再会を懐かしんだ後、アルが口火を切った。  
 「じゃあ、ボクはパニーニャとドミニクさんの処へ行って来るから、  
兄さんはウィンリィに機械鎧、着け直してもらいなよ」  
 「え? 何だよ、オレも行くよ! 機械鎧なんて、後でもいいんだし!」  
 「だめだよ。今日はそのために来たんだろ? ウィンリィ、兄さんの事ヨロシク頼むね。  
兄さん、最終の汽車の時間にここで落ち合う事にしよう」  
 そう言って、アルはエドとウィンリィを置いて、さっさとパニーニャとドミニクの処へと歩き出した。取り残されたエドとウィンリィ。  
 
 「……じゃ、じゃあ工房に行こうか。ね、エド」  
 「ああ」  
 そして、エドとウィンリィも駅舎を離れた。  
 ウィンリィが世話になっているガーフィールという技師のアトリエの2階が、  
ウィンリィが住んでいる部屋になっていた。  
しかし、その部屋の半分も既に工具や機械で埋め尽くされ、ちょっとした工房になっている。そこで、仕事が終わった後に少しずつエドの機械鎧を作っていたのだと、ウィンリィが恥ずかしそうに言った。  
 「……すまねぇな、ウィンリィ」  
 「な、なぁに? 気持ち悪い。い、言っとくけど、これは私が勝手に好きでやってる事なんだからね。どうせ私は機械オタクだし……」  
 「分かってるよ」  
 エドは、照れて悪態を付くウィンリィに笑顔で応えた。  
 
その笑顔に益々顔を赤くしたウィンリィは、エドを椅子に乱暴に座らせると上着を脱ぐよう促す。  
 「ほら! とっとと脱いで! あーもう、面倒くさいから全部脱いで!」  
 「ぜ、全部って、おま……」  
 ウィンリィの突拍子もない言葉に、エドは目をむいた。  
 ウィンリィ自身、一体自分が何を言ってるのか分からなくなっているほど、パニックになっていたのだ。  
 「もう、トロい!」  
 とにかく、何かしてないとどうにかなりそうで、ウィンリィは乱暴にもエドの上着に手をかけるとそのまま脱がせにかかった。  
 「わっ、わわっ! ウィンリィ!」  
 ……そしてエド、ラッシュバレーでのパンツ一丁、三度目。  
 裏腹に、エドのその姿を見て、ウィンリィは言葉をなくした。傷だらけの機械鎧に、エドの体に新たに増えた傷跡。  
 「……この傷跡はドコでつけたの……? ここも……アタシが見たときにはなかったよ……」  
 「あー……こんなの、たいしたことねぇよ。それに、これはほとんど師匠との組み手で付けたもんだし……」  
 「アンタの師匠って、どんな人なのよ……」  
 ウィンリィは、イズミの姿をよく覚えていない。そして、どれほどの力を持った人かと言うことも。エドは、ただ、苦笑するしかなかった。  
しかし、今やイズミはエドとアルにとって単なる師弟関係ではなく、家族のような関係になりつつある。  
 「と、とにかく早く付けてくれよ、風邪ひいちまう!」  
 いくら南部とは言え、さすがにパンツ一丁で数時間放置はツライ。ウィンリィもようやく、作業に取りかかってくれた。  
 
 「……どぉ?」  
 「うん、いいよ。すっげぇいい! やるじゃねぇか、ウィンリィ」  
 付け替えられた新しい機械鎧は、新品のくせによく自分の体に馴染んだ。重さも前より断然軽い。腕を上げたり、肩を回したり、手を握ったり開いたり。足も色々と動かしてみる。  
 「よかった、少しは役に立ててるのかな」  
 「少しどころか、充分過ぎるぜ。ありがとうな、ウィンリィ」  
 「……ううん、まだまだだよ」  
 ウィンリィは言いながら、エドの鋼の手を取りそっと自分の頬に当てた。  
 ひんやりとした金属の感触、しかし少しずつ鋼にウィンリィの体温が移り、人肌の温もりを持つ。  
このときだけ、鋼は肉体の一部に成れるのだ。エドはそのままウィンリィの柔らかな頬を撫で、片方の手も頬を包み込むように触れる。  
 「エド……?」  
 前髪に隠れた表情を覗き込もうとするウィンリィの目に、エドの中で一つの感情が込み上げてくる。  
 ウィンリィの青い目に捕らえられ、エドはその込み上げる感情にあっさりと勝ちを譲った。 そっと、顔を近づけ額に唇を押しつける。それからまた、鼻先に口づけ――触れるだけのキスをした。  
 
 ウィンリィの柔らかな唇の感触を味わうようにエドは何度も軽く触れ、時折唇を甘噛みする。ちゅ、と音を立て上唇を吸い今度は深く、口づけた。  
そっと舌を入れ、歯列をなぞりウィンリィの小さな舌に絡めてくる。  
 「ん……エド……」  
 ウィンリィは口腔内で別の生物の様にうごめくエドの舌に苦悶の表情を見せるも、それに応えた。  
エドはそんなウィンリィが堪らなく愛おしくて、口づけを繰り返し突き動かされるままそっとベッドに押し倒した。  
温もりを持った鋼の手で、ウィンリィの頬を何度も撫でる。エドは唇を離し、ウィンリィの耳の後ろに口づけそのまま首筋を滑らせ鎖骨できつく吸った。  
 「いっ……た」  
 ウィンリィは強く吸われた痛みに、小さく声を漏らす。唇が離れると、その場所には赤い痕がついていた。  
 「――っと、すまねぇ……イヤだったら止めるから。はっきり言ってくれ」  
 ウィンリィの声で、忘我の際で理性を取り戻したエドはそう言って体を起こした。  
 ――嫌われたくない。  
 大事だからこそ、胸の奥底に封印してた思い。あの銀時計の様に、二度と心の表に出すことはないと思っていた。  
しかし、銀時計は彼女によって開けられ、戒めは戒めたる意味を成さなくなってしまったのだ。ウィンリィの前でだけ。  
 「い、イヤ……! エド……!」  
 ウィンリィは必死でエドの機械鎧の腕を自分の胸に引き寄せ、抱きしめた。どうか、もう少しだけこの温もりを共有できる時間を……。  
 「……それはどっちのイヤなんだよ……」  
 「止めちゃ……イヤ……」  
 
 今度はウィンリィからエドに口づけを与えた。拒むことなどあり得ない。驚きに目を見開いたエドだったが、すぐに目を閉じウィンリィに応えてやる。  
晒された戒めと同じく、今やエドを縛り付けていた纜(ともづな)は解かれ、もはや誰にも止めることはできない。  
深い口づけを繰り返し、ベッドの海に沈んで行った。ウィンリィの服を脱がせ、露わになった乳房に触れる。  
柔らかく、それでも触れる力を跳ね返そうとする張りを持っていた。  
 「ふ……ん、エド……くすぐったい」  
 「くすぐったい? じゃあ、これは?」  
 エドはその頂にある突起を指で弄ぶ。  
 「あ……や、エドのイジワル……」  
 「すぐに慣れるよ」  
 エドはいつものようにニヤリと笑うと、指で弄んでいたその突起をパクリと口に含んだ。  
 「え、あん……や、エド……っん」  
 既に堅く立ち始めていた突起は舌で転がし吸い、軽く甘噛みしてやると更に堅くなった。つれて、くすぐったがっていたウィンリィも、艶を含んだ声を上げ始める。  
 「ウィンリィ、すげぇ可愛い」  
 エドは言いながら、軽く口づける。そして、左手をそっと下へと滑らせその場所へと至った。そっとなぞるだけで、指に蜜が絡みついてくる。  
もう少しだけ足を広げるよう促し、花芯を指の腹で撫でた。溢れる蜜を生み出すぬかるみに、中指を宛い中へと入れようとする。  
 「……っああん! え、エド……ちょっと待って……」  
 「待てない。少し力抜けよ、大丈夫だから……」  
 ウィンリィの申し立てをあっさりと却下して、エドは指を更にぬかるみへと進めていった。胎内は熱く、絡みついてくるようだ。愛撫を繰り返しながら、指を動かしてみる。  
 「んっ、は……ぁ、んぅ……エド……っ、何か、ヘンだよ……アタシ、おかしい……っあ」  
 ウィンリィはエドの下で艶を増した声を上げ、悩ましげにその肢体をくねらせる。それが、エドの欲情を更に煽るのだ。  
 
 「おかしくないよ、すげぇいい……。もう、オレも自制が利きそうにねぇよ……酷くするかもしれねぇ」  
 「ん……いいよ……酷くしても……エドの好きにして……大丈夫だから……」  
 ウィンリィはその細い腕を、エドの背に回し力を込めた。エドは下着から猛る自身を解放し、ウィンリィの秘所に宛うと耳元でそっとささやき一気に貫いた。  
 「んああああぁああっ! い……痛……っあ……」  
 「ウィンリィ、息を吐け、力を抜くんだ」  
 エドはウィンリィにそう言うと、頬を撫で額や唇にキスを降らせる。ウィンリィはふっ、と息を吐き触れてくるエドの鋼の手を取るとその手に口づけた。  
ウィンリィが落ち着くのを待ちながらも、エドは愛撫の手を休めない。そして、体を少し起こすとゆっくり動き始めた。  
 「んっあ……エド……つっ」  
 エドが動くことによって蘇る痛みに、ウィンリィの眉根が歪む。唇で涙を拭いながら、エドは律動を次第に強く深くしていった。  
 「あっあっあっ……エドっ、は……んっ」  
 「ウィンリィ……っ」  
 それでもしばらく律動を繰り返せば、痛みをこらえる声から甘い喘ぎへと変わって行く。ウィンリィは飛ばされそうになる意識を繋ぎ止めるかのように、エドの背中に回した手に力を込めた。  
 「はぁ……ん、ああっ、あ……っダメ、エド……エドっっあああっ!」  
 「ウィンリ……ィっ……!」  
 二人は同時に、絶頂を迎えた。  
 
 
 ふと時計を見ると、アルと約束した最終の汽車の時間が迫っていた。  
 どうやらあの後、少し眠りに落ちていたらしい。エドは隣で安らかな寝息を立てているウィンリィを見て、ふと笑む。  
乱れた髪を優しく撫でつけるように触れ、その一筋を手に取り口づけた。そして、ベッドから出ると手早く服を着て出ていく準備をする。  
 「ん……エド……?」  
 「あ、悪ぃ、起こしちまったか? オレ、そろそろダブリスに戻るよ。ホントありがとな」  
 エドはベッドに腰掛けて、まだ寝ぼけ眼のウィンリィの顔を覗き込む。ウィンリィは弱く笑うと、エドの機械鎧の手に自分の手を重ねた。まだ、暖かい。まだ、自分の温もりが残っている。  
 「じゃあ、見送りはいいから。ゆっくり休みな」  
 エドはそう言って鞄と上着を手に持つと、部屋を出ていこうとした。その背中に、ウィンリィの声が響く。  
 「エド! ……また……その機械鎧が……『冷たく』なったら抱きに来て……」  
 この手の温もりが、消えそうになったら――。エドは、ウィンリィの言葉で自分の鋼の手に温もりが残っている事に気が付く。  
 鋼に温もりを与えることはできるけれど、その温もりを手放すのもまた早い……。エドは手に持っていた上着を着ると、ドアノブに手をかけそのドアを開けた。  
 「ばぁか、今度は元の体に戻ったら、だ。そのときはあーんな事やこぉーんな事して朝まで寝かせねぇから覚悟しろよ!」  
 「〜〜〜〜エドのエッチ!」  
 「はははは! じゃな、ウィンリィ」  
 「エド!」  
 今度は呼び止めても、エドは振り返らなかった。二人を分かつ扉の閉じる音が、大きく響くだけ――。  
 
 エドが駅舎に着くと、すでにアルが待っていた。パニーニャの姿は見えない。  
 「すまねぇ、アル」  
 「ううん、新しい機械鎧、どうだった?」  
 「え? あ、うん。すげぇいいよ。これなら今度の組み手ではオレが勝ちそうな気がするな!」  
 エドはふふん、と新しい機械鎧をアルに見せびらかしながら言った。  
 アルは、そんなエドを見てクスクスと笑った。  
 「そうだといいねぇ〜。じゃあ、明日は組み手からだね」  
 「おう!」  
 エドはまた上着を着込み、ぎゅっとその機械鎧を掻き抱く。少しでも長く、この鋼に宿ったウィンリィの温もりが消えないように……。  
 満天の星空の下、エドとアルを乗せた最終列車はダブリスへと向かった。  
<終わり>  

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