最初はちょっとした悪戯心からだったのだが…  
 
 
 
「大佐!これ、約束の報告書だ。もういいだろ?じゃな!」  
鋼の錬金術師ことエドワード=エルリックは、せっかちな行動を取ることが多い。  
しかし今回は傍目に見ても異常な程だ。  
傍若無人に振る舞うのはいつも事だが、ノックもなしに部屋に乱入して来たかと思えば、  
そわそわと落ち着かない素振りを見せ、用件のみを押しつけ出て行こうとする。  
これは何かありそうではないか?  
「待ちたまえ、鋼の。お茶でもどうかね?」  
鋼のが急いでいる素振りにわざと気付かない振りをして、にこやかに誘うと沸騰寸前の  
やかんのように顔色を変える。  
いつもなら適当に流す程度の冗談だが、それが出来ない程切羽詰まっているということか。  
「あんたの冗談に付き合ってる暇ねぇんだ!」  
それだけ言い残すと彼はもう姿を消していた。  
そのあまりにも不自然な態度が気になり、窓から外を眺めてみると…  
ここ東方司令部の玄関口には些か不似合いな白いワンピース姿の少女が立っていた。  
大きな帽子を被り、金の長い髪の彼女には見覚えがある。  
ああ、そうか。ウィンリィ=ロックベル、確かエルリック兄弟の幼なじみだったはず。  
自分は3年程前にちらりと見ただけだが、彼女は当時よりかなり成長したようだ。  
長く真っ直ぐに伸びた髪に健康的な肌の色、ワンピースから覗く手足はしなやかそうで  
胸の膨らみも十分許容範囲である。  
走って到着した鋼のに怒ってみせるその表情もなかなか魅力的だ。  
一悶着の後、顔を見合わせて微笑む少年少女を見て私の中に焔が揺らめく。  
「たまにはあんな感じの女もいいかもしれんな…」  
 
 
普段なら少々仕事をためることもあるが今日は予定があるので素早く片付け帰り支度を  
整えると煙草をくわえたハボック少尉がニヤニヤと笑い近づいて来る。  
「今日は早いお帰りっすね。これっすか?」  
小指を立てて戯ける彼をフフンと鼻で笑い。  
「もちろん、デートに決まっているだろう」  
残業続きのハボック少尉が中指を立てて見送っているのは分かっていたので、  
明日も奴の仕事を増やすことにした。  
以前にハボック少尉の彼女を寝取ったので、少々恨まれても仕方ない。  
私は自他共に認める程、女性にモテる男だ。  
29歳の若さにして大佐の地位を得、エリートコースを突っ走り、  
(女性に対しては)親切で話術にも自信がある。顔もまぁ悪くはない。  
そんな完璧な私だが『他人の彼女を奪いたくなる』といった悪癖が一つ。  
女性の男に対する愛情が深ければ深いほど、つき合いが長ければ長いほど  
彼氏を振って彼女が私を選んだときの達成感や優越感はより私を満足させる。  
男の恨みを買うことも多々あるが、焔の錬金術師である自分に敵う者なしで無問題。  
まぁハボック少尉はプライベートと仕事を切り離して考えるタイプなので使えるのだが。  
そんな私の次なるターゲットは鋼のの想い人であろうウィンリィ=ロックベル。  
ハッハッハ!久しぶりに楽しめそうだ。  
 
鋼の達が宿泊する宿はチェック済みだ。  
私服に着替えて向かってみれば、運良く鋼のとウィンリィ=ロックベルが出てきた。  
「やあ、鋼の!これから食事かい?」  
片手を挙げてにこやかに話しかけてみれば、  
私を見るなり彼は隠すことなくウゲッと表情を歪ませる。  
「そうだけど何の用だよ、大佐。報告書ならもう出しただろ。  
…ウィンリィ、この人がさっき言ってたロイ=マスタング大佐。  
それで大佐、コイツがウィンリィ=ロックベル。俺の機械鎧整備士で幼なじみだ」  
渋々といった感じで紹介を終えると彼女を私から庇うような動作をした。  
その様子が毛を逆立てて威嚇している猫のようだったので、彼女には軽い会釈だけして  
鋼のへと視線を向けた。  
「これが何かわかるかね?本来ならば、君が軍に来たときに渡そうと思っていたのだが、  
あまり君がつれないので渡し損なってしまったよ。まったく…」  
鋼のが飛びつくように奪った資料は、とっておきの“賢者の石”についての資料。  
いざという時のために用意しておいたのだが、早々に役に立つことになろうとは…  
「この場所は…近いな。今から急げば最終列車に間に合うか?」  
一人でブツブツと呟いていた鋼のは、やっと隣にウィンリィ嬢がいると思い出したらしい。  
慌ててその資料を封筒へと戻した。  
「待たせて悪いな。さてメシ行くか!」  
「今すぐそこに行きなさいよ、エド。少しでも早くアルを元に戻すんでしょ?  
あたしならもう明日、帰るだけだからさ!」  
鋼のの背中をバシバシ叩きながら見送る少女は、心から出発を望んでいるようだ。  
彼女の言葉に頬の筋肉を緩め、その後心配そうに私を睨んだので一言。  
「心配ならば、明日はホークアイ中尉にウィンリィ嬢の見送りを頼んでも良いぞ、鋼の?」  
彼女の言葉に後押しされた鋼のは、弟を連れ慌ただしく旅立っていった。  
‘ホークアイ中尉’の名前に安心して失敗したな鋼の。  
この場に私とウィンリィ嬢を残したことを後悔するがいい。  
 
「…私もこれから食事なんだが、良かったら付き合って貰えないかね?」  
突然の誘いに驚いた彼女は1,2歩後ずさって俯いた。  
「あっでもあたし…いえ、私は大佐さんの行くようなお店のマナーとか知らないし…」  
どうせ鋼のに「大佐は女癖がスッゲー悪いから、高そうな店に誘われても付いていくな!」  
とでも言われているのであろう。  
「ふむ、ここの近くに美味いと評判の店があってね、一度行ってみたかったのだが…  
昨今のラーメン屋もマナーに厳しいかな?」  
戯けた調子で誘ってみれば彼女の緊張も解れたらしい。  
明らかに肩の強張りが緩んだ。  
「じゃあ大佐さん、良かったらご一緒させて下さい。」  
 
ラーメン店では気さくに話しかける彼女を、店主が気に入り大盛りをサービス。  
かなりの量だったが、スープまで綺麗に飲み干した。  
帰り際に「ごちそうさま〜」と言った金髪の少女に、店主は「また来いよ」と言い  
常連客の間では、あの気難しい店主を虜にした娘として語り継がれることになった。  
天真爛漫なその姿は田舎娘丸出しで正直、面白いものだ。  
実際の所私の好みとは違うが、彼女はあの鋼のに想われているというだけで他の女よりも奪い甲斐がある。  
 
宿へ送る道すがら整備士である彼女の口からは、機械鎧についての講釈ばかり  
全く色気のいの字もありはしない。  
仕方がないので鋼のの話をふってみた。  
最初は奴の悪口ばかりだったが、段々とフォローへと変わっていき最後には  
「これからもエドとアルのこと、よろしくお願いします」  
と頭まで下げられてしまった。  
まるで恋人を通り越して妻のようなその態度に思わず鼻で笑いそうになる。  
…なんとか堪えたが。  
 
宿の部屋の前まで辿り着くと私はお決まりの台詞をはく。  
「君のような女性は初めてだよ。明るく朗らかな君と共にいると私はリラックス出来る。  
そんな時間を私はずっと欲していたのだ。もう少しだけ一緒の時間を過ごしたいのだが…駄目かな?」  
女は自分が特別だと言われると喜ぶものだ。最後に少々甘えたような声を出せば一発。  
 
「そうですかー?ありがとうございます。私も大佐さんと一緒にラーメンを食べられて  
とっても楽しかったですよ。あっ私、明日早い出発なのでもう休みます。  
おやすみなさ〜い!」  
はぁ?違うだろ!いつものパターンならば、ここは困惑の表情を浮かべながらも  
私を部屋に通してくれるものだろ?  
そこで一発やるもんだろ?  
…ふふふ、流石は鋼のの想い人だな。一筋縄ではいかないといったところか。  
だが、ここで諦める私ではない。  
「もっと君のことを知りたかったのに…残念だよ。」  
さぁどうだ!この愁いを帯びた表情は、乙女心にズキューンと響くだろ?  
見よ!我が迫真の演技。  
これには強者の彼女も迷いを見せているようだ。  
「あの…それじゃあ…ちょっと待ってて下さい」  
そう言うと部屋の中に引っ込んでしまった。もしや中を片づけているのか?  
やった!部屋に入れてくれるのか?入ってしまえばこっちのものだ!  
私のスペシャルテクニックで処女などメロメロさ。  
 
もう一度顔を出した彼女は、私に一枚のメモ用紙を渡した。  
「へ?…これは?」  
この時の私はかなり間抜けな面をしていただろう。  
彼女は満面の笑みを作ってこう言った。  
「私の家の住所です。大佐さん、文通しましょ!」  
 
 
 
『ロイ=マスタング様  
拝啓  
暦の上では秋ですが、いかがお過ごしでしょうか?  
ここリゼンブールで私は、毎日機械鎧に囲まれて生活しています。  
基本的にのどかな場所で、気候も良いです。  
大佐さんは、とてもお疲れのようでしたね。  
休暇が取れたら一度この村にいらして下さい。  
きっと心安まりますよ。  
(略)  
そんなわけでエドとアルは、連絡一つ寄越さないんですよ!  
いつも傷だらけで戻ってくるので、どんなことをしてるのか気になります。  
(略)  
実り多き季節に向かって、いっそうのご活躍をお祈り申し上げます。  
                     敬具  
                          ウィンリィ=ロックベル    』  
 
薄いブルーの手紙をホークアイ中尉から受け取ったときは、一体誰からだと眉を顰めたが  
差出人は鋼の幼なじみからだった。  
先日夕食を共にしたが、男女の関係には持ち込めなかった手強き少女。  
珍しい失敗に少々落ち込んだものだが、今更何の用事かと目を通してみれば  
特に重要な内容ではない。  
なぜこんな手紙を寄越して来たのか?  
………  
そう言えば別れ際に「大佐さん、文通しましょ!」と言っていたか?  
まさかあれが本気だったとは…!  
ハハハハッ笑わせてくれる。  
 
はっきり言うと、私はラブレターなど貰い飽きている。  
定期的に中尉が管理してくれているが、ピンクや花柄の便箋に可愛らしい丸っこい字で  
いかに私を好きなのかを書き連ね、ハート乱舞している恋文が腐るほど届く。  
背が高くて素敵だとか笑顔を独り占めしたいだのと書かれるのは、男冥利に尽きるものだ。  
しかし、ウィンリィ=ロックベルの手紙には、そんな誉め文句の一つも書いてない。  
ただ穏やかに流れる時間と優しく温かい人々の日常が書かれているだけ。  
まぁ幼なじみの彼らについて苦言が少々あったぐらいだ。  
こんな何の変哲もない手紙を、なぜ気にしてしまうのだろうか?  
 
コンコン  
「しっつれいしまーす。ジャン=ハボック入りまっス」  
「ああ、なんだ。」  
「この間の件ですが…あれ?またその手紙読んでるんすか?昨日届いたやつですよね」  
私の手元を覗き込む部下を制して、手にしていた紙を折り畳み封筒へ終う。  
「…そんなに見ているわけではない」  
「へぇそうですか?俺の記憶が正しければ、それを見てる姿を4度は拝見しましたよ。  
そんなに気になるなら、さっさと返事を書けばいいでしょ。女は速攻が大佐のモットーじゃないですか。  
ウダウダ悩むなんて珍しいッスね」  
そんなに見ていたのかと内心焦ったが、表面的には無反応を決め込んだ。  
しかし動揺したため、肘の側に置いた封筒がひらりと部下の足下へ舞う。  
「あっ自分が拾いますよ」  
ヒョイと屈むと速やかに手渡してくれる。  
ハボック少尉は用件が済むと軽く敬礼をして、さっさと部屋から出ていった。  
 
「う〜ん…ウィンリィ=ロックベルって、大将の…」  
愛煙家である彼の呟きは、分厚いドアに阻まれて私の耳まで届かなかった。  
 
「返事か…やはり書くものだろうか。しかし、何を書けば良いのだ?」  
いつもならばラブレターを受け取り、時間を見付けて電話するなり直接会って  
デートの約束を取り付けるのだが、今回は違ったケースだ。  
取り敢えず今日の出来事でも書いておくか。  
 
 
「最近の大佐は、あの青い手紙が待ち遠しいようですね。郵便配達の時間には、  
いつもそわそわしていらっしゃいます」  
優しげな顔立ちのケイン=フェリー曹長が何気なく出した話題に、  
司令部で仕事をしている人間達は一斉に手を止めた。  
 
一瞬の沈黙の後  
「だよな!おかしいよ!あの大佐がさ〜」  
「誰からの手紙か知らんが、嬉しそうに読んでるよなー」  
「彼女じゃないよな。あの人、女を取っ替え引っ替えしてるからさ」  
「親からとか?」  
「んな馬鹿な!あれだよ、アレ。隠し子からの手紙!『パパ〜元気でちゅかぁ?』ってよ。  
んで、似顔絵とか入ってんだよ」  
「なるほどー、だからあんなに何回も見てるのか」  
仕事を投げ出して盛り上がり、挙げ句の果てに賭まで始まろうとしていたその時、  
奥の部屋から大佐と中尉が登場。  
「楽しそうだな。なんだ皆、仕事を終えてしまったのか?優秀な部下ばかりで私は嬉しい。  
よし、たんまりと褒美をやるからな」  
言い訳を許さない笑顔で凄み、褒美はもちろんいつものアレである。  
「あら大佐、手紙が来ていますわ」  
郵便物管理の中尉がブルーの手紙を差し出すと、隠すことができない笑みを浮かべて受け取り、  
いそいそと奥の部屋へ戻っていった。  
 
「まるで初恋のようね」  
「えっ何と仰いましたか?ホークアイ中尉」  
「いえ、何も」  
 
 
「マスタング大佐!鋼の錬金術師、エドワード=エルリックさんから定期連絡ですよ〜。」  
事務の女の子が電話片手に叫ぶが大佐は今、個室に籠もっている。  
中尉も今は手が放せない用件で忙しそうなので、煙草をくわえた男がのっそりと立ち上がった。  
「ああ、俺が代わりに出るよ。外線2番?」  
「あっはい。ハボック少尉…お願いします。」  
「もしもし?大将!久しぶりだな。あっちこっちで派手にやってるってな〜。  
そうそう、丁度良いところに電話を掛けてくれた。  
伝えておいた方がいい情報があるんだ。」  
男は珍しく真面目な声で話し始めた。  
 
 
 
軍人さんは嫌い  
父さんと母さんを戦場へ連れていってしまったから  
 
最初はマスタング大佐さんも嫌いだった  
エドとアルを連れていこうとしていたから  
 
でもね  
エドとアルに生きる希望を与えてくれた人だってわかったの  
死んだように平和を装って生きる二人は見たくない  
どんなにつらくても希望に向かって進む彼らをあたしは応援したい  
だから大佐さんにはとても感謝しているの  
 
 
とても綺麗な満月の夜。  
ウィンリィは自室の灯りを消し眺める月に魅せられていた。  
真っ白の薄い寝間着のスカートは風に揺れる。  
エドとアルは、今頃どこにいるのだろう?  
大佐さんはきっと忙しくて、月見などしないだろうなぁ。  
そんな取り留めもないことを考えていると、ベランダからギシギシと軋む音。  
‘誰かが上ってくる’そう察知した少女は、愛用のスパナを手にする。  
 
「よっと!おっウィンリィ、起きてたのか。暗いからもう寝てんのかと思った。」  
上下黒い服で月明かりに照らされた金色の髪は三つ編み、腰には鈍く光る銀時計  
たった今まで行方知れずだった幼なじみが目の前に立っている。  
「あんたねぇ、寝ている乙女の部屋に侵入するつもりだったの?アルはどうしたのよ」  
「下で俺の荷物と上着持って待ってる。ドア開けてやらなきゃな。…乙女ねぇ。  
スパナ振り回す大した乙女がいたもんだ」  
その言葉に慌ててスパナを後ろに隠す。が、  
「勝手に入ってきたことに変わりはないでしょーが!」  
 
ガコーン  
エドの頭にクリティカルヒット。  
よろけた彼はサイドテーブルを道連れにひっくり返り、机上にあった手紙が床に広がった。  
「いって〜。手加減しろよ。死んだらどうする!…ん?なんだこの紙、えーと『8月某日町の視察」  
勝手に読み上げるエドから手紙を奪い取り、集めた他の手紙と一緒に彼が手の届かない  
タンスの上へ乗せる。  
彼の身長の低さを利用した行動に、凄まじく機嫌を悪くした。   
「なんだよ、隠すことないだろ!へぇー、俺の知らないところで、大佐とよろしくやってるって  
情報は本当なんだな?」  
胡座をかいて拗ねる同い年の少年は、酷く子供っぽく見えて少女は優しく彼の頬に手を添えた。  
 
「ペンフレンドになったのよ。いいでしょ?」  
月を背に立ち膝で幼なじみを覗き込む彼女は、柔らかな光に包まれている。  
そして薄い白色の服装は透けて体のラインを際立たせた。  
少女の美しさに魅せられた少年の心は、次第に獣へと変貌していく。  
「ウィンリィは俺達兄弟の…いや、俺のだ」  
エドワードがちょっと力を入れれば、彼女の体を簡単に組み敷くことが出来た。  
長い金糸は床に広がり、押し倒された本人はキョトンとした表情で彼を見上げている。  
二人の瞳が合った刹那、少女の直感が働き“危険だ”と警報が頭の中に鳴り響く。  
咄嗟に逃げようとしたが、もうすでに固定されて動けない。  
 
金色の眼はギラリと妖しい光を宿し、己の下に横たわる獲物に狙いを定め  
その直後、ウィンリィの左首筋に激痛が走った。  
「…!っつあっ、………」  
エドワードが闇に白く浮かぶそれに勢い良く喰い掛かったのだ。  
あまりの衝撃に悲鳴すら上げることができず、自然と涙が頬を伝い、ただ小動物のように小刻みに震えるしかない。  
歯形がくっきりと付いた噛み跡は、首筋の一番目立つ場所にあり、それはまるで所有印。  
その跡からじんわりと血が滲み出て、白に紅が映える。  
首の痛さに気を取られていると、今度は右胸。  
生身の左手で服の上から鷲掴みにし、薄い生地で下着を着けていない彼女の胸の突起を  
押し潰すかのように強く指先ですった。  
「痛っやっもう止めて!」  
涙でグチャグチャになった顔を歪ませて必死に懇願するが、彼の耳には届かない。  
強い力の愛撫がただ続くだけ。  
 
誰か助けて…父さん、父さん助けて。  
どんなに心の中で、今はもういない父親に助けを求めても来てくれることはない。  
 
目の前の男は、本当に自分の幼なじみだろうか?  
抵抗に疲れた頭で思い出すのは、幼い頃の三人で過ごした日々。  
喧嘩もいっぱいしたけど、楽しかった記憶の方がずっと多い。  
ずっとずっと一緒だったのに、生まれてから彼らが旅立つまで。  
こんなことを平気でできる人間じゃないよね、エド?信じてるよ。  
手にありったけの力を込めて胸を押し返し、両手を彼の頬へと持っていく。  
「エド!エドワード、あんたがあたしを傷付けるっていうの?こんなの…嫌だよ」  
 
頬に触れた冷たい指先の感触に少年は、はっと気付く。  
「あたしは、あんたを信じてる」  
 
力強く真っ直ぐに自分を見つめる少女は、誰よりも大事な女の子。  
幼い頃から大好きで弟とよく取り合っていたが、いずれはどちらかを選んでくれると  
思い込んでいた。その時は、文句を言わないと男同士の約束もしていた。  
なのにハボック少尉から聞いた通り、彼女は大佐を選んでしまったらしい。  
素直に言葉に出来なかったけど、自分の気持ちは伝わっていると過信した結果が  
これなのだろうか。  
自業自得なのに彼女にあたるなんて俺って馬鹿だよな…  
 
獣の眼から狂気の色が薄れ、次第に太陽の光のような普段の金色の瞳へ。  
正気を取り戻したエドワードは、深い後悔からウィンリィを無言でぎゅっと抱きしめる。  
顔を首筋に埋めて目に入るのは、先程付けてしまった噛み跡。  
その痛々しい傷にそっと舌を這わせた。  
ウィンリィの体はビクリと震え、萎縮してしまっているが舐め続ける。  
その行為は傷を癒すためのもので、決して性欲から来るのではなかった。  
 
心の中で精一杯反省しているのがわかるから、落ち着かせるように彼女は彼の背中を  
ポンポンと優しく叩いた。  
「こんなのを望んだんじゃない。…悪かった」  
懺悔・安堵・不安、色々な感情が二人の時間を止める。  
 
 
バターン  
突然部屋に突進してきたのは、外で待ちぼうけをくわされていたアルフォンス。  
彼の目には、服装の乱れた泣き顔の幼なじみと組み敷いている兄の姿が焼き付いた。  
「〜〜〜この馬鹿兄ーーー!」  
エドワードは、弟の鉄槌を受けて飛ばされた。  
「謝って!きちんと謝ってよ、兄さん。ウィンリィにこんなことするなんて酷いよ!  
僕ら二人で大切にしようって約束したじゃないか!」  
鎧で表情はわからないが、きっと泣いている弟に深々と頭を下げるエドワード。  
「僕にじゃないよ!ウィンリィ、本当にごめんね。これからは僕がしっかり見張ってるから、  
僕ら兄弟のこと嫌いにならないで!」  
アルフォンスが手を取ろうとした時、ウィンリィが肩が大きく跳ね脅えの色を見せた。  
しかしすぐにニカッと笑顔を見せ、兄弟の肩をバシバシ叩く。  
「あんた達を嫌いになるわけないでしょ!大事な幼なじみなんだし。  
今回のことはちょっとばかり驚いたけど、エドも反省しているみたいだから  
水に流してあげるわよ。他の子ではこうはいかないんだから感謝しなさい!」  
「…ああ」  
「ありがとう、ウィンリィ。でも…大丈夫なの?」  
アルフォンスの問いはそのまま流されてしまった。  
あたしはもう寝るからと部屋から追い出され、兄弟はいつも泊まっている部屋へ向かう。  
それから数分後、ウィンリィは枕とタオルケットを持って作業部屋へと移動した。  
 
次の日は何もなかったかのように過ぎ、兄弟はまた旅へ出発した。  
エドワードは、結局ウィンリィとロイの関係を誤解したままだった。  
 
 
「はぁ〜」  
ここ東方司令部では、盛大な溜め息の嵐を起こす大佐、呆れて見守る部下達の姿が  
すっかり定着していた。  
「あの〜大佐はどうされたのでしょう。なんだか落ち込んでいらっしゃるような…」  
「先週まではピンク色のオーラ全開って感じだったのに、今はダークブルー?」  
「おい!俺、大佐が女と一週間もデートしてないなんて信じられないんだけど」  
「あの人は、どんなに忙しくてもマメにデートしてましたがね」  
噂話に花を咲かせる部下達の手は、止まっている。  
陰鬱な空気を作り出している本人は、しかししっかり手を動かしている。  
ポンポンポンと書類内容を頭に記憶して、承認の判子を押すのも早い。  
有能である故、例え気分が良くなくても仕事は進むのだ。本人は。  
「単刀直入にお伺いします。溜め息の原因はあの青い手紙が届かないことですね?」  
疑問符が付いていようが、ホークアイ中尉は確認しているだけだ。  
あの手紙は週に2〜3度届いていたが、一週間届いていない。  
大佐の落胆ぶりは、かなりのものだが数日はそのままにしていた。  
しかし部下達の志気に関わってくるようでは、もう見過ごせない。  
「私がお相手に電話で確認致しましょうか?それともご自身でされます?」  
「…自分でかける」  
決心してロックベル家に電話をかける焔の錬金術師は、好きな女の子に初めて電話をかける  
小さな男の子の様だ。  
番号を途中まで押してはガシャンと切ってしまう。  
ホークアイ中尉の鋭い目に見守られてやっと最後まで押す。  
だが、ピナコによるとウィンリィは都市まで買い出しに出掛けて2,3日戻らないそうだ。  
そして更に落ち込む上司に対して、思わず自分も溜め息を尽きたくなった中尉である。  
 
 
続く  

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